姉妹の触れ合い
次回は金曜日もしくは土曜日に投稿します。
──夢を見た。
私は誰かに膝枕をされていて、柔らかくて暖かい太ももの感触に頭を預け微睡んでいる。
一体誰が私を膝枕しているのかはなぜかわからなくて、時折優しく頭を撫でてくれるのがとても気持ちがいい。
私とその誰かを囲むようにして真っ赤な液体と、大小さまざまな肉片が無造作に散らばっていてとても醜悪な光景なのに不思議と気にならず、心はとても穏やかだ。
そして同時に吐き気がするほどに嫌悪感を覚える。
いつもこうだ。
私はどちらが私の心なのかもわからない。
殺したいのか殺したくないのか。
どっちが私の本心なのか。
そもそもそんなもの私に存在しているのか。
何もわからないからこうして夢の中でさえ私は眠り続ける。
誰かが私を起こしてくれるその日を夢の中で夢見ながら…今日も誰かを殺す夢を見る。
「大丈夫、大丈夫よ。きっといつか夢から覚める日が来るから。だからそれまではまだゆっくりとお休みなさい。ユキノ…私の────」
何故かとても安心できるその声を聴きながら、私はゆめのなかで瞳を閉じた。
────────
月明かりと蠟燭のわずかな火がぼんやりと照らしているその場所でパラ…パラ…と断続的に本のページをめくる音と微かな吐息が聞こえてくる。
図書塔と呼ばれるその場所には世界各地から本と分類されるものであればジャンル問わず納められ、時間と共に本の迷宮は拡大されていく。
そんな中で入口から少し歩いた場所にあるカウンターにポツンとアマリリスは座り、本を読んでいた。
「…」
ただ本を読んでいるというだけにもかかわらず、その姿は絵画のように美しく、彼女を目的に図書塔に足を運ぶ者も絶えないほどだ。
いつからこの場所を管理しているのか、年齢や経歴などかなり謎が多いのだがそういう部分も逆にいいと男性たちからは好評で、一時期は玉砕覚悟で告白をするものが後を絶たなかったがアマリリスはそうなると決まって胸元から紐で首から下げられた銀色の指輪を取り出し「相手がいるから」と断っていた。
彼女ほど美しい女性を手にできる相手はどんな奴なのだろうか。
誰もが興味を持ったが、その「相手」の姿を見たものは誰もおらず、全てが謎に満ちていた。
今では告白を断る口実なのではないか?とまで言われているが真実は…。
「あーまーりっ」
しなやかな白い腕が背後から抱き着くようにアマリリスの身体を覆う。
入口が開いた様子はなく、窓も同様に開いていない。
貴重な書物も収められていることから特殊な防犯対策も施されており、違法的な手段で侵入することは出来ない場所にその手の持ち主はあっさりと侵入していた。
だがアマリリスはそれに動じず、読んでいた本にしおりを挟むと自分に添えられている手に優しく触れた。
「おかえり、リフィルお姉ちゃん」
「ただいま~アマリ」
手の持ち主、いくつもの色の混じった髪を持つ人外の美を持った女神とも形容される少女リフィルがふにゃりとした笑みを見せた。
「思ったより早かったね」
「んふふふ!だってアマリとはやくこうして触れ合いたかったんだもん!ちゅっちゅ~」
リフィルがアマリリスの頬に唇を近づけるも、アマリリスは間に手を挟み込んでそれを拒絶する。
「え…な、なんで?アマリ私の事嫌いになっちゃったの!?何かしちゃった!?ごめん~アマリゆるしてぇ~!!」
ほんの数十分前まで血に彩られた惨劇を引き起こしていた少女とは思えないほど情けない顔で瞳を潤ませ、リフィルはアマリリスの手を掴んだ。
「違うよ」
アマリリスは少しだけ困ったような表情を見せた後にちょいちょいと下を、自らの下腹部の辺りを指差す。
そこには小さな少女がアマリリスの太ももを枕代わりにスヤスヤと寝息を立てていた。
「あ。相変わらず全く気配を感じさせないから気がつかなかった…こっちにいるなんて珍しいね?」
「お姉ちゃんが帰ってきてるって知って待ってたんだよ。でももうこんな時間だから寝ちゃった。明日にでもちゃんと会ってあげないとそれこそ嫌われちゃうよ」
「うぇ~んそれは嫌だぁ」
リフィルがアマリリスの足元で眠る少女の頭を優しく撫で、それに重ねるようにアマリリスも少女の頭を撫でる。
二人の美女からの慈しみを一身に受けているその少女こそ、彼女らの末の妹…その関係性を知る者のほとんどいない三女だ。
「そういうわけだから静かにね」
「はぁ~い。それじゃあ少しだけお仕事の話をしようかな?あの子はどうしたの?」
「ユキノちゃん?それなら私の部屋で寝かせてるよ」
「そっかそっか。面白いでしょ?やっと「それらしい」のを見つけれたんだよ」
「うん、まさか本当にいるとは思わなくてびっくりしたよ。だいぶキャラが濃かったけど、むしろ今までどうして見つけれなかったの?」
「そこなんだよねぇ…それに見つかったのも「あの村」だしさ?不思議だよね?不思議だよ?」
アマリリスは引き出しに手を伸ばし、そこからユキノについた書かれた資料を取り出してペラペラとめくる。
「調べてもらった情報もほとんど何もわかってないし…たぶん何かあるよね」
「間違いなくね~。まぁでも私たちのお手伝いをしてもらうのに不都合はないし~。コーちゃんはなんて?」
「ユキノちゃん眠ったままだから詳しい事は明日話そうだって。お姉ちゃんも来る?」
「うん、顔くらいは出しておこうかなって。コーちゃんにも会いたいし」
真面目な話をしている間にもリフィルとアマリリスは末妹を起こさないようにしながらもスキンシップを繰り返していた。
意味もなく手を握ってみたり、すりすりとお互いに頬をすり合わせてみたりなどだ。
「えへへ…アマリは柔らかいしポカポカしてて気持ちぃねぇ」
「…太ってるって言いたいの?」
「うぇ!?ち、ちがうよ!そう言う事じゃなくて…えっとえっと…!」
「あはははっ」
「あ~!アマリ笑ってる!騙したなぁ!?」
「いつもフラフラしててあまり戻ってこないお姉ちゃんが悪いんだよ~だ」
「む~っ、だってぇ~」
拗ねたような顔でリフィルはアマリリスの頭を抱きしめた。
姉妹というにはあまりに距離が近すぎる二人だが、これが彼女たちの普通だ。
血は分けていないがお互いがお互いを何よりも大切に思っている。
止まっていた運命が動き出したその日、二人の姉妹は夜が晴れるまでくっつきあっていた。
そしてそんな二人をじっと見つめていた視線が一つ。
「いつも仲良しさんだね」
「あ」
「あ」
いつの間にか目を覚ましていた末妹の視線にいたたまれなくなったが、二人が距離を取ることはついぞ無かった。




