最良への可能性
次回は土曜日までのどこかで投稿します!
「スノーホワイト…どうして…」
私の右腕の異形の腕を見てナナちゃんがさらに数歩、後退る。
あの日…スノーホワイトとお母さんが私の中から出ていったと同時に失われたはずの力が今、私のこの腕に戻っている。
あれだけ手放したくて仕方のなかったこの力が。
「これが私の考える「最良」だよ。ナナちゃん」
この力を取り戻すのは…思ったよりも簡単だった。
スノーホワイトに…私の背後にいる彼女にその力を渡してもらい、それを取り込んだ…ただそれだけ。
でもこの力の譲渡は一方通行…スノーホワイトが私の中にいないとしても、二度と私はこの力を手放すことができなくなった。
理屈としては以前のこの力は私の力ではなく、私の中にいたスノーホワイトを通して現出していた力だったから解除ができたけれど、、今のこの力は正真正銘私の物になってしまった。
故に手放すことができない。
簡単な話だね。
「最良…?だってユキノさん…そんな力いらないって…」
「少し前まではね。でもいまは…取り戻せてよかったって思ってる」
「え…?」
ドクンドクンと真っ赤に脈打つ歪で…鎌のような黒い爪が地面を引掻いてシャリシャリと音をたてる。
醜悪で不気味で…見るだけでも嫌だったけれどそれは前の話。
本当に心の底から今は…この力を譲渡してくれたスノーホワイトに感謝をしているくらいだ。
「ナナちゃんは私と一緒にいられない理由が私の変化だと言ったでしょ。そんなことないってどれだけ言っても…頑固なナナちゃんはきっと信じてくれないから。だから行動で示した。理由が必要って言うのなら私は絶対にそれを見つけてくるし、それを苦だとは思わないから」
「…そんな…で、でも!それはただ形だけで…!だってあなたの殺人衝動は…!!」
そこまで言ってナナちゃんは口を噤んだ。
たぶん…私がやろうとしていることに気が付いたんだろうね。
そう…これはあくまでもスノーホワイトの力を…失ってしまったそれを形だけ取り戻しただけだ。
まだ…以前の私のままとは言えない。
そもそもスノーホワイトの力と殺人衝動は別物だったんだ。
全てを切り裂き、握る潰す腕は私の中にいたスノーホワイト由来の力。
元を辿るならば私が持っていた「魔王の器」としての力が外に流れ出て形になっていたものだ。
そして…殺人衝動はそこにさらに封じ込められていた狼の力の影響。
だから力を取り戻したと言っても私に人を殺したいと言う衝動はない。
それを取り戻すのは…ここからだ。
「だめ…だめです…そんなこと…!」
「何がダメなの?」
ナナちゃんが私から隠すように手に持っていた包丁を抱え込む。
危なかった。
もうほとんどナナちゃんはそれを自分に刺していたから…本人は気づいていないかもしれないけれど、動揺からそれをやめてくれた。
そして動揺したまま…わなわなとナナちゃんは口を開く。
「ユキノさん…狼の力を自分に…そのスノーホワイトの右腕に封じるつもりですね…?そんなのだめに決まってます…!」
「あははっ。私がナナちゃんが何をしようとしているのかわかったように、ナナちゃんも私がやろうとすることにすぐ気が付くね。ほらやっぱり私たちは通じ合って…」
「そんな話をしていません!どうしてそれが最良なんですか!それは…その選択は何も変わらないではないですか!」
ナナちゃんらしからぬ大声が私に投げかけられた。
少し不謹慎だとは思うけど…こうしてようやく感情をむき出しにして怒鳴りつけてくれていることが少しだけ嬉しい。
でもやることはやらないとね。
そのために私はここにいるのだから。
「変わるよ。ナナちゃんの言う通り、私がこの腕を取り戻したのはそのナナちゃんの腕の中にある狼の力をまた私の中に封じるため…このスノーホワイトの力ならそれができるから」
「だからそれだと何も変わっていないではないですかと言っているのです…!氷の力を取り込めばあなたは…!犠牲になるつもりなんてないって言っておきながら!」
「それは意外と大丈夫なんじゃないかって思ってるよ」
「え…?」
この一か月間、私は何もしなかったわけじゃない。
この力を取り戻そうと決めた時からスノーホワイト本人と何度も何度も話し合って…私なりに一つの答えを出した。
もしすべてがナナちゃんの思惑通りに進んだのなら…すんだからこそ生まれた一つの手段。
「かつてスノーホワイトを氷の棺に閉じ込めた狼の力は天の座を通じて世界中に拡散したものだった。それはきっと…氷の力で言うのならば今ナナちゃんが手にしているものよりもはるかに強かったはずでしょ」
「それは…」
現に神様の領域にまで至ったスノーホワイトがその身を犠牲にして封印した世界を覆い尽くすほどの氷の力は、ナナちゃんが手にしている小さな包丁に閉じ込められている。
もちろんナナちゃんが作ったそれを過小評価しているわけじゃない…でも私たちは普通の人間なのだ。
どれだけ努力しようとも神様だなんていう超常の理不尽に手が届くはずがないし…きっと人間でいるためには届いてはいけないのだ。
「だから今なら…その小さな力なら私一人でも抑え込めるかもしれない。そして無事に成功したのなら…私はきっとまた殺人衝動に捕らわれる。そうすれば私はあなたが望む私でいられるでしょう?」
「ち、ちが…確かに…望んではいました…けど…私はユキノさんに苦しんでほしいわけじゃ…」
「私が苦しむだなんて勝手に思わないでよ。私だってナナちゃんと同じだよ…大切なあなたに見向きもされなくなるのが嫌だから…怖くて仕方がないから…だからこれだって私自身が望んだことだから」
「わ、私の不死は!…私の不死は先ほども言った通り、いずれは消える力です…そうなればもし生き残っても私たちの間にはまた溝ができます!そうなったら…」
「そうなったらさ、またその時になにか考えようよ。今は二人そろって生き残ることのほうが大切…違うかな」
「…せ、成功するなんて確証はないじゃないですか…やっぱりこの狼の力はすさまじくて…ユキノさんはなすすべもなく眠りについてしまうかも…」
当然その可能性は大いにある。
何度も話し合って、考察して…でも本番でしか実際の確認はできない以上「おそらく大丈夫なはず」という答えしか出せなかった。
「でも、そうなったらそうなっただよ。それが私たちの運命だったんだって。私たちは人間だからさ…生きている以上はどうしようもないことがあるから。がんばって頑張って、それで出た結末がそれなら…仕方がなかったねって受け入れるしかないんだよ」
「そんなもの納得できるはずが…!」
「私だって納得しないよ。確実な犠牲と…私たち二人が一緒にいられるかもしれない未来につながる細い道…それなら私だって細道を行くよ!世界がどうだなんて何もわからないけど、この気持ちだけは本物だって言えるから!だから…私は!」
動揺しているナナちゃんの不意を突いて私は跳んだ。
最悪、ナナちゃんの腕を少しだけ傷つけることも考えていたけれど…思いのほかあっさりと青白い刃の包丁を奪い取ることに成功して…。
「待って!ユキノさん!お願いですから!」
「ごめんね」
制止をも聞かずにスノーホワイトの腕で握りこんだ。
あなたが望む私に。
個人的に重くて大好きな感情です。




