襲撃
「発覚したのはつい先ほどだ。ちょっと用事があってアレンくんに診療所に行ってもらったのだが…中がかなり荒らされていてランくんの姿はなかったそうだ」
最新鋭の馬が必要ない鉄の塊の馬車に揺られながら焦った様子のアリスがかいつまむように説明をしてくれた。
私の隣のアレンさんはせわしなくどこかに連絡していてそうとうに切迫している状況らしい。
だけどそんな中リコちゃんは相変わらずマイペースにアリスにじゃれついている…というかアリスのお腹を手でふみふみとしながら半分寝ている。
「それでさらわれたと…?」
「うむ。あのアトラというアルバイトの姿もなかったし…何より荒らされ方が普通じゃなかった…もしかしたらランくんの力をかぎつけた何者かの仕業かもしれない。というか彼を誘拐する人物がいるのならそれくらいしか理由がない」
「確かに…そうだよね」
「うん。それでだ…もしかすれば戦闘になるかもしれない。ユキノくん、キミの能力については聞いているが実際の所どれくらい戦える?」
「戦えるって…誘拐犯とですか…?」
「そうだ。診療所の荒らされ具合から言ってもおそらく犯人は少なくとも何らかの武装をしている。なればこそ荒事になるのも覚悟しておいた方がいいだろう」
そんな事を言われても何も準備していないしどうすれば…。
「スノーホワイトを使わないのなら…せいぜい村の近くに出てた魔物を倒せるくらいしか…」
「それは素手での話か?」
「そうですけど…」
「そうか…なるほど…ちなみにだが場合によってはスノーホワイトを使ってほしい」
「え!?待ってよ嫌だよそんなの!スノーホワイトを使うと私は…」
「事情は知っているが緊急事態だ。場合によってはその場でランくんの欠片を破壊してもらう」
「いくら何でも話が急すぎない…?」
「そうだな…うむ、事情を離さないのはフェアじゃないか」
アリスが懐に手を入れて…「あれ?」と首を傾げて次はスカートのポケットに手を伸ばす。
しかしやはり首をひねると全身のいたるところに手を突っ込みだす。
「アリスちゃんここだよ~…ふぁぁ~」
リコちゃんがそばに置いてあったカバンの中から一枚の紙を取り出してアリスに渡す。
「お、おお!そんなところに!…ごほん、ユキノくん。このマークを見たことはないかい?」
アリスが見せてきた紙に絵のようなものが描かれていた。
色んな図形が重なって真ん中に剣が刺さっているようなデザイン…それを見た瞬間、心臓が跳ねた。
私はそれに確かな見覚えがあった。
「どうやら知っているようだな。ありきたりというかこっぱずかしい言い方をするのなら…帝国にて都市伝説の様に存在を囁かれている「秘密結社」のマークだ。帝国の…いわゆる裏側の世界を牛耳っていると噂の組織でな…驚くかもしれないが実は実際に存在している」
「…」
「意外と驚かないな?」
「ええまぁ…」
アリスに話すわけにはいかないけれど、実は私はこの組織から勧誘を受けていた。
村を追放された際にリフィルさんに出会わなければ私が頼ることになったかもしれないもう一つの選択肢…以前村に来た商人を通じて私に手紙を持ってきたところで間違いない。
「意外とそういうのを信じるタイプなのかい?まぁいいさ。実在しているのは間違いないのだが尻尾が掴めず、とにかく帝国も手を焼いていてね…そして今回ランくんを誘拐したのがこの組織の可能性がある」
「本当なの…?」
「まだ捜査中だから断言はできない、が…余はほぼ間違いないと踏んでいる。そんな連中がランくんを連れて行ったのだとしたら絶対にろくなことにはならない。交戦になる可能性も高い。だからランくんの救出を第一にし、状況によってはランくんの欠片の破壊を優先してもらう」
「お、応援とかはこないの!?アレンさんがいるんだし騎士の人とか…」
「言っただろう。判明したのがついさっきなんだ。軍も騎士も動かすにはまだ時間がかかる。ハンターも対人は基本的に管轄外で頼れない。今動けるのが余たちしかいないんだ。手遅れになってからでは遅いからね。それにアレンくんは…」
ちらりとアリスがアレンさんに視線を向ける。
「自分はアリス様の身の安全を第一に行動するように陛下に言われています。仮にアリス様に戦えと命令されてもアリス様の側を離れることはしません。どんな状況であろうともです」
「ということだ。本当にすまないと思っているがユキノくんに頼らざるを得ない状態だ。頼むこの通りだ」
アリスが私に深々と頭を下げた。
「ま、待って!そんな…」
「報酬は当然用意するし、個人的な謝礼も行うつもりだ。だから少しばかり力を貸してほしい」
アリスが…帝国の姫が一般人に頭を下げることの重さ。
それはきっと私が想像している以上のものだ。
どうせやらないといけない事なんだ…それが少しだけ早まっているだけ…大丈夫…やれるはずだ。
スノーホワイトを使うことによる殺人衝動も少しの間なら何とかなる…してみせる。
私は一度だけ深呼吸するとゆっくりと頷いた。
「そうか…ありがとう恩にきるよユキノくん。キミはやっぱり優しい人だ」
「そんなんじゃないよ…あ、ねぇアリス。この馬車って迷い無く進んでいるように見えるけど…場所分かってるの?」
「ああ、おおよその場所は分かっている。だから今はそこに一直線に向かっているところだ」
「え…でも突然誘拐されたんだよね?どうやって場所を…」
その時、半分寝ぼけているようだったリコちゃんの頭の耳がぴょこんと動いた。
そして眠そうな目のままムクリと体を起こし…。
「くるよ~」
そんな気の抜けるようなリコちゃんの声とほぼ同時に馬車が真っ二つに割れた。
かなりのスピードで動いていたからか私たち四人は勢いよく外に投げ出される。
「おぎゃあああああああああああああああああ!?」
へんてこな悲鳴を上げたアリスを空中でアレンさんが捕まえて、アリスにしがみついていたリコちゃんと共に地面に着したのを確認して、私もくるりと空中で一回転して勢いを殺しながら地面に降りる。
突然馬車が壊れた…そんなはずは無く、一瞬だけ何か黒い剣のようなものが見えた気がする。
そしてそれを証明するように砕けた馬車の残骸が舞い上げた土煙の向こうに…人が立っていた。
「おやまぁ~思ったより身のこなしが凄いですねぇ~一人くらいはやれると思っていたのですがぁ~」
その人は随分とゆったりと間延びのした喋り方をしていて、声質からどうやら女性のようだ。
顔は黒い仮面をしていて分からない。
灰色の編み込んだ髪を肩口から垂らした小柄な女性…。
そしてその手には見たこともない様式の…黒くて四角い…鉄のような鋼のような不思議な素材でできた女性の体格程もありそうな巨大な片刃の剣が握られていた。




