私たちの結末
これにて完結となります!
すっごく物々しくて「それらしい」洞窟の中、逃げていく人たちのうち一人を掴んで拳を振り上げる。
「う、うわぁあああああああ!!!?よ、よせ!やめろ!!」
「ごめんね」
突き出し、めり込んだ私の拳に肉を打つ感触と、骨を砕いた小気味のいい感触が同時に伝わってくる。
うん…ちょっと気持ちがいい。
一撃で気絶しちゃったその人をひとまずその辺に置いておいて、人の気配がする方に洞窟を進んでいき、同じように拳を叩きこんでいく。
そんなことを繰り返していると、やがて最奥までたどり着き…これまた「それらしい」見た目をした大男さんがボロボロの大剣を手にして私を睨みつけていた。
「な、なんなんだてめぇは!?」
「あ~…えっと…依頼を受けてきたハンター…なんですけど…あ、えっと…ユキノって言います…?」
こういう時はどうするのが正解なのかわからないのでハンターの証明書を見せて立場だけを話しておく。
「まさか…お前が最近噂になってる…!?」
「噂…え、噂になってるの…?」
「ふざけてんのか!ちくしょう…やってやる!やってやるぞクソが!うおおおおおおお!!」
大剣を振りかぶって襲い掛かってくる大男さんの隙だらけの脇腹にむかって回し蹴りを叩きこむ。
人間、強烈な痛みを感じると反射的にその場所を庇ってしまうもので…脇腹の痛みに耐えかねて位置が低くなった顎を蹴り上げた。
それだけで全部終わり…同じ大剣使いでもアトラさんなら当然こうはいかなかったけど…弱い人で助かった。
「うっ…ぐ…やっぱりお前が…暴虐の雪女…ガクッ」
え、いや…ちょっと待ってほしい。
なにいまの。なに暴虐の雪女って。なんですかヴァイオレンス・スノーって。初耳すぎるんですが。
果たして私にどんな噂が付いているのか…知りたくないような知りたいような。
「と、とにかくこれで終わりだよね。早く戻ろう…あー…でも…」
少し「発散」が不完全な気もする。
なんというか…ちょっと手ごたえがなさ過ぎた。うーん…もう少しだけならいいよね?
そうなればやるが早いと意識を失った大男さんに手を伸ばして…
「ユキノさん。お仕事は終わりですよ」
後ろから声をかけられてビクッと肩が跳ねた。
危なかった…もう少しでやりすぎてしまうところだった。本当に危ない…自制しなくちゃ。
「ごめん…ありがとうナナちゃん。止めてくれて」
「いえいえ」
声をかけてくれたのは当然ナナちゃんで…正気を取り戻した私は何度か深呼吸を繰り返し、ナナちゃんと一緒に洞窟を脱出する。
すると外では何人かの同業者の皆さんが待機していたので全て終わったと伝えると「お疲れさまでした!捕縛なんかの後のことは僕らがやっておきますので!」と言ってくれたのであとは任せて帰ることにした。
「帰ろうかナナちゃん」
「はい。今日もお疲れさまでした」
ナナちゃんと手をつないで帰り道を歩く。
疲れたけれど、まずは報告まで済ませないといけないのでもうひと頑張りだ。
あの私たちの運命を大きく変えた戦いの後、私はナナちゃんと二人で帝国を後にして旅に出た。
前から約束をしていた通り、世界中を回ってたくさんの物を見るために。
ただ先立つものは必要なのでアマリリスさんから「ハンター」という…なんて言うんだろう?いわゆる騎士や傭兵とも違う…国には所属しない何でも屋?みたいなお仕事を紹介してもらったので、尋ねる先々でお仕事をもらってお金を稼いでいて、さっきのもその一環…最近この近隣で暴れていた傭兵崩れの荒くれ者たちを退治してほしいという依頼を受けていたというわけです。
アマリリスさんがそれを考えてのことだったのかはわからないけれど…このハンターという職業は私にとってはなかなか合っている仕事だった。
天職…と言っていいのかは分からないけれど、とにかく合っている。
ただそれはこの仕事が好き…というわけではなくて、私に残ってしまったある体質に由来している。
それは…内から湧いてくる殺人衝動。
あの時、フェルちゃんの氷とスノーホワイトを受け継いで抱えていくことを決断した当然の結果として私には殺人衝動が残った。
受け入れた狼の力がほんの少しであることからか、前みたいにひどくはないけれど…それでもふと衝動が沸き上がってくることがある。
そこで役に立ってくれるのがこのハンターというお仕事だ。
魔物と戦うために体を動かせば衝動は薄まるし…さっきみたいに悪い人相手ならもう少し踏み込むことができる。
殺したいからと言って…殺す必要はないんだって最近気が付いたというかなんというか…。
それが良いことだとは思わないけど、この体質と付き合っていくと決めたからにはそれくらいはお目こぼししてほしいな…なんて。
ただ今までは自分のことで精いっぱいだったから見えていなかったけれど…このお仕事を始めてから世界には思いのほか悪い人たちがいっぱいいることに気づかされた。
身も蓋もない…ちょっと露悪的な言い方をさせてもらうのなら「私が衝動を発散しても誰も咎めない人」だ。
舞い込んでくる依頼にはターゲットの生死を問わないというものがほとんどで…それが少しだけ悲しい。
私は必死に生きるために頑張っていた人たちを知っている。
最期には死ぬという選択を取ることしかできなかった人たちを知っている。
だからこそ…多数の人間から死を望まれている人たちがいるという事実が…無性に悲しい。
そんなこと私が考えても仕方がないのは分かっているし、どうしようもない事なのもわかっている。
でも私は…それが偽善だとしてももう人は殺さないことにした。
どれだけ衝動に襲われようとも…それが生死を問わないという遠回しの殺害依頼だとしても。
逃げでも綺麗事でも偽善でも…どんな呼ばれ方をされようとも私はそう生きる…これは私が決めたことだから。
「ユキノさん」
「ん…」
ぐるぐると考え事をしているとそれを遮るようにナナちゃんが私の手を引いた。
「今日のご飯はどうしますか?私はあのモンスターのお肉をこの国秘伝のたれで形がなくなるまで煮込んだ奴を食べてみたいです」
「え…それすっごいにおいのやつでしょ…大丈夫かな…」
「そう言うのを食べるのも旅の醍醐味だと本に書いてありましたよ」
「むむむ…まぁ確かに…」
「それにああいうガツンとした珍味を口にすることで…悩みも吹き飛ぶのでは?」
「…うん、そうだね」
旅に出てからというものもう数年…ナナちゃんと二人だ。
だからなのか顔には出してないつもりでも考えてることなんてかなりの割合でバレてしまうわけで…ちょっと気恥ずかしくなってしまった。
「ユキノさんは一人で考え込みすぎて思考が悪い方向に流れていく…そう私は学んだのでそうはさせまいと精進する日々です」
「いつも感謝しておりますナナさん先生」
「師匠とお呼びなさい。ユキノさんくん」
「ななさんししょー」
数年前のどこかお互いに気を使っていたころからは考えられないような…内容のない会話をしつつ街を歩きながら観光をする。
その時間が…私はすごく好きだった。
「あ、ナナちゃんナナちゃん」
「はい?」
「ナナちゃんが好きそうなやつがあるよ。ほら」
見つけたのは銀色のドラゴンが魔法陣に絡みついているという意匠の施されたアクセサリーだ。
こんなのやボロボロのマントとか、包帯とかナナちゃんが好きで集めていたので教えてあげたんだけど…。
「…」
当のナナちゃんは両手で顔を抑えて俯いていた。
「え…ど、どうしたの…?」
「…い」
「え?なに?」
「…て…さい」
「ごめんちょっと聞き取れない」
「殺してください」
まさかの衝撃発言に慄く私。
「ど、どうしたの突然…ぐ、具合悪い?」
「ええ悪いです。胸が痛いです。若気の至りを掘り起こされて全身が破裂しそうなほどに痛いです。もう殺してください」
「え、えぇ…?」
いったいどうしてしまったのだろうか…私もナナちゃんのことはもう手に取るように分かるナナちゃんマスターを自負しているけれど、今回のことは本当にわからない。
それかあれだろうか…以前ちょっとだけエンカくんみたいな言動をしていた時があって、そのころにこういうアクセサリーを必死に集めていたので今回もそれだろうか?
「何か買う?ナナちゃんも頑張ってくれてるしお金には余裕あるよね?」
「いいですから、早く行きましょう」
「え、でも…」
「いいのです。はやくこの場から立ち去りましょう。私が死なないうちに。これ以上傷口が広がらないうちに」
顔を抑えたまま、ナナちゃんが尋常ではないスピードで走って行ってしまったので慌てて追いかける。
いったい何だったのだろうか?よくわからないまま、本日の観光を終えた。
────────────
そしてその夜。
泊っている宿の個室のお風呂で私はナナちゃんと向かい合っていた。
「最近は個室風呂というものが普及してくれて助かりますね」
「…うん」
「これもアリスさんの尽力だとか。こうして外の世界を知っていくたびにあの人がどれだけすごいのか思い知りますよね」
「…そうだね」
ナナちゃんが喋っているけれど…私にはほとんど聞こえていない。
真っ白な…むき出しにされた肌に吸い寄せられて…それどころではないから。
「もう我慢できませんか」
「うん…」
「いいですよ。久しぶりですからね。昼間のお仕事の時から…ずっと我慢していましたものね」
「うん…ごめん…」
「いいですと言いましたよ。さぁ」
両手を広げて向かい入れてくれたナナちゃんの小さな体を抱きしめて…右腕のスノーホワイトの爪を…その柔らかい肌に少しだけ突き立てる。
「んんっ…」
ぷつり…と爪が張り詰めていた肉を開いて進んでいく感触と…温かい血のぬくもりがスノーホワイトから私の中に伝わってきて満たされていく。
「はぁ…はぁ…ナナちゃん平気…?いたくない…?」
「痛いですよ…痛いです…でもまだ大丈夫です…」
「じゃあもう少し行くよ?いっていいんだよね?」
「んっ…はい…大丈夫ですよ。もう少し…奥まで…っ」
爪がナナちゃんの身体の中に、生きている肉の中に沈んでいく。
真っ赤なしずくが流れ出す身体からトクントクンと伝わってくる生きている証が…それを一方的に蹂躙しているこの感覚がたまらなく気持ちがいい。
もっと奥まで…もっと奥まで…その命に届くまで…深く深く突きさしたい。
…でも私は…今の私はそこまでは飲まれたりしない。
この子を…大切なナナちゃんをたまらなく殺したいけれど、殺したのなら最高に気持ちがいいだろうけど、私はそれを望まない。
殺したいけれど…それ以上に一緒に生きていきたいから。
「っは!」
「っっっ」
ギリギリのところで爪を引き抜き…スノーホワイトを解除する。
身体から…私の付けた傷跡から血を流し、目に涙を浮かべながらぐったりとしているナナちゃんが…とっても綺麗に見えて…。
「満足…しましたか…?私は…もう少しくらいなら…平気ですよ…」
「…ダメだよ。ありがとう。もう満足したから…はやく治して」
「ふ、ふふっ…でもユキノさんの…今の状態の私を見る目が…私は好きですから…もう少しこのままでもいいいんですよ…?」
「だめだよ。それ以上は刺激しないで…もうナナちゃんは不死身じゃないんだから」
リトルレッドが消えて、その運命から外れた結果…ナナちゃんの不死身の能力はなくなってしまった。
ただそれもそのはずで…ナナちゃんの不死身は運命を巻き戻したリトルレッドの運命に追いつくまでの限定的なものだったから。それが無くなれば消えるのが道理だ。
一応影響が少し残っているのか、ナナちゃんはその見た目のわりに頑丈というか…身体が強くて多少の怪我ならすぐに治るし、風邪もひかないけれど…それでも不死ではなくなったし、大怪我なんてすればそれは普通に大変なことになるだろう。
だからここで終わり…以前みたいにタガを外したりなんてしない。
「つれない…ですね…では…」
ナナちゃんの右手がぼんやりと光って…それを傷口に当てるとみるみる治療されていく。
回復魔法…以前から凄かったけれど最近のナナちゃんはとてもすごくて…私じゃ想像もできないほど多彩な魔法を使えるようになっている。
魔法アリで戦うのなら私でも負けるかもしれないくらいにはナナちゃんも強くなっているのです。
そしてそれがあるから…こうして私の衝動の発散にも付き合ってもらえるようになった。
最初は当然ダメだって私は言ったけれど…「あの時間が楽しかったのはユキノさんだけではないのですよ」と私の衝動とナナちゃんも付き合うと言ってくれた。
それ以来私たちはひと月に一度くらい…こうやって血を流す。
もちろん私が一方的になんてしない…私のお楽しみが終わったのなら…次はナナちゃんの番だ。
「明日はお仕事お休みなのですよね?」
「うん…明日はって言うかしばらくは仕事受けないって言ってあるよ…」
「では今回は足にしましょうか。歩けなくても…ずっとここにいればいいだけですからね」
「うん…」
傷を治したナナちゃんが今度は私に覆いかぶさってきて…私の足の小指に手をかけた。
そしてゆっくり…本当にゆっくりと関節の可動域とは逆の方向に力が加えられていき…じんわりとした痛みが広がっていく。
「んっ…い、うぁ…」
「痛いですか?」
「うん…い、いた…ぃ…」
「あはっ…涙が浮かんできましたね。すっごく綺麗ですよ」
痛みに涙が出てきて…滲む視界の先でナナちゃんが笑っている。
私をみて笑ってくれるのが…とても嬉しい。痛みなんてどうでもよくなるくらいに。
「そろそろですよ、そろそろ…いっちゃいますね。覚悟はいいですか?」
「うん。いつでもい――っっっっっ!!!!?」
私の身体のなかで…何かが折れる音がして、全身を激痛が駆け抜けた。
いたくて痛くて叫びそうになるけれど、私の口をふさぐナナちゃんの柔らかい唇がそれをさせない。
たっぷり数分…頬を赤く染めながらニコニコと笑うナナちゃんに見守られながら広がっていく痛みに耐えて…落ち着いてきたところで私も笑った。
おかしくて歪んでいて…誰にも理解されないかもしれないこんな関係…でもこれが私たちだ。
傷つけあってるんじゃない…私たちは必要なものをわけあっていて…共に生きている。
誰にも顔向けはできなくても、私たちは胸を張ってこれが私たちだって言えるから。
「…三本はさすがにやりすぎました。反省してます」
「あはは…反省なんていいよ。ナナちゃんのほうが痛かっただろうし」
「いえ…多分普通にユキノさんのほうが痛かったと思いますよ。…やはり治しましょうか?」
「ううん…この方が突然のお仕事とか頼まれないだろうし、都合がいいよ。しばらくは二人でゆっくりしよう」
行為の後始末を終えて、二人でベッドの中、抱きしめあう。
これが私たちの幸せの形…この人と最後まで一緒にいるという未来。
「ナナちゃん」
「はい」
「大好きだよ。ずっと一緒にいようね」
「はい…私もあなたが大好きです。最期を迎えるその時まで…ずっと一緒です」
────────────
「というわけでめでたしめでたしってね!」
世界の果て、その天上の座でリリが三つの光の玉を手に笑っていた。
彼女が語りかけているのは周囲に広がる闇か、あるいはその先の世界にか。
「ま!ここで私がぐちぐち偉そうなことを長々と言っちゃうのも興ざめだからね。簡潔に短く、簡素にね。本当はもう出てこないつもりだったけど、最後にお仕事だけしないとね」
リリの手の中の三つの光がふわりと浮かび上がる。
どこまでも…どこまでも高く。
玉が行く先の闇は道を開けるように晴れていき、その先には無数に広がる小さな光の海が広がっていた。
「あそこで終わるなんて悲しいからね。私はそう言うの大っ嫌いだからさ…ちょっとだけおせっかい。行ってらっしゃい。頑張った魂たち。「どこかの世界」ではこんどこそ最後まで楽しい人生が送れますように」
三つの光の玉が光の海に飛び去り…やがて見えなくなる。
「終わりは新たな始まり…物語が終わったって次の新しい物語が始まる。死は終わりかもしれないけど、終わりじゃない。その先はどこまでも広がってる…だから笑いたまえすべての生きとし生ける命たちよ。その方が絶対楽しいから!あはははは!」
こうして一つの物語の幕が下りた。
そして次なる物語が始まるのだった。
というわけで本編完結いたしました!ここまでありがとうございました!
かなりあれな感じの終幕となりましたが、それでもこの結末が二人の最良であったと思っています!
そして水を差してしまう形にはなりますがその内、番外編を一話投稿すると思います!
ですがそれはこの作品というよりは「人形少女は魔王様依存症」の番外的な話になると思われます。
内容的には言葉だけ出ていた「廃都」という場所の話…リコリスの話になります。
これを書く理由と言いますのが実は「魔王様依存症」をお試しにというかたちでカクヨム様に投稿しているのですが、こちらの殺したい私のほうは先にお伝えしていた書き直しをいつかしたいという都合上ありらには投稿しないので、そうなると魔王様依存症でリコリスが存在を示唆されているのに出てこない…というまま終わってしまうので、その補完のために投稿する形ですね。
あくまでメインはこちらでやっているので、向こうで読めてこっちでは読めないというお話はないのでご安心くださいませ!別の向こうでしかできないことはするかもしれませんが、限定小説という事はしないですので!
たぶん数か月後になると思いますが、向こうで魔王様依存症が完結したタイミングでこちらにも投稿しますし、投稿したらXのほうでもお知らせすると思うのでぜひまだお付き合いいただけるという方は覗いていただければと思います!
色々ありましたが無事に完結まで行けてよかったという思いと共に、最後まで見届けてくださった皆様に感謝を想いが止まりません。ありがとうございました!!
現在「幼女ドラゴンは生きてみる」と新しく連載中ですので、もしお暇があればぜひそちらもよろしくお願いします!完全にこちらとは関係のない独立した作品になりますが…はい!
それでは最後にもう一度…ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
書き直したとしても、この結末や、彼女たちが辿ってきた物語はここにあるこれが全てです!本当にありがとうございました!




