魔法の言葉
明日はお休みです。
次回は土曜か日曜日に投稿予定です。
「久しぶり!アマリ!」
リフィルは階段から跳び下り、勢いそのままにアマリリスに飛びついて頬同士をぴったりとくっつけた。
「久しぶりって言っても一週間くらい前に会ったばかりでしょ」
「一週間もたてば久しぶりだよ!アマリ欠乏症になりそうだよ?なりそうなんだよ?」
「じゃあフラフラしてないでこっちにいればいいのに」
「お姉ちゃんは忙しいの~!」
アマリリスはぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくるリフィルを軽く抱きしめ返し、その後優しく引きはがすと向かい側の椅子に座らせた。
「でさお姉ちゃん」
「うん?」
「何したの?」
「何って?」
「ナナシノちゃんが居なくなったの。お姉ちゃんが何かしたんでしょ?」
「んふふふふ!」
アマリリスの問いかけにリフィルは楽しそうな笑い声を返した。
誰が見ても好意を覚えるような可憐で楽し気な声と顔で笑い続ける。
「お姉ちゃん」
「んふふふふふ!何もしてないよ?何もしてないんだよ?」
「ほんとに?」
「ほんとだよー!信じてよ~。私はね?ただあの子と一緒に居ただけ~。手を繋いで一緒に歩いてただただ一緒に居ただけ。他は何もしてないんだよ?」
アマリリスはそれで全てを理解した。
リフィルは普通の存在じゃない。
彼女の性質を知っている者は口をそろえて彼女の事を「邪神」と呼び、そしてそれは比喩ではなく事実としてリフィルは邪神なのだ。
人ではない上位の存在として世界に生まれ落ち、人とは違う能力に精神性を備えた神とでも呼ぶべき存在。
そして神の中でもリフィルはとびっきり最悪な部類だった。
ただそこにいるだけで人や世界にとって良くない物をもたらし、その能力の全てが人を害することに作用する。
存在自体が害であり、関わった者を見境なく破滅させる邪なる神…それがリフィルだ。
そして今回その毒牙にかかったのがナナシノ。
リフィルと一緒に居た。
ただそれだけの理由でその身に不幸が振りかかり、やがて破滅が訪れる。
「はぁ~今度は何が目的だったの?」
「んん~?だって楽しいかなって」
「楽しいの?」
「うん。だってだってあの二人さ、最近とっても仲良くなってきたでしょ?」
「ユキノちゃんとナナシノちゃんの事?」
「そうそう!でねでね?あの二人は何かきっかけがあればもっともーっと仲良くなれると思うの!だからね?私がそのきっかけになれれば嬉しいなって!」
アマリリスはリフィルの妹だ。
血は繋がっていないとはいえ、物心つく前から一緒に育ち、誰よりも近くで一緒に成長してきた。
だからこそお互いの事は知り尽くしていると言ってもよく、リフィルが嘘が嫌いという事も知っている。
だから今アマリリスの目の前で楽しそうに笑っているリフィルの口から放たれた言葉が全てうそ偽りない物であると確信できた。
「なるほどね。でも大変な事になっちゃうよ。お姉ちゃんの「それ」は重くて強いから。ユキノちゃんとナナシノちゃんはこれで終わっちゃうかもだよ」
「んふふふふ!おかしなこと言うねアマリは!大丈夫だよ!だってね?──愛はどんな困難も打ち破れる魔法の言葉なんだから。あの二人が本当に想いあっているのなら…これくらいの事なんて何でもないでしょ?」
当たり前のことだよね?と真顔で首を傾げるリフィルの様子を見てアマリリスは…。
「それもそうか」
とこちらもさも当然とばかりに頷いた。
アマリリスはリフィルとは違い正真正銘の人間だ。
少なくとも生まれた頃は何の特別性もない…どこにでもいる女の子だった。
しかし、それでも彼女もすでにまともではない。
邪神と誰よりも長い時間を共にし、その邪神に誰よりも愛され…その邪神を誰よりも愛しているのだから。
故にすでにアマリリスもまともではない。
どれだけまともに見えたとしても…その内面はすでに一般のそれとは言えなくなっているほどに変容している。
それがリフィルと言う邪神がアマリリスにもたらした破滅。
おそらくこの世界で一番最初にリフィルの被害を受けた人間がアマリリスだ。
しかし幼いころからそれが普通だった彼女にリフィルに何かされたという考えは微塵もない。
今も昔もアマリリスにとってリフィルは優しく愛おしい大切な姉なのだから。
そしてリフィルにとってもアマリリスは世界で一番大切な…この世界において数少ないリフィルが心の底から愛を抱いている最愛の妹なのだから。
「今日は泊っていくの?」
「うんー!一緒に寝よ~」
姉妹は顔を見合わせて笑い合う。
歪んでいるけれど、まっすぐで…黒く染まっているけど純粋な色の想いを抱きながら。
誰に理解はされなくとも幸せな姉妹の姿がそこにはあった。
──────────
「ん…ぁ…」
暗く冷たい床の上。
身体に鈍く奔る痛みにナナシノは目を覚ました。
「ここは…この痛みは…っ」
ナナシノが痛みが続いている右腕と、そして右脚に視線を滑らせた。
──そこに本来あるべきの腕と脚がなかった。
右腕は二の腕の半ばから、右足は太ももの下あたりから切り取られ、鈍く光る蓋で傷口が覆われていた。
それはかつて「カカナツラ」の屋敷にいた時にされていた再生防止の処置だった。
ナナシノの身体は不滅であり、傷ついてもすぐに再生してしまう。
それは四肢の欠損であっても例外ではなく、腕を切り取ったとしてもすぐに再生してしまう。
そしてナナシノの身体はダメージが修復される際に流れ落ちた血液や、切り取られた部位などはどういうわけか跡形もなく消失してしまう。
それを防ぐための処置が傷口に特殊な蓋をするというものだった。
それをすることでナナシノの身体の修復は妨げられ、切り取った腕と脚も消滅しない…そういうものだった。
「そうですか…わたし…あの場所に戻ってきたの、で…すね…」
近頃忘れかけていた感覚がナナシノの身体に急速に戻ってくる。
化け物と呼ばれ、人間様のためだと身体を切り取られ、切り開かれ観察される日々。
一体それが何の研究なのかすら知らされず、ただ言われるがままに自らの身体を提供する…それが当たり前だった毎日。
「思えば最近…分不相応な思いをし過ぎました…これが…ここが…化け物の私には正しい…場所…」
普段から化け物と言われ続け、そう思い込まされそれが正しい事だと植え付けられていたナナシノにはそれがどれほど残酷な事なのか理解できていないし当然の事だと思っている。
ただ…脳裏に浮かぶのはユキノとの思い出だった。
人らしく…そして対等で接してくれた人。
ナナシノの事を必要だと言い、ナナシノにとってたくさんの初めてを教えてくれた人の顔が浮かんでは消えて、消えては浮かんでいく。
「…お別れくらいは…いいたかった、な…」
冷たい床の上でナナシノは痛みに意識を手放した。
そしてそんな様子を何もせず見つめていた人物がそこにはいた。
「哀れで馬鹿な子。まるでモルモットみたいね」
それは赤いフードを被った女だった。
血で染めたような赤黒く、古びたローブで顔を隠したその女はナナシノを見つめ感情のこもらない平坦な声で呟く。
「人としての尊厳もない。これがおかしい事だとすら認識できない家畜…でもあなたはいいわよね。そんなになってもまだ助けに来てくれる人がいるんだから。もう少し待っていなさいな。あなたの想い人はいずれここに来るわ…そういうものだから。だからあなたも彼女に想われるくらいの自尊心くらいは持ちなさい。あなたは「まだ」幸せでいていいの。怖い狼に食べられる日はまだ先なのだから」
ナナシノが次に目を覚ました時、赤いフードの女はすでに消えていた。
アマリリスがアリスを手伝おうとしなかったのは一連の出来事に姉の気配を感じていたからです。




