名無しの少女3
明日はお休みです。
次回は土曜日もしくは日曜日になると思います(クリスマス回ではないです)。
引き続きナナシノ視点です。
いちおう閲覧注意回です。
ユキノさんは戻ってきてからひたすらぶつぶつと聞き取れない声で何かを呟いている。
どうにかしなくちゃとは思うものの何をすればいいか分からないし、どう声をかけていいのかもわからない。
私は…何もできない。
「あの…ユキノさん」
「…わたしが…こ、ころ…わた…」
「その…ご飯たべますか…?私も何も食べてなくて…だから、その…なにかとってますね」
そうして立ち上がろうとしたところで気がついた。
いつも座り込んでいるだけの私にユキノさんがご飯を持ってきてくれて…だからそれは…私はユキノさんがどこから食べ物を持ってきているかも知らないのだ。
この部屋からほとんど動かないからそれ以外もどこに何があるのか分からない。
何もかも…ユキノさんにやってもらっていたのだから。
「えっとだから…その…」
何も…何もできない…何もしてあげられない。
頭の中にリフィルさんに言われた言葉が反響する。
私は与えられるばかり…貰うだけで何もあげていない。
ようやくわかったあの人が言っていたことの意味が…私はあまりに自分勝手だった。
優しくしてもらっていたのに…ただ帰ってこないとふてくされていただけで…。
それもそのはずだ、こんな私なんか…一緒にいて楽しいはずがないのだから。
「ご、ごめ…ごめんなさいユキノさん…私…」
震える手を伸ばしてユキノさんに触れようとした…その時、視界が回転して背中に衝撃と痛みが広がった。
少し間をおいて虚ろな目をしたユキノさんに首を掴まれて押し倒されたのだと気づいた。
「ユキノ…さ…ん…?」
「…」
おおよそ光の感じられない瞳が私に向けられて、首を掴む手に力が加えられていく。
苦しい…息が出来なくなるのと同時に強烈な圧迫感に痛みも伴う。
私を…殺そうとしている…?
「あ、ぐ…あ…」
もう私に見切りをつけたという事なのでしょうか。
あの映像の中の女の人といるほうが楽しいから…私が邪魔になった?
それならば…そう、それがユキノさんのためになるのなら。
────死んであげたい。
でもだめ…私はあなたのために死んであげることすらできないのです。
ごめんなさい…何もあなたにあげられなくて…。
ごめんなさい…。
「あ…」
意識が途切れそうになる。
窒息で死ぬというのはとても苦しい…それに色々大変な事になる。
上から下からと色んなものが垂れ流しになってしまうから。
もし私をここから追い出すつもりなら…掃除が大変になってしまいますよと…伝えたいけれど…もう声も出なく…なっ…て…。
そこで首に与えられていた圧迫感が消えた。
「っ!げほっ!げほっ!はーっ!はーっ!…ごほっ!」
解放された身体が反射的に足りなくなった酸素を補おうと無茶な呼吸を繰り返す。
尋常じゃない速度での空気の行き来に喉も肺も焼けそうに痛い。
でも死んでない。
死ぬ前にユキノさんは首から手を離した。
どうして…?
「ゆ、き、の…さん?」
「…して」
「え…?すみません…よく聞こえなくて…」
「…して」
「あの…」
「私に…痛いことして…お願い…」
痛い事して。
そう私に言ったユキノさんの両目には今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっていた。
「どうしたんですか…?」
「お願い…ナナシノちゃんしかいないの…どうしてもいいから…何をしてもいいからお願い…そうしないと私…どうすればいいのか分からない…お願い…ナナシノちゃん…」
何が何だかわからないけれど、ユキノさんは私にお願いをしている。
縋るような目で私を見ている。
それは私が今ユキノさんにしてあげられることなのでしょうか。
「痛い事をする…それがユキノさんのためになりますか…?」
「お願い…お願いだから…許して…」
許して。
それが何を意味するのか意味をくみ取ることは出来ないけれど、ユキノさんが望んでいるのなら…それが私がやってあげられることならやってあげないと。
優しい子の人に何かを返さないといけないから。
「分かりました。どうしてほしいですか?」
「痛い事して…ゆるして…」
「わかりませんけどわかりました。自由にやってくれという事ですね」
そうとなれば早速始めましょう。
ユキノさんの身体を押しのけながら立ち上がり、ベッドの下の箱から血がこびりついた包丁を取り出す。
それを見たユキノさんは壁に背を預けるようにして…まるで何かを誘っているかのように私に身体をさらけ出した。
「今日は電気をつけましょうか」
魔道具のスイッチを押して明かりをともす。
いつもは電気を消しているけれど今日は特別…痛い事をしてほしいというお願いだから。
「いきますよ」
「うん…」
包丁を見せつけるようにしてゆっくりとユキノさんに近づく。
私はたくさんの痛い事をされながら今日まで生きてきたから…だからわかる。
どうすれば人は痛いのかって事が。
痛みに必要なものは認識だと私は思う。
突発的に刺されたりしても痛みより驚きが勝ってしまう。
勿論それに気がつけば痛みを感じるだろうけど、頭が痛いという事を理解しきってないから痛くてもそれほどなのだ。
だからこうして見せつける。
今からあなたの身体を刺して痛い思いをさせるのだと。
たっぷりと頭に思い知らせてから…刃を通していく。
「っあ…いぎぃ…!」
刺されると分かっていれば覚悟ができる。
でも覚悟は別に痛みを軽減などしてくれない。
むしろ分かっているのに抗えないという恐怖は精神も痛めつけてくれる。
人に痛がらせるコツは…身体だけでなく心まで痛めつける事だ。
「痛いですか?」
「いた…い…」
お腹に刺さった刃の隙間から真っ赤な血が流れ落ちてユキノさんの肌を、床を汚していく。
刃が数ミリほど沈んだところで押し込むのをやめてユキノさんの顔を見る。
涙をこぼしながらも虚ろな目はまだ私を見ていた。
「足りない…もっと…おねがい…もっとして…」
「…これ以上は危険です」
包丁をもう少し押し込めば内臓に当たってしまう。
普通の人は内臓が傷つくのは生死にかかわる。
だからこれ以上はダメだ。
そう説明してみたけれどユキノさんは「お願い…もっと…」と同じような事を繰り返すばかり。
「お願い…大丈夫だから…だってわたし…殺しちゃった…殺しちゃったの…だから…じゃないと…ゆるして…」
まるでうわ言のよう呟くユキノさんの姿が見ていられなくて、いったん包丁を引きぬいた後…すぐにまた白いお腹を深く突き刺した。
なるべく内臓へのダメージが少ない場所に…といっても私とユキノさんでは身体の構造内臓の位置もずれがあるだろう。
だから確実な事は言えない…それでも彼女が望むのなら。
「はっ…!いたぃ…!あぁ…っ!」
「…意外と大丈夫そう?ですね?」
傷口からもっと出血してもいいものだけど、不思議と流れ出る血が少ない。
それにユキノさんも痛がってはいるけれど深刻そうな様子ではない。
ふと最初に刺した傷を見ると、もう塞がりかけている。
なにか…変な力が働いている?
「ナナシノちゃん…おねがい…もっと…して…」
「ユキノさん…どうしてそこまで」
「だって私殺しちゃったの…「あの子たち」を…悪い人じゃなかったのに…お願い…私を…許して…」
そこでようやく理解した。
事情は分からないけれどユキノさんは罰が欲しいんだ。
誰かを殺してしまって…私に痛めつけられることで罰を受けて…そして許してほしいんだ。
でも何をしようとも死んでしまった人が「もういいよ、許してあげるよ」なんて言ってくれるはずがない。
じゃあどうしてあげればいい?私はユキノさんに何がしてあげられる?
そう考えた時、私の中で何かが脈打ったのを感じた。
トクトクと私の中にある私のものじゃなかった何かが私に溶け込んでいく。
私はそれがなんとなくリフィルさんに飲まされた何かじゃないかと思ったけれど、そんな事どうでもよくなるくらい熱い何かが私の中を駆けまわっている。
──そうだ今はそんなことどうでもいい。
この人は私が必要なんだ。
今この瞬間、この人は誰より私の事を必要としているんだ。
与えられて与える。
贈って贈られる。
それが対等な関係だから…今ここから私たちはそれが始められるんじゃないだろうか。
「いいですよユキノさん」
「え…?」
「私があなたを許してあげます」
耳元でささやきながらもう一度ゆっくりと刃を白い肌に通していく。
「いぎぃ…!」
「ユキノさんが何をしても…私がこうしてあなたを許してあげます。だから何も悲しまなくていいんですよ。だって私がいるのですから」
「なな…ちゃ、ん…」
「ナナちゃん。いいですねそれ」
たぶんナナシノちゃんと言おうとして痛みに声がかすれてしまっただけだろう。
でもナナちゃんという響きはとてもいい…そう思った。
「今度からはナナちゃんって呼んでください。それ、なんか好きですから」
「う、ん…」
会話をしながら刃を少しづつ奥に進めていく。
痛みは感じさせつつも致命的な事にはならないように細心の注意を払いながら。
私はユキノさんを殺したくはない。
ただ対等な関係でありたいだけ。
「優しいユキノさん…私はこの数日で自分がどれだけ自分勝手なのか思い知りました。ですから今日ここから…私と対等な関係になってください」
「ひっ…ぅぐ…たい、とう…?」
「ええそうです。どこにもいかないでとか、私以外の人の所に行かないでとか言うつもりもないしそんな権利も私にはありません。だからそこはいいんです…でもこうしてあなたの望み通りの事をして…そして何をしてもあなたを許してあげられるのは私だけです。そうでしょう?」
「うん…ナナシノちゃん…だ、け…」
「ナナちゃん、です」
グリッとほんの少しだけ刃を捻る。
「いぎぃ!?…な、なちゃん…」
「はい、ナナちゃんです。話を戻しますけど私はあなたを縛るつもりなんてないのです…ただ最後には私のところに戻ってくるって約束してください」
「やく…そ…く…」
「はい。あなたが望むときに望むことを私はします…そしてどんな時だって許してあげます。私があなたの全てを許します。だから…絶対に帰ってきてください。私がいるここに…お願いします…」
ぽたりと私の腕に生暖かい水が落ちた。
涙だ。
だけどユキノさんのものじゃない…その位置にユキノさんのそれは落ちないから。
泣いていたのは…私だ。
いつの間にか私の両目からはぼたぼたと涙がこぼれ落ちていた。
涙は私の腕を伝い、包丁を通って流れるユキノさんの血と混ざり床を汚していく。
そして…。
「ナナちゃん…」
「っ」
ユキノさんがグイっと私を抱きしめた。
当然そんな事をすれば私が握る包丁がさらに深く食い込むことになるけれどそんな事関係ないとばかりにユキノさんは力強く、そして優しく私を抱きしめている。
流石にまずいと包丁を引きぬいて手放す。
「ナナちゃん…ナナちゃん…」
「ゆき、のさん…ユキノさん…」
そして訳も分からないまま…ただ流れる燃えるような感情に身をまかせ私はユキノさんと血と涙が混ざり出来た水たまりの中でお互いの名前を呼びながら抱きしめ合っていた。
これで二人の関係は結構完成に近づいてきました!個人的には純愛を書いているつもりです。
一応ですが毎回いちゃつくたびにここまでヘビーな事が起こるわけではないです。
たぶん普通にイチャつくこともあると思います…が、たまにこんな感じのも来ます。




