殺意の存在
「あっ」
アトラさんとの戦いを繰り広げていた最中、剣の能力が使えなくなったからか私の方が優勢でこのままいけば殺せるかもしれないと思っていたところでアトラさんが私の背後に目を向けて小さく声を漏らした。
なに?とつられそうになった瞬間、背中に鋭い痛みが奔って膝をついてしまった。
「うっ…!な、なに…が?」
いや…この感覚には覚えがある。
つい最近にも少しだけ感じた痛み…鋭い痛みと燃えるような熱…小さな刃物が肉を通った痛みだ。
「嘘でしょぉ~何やってるんですぅ~」
呆れているような、不満そうな、そんな感情を含ませた言葉をアトラさんは私の背後に投げかけた。
「あんたが約束の時間になっても来ないからこのカララちゃんが迎えに来てあげたんでしょう、が!」
私の背後にいる誰か、おそらくナイフのようなもので私を刺していたであろう誰かが背中に刺さった何かを引きぬいた。
引きぬく際に身体の中で刃物を少しだけぐりっと回され、周囲の肉ごとブチブチ引き抜かれたので余計に痛い。
心臓の鼓動に合わせて生暖かい血が流れ出ていくのを感じる。
痛い…失敗した…アトラさんには仲間がいたんだ…。
痛む背中を庇いながらゆっくりと後ろを振り向くとやけにひらひらとした服を着こんだ少女がそこにいた。
その両手にはやはりナイフのようなものを握っていて、その片方が私の血で濡れている。
顔には最初にアトラさんがしていたのと少し形が違う黒い仮面をしていて顔は分からない…だけど雰囲気で笑っているのであろうことは伝わって来た。
「にひひひっ初めましておねーさん。そしてさようなら。このナイフにはねとってもつっよぉ~い毒が塗ってあるの!一滴でも身体に取り込んだらもうおしまい。だから初めましてだけどさようならなんだよね!」
「相変わらず趣味が悪いですぅ~せっかくユキノさんと楽しい楽しい蜜月を過ごしていたのに横槍を入れるなんてゴミクソ過ぎて今すぐカララさんの事を切り捨てたいくらいですぅ」
「いやアンタにだけは趣味がどうこう言われたくないわ。つーかだから遅いのよ!楽しむ以前に仕事をちゃんとやりなさいよ!クイーンだって怒ってるわよ」
「そんなの知らないですよぉ~プライベートが優先だって私は以前から言っていますぅ」
私を挟んで会話をする二人。
アトラさんの方はこの状態の私に何かをするつもりがないようで大剣を完全に下ろして構えすらしていない。
もう一人の方もアトラさんほど気は抜いていないようだがナイフを投げてはキャッチするという手慰みを繰り返していて私の事を完全に殺した気になっている。
…死ぬ…?私はここで死ぬの…?
いいや死なない。
私はまだ死なない…だってこの程度の傷はなんて事もないもの。
村にいた頃は村を襲う魔物の退治は私の仕事だった…これくらいの傷なんて何度も負ったことあるし猛毒を持つ蛇型の魔物に噛まれたこともあるけど平気だった。
そう私は…まだ死なない。
思えばちょっと遊び過ぎたんだ。
心に余裕が産まれすぎていた。
ナナシノちゃんがいるから、衝動の逃がし場所ができたからって無理に人を殺さなくていいって思って無意識に「遊んで」いた。
そう、私は殺したいんだ。
もう少しでアトラさんの命に手が届いたのに…それを邪魔された。
許せない。
許さない。
──殺す、殺す、殺す。
「おやぁ?」
「なによ、何笑ってんのよアトラ」
「いえいえ~うふふふふ~。カララさん少し気を付けたほうがいいかもですよぉ」
「は?」
アトラさんが後ろに飛んで私から距離を取る。
それを合図に私は振り返ってスノーホワイトの爪で背後にいた女の子の顔を掴み、地面に叩きつけた。
もう殺す。
ナナシノちゃんがいるからなんだ。
私を殺そうとしたんだ、それなら私が殺したっていいはずだから。
────────
「がはっ…!!?」
仮面の少女は突如全身を襲った衝撃に耐えられず、仮面の中に入の中の空気を全て吐き出した。
少女の名はカララ。
帝国の裏側に浸食する秘密結社アラクネスートの幹部の一人にしてアトラの同僚だ。
正面切っての荒事を担当するアトラと潜入や物品の奪取…そして暗殺などの仕事がカララの担当だ。
役割故に闇に紛れることが多いカララの感覚は常人には考えられないほどに鋭く研ぎ澄まされており、闇の中を飛ぶ羽虫の一匹すら捉えることが出来るほどだ。
そんなカララがアトラとの戦いで体力を消耗し、背中を刺され毒に蝕まれているユキノの動きに一切反応できなかった。
「完全に油断ですねぇ~ユキノさんは組織内で戦闘力という点では一番の私と互角以上に戦っていたのですよぉ~?それなのにいつもの毒殺パターンが決まったからってあんなに漏れ出てた殺気にも気づかないほど呆けてるからそうなるんですよぉ~」
「うぐ、ぐ…!そんなことは今いいか、ら早く助け…!」
「えぇ~?こう見えても私ぃ~楽しかったところを邪魔されたのすっごくおこなのでぇ~カララさんは少し痛い目を見たほうがいいですぅと思ったり思わなかったりぃ~?」
「ちょっ!あんた何を、」
「うるさいよ」
カララの頭…上半身を掴んでいるユキノのスノーホワイトに力が籠められ柔肌に鋭い爪が食い込む。
強烈な圧迫感に骨が軋み内臓が圧迫され、肉は爪によって押し切られていく。
「うぐぃぃ…!ちょ、ちょっと冗談じゃ…!」
「うるさいって言ってるよね?」
静かな声と共にカララの身体が軽々と持ち上げられる。
どちらかと言えば小柄とはいえ軽すぎるというほどではないカララの身体をスノーホワイトの腕は重さを感じていないかのように持ち上げ、さらに身体を締め上げていく。
ダメージを受けた影響でつけていた仮面の一部が砕け、露になった瞳でカララは見た。
自分を締め上げる爪の隙間…そこから覗く自分を殺すことだけを考えている女の顔を。
「…あ、あく…ま」
いや邪神だ。
人を殺すために地の底、闇の果てから遣わされた存在。
半ば恐怖に駆られカララはプロ意識故に手放しはしなかったナイフをスノーホワイトに突き立てる。
しかし異形の腕は脈打ち、生物的な生々しさを醸し出しているにもかかわらず刃が通らないほどに硬く、傷一つすらつかない。
そして再びカララの身体は地面に叩きつけられた。
今度は投げつけられた形となり、拘束からは解放されたものの全身を襲う激痛から動くことが出来ない。
「はっ…はっ!…はっ…っ…あ、と…ら…」
いまだ傍観を続ける同僚に手を伸ばし助けを求める。
そこでようやくアトラはため息とともに大剣を持ち上げて仕方がないという風に一歩を踏み出し…全身に悪寒が奔って動きを止めた。
ゆっくりと眼球だけを動かして悪寒の正体を確かめようとしたところでアトラはこちらに背を向けて横目で自分を見ているユキノと目が合った。
(あららぁ~今不用意に一歩を踏み出してたら殺されるかはともかく致命的な傷を受けるくらいはしたかもしれませんねぇ~…うふっ!ゾクゾクしますぅ~)
怯んだのも一瞬。
頬を紅潮させながらアトラは一歩を踏み出し…。
「ユキノくん!」
張り詰めた殺意蔓延る闇の中にアリスの声が投げ込まれた。
出てきてすぐに分からされる謎の組織の幹部がいるらしい。




