帰宅
「んふふふふ」
血の海の中に倒れたユキノとナナシノを見下ろしてリフィルは笑っていた。
楽しそうに…まるでお気に入りの物語を鑑賞しているかのような表情で。
そんな邪神と呼ばれる彼女に気丈にも声をかける者がいた。
「…リフィルくん」
「ん?アリちゃんだ。元気だった?元気そうだね?」
「いつでも元気でありたいとは思っているよ。それはともかくなんでここに」
「え~?あのね?忘れ物があったからね?届けに来たの。あとはほら、面白い事になりそうだったからさ?見たいなって!」
「…そう」
「うん。リコも元気?寝てるの?」
リフィルは未だアリスにしがみついてすぴすぴと寝息を立てているリコリスの頭を撫で、耳をモフモフと触った。
それでもリコリスは起きる気配はなく、小さく吐息をもらすと一層強くアリスに抱き着いた。
「リコは一度寝たら起きないから」
「うん知ってるよ~お姉ちゃんだよ?お姉ちゃんなんだよ?私」
「うむ…ところでリフィルくん。リフィルくんは…ユキノくんの事を何か知っているのだろうか?」
「ユキノ?誰だろう?聞き覚えはあるような?」
相変わらずだなとアリスは半ば悟ったように笑う。
「あの異形の腕の女性の事だ」
「ああ!そういえばそんな名前だっけ?ちゃんと覚えてないとダメだね?失礼だもんね?気をつけないとね」
「うん、立派な心掛けだと思う。それで?何か知っているのだろうか」
「ううんしらなーい。でも面白いでしょ?」
「面白いか」
「面白くない?一目見た時からね?とっても面白くなりそうだなって思ってちょうどいい子も用意してあげたの」
それがあのリフィルが連れて来た少女の事かとアリスはナナシノを見た。
身体のど真ん中に穴が開き、どう見ても死んでいるとしか思えないがこの状況でリフィルが連れてきた以上何かあるに違いないとほぼ確信を持った予想をたてる。
(この人にすればこの血だまりの光景も喜劇か…)
「んふふふふふ。アリちゃんこの後忙しい?」
「そうだね、色々と後処理とかもあるし」
「そっか!じゃあこの二人は私が連れて帰るね!えーっと…ユキノちゃんだっけ?あってるよね?」
「あってるあってる」
「よかった!できるだけね?長い時間をこの二人には一緒に過ごしてほしいの。欲しいんだよ?だからさっと連れて帰って休ませてあげたいの!」
「そうか、わかった。出来るだけ優しく連れて帰ってあげてくれ」
「まかせて!じゃあねアリちゃん!あんまり無理しないようにね!」
そう言い残すとリフィルはユキノとナナシノの二人と共にさ支所からそこにいなかったかのように消えてしまった。
魔力の痕跡すら残さない瞬間移動…あまりに馬鹿げたその行為にアリスはため息を吐くのだった。
─────────
そこは闇の中。
帝国という巨大な光にできた誰も知らない、しかし確かにそこにある闇の中に古びた屋敷があった。
外装はいかにも年代物といった感じではあるが中は現代風に改装されており、見た目とは裏腹に居心地のよい空間が広がっている。
そこにぐったりとしたカララを小脇に抱えたアトラが片腕で扉を開き入っていく。
「ん~…無事帰宅ですぅ」
「ぜんぜん無事じゃないわよ…あんたよくもこの私を見捨てて…」
「も~うるさいですぅ」
アトラは乱暴にカララを近くにあったソファーの上に投げ飛ばし、その衝撃でボロボロの身体が刺激されカララは悲鳴を上げた。
「大げさですねぇ~もうほぼ治っているでしょうにぃ」
「それでも痛いもんは痛いのよ!くそっあの女…絶対に許さないんだから…!」
憎々し気にソファーの端を握りしめるカララだったが背後にゾッとする何かを感じて振り向くとアトラがほわほわと微笑んでいる姿があった。
「ユキノさんに手を出したら殺しますよぉ」
「な、なにキレてるのよ…冗談じゃ」
「本気でぶち殺しますよぉ」
「あ、あたしとやろうっての!?いくらアンタが強いって言っても毒を使えばいちころ…」
「試してみますぅ?」
アトラは手のひらサイズの小さな箱を取り出すと、その箱は一瞬で展開し片刃の大剣へと姿を変えた。
そして慌てるカララにゆっくりと近づき…。
「そこまで。ここでは武器を抜くことは禁止と言ってあるはずよ」
パンパンと何者かが手を叩きながら二階に続く階段をコツコツと靴を鳴らしながら降りてくる。
それは扇情的なドレスに身を包んだ妖艶な身体つきをした赤毛の女性だった。
「冗談ですよぉ。カララさんが遊びたそうにしていたから付き合ってあげてただけですぅ…「クイーン」さん」
クイーンと呼ばれた女性を確認したアトラは大剣を手のひらサイズの箱に戻し、懐にしまった。
カララは助かったとばかりに安堵の息を吐き、ソファーに顔を埋めていた。
「アトラ…あなたは血の気が多すぎるわ。せっかく最近は大人しくて聞き分けがよかったのにどうしたというの?当初の作戦も無視して戦闘をしたと報告も受けているけれど?」
「もとより私はプライベート優先だという話だったはずですぅ。文句を言われる筋合いはありません~」
「文句じゃなくて疑問よ。突然どうしたのかって聞いているだけ」
「ですかぁ。ただ~私とお友達になってくれそうな人が見つかって~少し嬉しくなっちゃっただけですぅ。今後ユキノさんに手を出すのはやめて欲しいですぅ」
クイーンは持っていた書類に目を落とすと顎に手を置いて何かを考える素振りを見せる。
「あの人から報告があった人の事よね?」
「ですぅ。私たちの「ボス」が言っていた人ですぅ」
「なら手を出さないというのはかなり難しいわ。今後活動していくうえでどうしてもかちあってしまうもの」
「それでもだめですぅ。どうしてもというのなら構成員の数百人の命くらいは覚悟してほしいですぅ」
「下も含めて400人しかいないのに何を言ってるのよ…まぁいいわ。その代わりあなたには一層働いてもらうわよ。プライベート優先と言っても最低限はやってもらわないと困るから」
「はぁい。まぁユキノさんが出てきそうなところなら喜んでいきますよぉ~」
クイーンは階段を降りるとカララが寝そべっているソファーの向かい側にあるソファーに腰を掛けた。
ぶつぶつと恨み言を呟き続けているカララに呆れたような目を向けつつさらに手元の資料を読み込んでいく。
「どちらにせよ帝国側が用意したというそのユキノという子…よっぽど強いみたいだし危なくてアトラにしか任せられないか」
「ですですぅ~ユキノさんはとぉ~っても強くてぇ~鋭く研ぎ澄まされた殺意を持っていてぇ~…あんなに楽しかったのは初めてでしたぁ~…あぁっ今思い出してもキュンキュンしてしまいますぅ」
もじもじと恋する乙女の様にアトラは頬を赤らめた。
「…戦闘狂のバーサーカー女め」
カララの小声での呟きにアトラは不満そうな顔を見せた。
「それは違いますぅ。私は戦いが好きなわけでも誰彼構わず挑むような蛮族でもありません~。対等な相手と楽しく殺し合いをしたいだけなのですぅ」
「何が違うのよ」
「それが分からないからカララさんはよわよわなのですよぉ」
「なんだと!?」
「はいはい、喧嘩しない。とにかく私たちのやることは変わらない…あの人の望みを実現するために欠片持ちの情報を集めるだけよ」
彼女達は秘密結社アラクネスートの最高幹部だ。
その目的はただ一つ…「あの人」「ボス」と呼ばれる人物の望みを叶える事。
ただそれだけのために存在する組織なのだから。
そしてクイーンはうっすらと不敵な笑みを浮かべ次の予定を話し出す。
「ところで明日のご飯は魚でいいかしら。煮魚にちょうどいいのが安く手に入ったの」
「あんた一応は表向きのボスなんだからもう少し庶民感を隠しなさいよ」
「生臭いのは嫌ですぅ」
彼女達はアラクネスート。
帝国の…世界に巣食う闇を支配する者たち。
「でもお肉を買う余裕なんて今月はないわよ。下の子達にも食べさせないといけないのだから節約しないと」
「えぇ~」
「秘密結社も世知辛いのですぅ」
とりあえず一段落になります。
次回でいったん小話を挟んでからその次からユキノ×ナナシノペアの関係進展編に入ると思います。




