漆黒に流れる深紅1
次回は明日か明後日投稿します。
夜の帳が落ちた世界、月すらも雲に覆われ光の射さないその場所で少女の気の抜けたような歌声が響いていた。
「ら~ら~ら~。今日は楽しいお仕事だなぁ~っと」
言葉とは裏腹に心底めんどくさそうに少女の影が男の背に突き刺したナイフを引きぬく。
水気を帯びた肉を引きちぎる生々しい音と、勢いよく飛び散る血の水音が静まり返った闇夜を彩り、気の抜けた歌と共に倒れた男には目もくれず少女は歩き出す。
「らーらー…あ~メロディーがとんだ。うっかりさんだお、てへぺろ~」
ふざけたことを言いつつも少女は今度は女の胸にナイフを突き刺した。
女はビクンビクンと数度痙攣し、やがて完全に動かなくなる。
「これで20。も~何人いるのよ~」
女の死体からナイフを引きぬいた少女が周囲を見渡すと、視界には喉を抑えて苦しそうに床に這いつくばる複数の怪しい出で立ちの男女の姿があった。
そして少女はあくび混じりに再び近くにいた人物の急所に的確にナイフを突き刺し、命を奪っていく。
「ま、まて…なにものだ…き、さま…」
「およ?おじさん話ができるの?なかなか凄いね」
床に這いつくばる者たちの中で一人だけ豪華な服に身を包んだ男が息を途切れ途切れにさせながらもナイフを持った少女を睨みつけた。
「なに、ものだと…っ…きいて、いる…!それ、に…われ、わ、れに…なにを…したぁ!」
「質問は一つずつにしてよ~、せっかちなおじさん。薄々は分かってるでしょ?あたしは秘密結社アラクネスートに所属している可愛い可愛い女の子。カララちゃんって呼んで?」
少女カララはナイフを男に見せつけるようにしてにっこりと微笑んだ。
「アラクネスート…だ、と…」
「そそ。つまりはおじさんたちの商売敵。あたしたちの縄張りで好き勝手しすぎたんだよねおじさんたちは。だから私が送り込まれて来たってわけ~。何をしたかってのも簡単…ただ神経毒をぽいって投げ込んで堂々と入って来て…そして今。わかったかな?お・じ・さ・ん」
「ぐ…はぁ…はぁ…どく…だとぉ…?まさか…さき、ほどの…煙が…だが、それ、なら…貴様とて…!」
「え~?おじさんあったまわるぅ~い!あたしには効果がないから使ってるに決まってるじゃん~それに今目の前に無事なあたしがいるのに~!あはははっ見た目だけじゃなくて頭もよわよわなんだ~ざぁ~こ」
カララは男にまたがるようにして顔を近づけ耳元で囁くと…その胸にナイフを突き立てた。
─────────
「あ~ちかれたぁ。全くクイーンのやつ、毎度毎度変な時間に呼び出してくれてさ~冗談じゃないよね、まったくもう」
外に出たカララはぼやきながらも手元の資料に目を落としていた。
光の射さない夜の闇においてどうやっているのかは謎であったがカララは確かに資料を読めており、パラパラと資料めくっていくうちにピタリと手を止めた。
「…一人いない?あちゃ~逃げられたかな?でも遠くには行っていないはずだから追いかけますか…あーあ早く戻らないとお肌が荒れたらどうするのよ」
カララが資料をしまって、歩き出そうとしたところで何者かの気配を感じて振り返る。
すると先ほどまで誰もいなかったはずのそこに誰かがいた。
不揃いに切られた銀色の髪に、闇よりも深い黒のコートを着こなし口元を深紅のマフラーで覆った男の様にも女の様にも見える美人だ。
「え~と資料には乗ってないけど、もしかしてここに居た連中のお友達だったりする?」
カララは冷静に、しかし警戒は怠らずに謎の人物に話しかけた。
その人物はじっとカララを探るように見つめるだけで言葉を話そうとはしない。
しかし次の瞬間、謎の人物がカララに向かって細く鋭利に尖った針のようなものを投げた。
「っ!」
闇の中で銀に光るそれを目ざとく視認したカララは腰に下げていた長方形の黒い箱のようなものを取り出した。
箱は瞬時に自動変形を始め、二振りのナイフへと形を変えて針を切り払う。
「あー!見つけた!あのガシャガシャってする武器!エンカくんエンカくん!あの人あれだよ!悪い組織の人!」
謎の人物の陰に隠れていたらしく、今度は騒がしく大声を出しながら赤毛の少女が姿を見せた。
なんだこいつら…と困惑しながらもカララは少女の言葉を聞き逃してはいなかった。
「もしかしてあたしに用事だった?確かにあたしは悪い組織の人だけど…おにーさん?おねーさん?どっちかは知らないけどあなた達の事知らないな~だから何もしないでお家に帰るって言うなら今ならぎりぎり見逃してあげられるよ?」
「その必要はない」
そこでようやく謎の人物が口を開いた。
もっとも口元を覆っている深紅のマフラーのせいで開いた口は見えていないのだが。
「つまりどういう事かな?」
「お前は勘違いをしている。先ほどお前は僕を見逃すと言っていたが…それは上の立場にいる者が下にいる者に投げる言葉だ」
「そうだよ?分かってるじゃん。だからはやく尻尾を巻いて逃げなってあたしは言ってるんだよ?わかってる?」
「分かっていないのはお前だ。闇に潜みし悪よ、我が正義の元に散れ。スカーレッド」
「はーい!頑張ろうねエンカくん!」
エンカと呼ばれた謎の人物が赤毛の少女に手をかざすと、少女の身体は少しずつ剥がれ落ちるようにして崩壊していく。
剥がれた身体は血のような赤い軌跡を描くとエンカのかざした腕に収って行き…やがて血で出来た細身の剣のような形に収束した。
「人が剣になった…?なにそれ、あたしそんなの知らないんですけど?」
「安心しろ。無知を嘆くこともなくお前はもう何も知ることはない。今日ここでお前が辿って来た血濡れた運命は途切れるからだ」
カララは謎の人物の正体に一切の心当たりがなかった。
しかしどう見ても一般人ではないと判断し、またどうやら自分と事を構えるつもりであることを認識して思考を戦闘に切り替える。
同僚であるアトラとは違い、カララは直接戦闘が得意なわけではない。
とある特殊な体質を生かしての先ほどのような不意打ちや暗殺を得意としている。
しかしだからと言って純粋な戦闘力が低いわけではなく、ナイフに仕込まれた猛毒により一撃でも攻撃がかすったのならその時点で勝負はつく。
そしてカララは何より、速さと身軽さには自信があった。
故に勝負は一瞬。
相手の出方が分からないのなら、何かをする前に潰す。
タンッとカララは一歩を踏み出し、目にも止まらない速さで謎の人物の背後に回り、ナイフを突き出した。
(完全に決まった。もしかしたら後で怒られるかもだけど…まぁ何とかなるっしょ)
勝利を確信したカララだったが次の瞬間、彼女は信じられないものを目にする。
「な…っ!」
謎の人物は血の剣でカララのナイフを受け止めていた。
まるで背後に目でもついているかのように、カララの事を見ずに後ろ手に持った剣で完全に攻撃を防いでいたのだ。
「やはりその程度か。所詮お前などそこら辺の悪と何ら変わりはないという事だ」
「何を言って…」
カララが言葉を発しようとした瞬間、謎の人物の裏拳がカララの顔面に炸裂し、そのまま頭を掴まれて地面に叩きつけられた。
「がっ…!?」
「悪風情が頭が高いぞ」
「ふっざけんな…!気取ったことばっかいってんじゃないわよ!!」
カララはナイフを振り回し、謎の人物が距離を取った。
そしてすかさず立ち上がるも、すでに眼前には血の剣が迫っていて…。
「くそっ!!」
ギリギリで避けはしたがカララは左腕をバッサリと切り裂かれてしまい、血がこぼれだす。
それを冷めた目で謎の人物は見つめ、剣についた血を払い落とす。
「なんなのよあんた!」
カララが叫ぶと同時に突風が辺りを駆け抜けた。
空を覆っていた雲は千切れ飛び、隠れていた月の明かりが闇を照らしていく。
「いいだろう悪に染まりし魂よ聞くがいい。そして地獄の番人へこの名を告げろ。僕の名はエンカ。エンカ・ダークハート。大人しく首を下げて道を開けろ、僕が通る」
おかしな奴が増えました。
そしてカララさんがわからされる回です。




