組織の女
ズズズズズと仮面の人が片刃の大剣を地面に引きずって地面に痕を刻みながらゆっくりと近づいてくる。
このタイミングでの登場に、異様な風貌から間違いなくただの野盗という事は無いと思うけど…。
「ゆ、ユキノくん…ぶじかぁ~…おえっぷ」
後ろから今にも死にそうなアリスの弱弱しそうな声が聞こえてくる。
そっちの方が無事なのか心配だけど…目の前の女の人から発せられている異常な雰囲気に、そっちに気を割く余裕がない。
少しでも目を反らせば今にでも襲い掛かられそうな…。
「えっとぉ~まどろっこしいことは苦手ですしぃ~話は早い方がいいと思うのでぇ~用件だけ伝えさせていただきますねぇ。私たちを追うのをやめてくださいなぁ~。そうしていただけるのならぁ~…私としては残念ですけどぉ~追撃したりはしないのでぇ」
漏れ出ている殺気とは正反対の間延びした声が夜の闇と合わさってとても不気味だ。
そして私は女性を見た時からずっと引っかかっていた事を口にしてみることにした。
「…アトラさんですよね。どうしてこんなことをするんですか」
「あれぇ?」
仮面の人…おそらくアトラさんが不思議そうな声を出して、何故か背後からも息をのむような声が聞こえた気がした。
「おかしいですねぇ~どうして私の事が分かったんですぅ?」
「おかしいってそんな仮面付けただけで他は何も変わってないし…逆にそれで正体を隠せているつもりなんですか…?」
「いやいやぁ~この仮面って特別製でぇ~つけているだけで知り合いでも正体に気づけないほどの認識阻害を起こすはずなのですけどねぇ~不思議ですねぇ~」
アトラさんが仮面に手をかけるとガシャガシャガシャ!といった独特な金属音?のような音をたてながら一人でに手のひらサイズまで畳まれて、その下からはやはりアトラさんの顔が現れた。
認識阻害…よく分からないけれどさすがにここまで見た目が変わっていないのだから気づかない人なんていないだろうと思うんだけどなぁ。
おっと、今はそれよりも聞かないといけないことがある。
「ランさんはどこですか」
「先生ならぁすぐそばにいますよぉ~今のところ特に危害は加えていないのでぇ~あまり心配しないであげてくださぁい」
「無理やり誘拐しておいて信じられない」
「無理やり誘拐ですかぁ~ふふふ~それはちょっと違いますねぇ。先生の方から私…我々「アラクネスート」に接触してきたのですぅ。だから少しお話や状況視察も兼ねてあの寂れた診療所でわざわざお手伝いとして入り込んだんですよぉ~」
アラクネスート。
その名前…間違いなく私が受け取った手紙に書いてあった名前だ。
という事はやっぱり彼女は帝国に潜む秘密結社、その一員だ。
「ランさんが自分から?そんなのありえない、だって」
あの人は帝国から私の話を聞いて、それを受け入れたと言っていたはずだ。
自分からそれを望んだとも言っていて、そんな人がわざわざ秘密結社に接触をはかったりするのだろうか?それならやっぱり誘拐されたと言う方がしっくりくる。
しかしそんな私の考えを否定するようにアトラさんの背後から人影が現れた。
「事実なんですよユキノさん」
それは間違いなく昼間まで一緒にいたランさんだった。
「おやぁ先生~出てきちゃ危ないですよぉって言いましたのにぃ」
「すみません。しかしいくらあなた達と言えど私のせいで不当な罪を被るのはあまりいい気はしませんので」
「相変わらず真面目ですねぇ~いや、真面目過ぎておかしぃくらいですぅ。私としてはお仕事なのでぇ~怪我とかされたら困るのでぇ~私を思うのなら下がっててほしいのですけどぉ~」
アトラさんとランさんは普通に会話をしていてそこに敵対心のようなものは感じられない。
つまり少なくとも誘拐事件の日加害者と加害者という関係ではないという事。
「ランさん…どうして…」
「僕はねユキノさん、そしてアリス様。どうすればいいのか分からなくなったのです」
ランさんが私と、そして背後にいるアリスに視線を向けて、そっと目を閉じた。
「どういう事かなランくん」
「僕の持つこの力をどうするべきなのか…僕は以前に力の使い方を誤り、全てを失いました。ならばこの力に関して別の意見を持つ勢力二つに委ね、どうするのか決めてもらおうと思った…言葉にすればただそれだけです」
「ふむ…そちらのアラクネスートととやらがランくんの力をどうしたいのかは知れないが、帝国とは別の意見という事は力を消す方向ではなく…利用する方向という事かな?」
「まぁ~当たらずとも遠からずですねぇ~」
「つまりランくんとしてはこの場で我々とそちらのアトラくんとでケリをつけて欲しいと?」
「できる事なら。そして出された結論が何であれそれに従います」
「なるほど…しかしランくん。悪いがこちらも欠片に関していうのなら偉大な我が母から事情を知るもの全てに下されている勅命なのでな。ユキノくん、キミにも悪いけれど…この場でランくんの欠片を破壊してほしい。また逃げられたりしたら事だからね」
深呼吸を一つ。
どれくらい効果があるのか分からないけれど、少しでも心を落ち着けておく。
もう悩んだってしょうがない…さっきやるって決めたのだから。
「アリス…それにアレンさん。これから先は私自身にも…自分を抑えられない可能性があります。もし危なくなったら私から逃げてください」
「いいや、逃げないよ。頼んだのは余だ。最後まで見届ける義務がある」
アリスはそう言っているがおそらくアレンさんはさっきの感じだとちゃんと無理やりにでも連れて帰ったくれるだろう。
最後にもう一度だけ深呼吸をして改めてアトラさん達に向かい合う。
「ふふふ~いい感じですねぇ~仕事上一応帰ってくださいぃ~とは言いましたけどぉ~…やっぱりこうならなくちゃあ楽しくないですよねぇ~」
身の丈ほどある巨大な剣を軽々と持ち上げながらアトラさんはほわほわとした顔で笑った。
この人も裏の組織に所属しているだけあって普通じゃないらしい。
でもそれがこの場ではいいのかもしれない…私はアトラさんの人となりをよく知らない。
ただ悪いところに所属しているというう情報しかない状態だ。
それならば…あまり罪悪感を抱かなくて済む。
「ブラッドレイン…スノーホワイト」
右腕が裂けて血が、肉が、骨が飛び散り人を殺す異形の腕に組み変わる。
それと同時にアトラさんが大剣を手に私に斬りかかってきて…スノーホワイトの爪と大剣が火花を散らしてぶつかり合った。
「あはっ!あはははははははははははははははは!!!」
「うふっ!うふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!」
どちらがどちらの笑い声かもわからない中で、私たちの殺し合いは始まった。




