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命運尽きる時

次回は日曜日までのどこかで投稿します!

「これだから無知蒙昧なる凡夫どもは困るのだ。何を狙っているのかと思いきやまさかこのワタシ様が地に足を付けていないと何もできないとでも思ったのか?ワハハハハ!ワタシ様は天に坐する神なるぞ。地など踏み台にすらならぬのだ」

「そんな…」


皇帝が振りぬいたはずの刃は狼に届く寸前で止まっていた。

そして…皇帝の右腕には鋭く尖った氷柱が貫通しており、透明色の氷を真っ赤な血が流れ落ちて彩っていく。

その氷柱はいったいどこから現れたのか…皇帝は狼が踏んでいる地面からしか氷を発生させられないと予想しつつも確定ではないと油断せずにずっと狼の周辺に意識を向けていた。

当然その下の地面にもだ。

それにもかかわらず、皇帝はその腕を氷柱に串刺しにされてしまった。

完全に意識の外…死角である皇帝の背後からその氷柱は現れたのだ。

そしてその氷柱の発生源は…全身が凍り付きつつある男の身体から発生していた。


「そうか…私は今…狼に触れている…こいつは…地面だけじゃない…触れている氷からも氷を…!!私が…余計な真似を…」


凍り付いていく視界の中、男は自らが犯した致命的なミスを自覚して嘆きと謝罪の声をあげた。

男が身をもって証明しているように皇帝の右腕が急速に凍り付いていき、数秒後には男と同じように全身が凍り付くのだろう。

完全に失敗したと男が絶望に沈みかけたその瞬間、皇帝が表情を変えずに鼻で笑った。


「騒ぐんじゃねぇ。お前が先に身をもってどうなるか試してくれたおかげで…覚悟が付くわ」


次の瞬間、左腕に光の刃を作り出した皇帝は自らの右の脇下に刃を差し込み…氷に侵食されていた腕を切り落とした。

骨すらも綺麗に切断された断面から勢いよく鮮血が噴き出し、切り離された腕は男から続く氷の一部となった。

しかし皇帝は一切動じない。

男が氷に貫かれたことで、その後に貫かれた場所から全身が侵食されるように凍り付くことを理解した。

ならば貫かれた場所をすぐに切り離せばそれ以上の被害はない…それを男が身をもって伝えたからこそ一切の躊躇もなく腕を切り落とす判断をすることができた。

降り積もる雪を赤く染めながら、皇帝は男の身体を足掛かりに身を翻し…呆気に取られていた狼に今度こそ肉薄し刃を振りぬいた。


「な…!!」


ストン…と何の抵抗も感じさせない呆気なさで狼の小さな右腕が落ちた。

同時に氷と化していた男の腕が砕けて狼の身体ごと地面にぶつかる。


「痛み分けだ。やったと思ってしたり顔で笑ってるからそうなるんだよ」

「ぐ…ぅ…ぅ…」


狼は腕のなくなった右肩を抑えながらふらふらと立ち上がる。

その切断面は衣服に隠れてうまく伺えないが、ポタ…ポタ…血がしたたり落ちて地面に赤く水溜りを作っていく。

出血はしているものの、腕が丸々なくなったにしては流れている血の量が少なく、勢いもないことに不審なものを覚えながらも皇帝は器用に口を使って肩口を縛り、傷口の止血をした。

むろんその場しのぎでしかないため今この瞬間も皇帝の体内から血は失われていくため、長い間は動けないと左腕の刀を握り直し、足元の血を踏みしめながら走り出す。

光の刃の閃きに狼の顔が映り込む。

その顔は…不敵な笑みを浮かべていた。


「っ!」


ゾクリと背中に氷を詰め込まれたかのような悪寒を感じ、皇帝が横に飛ぶ。

瞬間、地面が爆発を起こしたかのように…氷が爆ぜた。

今まで地面であったはずの場所が無数の氷柱で作られた剣山の地獄絵と変わり、動くことができなくなっていた男はそれに飲まれ全身がバラバラに砕けて飛び散った。


「おい!!」


皇帝がとっさに声をあげるが…男から声が返ってくることはなく…大地を蹂躙した氷の剣山の上に立ちながら狼は尊大な笑い声をあげた。


「ワハハハハ!愚かにもこのワタシ様を倒せたと油断していい気になっていたのはお前なのだ!この下民めが!」


狼は鋭く尖った氷柱でできている剣山の上を悠々自適に歩く。

裾の長い服を着ていたために皇帝には今まで見えていなかったが、狼は靴を履いておらず、むき出しの足で氷柱の上を進んでいた。

やがて氷柱の上からちょうど皇帝を見下ろせる位置までわざわざ移動してきた狼が馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「…なに見下していい気になってんだよ。油断してっと今度は腕の一本じゃ済まねぇぞ」

「ワッハッハッハ!しつこい虫ほど耳障りな音を出すものなのだ。うむ!認めようじゃないか、確かにワタシ様は遊びすぎていたのだ。まさか地を這う下民がワタシ様に刃を通すとは夢にも思わなかったのだ。この世界の雑魚は雑魚なりに強くはあったのだ。でもそれだけなのだ。ワタシ様の命には届かない」


それは特異な状況に慣れている皇帝をして異様だった。

異界の神とはいえ幼い少女の姿をしている存在が腕を斬り飛ばされても泣き叫ぶでもなく平気な顔をして笑っている…ありえないアンバランスさがとにかく不気味で異様な空気を作り出している。


「まさか腕を切り落とした程度でこのワタシ様をどうにかできると思ったのか?動揺を誘えるとでも?痛い痛いと泣き叫ぶとでも思うたのか?ワハハハハハ!あまりに思考のレベルが低すぎて話にならぬのだ。この程度の痛み…「痛い」とは言わぬのだ」


痛いという言葉を口にしたほんの一瞬…狼の顔が曇った。

まるでそれ以上の「痛い」を経験しているかのようなその陰りはすぐに霧散し、狼は懸案の上でしゃがみこんでにやにやとひたすら皇帝を見下す。


「そうかよ。こっちもこの程度で泣かれたら立場ねぇなって思ってたところだ。思ったよりは根性があって安心したぜ」

「ワハハハハハ!本当によく鳴くのだ。そんなにこの偉大なるワタシ様と遊びたいのなら望み通りもう少しだけ遊んでやろうではないか。さすがにお前より強い奴はいなさそうだし、すぐに終わらせるのはもったいなかろうて」


その言葉の直後、再び地面が爆ぜた。

無数の氷柱が地面を砕き割りながら現れ、皇帝に襲い掛かっていく。


「ちっ…!」


右肩から血をこぼしながら皇帝は氷柱を躱していくがそれ以上の行動がとれずにいた。

帝国において…いや、世界において武力という点において最強と言われた皇帝だったが今回ばかりは致命的なほどに相性が悪かった。

迫りくる氷柱に対して皇帝の光の武器はその特異性をほぼ発揮できず、普通の武器としてしか扱えない。

それでも数本は砕くことくらいなら可能だが、氷柱は無数に隙間なく襲ってくる。

狼の真似をして鋭く尖った氷柱の上を歩くわけにもいかず、そもそも貫かれたら終わりという代物相手にそんな真似ができるはずもない。

せめて皇帝の両腕が健在ならばまだ方法があったかもしれない…しかしもはや後の祭りだ。

もはや調子に乗った狼が息切れを起こすのを待つしかない…それほどまでに追い詰められていたが当の狼は汗一つ見せず、余裕に笑っている。

対して皇帝は出血がひどく、休みなく走りまわされている状態であり、もういつ動けなくなっても不思議ではない。


「くそ…がぁっ!!」


腹の底から絞り出したかのような怒りの声と共に、皇帝の足から一瞬力が抜けた。

とっさに刀を杖代わりに地面に突き刺し、気合で踏ん張ったがその一瞬の隙が命取りとなった。


「もう終わりなのか?存外つまらなかったのだ」

「くっ…」


皇帝の周囲を一部の隙も無く無数の氷柱が取り囲んだ。

完全に逃げ場を失い、体力もつきかけて…皇帝はただ歯を食いしばりながら狼を睨みつけるしかなかった。


「ワッハッハッハッ!悔しいのか?ワタシ様に歯向かった羽虫どもはなぜかみな最後にはそんな顔をするのだ。ワタシ様は生まれながらにしての偉大なる支配者…絶対的な簒奪者であり、やがて天を支配する絶対なる神なのだ。勝てるなどと思うほうがおかしいと考えなくてもわかるだろう?なぜそれが分からないものが一定以上いるのか不思議で仕方がないのだ」

「そりゃあお前が大した奴じゃないってだけな話だ。何度言っても油断が止まねぇもんな?」


「油断と余裕を履き違えるあたりが下民だというのだ。そんなに油断してほしいのならこのワタシ様が寛大な心で油断してやろうではないか。10秒このままで待ってやろうなのだ。ほら何かできるのならやってみるがいい」

「馬鹿に…すんじゃねぇ!」


ほぼノーモーションで皇帝は手にしていた刀を狼に向かって投擲した。

しかし苦し紛れのその攻撃はせりあがってきた氷柱の一本に阻まれ、狼には届かずに光となって霧散してしまった。


「もう終わりか?ならさすがに飽きてきたしここで…――む?」

「あ…?」


狼と皇帝は同時に間の抜けた声を漏らす。

つーっと狼の頬を血が伝って流れ落ちていき、そして正面の氷柱には一本のサバイバルナイフが突き刺さっていた。

位置的にそれは皇帝が投げたものではなく…突如として狼を襲ったナイフは後方から飛来していた。


「まだ仲間がいたのか?」


そう問われても皇帝には心当たりがない。

この場所に連れてきたのは人形の男ただ一人なのだから。

狼がめんどくさそうにゆっくりと背後を振り返るとそちらから歩いてくる一つの人影があった。

丈の長い漆黒のコートに…首元の深紅のマフラー。

あまりにも目立ちすぎているその出で立ちに皇帝は心当たりしかなかった。


「季節外れの舞い落ちる雪…この白き闇は僕を使命へと誘う道しるべ…純白ながらも漆黒の闇が、突き刺すような荒れ狂う風が僕に正義を成せと囁いている」

「…今までなぜか言語が理解できていたのだが、急にわからん言葉が出てきたな。何者なのだ?」


「僕こそは闇より現れし正義の使者…エンカ・ダークハート。世界を覆う悪に名乗る名前などない」

「…名乗ったような気がするのだが気のせいなのだ…?」


「お前が僕の敵か。心しろ。悪が僕の前にたった時それすなわちその命運が尽きる時だ」


深紅のマフラーをはためかせながら、エンカが漆黒の手袋に覆われた指を狼に突き付けた。

アホの子がやってきました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ワタシ様ちゃんがツッコミに回るレベル シリーズ通して一番揺らがないの、実はエンカくんちゃんだったのか…?
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