動き出す夜
明日はお休みです。
次回は金曜日に投稿します。
リアルの修羅場がなかなか終わらず休みがちになっております…そのうちペースは戻ると思いますのでゆるりとお待ち頂ければと思います。
アリスに与えられた城の一角…湯気が立ちのぼる異常な広さの風呂の浴槽にアリスとリコリスは広さなど関係ないとばかりにぴったりとくっついて浸かっていた。
厳密には自然体のアリスにリコリスがまるで一体化でもしているかのようにしがみついている形であり、時折ペロペロと首筋を舐めたり、甘噛みを繰り返している。
風呂に浸かっているので当然ではあるのだが二人とも服を全て脱ぎ去った裸体であり、湯を通して素肌同士が触れあっているがリコリスはもちろん、アリスも一切気にしていない様子だった。
その光景を見たものは勘違いしてしまうが実はアリスには人並みに羞恥心がある。
立場上、与えられているメイドに着替えの際に裸を見られたりするのは態度に出さなくとも恥ずかしく思っているし、以前に逢瀬を交わしていた軍人と使用人の姿を見かけたときはとっさに目を反らし、しばらく悶々としたりもした。
しかしリコリス相手にだけはアリスはそれを感じない。
それは何故か…それがアリスにとって当たり前だからだ。
そしてそうなるようにリコリスが仕向けたから。
彼女達が出会ったのはアリスがまだ片手の指で年齢が数えられるかどうかくらいの頃…それ以来リコリスは徹底的にアリスにくっつき、行動を共にし、少しずつ少しずつアリスに自分の存在を刷り込み、パーソナルスペースを侵食し、存在することが当たり前だと思うように誘導した。
そして今がある。
何故そんな事をリコリスは行ったのか…それは本人にしかわからない。
ただ少なくともアリスはリコリスに悪意というものを感じたことはなかった、だから気を許した。
それは間違いなかった。
「なぁリコ~」
「んー?」
「昼間のエンカくんたちの話を聞いてどう思った?」
「眠たいって思ったー」
「なるほど~。なぁリコ」
「んー?」
「…もしスカーレッドくんを詳しく調べれば何か出ると思うか?」
詳しく調べる。
それは素性や来歴だけではなく、その身体を構成する組織…そして構造も含まれる。
つまりそれは…。
「わかんないー。そうするつもりなの?」
「どうかな。今被害が報告され始めている魔物被害…情報によるとそこでも「カカナツラ」という名前が見つかっている。もしスカーレッドくんを調べて何か出てくるのなら…余は母の、皇帝の娘として帝国に住まう民と彼女を天秤にかけないといけないのだろうな。過去を語る際に悲しいほど震えていたあの子をだ」
「アリスちゃんがしたいならすればいいよー。でもしたくなければしなくていいよー」
「そうか、してもしなくてもいいか」
「うんー」
「だが余には責任がある。この国の姫として受けた恩恵に対しての責任だ。それを考えれば…」
「そんなにたくさん理由をつけないとやりたくないならやらなくていいんじゃないー?」
「…ふむ」
リコリスが上半身を少しだけ湯船から乗り出し、アリスの耳を甘嚙みする。
「はむはむ…あのねアリスちゃん。私のねおかーさんが言ってたよ」
「なんと?」
「明日できる事は明日すればいいって」
「その言葉は今は関係ないのでは…いや、そうか。スカーレッドくんを調べるのなんて最終手段…いつでもできるか」
「うんー。嫌な事なんてどうにもならなくなるまで逃げまわって…それでも振り切れなくなったらやればいいんだよー。だって嫌な事なんだもん」
「ははは、違いない…よし!そうと決まれば別のアプローチをとりあえず確かめてみるかぁ~。ひとまず必要なのは…情報と力か」
アリスはこれからどう動くべきか…湯船につかりながら思考の中に沈んだ。
そしてリコリスはこうなればアリスは周りが見えなくなることを知っている。
なのでここぞとばかりに目を光らせて、普段はさすがに怒られる部位をぺろぺろと舐めていくのだった。
────────
人知れずぽつんと存在していた地図にも乗っているかどうか微妙な小さな村に無数のかつて人だった肉塊が無残にも転がっていた。
小さいながらも人が日常の営みを繰り返していた場所を全身を血で染めた異形の獣が徘徊する。
──魔物。
人々はそれをそう呼んでいた。
「────────────!!!!」
魔物は耳障りな咆哮をあげながら獲物を探して駆けずり回る。
動物が狩を行うには理由がある。
腹を満たすため、家族を生かすため…食べ物を得るため、縄張りを守るため。
己の遺伝子を残すために力を誇示する…それら全ては生きるためだ。
対して魔物はどうだろうか。
動物に神の欠片が入り込み、性質を変容させた存在を魔物という。
魔物と化した動物はその瞬間から代謝を含むすべての身体的活動が停止するが、それでもまるで何かに操られているかのように動き出す。
故に魔物は食べないし、種を残そうともしないし、群れというものも存在しない。
しかし魔物は人を襲う。
それは何故か。
それはそういうものだからとしか言えない。
生きるためではなく、ただ殺すために人を襲う…それが魔物だ。
その習性によって今日この瞬間、一つの村が滅んだのだった。
「あ~よいしょぉ」
そんな魔物の頭部を間の抜けた掛け声とともに振り下ろされた大剣がぐちゃりと砕いた。
心臓が動いていない故に血液の循環も行われておらず、頭部が粉砕されたというのに血が噴き出すことはなかった。
「はぁ~うじゃうじゃとまるで害虫ですぅ」
大剣を振ってこびりついた肉片をふるい落とし、わずかにずれた眼鏡の位置を正してアラクネスートのアトラはめんどくさそうにため息を吐いた。
「魔物の討伐と言うのは何も楽しくないのでやりたくないのですけどねぇ~っと」
不満を口にしながらも四方八方から襲い来る魔物たちを大剣で肉塊に変えつつ、片手で懐から四角い箱のようなものを取り出して操作をする。
箱からは数秒ほど規則的な音が流れ、やがてクイーンと呼ばれる女性の声が聞こえるようになった。
「アトラ?そっちの様子はどう」
「え~一足遅かったですねぇ~私がついた時にはもう生存者はいませんでしたぁ」
「そう…やっぱり魔物が?」
「ですねぇ…現在進行形で襲われておりますですぅっと!数が多くてめんどくさいので人手をよこしてくださいなぁ」
「…無理よ。今は戦力が足りていない。生半可な物では魔物を相手どれないもの」
「カララさんでいいですよぉ。どうせ暇してるんでしょぉ」
「いえ、あの子には別の場所に行ってもらってるの」
「えぇ~?クソ雑魚のカララさんに魔物の相手なんてさせて大丈夫なんですぅ?」
「あなたカララをどうしたいのよ」
「ですぅ?」
会話をしながらもアトラは片手で魔物を相手取り、確実に息の根を止めていく。
彼女にとっては簡単な事だが本来魔物の相手というのは簡単な事ではなく、組織としてはそこそこの規模であるアラクネスートにおいてもまともに魔物との戦いで戦力に数えられるのは一握りしかいないほどだ。
そして今…そんな魔物が大量発生するという事態が起こってしまっている。
それを引き越しているのは…カカナツラと呼ばれる組織。
「とにかく今は人手が足りなさすぎる。私たちに関係のない事なら無視もできるけど…こちら側にも尋常じゃない被害が予想されるし実際に出始めている。これはもうカカナツラの頭を潰しても止まらない」
「それなんですけどぉ~出所がその変な組織とは言いますけどぉ実際どういう事なんです?まさか飼っていたとか言わないですよねぇ?」
「それはこの前説明したでしょ!ちゃんと聞いておきなさい!…ごほん。原理は分からないけど奴らは魔物を生け捕りする手段を有している。そして最近何故かため込んでいた魔物を放流しているみたいなの」
「いやそれ何もわかってないって事じゃないですかぁ」
「うるさい!こっちだっていっぱいいっぱいなの!」
はぁと再びアトラはため息を吐いた。
明らかにクイーンには疲労の色が見て取れたからだ。
「ですからぁ私もカララさんもどうせわからないのなら少しくらい休みましょ~って言ってるんですぅ」
「そんな暇は…!…いや、ごめん、そうよね…少し頭が回ってないのかもしれない」
「ですぅ。我々はまともな集まりではないのですからクソ真面目なんてむしろ馬鹿ですよぅ」
「うちでも頭のおかしさで上位のあなたに言われるとなんかむかつくわね…でもありがと…あなたが帰ってきたら少し眠ることにするわ」
「それがいいですねぇ。もう三日くらい起きてるのでしょぉ?カララさんなんて気がつけばお腹出して寝てますよぉ」
「はぁ…それはそれで問題…あら?」
「どうかしましたぁ?」
「ええ「あの人」から連絡が…なんですって?アトラ!こっちにどれくらいで戻ってこれる?」
まためんどくさい事になったとアトラは三度ため息を吐いた。
「これは帰った時にクイーンに一撃入れて気絶させてでも眠らせたほうが早いですかねぇ」
アトラは通話を斬り、両手で大剣を握って魔物の群を見据える。
「速く帰らないといけないのでぇ~雑魚は雑魚らしく群れて一気にきてくださいなぁ」
心底つまらなそうにアトラは大剣を振るい続けるのだった。
──────────
暗く闇に覆われたその場所で無数の魔物が檻の向こうで蠢いていた。
それを一人の男が冷めた目で見つめていた。
「当主様」
男に話しかけたのはまるで骸骨の様にやせ細った身体をローブで隠した死人のような男だ。
「見つかったか」
「ええようやく…やはり帝国にいたようです。どうなさいますか?」
「魔物の放出は続けろ。あの新参の組織…アラクネスートとか言ったか?若造共のお遊びにしては奴らは厄介だ。しばらくは引きつけておく必要があるからな…そしてその間に俺が帝国に入る」
「当主様が直々にですか?」
「ふん。あの化け物を掴まえるのに俺が一番効率がいいだろう」
「仰せのままに」
当主と呼ばれた男は忌々し気にこぶしを握り締め、唇を噛んだ。
「化け物の分際で俺の手を煩わせおって…まぁいい。あいつが戻れば「あの方」に捧げるための我が実験は最終段階に到達できる…待っていろナナシノ。今度は逃げようとなど考えられなくなるほどにぐちゃぐちゃにしてやる」




