過保護
明日はお休みです。
次回は火曜日か水曜日に投稿します。
ありえない、そんなはずない。
どれだけ連れ出そうとしても部屋の隅から動かなかったあのナナちゃんがここに居るはずがない。
い、いや、でも扉の側にいるのはどう見てもナナちゃんで…と、とにかく声をかけないと!?
「な、なななななななななななななななー!なー!なななー!?」
「どうしたのユキノちゃん。喉が壊れてるよ」
いけない、びっくりしすぎておかしくなってしまった。
落ち着かなければ。
「なー!なー!?なななななななななななななな!?」
「落ち着いて」
頭に重たい衝撃が奔った。
え?まさかアマリリスさんに殴られた?殴ったんですかアマリリスさん?
っとそんな事よりナナちゃん!
私はとりあえずは正気に戻ったので急いでナナちゃんに駆け寄った。
「どどどどどうしたのナナちゃん!?なんでここに」
「えっと…ユキノさんがハンカチを忘れていることに気がついて…それで…」
オドオドとしながらナナちゃんがハンカチを差し出してきた。
確かにこれは間違いなく私のだけど…。
「あ~ごめんナナちゃん…実はこれ何枚か持ってて今もちゃんと持ってきて…」
「ごほん!げほん!」
背後でアマリリスさんのわざとらしい咳払いが聞こえた。
なんだ?と少しだけ振り向いて横目でアマ真リリスさんの事を伺うと「よくわからないけど空気を読みな」とでも言いたげな視線が私に向けられている。
空気…?どういうことだろうか。
首をひねりつつもナナちゃんの方に向き直ると、今にも泣きだしそうな顔でナナちゃんはハンカチを持ったまま震えていた。
空気を読め!私!
「──持ってきてるつもりだったけど忘れてたよ!いやぁダメだなぁ私。ナナちゃんが持ってきてくれなかったら大変な事になってたよ~お手洗いの時とか!」
「そう、ですか…ならよかったです…」
安堵したような表情を見せたナナちゃんに私もホッとしつつ、ハンカチを受け取る。
しかしわざわざこのために来てくれたのだろうか…?
「ユキノちゃんのお友達?」
いつの間にか傍まで来ていたらしいアマリリスさんが私の背後から顔をのぞかせた。
「ええはい。一緒に住んでるナナちゃん…ナナシノちゃんです」
「ああ、あなたが。話は聞いてたけどこうして会ったのは初めてかな」
「…は、はじめまし…て」
ナナちゃんは私の服の袖の部分を掴むと、私を壁にしてアマリリスさんから隠れた。
うーむ…アマリリスさんは背が高いから怖いのかな…?
アマリリスさんが気分を害したりしないだろうかと少し思ったけど、気にした様子はなかったので一安心。
「ん、あれ?ユキノちゃん…ナナシノちゃん靴履いてないよ」
「んえ!?」
目を下に向けるとなんとナナちゃん裸足だった。
「裸足でここまで来たの!?」
「え?まぁそうですけど…」
さも当然のように、それこそ「それが何か?」と不思議そうにナナちゃんは言った。
私は唖然としつつもナナちゃんの軽すぎる身体をを抱き上げる。
「え…ゆ、ユキノさん!?」
「アマリリスさん消毒液を!」
「あい~」
急いで椅子を引っ張り出してナナちゃんを座らせ、脚を取る。
家からここまでの道は舗装されているとはいえ小石やらは落ちているはずだ。
距離もそこそこあるしそんな中を裸足で歩いてきたりしたら大変な事に…!
「あ、あれ…?怪我がない…?」
ナナちゃんの足の裏は染み一つない、真っ白なそれだった。
「…ああ、そういうことですか。お忘れですかユキノさん。私は…」
「あ…ご、ごめん…忘れてた…」
そうだった。
ナナちゃんは…怪我をしてもすぐに治るんだった。
びっくりしすぎて頭から抜け落ちていた。
「いえ…謝られることでは。それに心配してくれて嬉しかったです」
「ナナちゃん…」
怪我がないならとりあえずよかった。
でもそうなると次に気になってくるのはどうやってここまで来たかという事なわけで…。
「ナナちゃんどうやってここまで?」
「歩いてですけど」
「そうじゃなくて…ここの場所知らないよね…?」
「あ、えっと…」
ナナちゃんは話したくなさそうに私から目を反らした。
なにかあるのだろうか…?
しかし話したくなさそうなことを無理やり聞き出すというのも…。
なので私は今は話を変えることにした。
「一人で大丈夫だった?変な人に声をかけられたりは…」
「そういうのは別に…でも…」
「でも?」
「その…人が多くて…外に出たこと自体ひさしぶりだったので…その…なんといいますか…」
ナナちゃんは椅子の上で膝を抱えて少し震えだした。
怖かったという事だろうか。
そんな中、私がハンカチを家に忘れたと思って届けに来てくれたと?
正直に言えばそんな事で無茶をしないでほしいという気持ちが強い。
でもそれ以上に…胸にじんとくるものがあった。
「ありがとうねナナちゃん。そうまでしてハンカチを持ってきてくれて」
「いえ…」
「でも心配しちゃうからあんまり無茶しちゃだめだよ」
「はい」
ナナちゃんの手を掴んで微笑む。
そんな私を見てナナちゃんはなんだか良く分からない表情をしていた。
気まずそうな…でも嬉しそうな複雑な表情。
「仲いいね君たち」
アマリリスさんが消毒液と包帯を手に戻って来ていた。
必要のない物を取りに行かせてしまって申し訳ないと思いつつ、受け取っていちおうそういう体としてナナちゃんの足に包帯を巻いた。
もしアマリリスさんが事情を知らないのであれば私が勝手にバラシていい事じゃないと思うから。
あれ…?そういえばアマリリスさんってナナちゃんの体質知っているはずだよね?
皇帝さんと話した時に一緒にいたはずだし…。
ふと見るとアマリリスさんはニヤニヤと笑っていた。
完全にからかわれている。
「アマリリスさん!」
「あはは、ごめんごめん。さて…せっかく来たんだし少しゆっくりしていく?」
アマリリスさんが用意してきてくれたらしいお茶を私とナナちゃんの前にある机においてくれた。
確かにせっかく外に来たのにすぐに帰るというのももったいない気はする。
「どうする?ナナちゃん」
「えっと…ここって本がたくさんありますけど…どういう場所なんですか?」
「興味ある?ここは図書塔…世界中からいろんな本が集まる場所。全部無条件にというわけにはいかないけどここの一階にあるやつと二階にあるのは好きに読んでいいよ」
「だって。ナナちゃん本とか好き?」
なんとなくだけどナナちゃんは本を読んでいるのが似合うようなイメージあると言えばある。
「いえ、読んだことありません」
しかし正反対の答えが返ってきてしまった。
私でさえ本に触れた事くらいはあるのに…ナナちゃんの過去が気になってしまう。
そんなナナちゃんにアマリリスさんが優しく微笑みかけていた。
「そっか。字は読める?よかったらおススメを何冊か見繕ってあげようか?」
「あ、えっと…」
私以外の誰かとナナちゃんが話している。
その事実に何故かモヤモヤしたものを感じる。
何だろうこの気持ち…。
胸を軽く押さえていると、ナナちゃんが困っているようにに私を見ていることに気がついた。
なんだろう?
もしかして私にアマリリスさんの申し出を受けていいのかどうか確認しようとしている…?
「…いいと思うよ。ほらもし好きな本とかあればナナちゃんが一人の時でも暇つぶしできるだろうし」
そういうとナナちゃんが少しだけ笑って頷いた。
「あの…じ、じゃあお願いします…字はその…難しいものでなければ読めると思います…」
「はーい。何が好きとかわからないだろうからファンタジーとか恋愛ものとかミステリーに…あと歴史書とかも持ってきてみようか」
鼻歌を歌いながらたくさんある本棚に向かって行ったアマリリスさんを見送りながら…私は今度はなにかゾクゾクしたものを感じていた。
さっきはモヤモヤしていたのに、ナナちゃんが私に伺いを立ててきたのが…なんだか私をそういう気持ちにさせた。
そうだよねナナちゃんの事は全部私がしてるんだもん…私にはナナちゃんの事が必要だけど…ナナちゃんにも私が必要だよね。
「ふふっ」
「ユキノさん?」
「あ、ごめんごめん。せっかくだからお茶もいただこうか。零さないようにね」
「はい」
私が促さないと出されたお茶も飲まない。
いや、私が促すことによってはじめてお茶に口をつけるんだ。
それが…不思議な事なんだけど…なんだか嬉しく思えた。
何かが芽生えだしたユキノさん。




