名無しの少女1
あの後、目を覚ますと私は家のベッドの上でナナシノちゃんと一緒に眠っていた。
頭はズキズキしてるし、身体中が痛い。
つまりはいたるところが絶不調で、起きたはいいものの再び眠りについてしまいたいという欲求に耐えられず起こした身を寝かせてそっと目を閉じた。
疲れていたからなのか寝ぼけていたのか隣で眠るナナシノちゃんを無意識に抱き寄せてしまって…ポカポカして柔らかくて気持ちがよかった。
それから丸一日眠り目覚めたらナナシノちゃんが私を上から覗き込むようにしていて…。
───────
それからさらに翌日。
アリスがリコちゃんと仲良く手を繋いでうちにやって来た。
その頃には私も何が起こったかを完全に思い出していて、私が気を失った後何があったのかをアリスは教えてくれた。
「とりあえずランくんは無事だ。処置が早くできたのとユキノくんが致命傷を避けてくれたおかげだ。欠片の破壊と能力の消失も無事に確認できたし結果は万々歳だ」
「そっか…よかった」
あの時…スノーホワイトでランさんを攻撃した時は正直賭けだった。
殺す殺さないは置いておいて、どれくらい傷をつければ体内の欠片を破壊できるのかが分からなかったから。
リッツとい男の人の時くらいやれば確実なのはわかっていたけれど、あの時の傷は一切手加減していないので場合によっては致命傷になりえる傷だった。
だから殺さずに欠片だけを破壊するというのは勝手が分からなかったのだけど…うまくいってくれて本当によかった。
「あらためて礼を言うよユキノくん。本当にありがとう。諸々の手続きが終わり次第、報酬を渡させてもらうよ」
「あ…でもその…やっぱ報酬なんて」
「こういうのは謙遜するものではないぞユキノくん。貰えるものなんて何でも貰っておけばいいんだ。それに状況によっては断るのがむしろ失礼だったりするからね」
「そういうものなのかな」
「そういうものさ」
そういうものらしいのでありがたく受け取ることにした。
何がもらえるのかは分からないけれど美味しいものだったらいいな…ナナシノちゃんにも分けてあげられるし。
「それからあの秘密結社の方だが…完全に逃げられた。キミがリフィルくんに連れていかれてすぐに余が呼んでいた騎士達が合流したのだが痕跡すら見つけることが出来なかった」
「そっか…」
「アトラくんはともかくもう一人の方は深手を負っているようだったから追跡できると思っていたのだが…やはりそううまく尻尾は掴めないな。流石は長年帝国を欺き続けている組織だ。一筋縄ではいかん」
「アトラさん…何者だったんだろう」
「それもさっぱりだな。診療所には何も残っていなかったし…ランくんが意識を取り戻せば話を聞けるかもしれないが口を封じていないという事は何も出ないのだろうね。もしかすれば…余たちがあの秘密結社に迫れた最後のチャンスだったのかもしれない。まさかわざわざ顔が割れている余たちの前に姿を現すはずもないだろうからね」
「ですよね…」
「ま!キミが気にする事じゃない。ただでさえ慣れない事に大変な事で手一杯だろうからな。関わらないに越したことはないさ」
アリスはそう言ってくれたが私の中にはある種の予感があった。
きっとそう遠くはない未来に…またアトラさんとは出会ってしまいそうな気がする…そんな予感。
そしてお茶を一杯飲んでからアリスは帰っていった。
とりあえず仕事は終わったし、ちょっと脇腹が痛いしでナナシノちゃんとご飯を食べて少し休もう…そう思った矢先に再び家に訪問者が現れた。
最初はアリスが忘れ物でもしたのかな?と思ってコンコンと優しくノックされた扉を開くとまさかの人物がそこにいた。
「ユキノさ~ん、遊びに来ましたぁ~」
「あ、アトラさん…!?」
つい先ほどまで話題にしていたアトラさんが玄関口でほわほわと微笑んでいる。
いや出会う予感はしていたけれどこんな爆速で再開するなんて思っても見なかった。
というか普通に訪ねてこないでよ秘密結社!そもそもなんで家を知ってるの!?
突っ込みどころしかない訪問に私の思考は停止した。
「もうご飯は食べましたぁ?よければ一緒どうですぅ?」
もしここで暴れられたらナナシノちゃんの身も危ないかもしれないと私は警戒をしながらもアトラさんと一緒に外に出ることにした。
何があっても扉は開けなくていいからねと一応ナナシノちゃんには忠告しておいたけれど…なんとなく心配だ。
それに約束の一緒にご飯を守れない事にも少しだけ引っかかるものを感じたけれど…それよりもこの人とナナシノちゃんを合わせたくないと何故か思った。
「私この辺りにはあんまり来ないので~どこかおススメのご飯が美味しいところとかありますぅ?できればお魚以外がいいのですけどぉ~」
「私も引っ越してきたばかりだからあまり詳しくは…」
しばらく二人で歩いているけれどアトラさんは何かをしてくる様子はなく、怪しい行動もしていない。
本当にただご飯を食べる場所を探しているだけで…こうしてみるとやっぱり先日のあの光景は嘘だったんじゃないかというくらいアトラさんは普通だ。
間延びした喋り方が特徴的ではあるがそれ以外は特に目立ったところはなく、主張しすぎない灰色の三つ編みや大きな丸眼鏡にほわほわとした表情が合わさってとてもじゃないが危ない人には見えない。
大剣じゃなくて本をもっている方が似合う。
「そんなに見つめてどうかしましたぁ?」
「いや…別に…」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよぉ~。今日は完全にオフなので~純粋にお友達に会いに来ただけですぅ」
「お友達…?」
「そうですよぉ~私とユキノさんはお友達ですぅ」
「そ、そうなの!?」
「えぇ~あんなに熱く殺し合った仲じゃないですかぁ~お互いに殺意をぶつけあってこうして縁が出来たんですからとっくにお友達ですぅ」
私が想像しているお友達とは違う気がどうしても拭えない。
なので記念すべき初友達にカウントしていいのかどうか審議がいる。
「あ~あそこなんてオシャレでよさそうですぅ。ユキノさんあそこに入りましょ~」
「え、あ、うん」
アトラさんに手を引かれて入ったのは確かにオシャレなカフェだった。
一人で入るのはなんとなく怖かったので気にはなっていたものの入ることが出来なかった場所なので少しだけ嬉しかったり…。
二人で味の違うパンケーキなるものを注文して向かい合うように席に座る。
「あいててて…」
椅子に座る時に脇腹が痛んだ。
「…ずっと気になっていたのですけどぉ~お腹どうかしたのですかぁ?」
「ああ、うん。ちょっと刺されちゃって」
「刺されたですぅ?カララさんが刺したのって背中でしたよね~?」
「そっちはもう治ったんだけど…ちょっと色々あってね…」
私の脳裏には心なしか嬉しそうにして包丁を握っていたナナシノちゃんの顔が浮かんでいた。
「私が言うのもなんですが大変そうですねぇ~」
「本当になんだね…」
「そしてそんなユキノさんにちょっと頼みごとをしたいと思っている私なのですぅ」
「頼み事…?」
この唐突な頼みごとが…まさかあんな事になるなんてこの時はまだ知らなかった。
──────
「はい。とまぁこんな風にユキ…ユキ?…ユキ、ノ…そうユキノちゃん!ユキノちゃんはあなたを置いて他の女と楽しくご飯を楽しんでいるよ?いるんだよ?ねぇねぇどんな気持ち?えーと…あなた名前なんだっけ」
「…ナナシノです」
ユキノさんが慌てて家を出て行ったあと、すぐに戻ってくるのかと思っていつもご飯を食べているテーブルの前で丸まっているといつの間にかリフィルさんがいた。
そしてどこからともなく水晶玉のようなものを取り出すとそこに映像が映って、それを私に見せつけるようにしてきて…そこに映ったのは先にリフィルさんが言ったように女性と丸いケーキのようなものを食べているユキノさんの姿だった。
声は聞こえないから映像だけだけど…なんとなく楽しそうに見えた。
「そうそうナナシノちゃん!それでどう?どんな気持ち?ねぇねぇ」
やけに楽しそうなリフィルさんの質問に私は答えることにした。
「…楽しそうだなって思います」
「それだけ?それだけなの?他には何もないの?」
「…ちょっと…この辺りが変な感じがします」
私は胸のそっと手を置いた。
今まで感じたことの無いような感覚がそこにあった。
なにか…気持ちの悪いものがぐるぐると回っているような…こういうのを気分が悪いというのでしょうか…?
「んふふふふ!そうだよねぇ、うんうん。私はナナシノちゃんにちゃんとそういう感情があったみたいで安心したよ!んふふふふ!あのねナナシノちゃん──」
それから私はリフィルさんと話をした。
色々と私には分からないことだらけの話だったけれどとにかく聞いた。
そしてその日…リフィルさんが帰った後もユキノさんは戻ってこなかった。
主人公の家に遊びに来る謎の組織の幹部とヒロインの脳を破壊しにかかる邪神さん。




