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戦いにかけるもの

次回は土曜日までのどこかで投稿します!

――あなたを殺しに来た。

告げた私の目的を聞いて、小さな狼は私に背を向けたまま。ただ静かに…


「知っている」


と答えた。

驚きも、悲しみも…もちろんだけど喜びも何もない。

一切の感情が伴っていない、呼吸をするように自然に、それが当たり前のように彼女はそう言ってみせたのだ。


「そっか…そうだよね」

「…ワタシ様のもとにやってくる人間はみんなそう言うのだ。誰一人の例外もなく、殺しに来たと口にする。自分たちが間違っていることにも気づかず厚顔無恥を晒しながら恥ずかしげもなくな」


「…間違ってる、か」


きっと狼…フェルちゃんはそういう意味で言っているのではないだろうけど、私の行いが正しいのか…それもとも間違っているのかと問われればきっとそれは間違っているのだと思う。

目的の是非はどうであれ、私は自分のために女の子を一人殺そうとしているのだ。

その行為に正当性なんかあるはずがない。


やるなら迷うなだとか、やる以上は悩むなだとか…自分が決めたことを貫けだとか…そう出来たらとてもかっこよくて、とても素晴らしい事なのだろうけど…やっぱり私には無理だ。

どこまでいっても優柔不断で、これといった答えなんか何も出せなくて…だからいつだって迷うしかない。

もし…私に皇帝さんの…いや、されにその上…リリさんくらいの力があればもっと前向きになれたのだろうか。

いや…そんなのは考えるだけ無駄なのだろう。

だって私は私でしかなく、もはや変えられないことなんだから。


「お前は…」

「うん?」


「お前たちはなぜワタシ様を殺そうとする。間違ってることなのに…なぜそこまで執拗にワタシ様のもとにやってくるのだ」

「…私以外にあなたのもとにやってきた人のことは…私にはわからない。だからこれは私の理由だけど…私は私の大切なものを守るためにあなたを殺しに来たの」


「…なぜワタシ様を殺すことがお前の大切なものを守ることになるのだ」

「私には大切な人がいるの。さんざん傷つけちゃったけど…それでも大切な人が。でもこのままだと私たちの間に取り返しのつかないことが起こっちゃうから、それをどうにかしたいのと…そのあとで二人で過ごせる世界も守りたいから…だから――」


「もういい」


フェルちゃんが私の言葉を遮って…今まで感じなかった肌寒さを突然感じるようになった。

ただ真っ白なだけだったはずのその場所に雪が降り始めて…地面に落ちて溶けずに降り積もっていく。


「…」

「お前は間違っている。なぜならワタシ様は間違っていないからだ。ワタシ様はこの力を持ち、こうあるべきとして生を受けた。ならばワタシ様の存在は肯定されるべきであって、それを否定するお前たちは間違いだらけの愚物という事なのだ」


「うん…そうなのかもしれないね」

「かもではない、そうなのだ。ワタシ様は生きていていいと言われた。故にワタシ様は生きなければならない。それが正しいのだと…間違っている貴様らに知らしめねばならないのだ。…でも…」


その「でも」に続く言葉はなかった。

口からこぼれそうになった言葉を必死に飲み込もうとしたかのように…息をのんで口を閉ざしてしまった。


「ねぇ…フェルちゃん」

「…」


「私と戦おう。全力で」

「なに…?」


「私はあなたを殺しに来た…でも一方的に殺されるなんておかしいし嫌だよね。私は…人を殺そうとするからには…殺されるつもりでいないとダメだって思ってる。だから…フェルちゃんもいいよ。私を殺しても」

「…今のワタシ様にそこまでの力がないとわかっていて言っているのか」


「あるよ力」

「なんだと?」


そこでようやくフェルちゃんが私のほうを見た。

ここはフェルちゃんの記憶の中でもあるけれど…同時に私の中でもある。

外の現実ではもはや戦えないほどにボロボロだったとしても…私自身の力を分ければここでなら戦えるはずだ。


「…なんのつもりだ」

「だから…勝手な話かもしれないけれど戦おうってこと。一方的だなんてダメだと思うし、そうやって誰も納得できないまま話だけを押し付けようとするから…おかしくなっていくものもあったと思うの。だから対等に…なってるかはわからないけどさ。どっちが生き残るのか…戦って決めようよ。そしてフェルちゃんが勝ったなら…「この身体」をあなたにあげる」


「正気か?」

「うん。たぶん私のいままでの人生の中で…今が一番正気だよ」


ここは私の精神…ここで私が死ねば…きっとフェルちゃんが私の身体を乗っ取ることができるだろう。

記憶の上書きだとか、人格の乗っ取りだとか…理屈はどうであれすべてを受け入れる魔王の器の力もあってたぶんそう言うことが起こるはずだ。


「このワタシ様に…お前ごときが勝てると思っているのか」

「勝つ…つもりではあるよ。どう…かな、そこまで悪い話じゃないと…おもうのだけど…」


いや…冷静に考えなくても悪い話ではあるだろう。

ただ一方的な話にしたくないという私の心情的なものを押し付けているだけで…フェルちゃんにとっていい事なんて一つもない。

でも私だって何の目的もなくこの場所に立っているわけじゃない。

どれだけおかしくても、間違っていても…やらなければいけない理由があって…そして今回ばかりは私も逃げるわけにはいかないのだから。


「ふ…ふはっ…ははは…ふははははははははは!!!はーっはははははははははははは!!」


フェルちゃんは笑っていた。

大口を開けて腰をのけぞらせ…大きな声で笑って…不意に静かになって私を睨みつけた。

同時にその身体を氷の装飾が覆っていく。


「このワタシ様を舐めるなよ」

「舐めてるつもりなんてないよ…いつだって必死なんだ私は」


対抗するように右腕のスノーホワイトを発動させた。

腕が裂けて、黒くそして赤く脈打つ歪な腕に変化し、鎌のような爪が不快な音をたてる。

見た目の話で言うのなら氷を纏っているフェルちゃんのほうがよっぽど綺麗でかっこいい。

これが本に綴られた物語なら間違いなく倒されるべき敵役な見た目をしているのは私のほうだ。


でもこれは他の誰でもない私の物語…だから負けるわけにはいかない。


「行くよフェルちゃん」

「生意気をするなよ人間!それが望みならばいいだろう。この孤高の狼にして至高の大神が聞き届けてやろうではないか!お前の身体を奪い、今度こそこの世界を喰い尽くしてくれる!!」


私のスノーホワイトの爪が、フェルちゃんの氷の爪が…交差して火花を散らした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 苦節300話、ついに何処へ出しても恥ずかしくない主人公に成長しましたね…(全力で外見から目を逸らしながら)
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