漆黒に流れる深紅3
次回は土曜か日曜日に投稿します。
カララは開いた口がふさがらなかった。
今エンカは何と言ったのか…気取ってるだとかそんな物じゃない。
あまりに…あまりにも、
(あまりにも痛々しい…!!なんなのよ主人公って!馬鹿じゃないの!?物語の登場人物にでもなったつもり!?)
こいつ絶対にヤバいやつだとカララは今までとは別の意味でエンカに対する警戒度を上げた。
絶対に関わってはいけないタイプの人間だと痛いほどに頭が警鐘を鳴らしていた。
カララ本人もよく同僚から煽るようなむかつく声色で「カララさんは地雷系ですぅ。やーいやーい地雷女ぁ~」と言われるが、これはその比ではない。
エンカに比べれば自分なんてまとももまともとここぞとばかりにこっそりと自分を正当化するカララだがそんな事をしても置かれた状況は変わらない。
とにかく逃げるしかない。
それがカララの出した結論だ。
二重の意味で今この場から逃げ出したいと切に願い、そのために辺りの状況を改めて観察する。
襲撃をかけていた場所が一目から隠れるような場所にあったため、周囲は木々に囲まれており、目くらましになるものがたくさんあると言えばそうだが、同時に直線で駆け抜けることが出来ない場所だともいえる。
(それでも逃げられないことはない…だけどあいつがどれくらいの速さで走れるのか分からないし、瞬間移動のような能力を持っていないとも限らない…どうする?どうすれば…)
カララはこの戦いでエンカから何も引き出せていない。
ただ純粋に強いという事は分かったが何か特殊な力を持っているのかいないのか、魔法が使えるのか使えないのか何もわかっていない。
だからこそ安易な方法が取れない。
「それでも一か八かにげるしか、ない!頭のおかしいやつなんてアトラだけで充分よ!」
カララは瞬時にエンカに背を向け、脚を踏み出した。
だいたいの地形は把握した。
後は木々の隙間を縫って逃げるだけ…そう思ったが走り出そうとしたカララを何かが追い抜いた。
それの正体はは血の剣でカララから数歩ほどの位置に突き刺さると赤毛の少女の姿に戻り、身体を広げてカララの闘争を邪魔した。
「ばぁ!逃がさないんだからねっ!」
「んな!?この…!」
ほんの一瞬だけカララは赤毛の少女を排除するか、ルートを変更するかを悩んでしまった。
それは秒数に変換することも馬鹿らしいほどの瞬きの間にも満たない一瞬。
結局は剣に変化する少女がまともなはずがないとルート変更を選択したが一瞬でも動きを止めたことがカララに致命的な隙を作りだした。
「逃がすものか」
「ちっ、くしょぉおおおお!!!」
カララはすぐ背後から聞こえたエンカの声にまた顔を殴られるわけにはいかないと振り向き、ナイフを振るう。
それをエンカは華麗にいなしつつカララの腹に掌底を叩き込み、赤毛の少女に声をかける。
「スカーレッド!」
「あいあい!」
瞬時に少女の身体が再び血の剣に変換された。
「あ…」
その瞬間、カララは完全に無防備となっていた。
どうあっても防御も回避も間に合わない。
殺られる…そう現実に直面した。
迫りくる剣を見つめていたカララの目が細められて…そして、
何かがエンカの持つ剣を受け止めた。
静まり返った周囲に甲高い金属同士がぶつかるような音が響く。
黒いローブを羽織った男が手に持った白き剣でエンカの攻撃を受け止めていたのだ。
「大丈夫ですか」
「あ、あんたは…」
ローブの男はカララに冷静な声をかけ、その声を聴いたカララもローブの男が誰なのか理解した。
「何者だ。お前も悪の手先か」
「名乗るほどの者ではないですし、どちらかと言えば正義に殉じている者だと自負しています」
「戯言を。悪を庇うものが正義であるはずがない」
「他人を悪と断定するというのはひどく傲慢ですね。この世界に真なる悪など中々存在しないものですよ。生きている人は各々自らの正義に従って生きているのだから」
「笑わせるな。この漆黒の世界において主人公たる僕が決めることが全てだ。我が運命に現せし悪は全て正義の名の元に切り捨てるのみ」
「主人公…?」
「そいつの話を真面目に考えないで!今は逃げるのを優先にして!お願い!」
「…了解した」
ローブの男は一際強く剣を振りぬき、わずかにエンカを後ずさりさせると懐から取り出した何かを地面に叩きつけた。
その何かは目を眩ませるほどの爆発的な光を発し、それが収まる頃にはローブの男はカララと共に消えていた。
「逃がしたか。小賢しい真似を」
エンカが呟くと同時に血の剣は赤毛の少女の姿に戻った。
「まーまー、どうせたまたま見つけただけなんだし充分懲らしめられたって事で良しとしようよ!スカーレッドちゃんそろそろ眠くなってきたよエンカくん!」
「闇が支配する時間ははまだまだこれからだ。闇に生きる僕はまだ──」
「はいはい!明日も歩かないとだからもう少しだけ進んだらちゃんと寝ようね!じゃないといつまでたっても「帝国」につかないよ!」
「僕に指図するなスカーレッド。僕の進む道は僕が決め──」
「ほら早く!いくよー!」
赤毛の少女スカーレッドは何かを言い続けるエンカを無視してその手を引き進んでいく。
二人の目的地は帝国…その場所で彼女達が何をするつもりなのか、まだ誰も知らない。
─────────
カララとローブの男はアラクネスートのアジトのすぐ近くまで移動し、腰を下ろしていた。
そこでようやくカララは一息つき、差し出されたハンカチで顔の汚れを落としていく。
「いやぁ助かった~さすがは騎士様っカララちゃん惚れちゃいそう」
甘ったるい声を出しながらカララは四つん這いでローブの男の足に触れる。
「そういうのは結構です」
「あっは~そんな身持ちが硬いところも~す・て・き・です!アレン様~」
「はぁ…こちら側にいる時は名前を不用意に呼ばないでほしいと…いえ、もういいです」
男がローブを脱ぎ去り、素顔を晒す。
それは帝国騎士のアレンの顔で間違いなかった。
「それはごめんなさぁい。怒らないで騎士様?今度デートしてあげましょうか?」
「結構です」
「やぁ~んつれないなぁ…ところで騎士様はどうしてあそこに?いや助かりましたけど」
「別件の調査をしていたところをたまたまです。危ないところでしたね」
「本当ですよぉ~もう!ちなみに別件って?」
「クイーン嬢からの依頼でとあることを調べていました。そちらも同じだったのでは?」
アレンの言葉にカララは首をひねった。
「いいえ?あたしはクイーンからあの場所にあったとある組織の拠点を落としてくるように言われてたんですけど…情報ミス?」
「…というよりは別物だと思っていた二つの事が繋がっていたと見るべきでしょうね。クイーン嬢がわざわざ別の命令を出す必要がない」
「まぁそうですね。真面目な事が取り柄みたいなやつですし」
「ええ。よって一応聞きたいのですがあなたが「処理」した者の中にこの男が居ませんでしたか?」
アレンがカララに一枚の紙を手渡した。
それは何かの資料の一ページのようで、一人の人物の情報が事細かに記されている。
「うーん、見てないと思いますね」
「そうですか」
「なんなのですか騎士様?この男」
「「カカナツラ」という組織の首領です。つい最近まで例の欠片と「何か」を使って実験を繰り返していたことがわかっているのですが…実験に使っていた「何か」に逃げられたらしく過激な行動が目立っているようです。魔物を捕獲しているという噂も聞きますので放置はできないかと」
「まぁそれは大変。あたしにできる事なら何でも言ってくださいね騎士様っ」
「…勝手な事をするとクイーン嬢に小言を言われそうなので遠慮しておきます。それでは私は戻ります」
「あら!少しくらいゆっくりしていけばいいのに」
「皇帝陛下に先ほどの黒コートの人物の事を報告しに行かなければいけませんので」
それはアラクネスートの協力者としてではなく帝国騎士としての言葉だった。
「あの変な奴の事を皇帝に報告するんです?」
「ええ。見間違いでなければあれでいて陛下が頭を悩ませる要注意人物の一人ですので」
「まぁまぁ、二重生活も大変ですね~」
「そんなことはないですよ。言うほど二重でもないですしね…では」
アレンがカララに一礼をすると、その身体が淡い光に包まれ、やがて消えた。
「あいかわらず便利よね~瞬間移動の能力って。欠片由来じゃないみたいだけど不思議~…はぁとりあえずあたしも帰ろ…こっちもクイーンに報告もしなくちゃだし…」
カララはなんとなく思い足を引きずりながら、同僚たちの待つアジトに帰るのだった。




