漆黒に流れる深紅2
カララとエンカの戦いはほとんど一方的なものだった。
時間と共に傷が増えていく一方のカララに、無傷で表情も変わらないエンカ。
曲がりなりにも裏社会に生きて長いカララをしてもエンカの力は底が知れなかった。
(なにこいつ…純粋に強くてやりにくいんですけど…!!)
エンカにはアトラのような馬鹿げたパワーも、カララのようなスピードもない。
ユキノのような正体不明の能力もアマリリスのような魔法の力もない。
なのに挑めば倒れているのはカララの方だった。
(スピードで翻弄してもすぐに視線を合わされる…明らかにナイフを刺せるタイミングだったのに剣が滑り込んでくる…なんなのこいつ…!)
しいて言うのならエンカは反射神経がいいとカララは分析していた。
目で見て視認し、行動に移すまでの時間が人よりは短い…だが言ってみればそれだけだ。
そのほかに突出したものはない…いや、突出したものはないが全てのパラメーターが異常ではない常識の範囲内で高水準とでもいうのだろうか。
エンカはそう、純粋に強いのだ。
だからスピードだけで上回ってもその他の全てを用いてひっくり返される。
(なんて厄介な…ああもう!こういうのの相手はアトラの馬鹿の仕事なのに!!)
またもう一つカララが攻めきれない理由として赤毛の少女が変化した血を固めたような剣があった。
(あの剣も斬り合ってる感じは今のところ普通の剣だけどあんな異常な変化をしておいて何もないはずがない。絶対に何かあるはず…だというのにそれを引き出せずにこうもやられてる状況で勝機があるわけない…どうする?)
「どうした。こないのか」
「ほらあたしいい女だからさ~追うより追われたいの。なんちゃって」
「…」
カララが挑発をしてみてもエンカは動く様子を見せなかった。
実はエンカの方でも予想外の事態が起こっており、それはカララが勝てないという事はなくとも思ったよりは強かったことだ。
余裕ではあるが油断はできない。
それがエンカがカララに下した判断だ。
故に攻めあぐねているところがあり、しかしそれが原因でカララが時間をかけていたぶられているようにも見える状態となっているためどちらにせよカララにとって良くない状況だという事は変わらないのだが。
「あ、あのさ!イケメンのあなた!ここらへんでやめない?なんであたしに喧嘩を売ってるのか知らないけどさ、もうやめた方がいいって」
「それは出来ない。僕の瞳が闇の中で悪を捉えた時、それはその悪が潰える時なのだから」
「わけのわかんないこと言ってないで、ね?ほらカララちゃん可愛いじゃん?こんな美少女がお願いしてるんだよ?ね?イケメンなら女の子の扱いくらいわかるよね?ね?」
カララはこれでもかとエンカに対して媚びるような仕草を見せた。
顔には血が付着し、全身汚れているにもかかわらず確かに美少女に見えるその技術は見事と褒めるしかない。
「あはははは!ダメダメ!エンカくんに色仕掛けなんて通じないんだよ~!だってエンカくんはこのスカーレッドちゃんにむちゅーなんだから!」
どういう理屈なのか幼い少女の声が血の剣から響いた。
どうやらその状態でも赤毛の少女の意識はあるらしく、ますます訳が分からないとカララは困惑する。
「お前はただの武器だ。スカーレッド」
「ひっどーい!エンカくんのばかぁ!」
「少し黙れ。夜の闇に騒々しさは合わない。闇を支配するのは静寂なのだから」
会話に気を取られたのかエンカの視線がカララから血の剣に一瞬だけ動いた。
その瞬間を見逃さず、チャンスとばかりにカララは最高速度でエンカに突撃を敢行した。
「ほんの一刺し…いや引っ掻くだけでもいい…それで全部終わる!」
まさに目にも止まらず繰り出された最速の一撃のはずのそれは視線をそらしていたはずのエンカの持つ剣にいとも簡単に弾かれた。
しかし、それはカララもすでに想定済みで…本命はもう片方のナイフだ。
「どれだけ反射神経がよくても振りぬいた剣を戻すには時間がかか──」
カララがナイフを突き出そうとしたその直前、それよりも早くエンカの黒い手袋に覆われた拳がその顔面に突き立てられた。
「ぶきゃっ!?」
鼻から血を飛ばしながら、華麗な放物線を描いてカララの身体が飛んでいき…地面に後頭部を打ち付けながら落ちた。
明らかにまずい量の出血を鼻からしているが、カララは痛がりながらも立ち上がり、目を吊りあがらせながらエンカに指を突き付けた。
「あ、あんたさっきから顔ばっかりやめてくれない!?カララちゃんは美少女だって言ってるでしょう!?」
「顔から突っ込んでくるお前が悪い。そこが一番狙いやすく、与えるダメージも絶大だ」
「だからって女の子の顔面を狙うなんてどうなってるのよ!見ず知らずのあたしをいきなり襲うのも含めておかしいんじゃないの!?色々となんか間違ってるでしょうが!!」
「笑わせるな。何もおかしい事なんかない」
「はぁ!?」
「いいか?僕は強い、それは何故だ?」
「そんなの知るわけないでしょ!?」
「ならば僕のこの胸に悪を滅する意志が宿っているのは何故だ」
「知らないって言ってるのよ!なんなのほんとに!?」
はぁ…と深いため息を吐きながらエンカは仕方がないとばかりに首を振る。
その動作にカララはブチ切れ寸前だったが必死にこらえた。
そしてエンカが哀れなものを見る目を向けながら血の剣を月明かりにかざす。
「ならばあえて答えよう。それは僕が選ばれし者だからだ」
「…はい?」
「生まれつき僕の中には悪を許さないという正義の心がある。それは何故か?そして僕には全てをねじ伏せる力が備わっている。現に悪であるお前は僕に土ぼこり一つすらつけられていない。それらすべての答えはただ一つ…」
掲げられていた剣がゆっくりと降ろされ、カララに向けられた。
「邪なる悪の化身よ、恐れ慄け。僕こそが「主人公」だ」
エンカくんを見ていると心の奥底の封印された何かが痛みますね。
不思議です。




