小話 距離の無い二人
時系列ぶった切りの小話です。諸事情で執筆できてない時期があって本編が追い付いていないのでどこかのタイミングで投稿する予定だったこちらを先に出した形です。
明日はお休みです。
次回は火曜日か水曜日に投稿します。
帝国にあるとある大きな城。
そこの一室に鳥のさえずりと共に日の光が差し込み、一人の少女が大きなベッドから身を起こす。
「ん~…くにゃぁ~…」
紫髪の少女は大きなあくびをすると目を軽くこすり、次に大きく身体を伸ばした。
身体の動きに合わせて頭部に存在する大きな獣の耳がピコピコと動くのが印象的だ。
そして少女、リコリスはぱっちりと目覚め、続いて隣でシーツに包まって寝ているアリスの身体をゆする。
「アリスちゃん朝だよ。おきておきて」
「…」
しかし声をかけても揺らしてもアリスは目覚める気配はなく、しかし本人から朝は起こしてほしいと頼まれているのでやめるわけにもいかずリコリスは強硬手段に出ることにした。
まずアリスからシーツをはぎ取り、腰の下に手を入れてグイっと無理やり上半身を起こさせた。
「アリスちゃん朝だよ~」
「あ~…zzz」
しかし目覚めないアリスに対しリコリスはその身体にギュッと抱き着いて首をぺろぺろと舐め始める。
「アリスちゃん起きた?」
「おきた…おきたよ~…zzz」
まだ起きていないようなので今度はカプカプと首筋をあまがみしていく。
「おひた?はむはむ…」
「うん…おきたぁ…zzz」
どう見ても起きていなかったのでリコリスはグラグラと揺れているアリスの頭部を両手で固定し…「ちぅ」と小さくその唇に吸い付いた。
「ん~…リコ…いまなにかしたぁ…?」
「んーん、してない~」
「そっかぁ…zzz」
「いい加減おきてよ~」
その後十数分間、リコリスはアリスの首や腕を舐めてあまがみするを繰り返していたところで部屋の扉がノックされ、ひらひらとしていながらも落ち着いた衣装を身に纏ったメイドが数人アリスとリコリスが戯れている部屋に足を踏み入れた。
「おはようございますアリス様、リコリス様」
「おはよー…むにゃ…」
「おはよー」
メイドたちは部屋に入るなり機敏に部屋中を動き回り、朝の支度をしていく。
そんな中でもアリスの腕をあまがみするのを止めないリコリスに一人のメイドが近づき、一礼したのちにアリスを抱きかかえる。
「ありがとうございますリコリス様。あとはこちらで」
「あいー」
「むにゃ…あれぇ…ベッドがとおいよ~…zzz」
「はい、朝の湯浴みの時間ですので」
「おふろ…はいる…リコもおいで~」
「うんーあとでいくー」
普段は意地でもアリスと離れることの無いリコリスだが朝のこの時間だけはアリスを素直に見送る。
勿論その行動にはちゃんと理由が存在しており、メイドがアリスを抱きかかえて連れ出したのと入れ替わりで数人の騎士が部屋に入ってくる。
そのままベッドの上のリコリスの元まで歩くと、全員が規則正しく一礼をした。
「おはようございます」
「おあよー」
「昨晩はどうでしたでしょうか?」
「結構多かったよー。五人くらい」
リコリスは小柄な身体に見合った小さな手をパーと開き騎士達に見せつけた後にカーテンに隠された窓の外…ベランダを指差した。
「失礼します」
騎士の一人がカーテンを開き外を覗き見る。
そこにはグズグズに崩れた肉塊のようなものが大量に転がっていた。
いや肉塊という形で残っていればまだいい方で、腐った肉はそのほとんどが水状に溶けて悪趣味なスープを構成していた。
それが一体何の肉なのか…スープに浮かぶ黒く腐食した人骨がなければ判別できなかっただろう。
それを確認した騎士が一瞬だけ吐き気を堪えるような表情をした後にカーテンを閉じてリコリスに向き直る。
「なにか所属を示すようなものは持っていませんでしたか?」
「しらなーい。興味ないから―。もういい?」
「…はい、ありがとうございました。騎士一同から感謝を」
「あーい」
リコリスは興味なさげに返事をするとベッドから跳び下りてアリスが連れて行かれた浴場まで走っていくのだった。
残された騎士達はお互いの顔を見合わせて頷き合うと意を決したようにベランダに出てかつて人だった物で構成された腐汁の掃除を始めた。
日頃から皇帝や騎士を統べる立場であるアレンの指導の下に肉体、精神的に鍛練を続けている騎士達だが何度見てもこの光景には吐き気を抑えることは出来ない。
「一体何をすればこんなことが起きるんだ…」
「下手な疑問は持たないほうがいい…アレンさんも深入りはするなと言われているだろう」
「それにリコリス様のおかげで姫の身の安全の確保が遥かにやりやすくなったのは確かだ。結局身元はどうであれ姫に手を出すのなら殺す以外はないのだからな…」
そう、腐汁の正体はアリスに差し向けられた刺客だった。
力が全ての軍事国家を統べる、単体で圧倒的武力を誇る皇帝に簡単に付け入ることのできる弱点とも取れる存在…病弱な一人娘であるアリスは本人が気づかぬうちにその身柄を数えるのも億劫なほどの人数に狙われていた。
それを毎回処理しているのがリコリスだ。
アリスが幼かった時から騎士および軍人たちは様々な勢力から狙われるリコリスの護衛に日々頭を悩ませていた。
病弱ながらもひたむきに立ち上がり、姫という立場に甘えず努力を欠かさないアリスは皇帝の娘というのを差し引いても軍部に属する者たちに好かれており、母であるはずの皇帝がアリスの事に介入しないのも相まって手の空いている者で護衛をしていたがどうしても穴を埋めることが出来ないでいた。
そんな中、いつの日からかアリスの側にリコリスと名乗る魔族還りの少女が寄り添うようになってからというもの状況が変わり、見た目に問題はあったものの差し向けられた刺客をリコリスは10年以上確実に葬っていた。
原理不明なその処理方法に恐怖を覚える者も少なくはなかったが下手に手を出すのは危険であり、なによりアリスが気を許している様子だったのでアレンの判断の元リコリスの存在は黙認されている状態だ。
何度か皇帝に報告をしようとしたものもいたが決まって皇帝に返答はいつも同じであり、
「あいつが無事ならそれ以上は報告しないでいい。我があいつに干渉することなんて何もないのだから好きにさせてやれ」
とまともに取り合うことはなかった。
もし皇帝が騎士からの報告をちゃんと聞いていたのであればリコリスの正体に気づけたのかもしれないがそれはまた別の話だ。
「アリスちゃーん」
「おお来たかリコ~…いい湯だぞぉ」
へにゃっと溶けた顔で大きな浴槽につかるアリスに正面から抱き着くような形でリコリスも湯につかる。
当然ながらお互いに裸なので肌同士がこすれ合うものの普段から距離などない距離感で生活している二人は今さらそれに何かを感じることはなく、朝の湯浴みを楽しんでいた。
「アリスちゃんいい匂い~」
「うむ~先ほどメイドたちにごしごし洗われたからな~」
スンスンとリコリスはアリスの首筋の匂いを嗅ぐとそのまま甘嚙みを始めた。
「カプカプ…べーっ石鹸の味するー」
「洗われたからな~…あぁ~いい湯だなぁ~また寝てしまいそうだぁ」
「寝ちゃダメ!」
「寝ないって~」
リコリスは少し強めに肩の部分に噛みついたがアリスはそれも気に留めることはせず、溶け切った表情のままなだめるようにリコリスの背中をポンポンと軽くき、そのまま軽く抱きしめ合うような形でのぼせる寸前まで湯につかっているのだった。
このペアは友達だとか恋人だとか意識しているのではなく、こうしているのが当たり前になっている感じの関係性です。
このペアは今後どうやって出会ってこの関係になったのか、皇帝とアリスの関係性などを掘り下げていく形になると思います。
それはさておき次回からユキノとナナシノのメイン組の関係進展編になります。
割と一気に進みます。




