二つの欠片2
次回は金曜日に投稿します。
白い部屋の白いベッドの上。
全体を飾り気のない壁と中の様子を見るためだけのガラス壁に囲まれたその場所で、その少女は死人のような顔色で眠っていた。
そんな様子をガラス越しにユキノは見つめる。
死人のようなとは言うがユキノにはその少女は生きているようには見えなかった。
生気を感じられないのだ。
「これはいったい…」
「彼女がユキノさんに紹介したい欠片持ちですぅ」
「欠片持ちって…あの子生きてるの…?」
「ええ何とか生きていますねぇ。実はちょっと色々と訳ありでしてぇ~…時間的にそろそろですかねぇ」
アトラが言うのとほぼ同時にそれは起こった。
少女の眠るベッドにじわじわと水に濡れたような染みが現れて、それは時間と共に広がっていく。
やがて染みはベッド中に広がり、端からぽたぽたと水滴が床にこぼれ始め…その量は水滴から途切れぬ水流に、最後には井戸をひっくり返したかのような激流へと変わり部屋中に水が満ちていく。
「これは…!」
「ふぅ…いつもこんな感じなのですぅ。彼女どうやら水に関する能力を持っているみたいなのですが意識がないからなのか定期的に水を生み出して周囲を水没させてしまうんですぅ。一度放水が始まると軽く2時間は止まらなくてですねぇ…」
「二時間って…このままじゃ部屋が水で埋まっちゃう!」
「あぁ大丈夫ですよ。危険があるって分かっているからこそこの部屋に置いているわけですから。この部屋は隅の方に配水用の水路が引いてあるので放っておいても集落の側にある川に放水されますぅ」
「そうなんだ…」
ほっと息を吐き、安堵したユキノだが動揺が収まった後に浮かんでくるのはどうしてアトラは自分をここに連れて来たのだろうかという疑問だ。
ユキノは欠片の破壊ができるというのなら確かに利はある…しかし少女の状態はともかく問題が起こっているようには見えないこの場所にわざわざ自分を連れてくる意味は何だろうかとユキノは考え、答えは出なかったので直接アトラにぶつけた。
「確かに現状で問題はないように見えるかもしれませんが、それは本当にただ問題がないだけですぅ。私たちは慈善団体ではないのでいつまでも彼女のような「我々の役に立たない者」の面倒を見ている余裕はないのですよぉ。先ほども言いましたがここは私の管轄でしてぇ~正直持て余しているのですぅ。無駄に仕事が増えるだけですし」
「そんな言い方…」
「確かに言い方は悪いと思いますが何度だって言いますけど我々は慈善団体ではないのですぅ。どちらにせよいつまでもここに置いておくことは出来ません~。いつかはこちらから手を降さなければいけなくなる時が来ますぅ。そうなるくらいならユキノさんに欠片を破壊してもらった方がいいと思いませんかぁ?あの少女から水の力が消えれば、普通の意識不明の少女として帝国の病院で診てもらうことが出来ますからぁ」
アトラの言い分にユキノとしてはわざわざ噛みつく部分は無かった。
確かにその通りだと思ったから。
そんな中で噛みつくことではないが気になったことと言えば…。
「…悪い組織だって聞いてたけどすぐには殺さないんだね」
「慈善団体ではないですが殺戮集団でもないつもりですからねぇ~。それにいつか意識を取り戻せばいくらでも使い道はありますからぁ~…ただその気配がないって私が個人的に判断したのでユキノさんにお願いできないかとお話を持ってきた次第ですぅ」
「そう…話は分かった。うん、私も裏がないっていうのならやってもいいって思えるよ」
「わぁありがとうございますぅ」
「だけど…私が欠片持ちの人の欠片を壊すにはその人にスノーホワイトでダメージを与えないといけないの。あの女の子…それに耐えられる状態なの…?どうしてあの子は意識を失っているの」
ユキノはまだアトラに気を許してはいなかった。
先日戦った時の異常な様子にアラクネスートという何を目的としているのかもわからないが非合法であることは間違いがない組織…それらを信用できるはずなど無く、少女をこんな状態にしたのもアトラたちではないかという疑念が拭えていなかった。
「まぁ~疑うのも無理はないと思いますけどぉ~この件に関しては本当に私はもちろんのこと我々もノータッチ。一切関与しておりません~組織がこの子を発見した時にはもうほぼこの状態でしたぁ~…そしてもう一つもんだいがありましてねぇ~?」
「もう一つ?」
「ええ、そうなんです。それがですねぇ~…っと」
アトラが突然ユキノの身体を抱き寄せると懐から小さな黒い箱を取り出し、その箱を展開させて片刃の大剣を手にして床に突き刺した。
そこから一呼吸おいて…突如として炎の塊が現れユキノたちを襲った。
炎の塊はアトラの突き刺した大剣によって防がれたが肌を焦がすような熱が建物中をさまよい、その室温を上昇させた。
「な、なに…どうしたのアトラさん!?」
「はぁ…これがもう一つの問題ですぅ。いつもこそこそしないで正面から来なさいって言っているでしょぉカルヘンさん~」
アトラは未だに炎が燻ぶる大剣を引きぬき、炎を払うように振ると飛び散った炎の隙間から鋭い目つきの少年が姿を見せた。
「黙れクソ女!俺の…俺の妹を返せ!!」
少年はその小さな手に零れ落ちそうなほどの炎を浮かべながらアトラを睨みつけていた。




