さぁ考えよう
私たちはやけに長い木製のテーブルでランさんが煎れてくれたお茶をいただいていた。
草というか葉っぱというか…とにかく緑の味が強く苦みもあるのだけど口当たりがよく、また不思議とホッとするお茶だ。
「おいしい…」
思わず声に出てしまったそれを聞いたランさんは嬉しそうに「お代わりもありますからね」と笑った。
ちょっと気恥ずかしい…。
「実はこのお茶はそちらにいらっしゃるアリス様が開発されたものなのですよ」
「え!?」
びっくりしてアリスのほうを見たのだけど、本人はなんというか困ったような顔をしていた。
「いや…それは余が開発したわけではなく…うーむ…」
「ですが茶葉の発見からお茶にするまでの製法を確立したのもすべてアリス様だと伺っておりますが?」
「え、すごい」
「いやそれはそうなのだが…確かに余が見つけて広めた物ではあるが…うーむ…まぁとにかくこのことを余の功績として広められるのは本意ではないのだ。あまりイジメないでやってくれ」
「ははは、相変わらず謙虚でいらっしゃる。うちに来る人たちにも好評なのですよ?」
うちに来る人達…さっきもごひいきにと言っていたし何かやっているのかな?教会だからお祈り?
「ここはねユキノくん、実は診療所なんだ」
「診療所…?」
「そう。ランくんはとても腕のいい医者でね、この辺りに住む者はみんなランくんに頼りっきりなのさ」
「はははその過大な評価こそ本意ではないですけどね」
「お医者様なんですね…とってもすごいと思います」
思わず私はランさんから目をそらしてしまった。
人の命を助ける仕事をしている人から見たら私ほどおぞましく映る存在もないだろうから。
「ところでアリス様…彼女が先日言っていた?」
「うむ。というわけで一度ランくんの仕事を彼女に見学させてほしいのだが構わないかな」
「構いませんが…その工程は必要なのですか?」
「うむ」
「わかりました。今日もそろそろ常連の方たちが来る頃なのでご自由にどうぞ」
私に優しく微笑むとランさんは立ち上がり、元来た扉の中に入っていった。
「あの…アリス」
「む?」
「見学って今からランさんのお仕事をってことですか?」
「うむ。ちなみに敬語でなくともよいぞ!」
「…邪魔じゃないかな?」
「まぁ大丈夫であろう。とにかく一度見てもらいたいのだ」
真剣なアリスの様子から、何か大切な事なのだろうという事は分かった。
ランさんが欠片持ちというのならばこの場でさっと済ませられないだろうかとも思ったのだけれど、ここから家まではかなりの距離がある。
ナナシノちゃんがいない状態でスノーホワイトを使うことは憚れるのでやれと言われても出来ないか…。
そもそもアリスはランさんに事情を伝えているのかな…?欠片の破壊はスノーホワイトで出来ることは分かっている。
だけどどれくらい傷つければいいのかは分かっていない。
つまり最大であのリッツという男の人とと同等の傷は負ってもらわないといけないわけで…そう考えるとだんだんと心臓が痛くなってきた。
殺さなくてはいいと言ってもやられる方はたまったものではないだろう…ただ欠片とか言う変なものが身体の中にあるから大けがを負えと言われるのだから。
そしてそれをやらないといけないのは私なんだ。
「…」
「どうしたユキノくん。顔色が悪いぞ?」
「いや…何でもないよ」
「そうかね?具合が悪い時は無理をしてはいけないぞ?吐き袋なら余のストックがあるから遠慮なく言ってくれ!」
バッ!と勢いよくリコちゃんがどこからともなく袋を取り出してドヤ顔をした。
アリスのあの袋はリコちゃんがもっているのね…。
というかこの二人すっごく仲がいいみたいだし、私とナナシノちゃんの関係の進展にアドバイスとかしてくれないかな?
「あの、」
「おっと、患者さんが来たみたいだぞ。ひとまず静かにしていよう」
アリスちゃんの言葉通りに教会内…いや診療所内は時間と共に人で溢れかえり、先ほどまでの静かな空間は一気に飲まれてしまった。
ずっと人の多い帝国にいたからか少しばかりは右腕の疼きも抑えられていて、この程度なら何とかなりそうだとホッとした。
「おーい先生や~い…また腰が痛くてなぁちょいと見てくれんか」
「俺も腕が痛くてよぉ」
「うちの子がどこかで切り傷を作っちゃって…」
各々どこが痛い、どこが悪いと口にし、白衣を纏ってやってきたランさんは困り顔になりながらも穏やかに対応していた。
「おじいさん昨日も膝が痛いって来たじゃないですか。多少の痛みは薬草とかで対処したほうがいいですよ」
「いやぁでも先生に診てもらった方が効くからの~、もう薬草なんぞに頼る気にならんのよ~それに今日は腰じゃ」
「…そうですか。では治療しますね」
一瞬…本当に一瞬だけランさんの顔に影が差した気がしたけれど、瞬きする間に元の穏やかな表情に戻っていたので見間違いだったのかもしれない。
「ユキノくん、見ておいてくれ。ランくんの「治療」を」
「え?う、うん」
言われたとおりにランさんの治療を見守る。
治療と言ってもランさんは何も手にしておらず、衣服をめくって肌を露出させているおじいさんの腰に手を当てただけだ。
私は視力がいい方なのでランさんの手に何も握られていないことはここからでもわかる…だからこそ何をしているのか分からない。
「さすれば治るとか?…まさかね」
「そのまさかなのさ」
「え?」
「ほらほら見てみたまえ」
名にも変化がないと思っていたそれだけど、少しするとランさんの手がほんのりと白く光りを帯びた。
その状態でしばらくランさんがおじいさんの腰に手を置いているとやがておじいさんは勢いよく立ち上がり先ほどまで痛いと言っていた腰を大げさに回しだす。
「おお!痛くないぞ!さすがは先生じゃ~!」
そのままおじいさんは元気よく走り去ってしまった。
次は怪我をした子供を抱えた母親がランさんの前に座った。
そして同じように手をかざすと子供の傷はみるみると治り、痕すら残らない。
「すごい…」
「だろう?魔法が存在するこの世界において人の手による医療という行為に需要があるのは回復魔法と呼ばれるものの使い勝手の悪さに起因している」
魔法が存在しているこの世界…随分と不思議な言い回しだ。
まるで魔法が存在しないなんていう世界があるかのような…。
まぁただそういう言い方になってるだけだよね?
それ以上は気にしないことにしてアリスの説明に耳を傾ける。
「回復魔法というものは使用する難易度が高く、消費する魔力も多い。そのくせ得られる効果はどれだけ強力なものでもせいぜい骨折を直す程度だ。アマリリスくんくらいになれば瀕死からも回復するとか千切れ飛んだ四肢をくっつけるとかできると思うがね…そんなことできる者なんてそれこそ人外の者くらいだ。だがランくんはたいていの怪我や病気は治せてしまう…魔力量や魔法の知識は人並みであるのにもかかわらずだ。つまりランくんの「治療」は魔法ではない…となると」
「…欠片持ち」
「その通りだ。現にリコも彼の身体に欠片があるという事を確認している。そうだろう?」
「うんー身体の中にあるー」
「リコちゃんそう言うのわかるの?」
「わかるよー。リフィルねぇもわかるもん、私にだってわかるよー。アマねぇはわからないからすごいねって褒めてくれるんだよ?アリスちゃんもほめてー」
「よしよし、リコは凄いな」
「むふー」
どうだと言わんばかりの渾身のドヤ顔だった。
「さぁそんなわけでユキノくん。是非とも一緒に考えようではないか」
「え、なにを?」
「キミはここに何をしに来たんだ?」
「見学じゃ…」
「何のために?」
「それは欠片を…」
そこで私はようやく気がついた。
そして思い出す。
アリスが昨日言っていた欠片を壊すとなると困ったことになるという言葉を。
「そう、ランくんの欠片を壊すという事は今目の前で彼が行っていることを否定することになる。彼のおかげで助かった命はたくさんあるだろう。彼が拾い上げた人々の笑顔の数など数えるまでもない。先ほどのおじいさんは昨日も来たと言っていたな?つまりそれほどランくんは、ランくんの力は大勢の人に望まれている素晴らしい力なんだ。さぁユキノくん…この状況でキミはどうする?ランくんの欠片を壊せるかい?」
息が詰まった。
まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、ただただ息が詰まっていた。




