小話 万魔の妖精VS白い悪魔
次回投稿は未定です。
3,4日以内には投稿したい気持ちです。
チッ、チッ、チッ、チッと時計の針が時間を刻む。
もう「それ」が始まって一体どれだけの時が経ったのだろうか?アマリリスの頬を汗が流れ落ちる。
まるで御伽噺から出てきた妖精のようだと評判の顔は苦しそうに歪められており、どれだけ彼女が追い詰められているのかが計り知れた。
この世界に存在するありとあらゆる魔法を習得し、自在に行使できることに由来する圧倒的戦闘力に並び立つものなしと言われるほどの知識量。
それら全てを含めて万魔の妖精、帝国に巣食う魔女…世界の裏側たる闇の住民たちからもそう呼ばれ恐れられているアマリリスだがそんな彼女が今この瞬間、もはやどうしようもないほどに追い詰められていた。
更に今の状態の異常さを象徴しているのが食事だ。
アマリリスの持つ異常な力を知らない表側の住人たちにも彼女は有名人であり、アマリリスが歩いた後の飲食店では野菜の切れ端すら残らないと言われ恐れられるほどの大食いである彼女が時計の針が時を刻んで約三時間の間一切の食べ物を口にしていない。
おそらくアマリリスと親交のある人物がそれを聞けば体調を崩したのかと心配するレベルの異常事態だ。
なぜアマリリスがそんな事態に陥ったのか…その始まりは今から数日ほど前に遡る。
「アマねぇ~」
やや舌足らずにも聞こえる少女の声が図書塔で作業していたアマリリスの耳に届き、振り向いて確認をするとそこにはアマリリスの妹であるリコリスがいた。
一人なのは珍しいなと思いながら大きな耳の生えた頭を撫でる。
「ん~?どうしたのリコ」
「あのねあのね、これ~」
リコリスはアマリリスに大きな袋に入った何か手渡した。
受け取るとそれには結構な重量があり、大きな何かが入っているというよりは小さなものが大量に入っている感じがした。
「なにこれ?」
「えっとね、さっきおかーさんが来てね、これアマねぇに渡してあげてって」
「おかあさん?どっちの?」
「んーと」
リコリスは片腕をあげて指をカクカクと不規則に動かした。
「え…どうして呼んでくれなかったの。せっかくだから一緒に食べ歩きとかしたかったんだけど」
「だってすぐ帰っちゃったもん。おしょーがつ?とか言ってなんかいろいろと配って回ってるんだって!私もおとしだま?ってお金と綺麗な宝石の玉?貰ったよ。アリスちゃんも何か貰ってた!」
「そうなんだ…」
実は自他ともに認めるマザコン気質気味であるアマリリスは母親に会えなかったことがショックなのか少し肩を落とした。
しかしすぐに気を取り直すと袋の中を覗き込む。
そこには図書塔にも収められていない貴重な本が大量に入っていてアマリリスの表情は一転してキラキラとした笑顔になった。
それを見たリコリスはやれやれと首を振った。
「じゃあ渡したよ~」
「もう行くの?お茶でも飲んでいけば?」
「んーん。アリスちゃんが心配だから~もう三十分も離れてる!」
「ああそうね。また今度遊びにおいで~」
「うん~じゃあね~」
リコリスは全力疾走で図書塔を出ていたのだった。
それを見届けた後にアマリリスは母親からの贈り物を袋から出し、どれから読み進めようかとワクワクしながら整理を始め、袋の底の方に別の袋が入れてあったのに気がついた。
「なんだろうこれ?」
袋を取り出し、中をのぞくと一枚の紙がまず目に飛び込んできて目を通す。
「えーと…ちゃんと焼いて食べる事?食べ物?やったー」
そしてさらに袋から取り出したとある食べ物を見てアマリリスは絶句したのだった。
それからアマリリスには他国への出張の予定が入ってしまい、せっかくだからと母からの贈り物を懐に出張に向かい…そして現在。
用意された豪華な部屋でアマリリスは「それ」と対峙していたのだ。
この世界全体で見ても強者の部類である彼女を追い詰めるそれの正体は白い悪魔…通称「餅」である。
誤解のないように言えばアマリリスはお餅は好きだ。
好物の一つと言ってもいい。
しかし同時に彼女が最も苦手としている食べ物でもあった。
その理由は「数個食べただけでお腹がいっぱいになってしまうから」だ。
人外の領域に達していると言ってもいい無限の胃袋をもつアマリリスだがどういうわけか餅は数個食べるだけでお腹に溜まり、満腹になってしまうのだ。
それ以降は半日しないと次なる食事が出来なくなり、一日10食以上食べているアマリリスからすればいろんな食べ物を食べられないという点で死活問題だ。
だが一番の問題はそれではない。
「どうすれば…」
絶望に顔を歪め、アマリリスは項垂れる。
「海苔巻きに砂糖醤油にきな粉…揚げ餅にバター醤油にお吸い物…お汁粉に生クリーム和えにチョコレートソース…美味しい食べ方なんて無限にあるのに3個くらいしか食べられないなんて…こんなの酷いよ…」
それが絶望の理由。
アマリリスは三時間もの間、餅の食べ方を決めきれずにいた。
どれも捨てがたいのに、そのほとんどを切り捨てなければいけない。
これほど残酷で非道な事象があるだろうかとアマリリスは泣いていた。
「はぁ…もうダメだ決められない…こういう時誰かいてくれたらなぁ…」
「いるんだなぁこれが!」
自分しかいないはずの部屋に聞き覚えのある声がして顔をあげると向かい側にニコニコと笑っているリフィルがいた。
アマリリスの姉であり、自他ともに認めるシスコンであるリフィルは居場所を知らされてもいないのに当然とばかりにそこにいてアマリリスもそれに対して驚きの表情すら見せずにいた。
突然現れることが当たり前と受け入れている。
「お姉ちゃん…はぁ~…」
「ええ!?何その反応!もっと喜んでよ!」
「無理だよ…今はお姉ちゃん史上最も役に立たない瞬間だよ…はぁ」
「そんなことないよ!何でも相談してみてよ!アマリの悩みなんてこのお姉ちゃんがパパっと解決してあげるんだから!」
「…お餅の食べ方で悩んでるの。どういう方法で食べればいいと思う?」
「何でもいいんじゃない?」
アマリリスは立ち上がると部屋の扉を開けた。
「はい、お姉ちゃん帰り口はこっちだよ」
「ええ!?どうして!?」
「私は今真剣に悩んでるの。やる気のない人は帰ってください~」
「そ、そんなぁ~…じ、じゃああれがいいと思うよ!えっとほら…あの粉みたいなの」
「きな粉?」
「そうそれ。アマリ甘いもの好きじゃん」
「うーん…保留」
「どうして!?」
「お姉ちゃんさっき「じゃあ」って言ったでしょ。じゃあなんて軽い気持ちで決められないよ!!戦いなんだよこれは!!私は今戦ってるんだよ!!!」
「え、えええええええ!?」
かつてない大荒れを見せるアマリリスにリフィルは圧倒され、涙目になっていた。
「はぁ~…ところでお姉ちゃんもママたちから何か貰ったの?」
「え?うん。お金とね~…これ貰った~」
リフィルは懐から継ぎはぎだらけのぬいぐるみを取り出した。
元はデフォルメされた動物の可愛らしいぬいぐるみであっただろうそれは色も形も違う様々なパーツを縫い付けられ、原型が分からない不気味なものへと変貌させられていた。
「それ前から持ってたやつじゃない?」
「うん。この子本体じゃなくて目の奴~なんか綺麗な宝石貰ったから目に縫い付けてみたの」
「そうなんだ。リコも宝石貰ったって言ってたけどなんで私は違うんだろう?」
「アマリは宝石とか興味ないからじゃ?ママたち結構悩んでたらしいよ?私はお金なんかあんまり欲しくないしリコはアリちゃんと一緒だから同じくお金なんか要らないしってことでいい感じの宝石を見つけて来たみたいだし、アマリは逆にそういうの興味ないからってうんうん唸ってたって」
「そうなんだ」
少しだけ疎外感を感じていたアマリリスだがその話を聞いて胸をなでおろした。
今さら家族が自分だけを仲間外れにするなんてこれっぽちも思ってはいないけれど、それでもどうしても心のどこかでは自分だけ血縁ではないという事を考えてしまう。
そんなことないと理解していてもどうしようもない事だった。
だから母親である人たちが自分のために悩んでくれたという事実がただただアマリリスは嬉しかった。
「そうだ、お姉ちゃんはお餅はどうやって食べるのが好き?」
「え…うーん…そもそもお餅自体あんまり好きじゃないし…」
「もーお姉ちゃんそればっかじゃん。嫌いなものが多すぎ」
「そんなこと言われても~…あ、じゃあやっぱりきな粉にしようよ。私ねアマリが甘いもの食べてる時の顔好きなんだ!」
「なんか釈然としない気がするけどいっか。じゃあきな粉にしよう」
そしてアマリリスは魔法であろうことか部屋の中で火をおこし、餅を焼き始めた。
ちなみにきな粉は餅の食べ方で悩み始めた時にはその他のものも併せてすでに準備済みだった。
「ここってどっかのお城の部屋だったよね?いいの火なんか起こして」
「いいんじゃない?お城の安全よりも今はお餅だよ~」
「そっかそっかぁ」
そうして二人で膨らんでいく餅を見つめ限界まで膨れ上がったところで華麗な箸さばきでアマリリスが餅を回収し大きな皿の上に形成されていたきな粉の海にくぐらせた。
「はい、お姉ちゃんの分」
「わーい、ありがと」
「それじゃあいただきます」
「いただきまーす」
もっちもち、もっちもちときな粉に染まった餅を伸ばしながら咀嚼をする。
半日ぶりの食事にアマリリスの口内と胃袋は白い悪魔の力によって幸福に満たされ溶けたような表情を見せた。
それを見てリフィルは楽しそうにニコニコと笑う。
「お姉ちゃん」
「なぁに?」
「私ね皆で食べるご飯が好き。だからねたまに少しだけ寂しくなるんだ。大人になって皆それぞれやりたいことやってさ…家族で集まれるのなんてたまにしかないから」
「アマリ…」
「だから今はとっても嬉しい。ありがとうお姉ちゃん」
「うんうん、また今度みんなでご飯食べようね」
「うん」
もっちもちとアマリリスは普段人には見せないような幼い少女にも見える屈託のない笑顔で餅を食べていくのだった。
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「ところでアマリ」
「なに?」
「ずっと気になってたんだけど、この隅の方に捨ててある小さい箱何?」
「ああそれ、なんか私の事を聞きつけた…えーとこの国の第三王子?が渡してきた指輪。趣味じゃないから要らない~って。もちもち…」
「ふーん…そうなんだ」
普段なら決して姉には渡してはいけない情報だったが、白い悪魔に心を奪われている最中のアマリリスは自分がそれを漏らしてしまった事にも気づいてはいなかった。
それから数週間後、その国で血の雨が降ることになったのはまた別の話だった。
アマリリスが餅を数食べれないという設定はなんとなく以前から設定していた意味のないやつだったのですがこの機会にとなんとなく書いていたエピソードにお正月という言葉を後付けしてお出しした話になります。
次回も別キャラメインで日常パート予定です。




