狼の記憶4
次回は木曜日までのどこかで投稿します!
切り替わった光景の中で小さな少女が白い闇の中で独り…ぽつんと立っていた。
どれくらい底に立っていたのだろうか…積もる雪は少女の脛の真ん中あたりまでを覆い隠していて…それでも動かずに空を見上げていた。
そこに映るのは幻想的な銀世界…ではなくて世にも悍ましい晒し首。
世界を滅ぼす悪魔だと「罰」を与えられた二つの大人の首と、一人の子供のそれだ。
たとえその行い自体が正しいものだとしても…この世界の人々はその行為に何も疑問を覚えなかったのだろうか。
誰一人として…その行為こそが悍ましいものだとは思わなかったのだろうか。
そして何より…こんな世界で一人ぼっちになってしまった少女はどう思っているのだろうか。
――ひとりになった。
「うっ…」
(大丈夫か?)
「うん…平気…頭に声が聞こえて…でも…大丈夫…」
バチン!と電気が奔るように頭の中に言葉が浮かんでは消えていく。
これは…この記憶の声。
一人の少女の誰にも届かなかった言葉だ。
――誰もいなくなった。
――わたしがわるいこだから。
――いきているから、うまれてきたからこんなことになったんだって。
――でも…それは優しくない人がいっていることで。
――わたしの「みんな」はわたしはまちがってないってずっとずっといってた。
――ならどうしてわたしはひとりになったの?
――わたしがわるこでないのなら。
――どうしてみんなわたしをおいていったの?
少女の表情は見えず、頭に響く声からは感情が読み取れない。
それでも今この子に必要なものは私にだってわかった。
だって経験したことがあるから。世界で一人ぼっち…そんなときに何よりも欲しかったもの…それが当時は分からなかったけれど、今ならわかる。
だって私はそれを手に入れたから。
だけどこの女の子はついぞそれを手にすることはなかった。
私の見ているこの光景はすでに過去。
触れることはできない。
私の手は彼女には届かない。
そして少女は雪の中でたった独り…冷たい風に切り裂かれながら考え続ける。
それが間違っているとしても、だれも止めない。
それが正しかったとしても、だれも歯止めをかけない。
そうしたのは…この世界で、この世界が下した決断なのだから。
――わたしはまちがってない。
――なら間違ってるのはだれ?
――みんな?
――ちがう
――だってわたしはまちがってないのなら、みんなだってまちがってない。
――ならだれが?なにが?おかしいのはなに?
――まちがってないのは
――わたし?
「…」
(…)
スノーホワイトと二人で黙り込んで成り行きを見守る。
そうしている間に私たちの横をすり抜けて、もはや見慣れた鎧の男たちが女の子を取り囲んでいく。
こんな景色も天候も悪い中で、目標を絶対に見つけ出す彼らはきっと優秀な人たちなのだろう。
だからこそ他にやり方はなかったのかって思ってしまう。
それが…傍観者だからこそ抱く感情だとはわかっていながらも。
――間違っているのはだれ?
――わたしはまちがってない
――だってみんながいっていたから
――ならまちがっているのは?
――だってわたしはまちがってない
――こう生まれたのは意味があるからだって
――だから生きてていいんだって
――それを間違っていると言う人は…間違っている?
ピシッ…と音が聞こえた。
いいや…ずっと聞こえている。
周りの人たちには聞こえていないのだろうか?
もはや周囲の人たちは女の子に対して言葉すらかけずに殺気を漏らしながら距離を詰めていく。
傍から見ているだけでも「殺してやる」という憎しみと殺意が伝わってくる。
きっと彼らにも理由があるのだろう。
この終わらない雪の中で大切な人が被害にあったとか…もしくはそうならないために今非道になる道を選んでいるのか…それとも――
どちらにしろこの世界単位で見れば正しく正義なのはきっと男たちのほうなのだろう。
私たちだって世界を救うために狼をどうするかという事を考えてはいたけれど、その本人のことまでは考えていなかったのだから。
私はこうやって彼女の側に立つ機会を得たから…感情がそちらに引っ張られているだけ。
「だけどやっぱり…これが正しかっただなんて言えないよ…」
綺麗事だってわかっていても、割り切れないものがある。
そして少なくともこの世界を生きていた人々は…それを割り切るべきではなかった。
それが結末を知っている私だからこそ言える結果論だとしても。
――まちがってないのはわたし
――まちがっているのはわたし以外
――ただしいのは
――私一人
雪が牙を剥いた。
ただ流れるまま…触れれば溶けて消えてしまうほど儚く小さなそれは、この時ついにすべての命を喰らい尽くす神なる獣の牙となった。
たくさんの悲鳴が聞こえた。
死にたくないと声がした。
こんな惨いことをするなと怒声が飛んでいた。
女の子は笑っていた。
自分が正しいのだから間違っているのはお前たちだと言いながら。
自分に刃を向けた者たちを、世界を喰らい尽くしながらひとり笑い声をあげていた。
世界で一人ぼっち。
その命を間違っていないという言葉だけを信じて、それらを否定するその他すべてが間違っていると笑う。
世界で唯一の…間違っていないからこそのワタシ「様」。
「スノーホワイト」
(…)
「あなたこれを知ってたんだよね」
(ああ)
私がこの記憶を見ているのなら、かつて同じように…いや、それ以上に狼の力をその身に取り込んだスノーホワイトもこの光景を見たはずなのだ。
だから彼女は…。
気が付けば世界には何もなくなっていた。
真っ白で…どこまでも続く白の世界になっていて…こちらに背を向けて女の子が一人立っていた。
記憶の旅が終わり、そこにいるのが…たった独りの彼女だ。
「…フェルちゃん」
「…なにをしにきたのだ」
何をしに来たのか…感情のない声で投げかけられた問いに私は答えなければならない。
ここに何をしに来たのか、私は何をしなければならないのか。
独りぼっちの彼女には、あの時あの場所で必要なものがあった…でもそれはすでに過去の話で、もうやり直せないくらいに決定的にその時は過ぎてしまったから。
だから私は今の「答え」を返さなければいけない。
「…あなたを殺しに来たの」




