呼び方
翌日。
ナナシノちゃんとの朝ごはんを済ませて横腹が痛くならない程度に小走りで図書塔に向かった。
昇りたての朝の陽ざしが心地いい。
ナナシノちゃんにも外出とかしてみる?とそれとなく持ち掛けたのだけど「ここに居るのが好きなので」と部屋の隅で丸まってしまったので諦めた。
たまには身体を動かしたほうがいいんゃないかぁと思うけれど、ナナシノちゃんは大丈夫と言っていたのでそれ以上は今の仲じゃ踏み込めない…もっと仲良しになれば二人でピクニックとかできるようになるかな?そうなれるといいな。
「そのためにはまず目の前の問題を片づけないとだよね」
今日は昨日の話通りならアリスが「欠片持ち」の人がいる場所に連れて行ってくれるらしい。
正直不安しかないけれど、皇帝さんの言葉を信じるのならば頑張っていれば私は「普通」になれるかもしれない…だからそのためにやるしかない。
「頑張ろう」
小さく口の中で言葉を転がして気を引き締めた。
そうして図書塔までたどり着くと、入り口のところに豪華な馬車が止まっていた。
おそらくアリスちゃんが乗ってきたの…かな?と恐る恐る近づくと馬車についている小窓からひょっこりと大きな獣の耳が飛び出してジトっとした瞳が私に向けられた。
「あ、っと…リコちゃんおはよう」
「おぁよー。アリスちゃん、きたよきたよ~」
「お。ユキノくん、こっちだ。乗ってくれたまえ」
リコちゃんに続いて窓から乗り出したアリスに手招きされて馬車に近寄る。
乗れって…私がこんな立派な馬車に乗っていいのだろうか?しかもアリスと同乗なんて許されることなの?
「どうしたユキノくん。遠慮せず乗ってくれ」
「お、お邪魔します…」
恐る恐る降ろされた踏み台に足をかけて扉を開き中にお邪魔する。
中には昨日の様に距離が近すぎるスキンシップを繰り広げているアリスとリコちゃん、そして向かいにアレンさんが座っていた。
「うむ。おはようだユキノくん」
「お、おはようございます…えっと…アリス…様?」
「呼び捨てで構わないぞ」
「え…でも…」
ちらりとアレンさんを見たけれど、ただぺこりと会釈をされただけでそれ以上は何もない。
いくらなんでもお姫様を呼び捨ては色々とまずいのではないだろうか。
「偉いのは余ではなく母上だからな。私は母の様に偉くもなければ強くもない。この国で偉いのは強く、そして国に貢献している者だ。故に余に必要以上に敬意を払う必要はない。まぁ常々母の様にありたいと思ってはいるのだけどね」
「は、はぁ…では…アリス、さん?」
「む…ユキノくん年齢は?」
「17ですけど…」
「余は15だ。なら呼び捨てがいいのではないか?うむ、そうしようそれがいい」
「え…」
「ほらほらリピートアフタミーだ。アリス」
アリスが自分を指差して柔和な笑みを見せた。
これは断るのが失礼なのか、断らないのが失礼なのか判断に困りすぎて思考が停止するやつだ。
なので一か八か受け入れることを選択する。
「…アリス」
「うん。これからそれでよろしくだ。ささ、はやく座りたまえ」
「お邪魔します…」
アレンさんの隣に腰かけてすかさず、耳打ちをする。
「あのアレンさん…大丈夫なのでしょうか色々と…」
「ええ、姫はこういう人なので気にしなくてよろしいかと」
それっきり何も言ってくれなくなったので釈然としないものを感じつつも、目の前では愛らしい小動物の様にじゃれつくリコちゃんを撫でているアリスという光景が繰り広げられていて私は思考を止めた。
「よし、出してくれ!」
アリスの指示を受けて馬車が動き出す。
「あ、あれ?今日はアマリリスさんは…」
「む?あぁ図書塔を待ち合わせ場所にしたから勘違いさせてしまったかな。アマリリスくんはあれでかなり多忙なのだ。むしろよくいままで付き合ってくれたものだというくらいにはな」
「そうなんですね…じゃあ今まで迷惑かけちゃってたんですかね…」
「かもしれん。しかしこの世…いや、どこの世にもに誰にも迷惑をかけずにやっていけている者などいはしないのだ。申し訳なく思うよりは感謝の気持ちを持ったほうがいいと余は思うぞ」
「そうですね…アリスの言う通りだ。こんどご飯でもごちそうして…」
「それはやめた方がいい。アマリリスくんは他人の金でも遠慮なく食べるぞ」
「…」
じゃあダメだ。
破産してしまう。
ただでさえ現状、私のというかおかあさんが残してくれた貯金でやっているのでそれが無くなってしまうと困る。
お菓子を差し入れするくらいがいいのかもしれない。
「そうだリコちゃん。アマリリスさんが好きなお菓子とかあるかな?えっと…姉妹なんだよね?」
「んー、アマねぇーはなんでもすきだよー」
「好物とか…」
「わかんないー。私はあんまりご飯たべないけどーアマねぇはなんでもおいしいおいしいって食べてるからなんでもよろこぶんじゃないー?」
まぁ確かにアマリリスさんなら何でもおいしそうに食べてくれるか…。
そしてお菓子を渡す時に本人に好物を聞けばいいんだ。
うん、そうしよう。
うまい具合に考えがまとまったと満足していると馬車が止まった。
一時間くらいだろうか?そこそこ距離があったけれど目的地に到着したらしく、促されるままに馬車を降りると喧噪に満ちた街並みとはうって変わってそこにあったのは自然が多く残った…私が育った村よりは発展しているかな?という場所と古ぼけた教会だった。
「ここに欠片持ちの人が…?」
「うむ、約束は取りつけてあるから早速行こうか」
ずんずんと先頭を進んでいくアリスと手を繋いでいるリコちゃん、その後ろにアレンさん、さらにその後ろに私というフォーメーションで教会の中に踏み込む。
外装は古ぼけていたけれど、中はそこまで古さを感じず、清潔な感じだった。
協会って初めて入ったけれど…そこまで不思議なつくりをしてるわけでもないんだなぁ~。
広くて椅子とテーブルがあってと普通と言えば普通だ。
一つ気になることと言えば…一番高いところに鎮座している半壊している石像だろうか。
「失礼!訪問の約束をしていた者だが誰かいないだろうか!」
アレンさんが声をあげるとガタッ!バタッ!と何やら慌ただしい音と共に奥の扉が開き、中から白いローブに身を包んだ人のよさそうな男性が現れた。
男性の顔にはところどころ線が入っているようにトカゲの鱗のようなものが存在していて左目の瞳孔は亀裂の様に縦に奔っている。
魔族還りだ。
「ああ、これは大変申し訳ありません。時間を見ておりませんでした…」
深々と頭を下げた男性にアレンさんが何かを言おうとしたが、それを制してアリスが前に出て男性の肩に手を置く。
「気にしないでくれ。いきなり約束を取り付けて曖昧な時間しか指定しなかったのはこっちだからな。どうか頭を上げておくれ」
「はい」
男性が頭を上げるとアリスが私に目配せをした。
おそらくこの人が欠片持ちという事だ。
「ユキノくん紹介しよう。彼がここの管理をしている…」
「ランと申します。どうぞごひいきに」
人のよさそうな男性は、その雰囲気通り柔らかく笑った。
序盤なのもあってユキノちゃんがまだまだ受け身なので話がなかなか進まないですね…そのうち吹っ切れると思います。




