姫と花
本日二話目です。
朝にも投稿していますので読み飛ばしにご注意ください。
「よし、じゃあそろそろユキノちゃんのお仕事のお話ね」
図書塔の五階にたどり着いた私たちはようやく話し合いを開始することになった。
ちなみにアリスは備え付けのソファーでリコちゃんに膝枕されながら横になっている。
「あ、はい…私は何をすれば…?」
「それについては余から話そう~…げほっ…」
今にも死にそうな力のない声をアリスがあげた。
あまり無理をしないほうが…という想いしかない。
「じゃあアリスちゃんよろしく」
「あい、承ったー…と言っても…ただいわゆる欠片持ちの場所を知っているからそれを教えよう~というだけの話なのだがねー…げほっ」
それだけならわざわざこんなになってまでアリスに来てもらう必要はなかったのでは…?
「じゃあわざわざアリスちゃんがここに来た意味なくない?」
アマリリスさんが言ってしまった。
私は耐えたのに。
「いやいやそれがなぁ~ちょっと「彼」から欠片の力が消えるとなると困ったことになるかもしれなくてなぁ~もし知恵があれば貸してほしいと思ってなぁ~…愚鈍な頭脳しかない余のせいで手数をかけることになって申し訳ないとこちらから出向いた次第…」
「なるほどね。ユキノちゃんはどう思う?」
「え…どうと言われましても…」
まずはその問題とかを教えてもらわない事には何とも…。
「まぁまずは奴のいる場所まで出向こうではないか~…明日以降でな!げほっ!ごほっ!」
うん…さすがにその状態でもう一度移動なんて酷な事は言えないよね…。
いや、じゃあなんで一回ここに来たんだよと。
「じゃあなんで一回ここに来たのさ。最初からそっちを指定してくれればよかったのに」
またもやアマリリスさんが私の思っていたことを代弁してくれた。
流石はアマリリスさんだ。
実際私が何かを疑問に思っても帝国のお姫様に馬鹿正直に意見を言えるはずもないしね…。
立場上おそらく偉い人(?)だと思われるアマリリスさんが表に立ってくれるのは非常にありがたい。
「いや…彼の元に行く前にユキノくんと少し話をしたいと思っていてね…うんしょっと…」
アリスがゆっくりとソファーから身を起こす。
まだちょっとだけ顔が青いけれど、だいぶマシになっていそうではあった。
そしてその途端にリコちゃんが身を起こしたアリスちゃんに自分の顔をスリスリとこすりつけてみたり膝の上に座って対面で抱き着いてみたりとすごいスキンシップを始めた。
アリスはそれを気にしていないようでリコちゃんにされるがまま…あとはたまにその頭を撫でているくらいで、もしかして普段からこんなことをしているのだろうか?とドギマギしてしまう。
「それで?ユキノちゃんとなんの話をしたいの?」
「うむ、別に絶対にこの話をしたいというのがあるわけではないのだ。ただユキノくんの人となりを知りたいと思ってな」
待って!
え?この状況で話をされても全く頭に入ってくる気がしない。
リコちゃんの行為はだんだんと激しさを増していてアリスの首元匂いをスンスンと嗅いでいたり、ぺろぺろと舐めたりもしている。
そんな物を見せつけられている状況なのにアリスは無反応だし、アマリリスさんも何も気にしていない!私がおかしいの…?都会ではこれくらい普通なのか!?都会怖い。
私は何度都会を怖がればいいのだろうか。
「ユキノくん?」
「あ、ひゃい!すみません!」
「まぁそう緊張しないでくれ。余は本当にただユキノくんの人となりが知りたいだけなんだ」
「私の人となりですか…」
「そう。君が欠片持ちの欠片を破壊する方法はすでに聞いている。正直驚いたよ」
「まぁそうですよね…」
なんなら私も驚いている。
だけどアリスが言っている驚きは私のものとは違うだろう。
欠片を壊すのならその本人をスノーホワイトで傷つける必要がある…普通の人からすれば恐ろしく猟奇的なものに見えるだろう。
「ああ。だが余は同時に納得もしたよ。体内…というか魂レベルまでに溶け込んでいる摩訶不思議な神様の欠片を壊そうというのだ。本人ごとやらないとダメという事にそんなものかという納得もある。むしろ宿主が死ななくていいだけ恩情もあるとすら思うよ。だから余が気になるのはただ一点…その力、その方法を行使するユキノくんがどういう人なのかという事だ」
じっとアリスちゃんの視線が私を射抜く。
皇帝さんと違って鋭い目をしているわけではない。
むしろたれ目で無害そうな印象を受けるほどだが、その視線には確かな圧が存在していて彼女がこの国を統べる者の一人娘だという事に説得力を持たせていた。
「私は…見ての通りの人間…いえ、見た目以上に…醜い人間だと思います」
「ほう?その心は?」
「…私は誰かを殺すことに快楽を覚えるような…どうしようもない人間だから」
そう、私はやっぱり人を殺したい。
だってそれを楽しいと、それを気持ちのいい事だと思ってしまうから。
そんな私を醜いと言わずして何というのだろう。
「ふむ。しかし君は今苦しそうにその事を話している。なぜだ?」
「なぜって…」
人を殺すのは悪い事だと知っているから。
人は殺せば死んでしまうのだから。
私は人を殺して喜ぶ自分が吐き気がするほどにおぞましく思えて嫌いだから。
そんな事を話した。
自分より年下の女の子に何を言っているのだろうと情けなくなるけれど、アリスは真剣な顔でじっと話を聞き続け、そして話し終えた私に柔和な微笑みを向けた。
「うむ!もう十分だ!満足したよユキノくん。これからよろしく頼む」
「え…?」
「合格だってさ。よかったねユキノちゃん」
そんなこと言われても今の話のどこに合格する要素があったの…?
「ユキノくんは人を殺したいという欲求があるにもかかわらず、それを悪い事だと理解し、抑え込む努力をしている。その辛そうな顔を見ていれば君がどれだけ普段から頑張っているか想像に難くない。余はそれがどんな事であれ、どんな理由であれ努力し頑張る人が大好きだし心から尊敬している!それにきっと君は恐ろしい衝動に取りつかれてはいるが悪人ではない…そう直感で判断した!だから君を信じようではないか!と思ったのだがなにか意見はあるかな?」
「いえ…」
「そうか!ならばまた明日から頑張ろう!…げふぉ!」
突然アリスが口から少量の血を吐き出した。
あまりにびっくりして立ち上がり、ハンカチを取り出してアリスに手渡す。
「げほっげほっ!…いやありがとうユキノくん。やはり君は人を気遣える心を持っている…だからあまり自分をごほっ!卑下しすぎない事だ…ぞ!べふぉっ」
「どうどう、アリスちゃんあんまり大声出ちゃだめだよー」
「あぁ、すまないリコ…げほっ…あぁ~…ぎぼちわるぃ~」
「よしよし。お迎え来たみたいだから今日は帰ろ?」
いつからそこにいたのか、気がつけば階段のところにアレンさんが立っていて、私と目が合うと一礼をしてきた。
そしてフラフラとリコちゃんに支えられながらアリスは立ち上がり、そのままアレンさんにお姫様抱っこで抱えられる。
「ユキノくん」
「あ、はい!」
「わた…余は頑張ることは大事な事だと思う。頑張れば夢はきっと叶う…その心を忘れないでおくれ…がくっ」
それを最後にアリスは意識を失ってしまった。
「それでは姫を連れ帰らせていただきます。明日の朝にまたこちらに伺わせていただく予定ですのでどうぞよろしくお願いいたします」
再び一礼し、アレンさんが階段を下っていった。
リコちゃんもその後に続き階段を降りようとしたところでアマリリスさんが立ち上がる。
「あ、リコ!」
「んみゅ?」
「これお姉ちゃんがお土産だって」
「わぁ、ありがと~。ばいばい~」
アマリリスさんはリコちゃんにちょっと大きめの箱を渡して、リコちゃんは箱の匂いを数度嗅いだ後に表情をほころばせ、上機嫌で階段を下っていったのだった。
「あれなんだったんです?」
「ん?リコに渡した奴?他国のお菓子だよ~お姉ちゃんがたまに買ってきてくれるの」
「…それをリコちゃんに渡したんです?」
「え?勿論。だってあれはリコに…あ、そっかそっか言ってなかったね?あの子の名前はリコリス・フランネル。私とお姉ちゃんの妹なの。うちの末妹」
「oh」
私はそこでようやく、アマリリスさんの妹が私を見たことがあるという言葉の意味を理解したのだった。




