それからの物語2
――さらに数か月後。
耳の奥にのしかかるような重たい鐘の音が鳴り響く中、カララが心底呆れたような顔でため息を吐いた。
カララは紫色のドレスに身を包んでおり、久しぶりにメイド服以外の服にそでを通したというのにもかかわらず、その顔色は不満と不服に彩られていた。
そんなカララに飲み物片手にドレスを着こんだクイーンが困り顔で声をかけた。
「カララ、一応はこういう場なのだからあんまり悪い顔しないの」
「知らないわよそんなん。なぁにがこういう場よ…わけがわからんわ」
ゴーンゴーンと再び鐘の音が鳴り、それがカララをさらにイラつかせる。
やたらめったらにひらひらと空を舞う花弁がカララの飲んでいた飲み物のグラスに落ちて…とうとう耐え切れなくなった。
「だぁあああああああああうっぜぇええええええええ!!マジでなんなわけ!?なんでアタシが…このアタシが「結婚式」になんて出なくちゃいけないのよ!!!」
カララの心からの絶叫は鐘の音にかき消され、その視線の先で純白のウェディングドレスに身を包んだアトラがマイクを片手に謎の奇声をあげていた。
「しかも!なんで!アトラの!結婚式!なんかに!この!アタシ!がっ!」
「まぁまぁ…」
「だいたいなによ結婚式って!公にはできないから小さなパーティーをするって言っておきながらめちゃくちゃ本格的じゃない!金がかかってる!おかしいでしょうが!そんなに招待客もいないくせに無駄に広い会場用意しやがって!」
「ちょっ…カララ少し落ち着いて…」
「おーちーつーけーるーかー!!!!!」
とうとう鐘の音を超えるほどの叫びを腹の底から絞り出したカララだったが、次の瞬間その顔の横を大剣が通り過ぎていき…背後の壁を破壊して地面に突き刺さった。
「…」
パクパクと口を動かすカララに、大剣を投擲したアトラが奇声を止めてニッコリとほほ笑みかける。
「そこの女ぁ、神聖な式の場では厳かにですよぅ」
それだけを口にしてアトラは再びマイクに向けて奇声を発し始めるのだった。
「ほらもう…いい加減こうなるって学びなさいよカララ…」
「う、うるさいわね!クイーンだってなんでこんな茶番に呼ばれてるんだって本当は思ってるでしょ!?」
「思ってないわよ。いいじゃないの、たとえ茶番でもめでたいことには変わりないわ。こんな日くらい素直に祝いなさいな」
「むぐぐぐぐ…そもそもあの奇声は何なのよ!アトラのやつなんで拡声の魔道具に向かってあんな呪いの呪文みたいなの吐いてるわけ!?」
「それも仕方ないでしょ…音痴なのよあの子…あれでも有名なアイドルの曲を歌ってるつもりなのよ…ほら知ってるでしょ?有名な年齢不詳アイドルの「クララちゃん」って」
「知らんし。アタシより目立つ女のことなんてアウトオブ眼中よ」
ふてくされたようにカララはテーブルに置かれた塊肉にナイフを突き刺し、豪快にかじりついた。
「せめて切り分けなさいな…」とクイーンが呆れた声を出すのとほぼ同じタイミングで…一層大きな鐘の音が鳴り、アトラの背後にあった扉からアトラの着ているものに似た精巧な純白のウェディングドレスに身を包んだ女性が姿を現した。
トウカ・ナツメグサ…ユキノの母親であり、そして今日この日、アトラと式を挙げる女性だった。
「いや死ぬほど馬鹿馬鹿しいんだけど…まじで知り合いの母親とここまで行く…?」
「あはは…まぁユキノ・ナツメグサも許してくれたらしいし、アトラが今日にいたるまで柄にもなく頑張っていたのも見てたでしょ?何も問題はないのだし、大人しく祝福してあげましょうよ」
「…」
クイーンの言う通り、アトラが今日にいたるまでどれだけの努力を重ねてきたかという事はカララとて理解している。
しかし不思議とどうしても素直に祝う気になれず…人の輪から外れてカララは遠目で式を眺める。
そんなカララにクイーンが寄り添う。
「…やっぱりあなたも結婚式したいの?ずっと結婚したいって言ってたし」
「…別に。今となってはどうでもいい事よ。それにもうアタシに男なんて寄ってこないでしょ」
カララが自らの頬を撫でた。
化粧で目立たなくはなっているが、先の戦いの折カララは最前線にいたこともあり狼の力の影響を最も濃く受け…結果として身体のあちこちに凍傷による傷が残っていた。
アトラやネフィリミーネにも同様の症状は出ていたが身体に取り込んでいた流体金属の影響かそこまでではなかった。
流体金属の割合が低く、そしてもともと身体が丈夫とは言えなかったカララだからこそ傷が残ってしまったのだ。
「そんなことないわよ。あなた可愛いし。傷なんか気にしないって殿方なんていくらでもいるでしょう」
「いいのよもう男なんて。無理する必要もなくなったし…そもそも向いてないのよ本当は。だからずっと独り身でいい。めんどくさいし…アンタこそさっさと落ち着きなさいよ。仕事人間のまま一生を終えるつもり?」
「あなたのことが心配でそれどころじゃないわよ。いう通りお仕事も忙しいしね。私に落ち着いてほしいのならカララがまずは落ち着きなさいな。話はそれからよ」
「…じゃああんたは一生独り身よ。落ち着くつもりなんてなしぃ」
「あらそう。なら寂しい独り身同士、ぼちぼちやっていきましょう。必ずしも結婚が幸せだなんてことはないのだしね」
「ふん」
そっとお互いの小指同士を絡ませて、気恥ずかしをごまかすようにカララはワインを一息で煽った。
鐘の音がその場のすべてを祝福するために鳴り響く。
「…まぁそれはそれとしてアトラも楽しそうね」
「ふん。アホ面しちゃってあのバカ」
二人の視界の先でアトラはこれまでにないほど満面の笑みを見せていた。




