降り始めた雪
次回は明日か明後日に投稿します!
「ははは…いやぁこれはまいったね…。ここまでさんざん振り回されて…いざご対面となってどんな恐ろしい化け物がやってくるのかと思えば…まさか子供とはね…」
空から雪と異常な冷気を伴って現れたそれを見上げ…男がぽつりとつぶやいた。
未来において数えることすら馬鹿らしくなるほどの人の命を奪い、それ以外にも家畜を殺し、ありとあらゆるものを凍らせて季節や生態系を狂わせその後の未来までもに深い傷跡を残した災害、「狼」。
男がリトルレッドと出会い、手を組んで引き起こしたここまでのすべての…元凶ともいえるそれに対して明確なイメージを持っていたわけではない。
だがさすがに幼い少女の見た目をしているとは人の身あらざる男をしても予想外のものだった。
「見た目にとらわれてんじゃねぇよ。世界丸々一つ飲み込んだって言う規格外がなんだから期待通りのものが来ると思ってる方が間違いだ。それに…ガキの見た目のヤバい奴ってのが一番タチが悪ぃんだよクソが。それにどうせ人間換算するならだが見た目と年齢なんてあってねぇだろうよ」
不思議と実感のこもった皇帝の吐き捨てるような言葉に男は容姿に気を取られ、緩みかけていた気を締めなおす。
そう…決して強そうでも、危なそうにも見えない相手だとしても周囲を包み込んでいる冷気やすでに積もりだしている季節を無視した雪は実際にそこにあるのだから。
それは目の前の少女が正真正銘、異常を引き起こすことのできる存在であることの証明なのだから。
「…年齢に対する容姿どうのこうのであなたと私が何か言えるものではないと思うけどね」
「うるせぇ。…だが我は実際のところ少しだけ安心したぞ。中身がどうせあれ曲がりなりにも人の形をしているならやりようはあるからな」
狼と思われる少女が雪を伴い、地面に降り立つ。
そして周囲を探るように見渡し、どこまでも続く地平線を睨みつけたかと思うとその視線はおのずとどこまでも続く殺風景の異物である皇帝と男に向き…それを受けて皇帝が一歩前へと出た。
「よぉ、いい天気だなおい。言葉は通じるか?」
「…」
「とりあえず聞いてみるんだが、何をしにここに来た?話をするつもりはあるか?」
投げかけた皇帝の言葉は沈黙の中に消えていき、凍てつくような寒空の下でただただ静かに時が進む。
そして皇帝がもう一歩、狼に向かって足を進めようとしたその時…狼のほうから刺すような冷風が吹き抜けた。
狼の毛並みのようにも見える少女の髪が風に乗せられて舞い上がり…その風が止むとともにようやく狼が口を開く。
「お前…なかなか強いな。このワタシ様に不遜な口を利くだけのことは…なくもなさそうなのだ」
「あ?」
「なるほど「試練」とはよく言ったものなのだ。お前を喰えばさぞかしワタシ様の力も増すだろう…おい、余計な口をきかず答えるがいい。この世界に人間はどれくらいいるのだ?」
「意味が分からん。馬鹿みてぇな口調でアホみてぇなこと聞いてんじゃねぇ。馬鹿にされたいのかおい」
皇帝の足元から何の前触れもなく巨大なつららが生えるようにして現れ、鋭利なその先端が喉に触れる寸前で止まった。
間一髪…ではあったが皇帝はつららに一瞬だけ視線を向けるのみでそれ以上の反応は示さない。
「皇帝…」
「この程度で騒ぐな。ガキの遊びだこんなもん」
「ほう?なかなか肝が据わっているではないか。しかし次は貫くぞ?余計なことは言わずに質問に答えるのだ」
「はぁ…人口なんて詳しくは知らん。把握している限りでいいのなら一番でかい国の村や集落を除いたざっくりとした数が3億はいないくらいか?」
「ふむ…少ないな?」
「百年ちょっと前にどこかの馬鹿どもがやらかしたせいで一気に減っちまったからな。お気に召さないならこのまま帰ってもらっていいんだぜ?土産にうちの茶菓子でも渡してやろうか?」
「いや?それには及ばぬ。数が少ない…むしろやりやすくていいのだ。どちらにせよワタシ様は遥かなる三千世界のすべてを喰いつくすのだ。ならば肩慣らしにこの矮小なる世界から平らげてくれようぞ。光栄に思え…貴様たちが世界を超えたワタシ様の供物のその最初なのだ」
狼の足元に広がる地面が凍り付き、そのありようを変える。
土と花、雑草に覆われていたはずの地面は薄く水を張った後に凝らせたかのように不可思議な変化を遂げる。
「はっ!話に聞けば「狼の災害」とやらは本体の意志は関係なく引き起こされたって事だったから出向いてくれるならってワンチャン思ったが変わんねぇようだな。覚悟をはいいか?何が何でもあいつをここで止める」
「ああ。もとよりそのつもりだよ。それに時間を稼いでくれたおかげで準備も整った」
曇天に染まる寒空の下で世界の命運をかけた戦いが人知れず幕を開けた。
──────────
その日…世界全土で雪が降った。
寒くなったとはいえ、まだまだ真冬には遠く…さらには冬であっても雪が降ることはない地域にも等しくそれは降り注ぎ、季節を一つ飛ばしたかのようなその光景に人々はそれぞれの反応を見せた。
子供たちは降り出した雪に無邪気にはしゃぎ、遊べるくらいには積もらないかと期待を重ね、親たちは慌てて洗濯物を回収したりと大忙しだ。
商売に勤しむものは屋台をたたむべきかどうか動向を見守り、農業に携わる者たちは急激な気温の変化に悲鳴をあげたり家畜を避難させたりと空を見上げる余裕すらなかった。
多少なりとも気象に関する知識のあるものは異常な天候に心を躍らせる者もいれば、困惑に頭を悩まされるものなどとにかく様々だった。
しかし誰一人としてその空を儚く舞う白い雪がこの世界の滅びを告げる呼び水だとは気づかない。
今日おかしな出来事が起こっているだけで、明日もその先もいつもの日常が続くのだと疑いもしない。
そんな日常のなかに紛れて真っ白なフードで顔を隠している少女の姿がぽつりと溶け込むようにして立っていた。
(…始まったみたいだな)
「うん。私にもなんとなくわかるよ」
かつてのリトルレッドの姿を思わせるフードの下に覗く黒い髪と顔は…ユキノの物だった。
狼…フェリエルとの出会いから一か月…ユキノは姿を隠して行方をくらませていた。
帝国の騎士たちが彼女を探しに来た故にだ。
(私は今更お前が選んだ道に口を出すつもりはない。お前の人生だ、好きなようにやるといいさ。だが…いつだって覚悟はしておけ)
「わかってるし、してるつもりだよ。そうじゃなきゃ一人で逃げ回ったりなんてしてないから」
ユキノは一人だった。
騎士たちが家にやってくる前、ユキノは身を隠すことをナナシノに告げた。
ナナシノは話を聞いたのちに「私がいると逃げるには足手まといでしょうから」とその日のうちにユキノの前から姿を消してしまい、ユキノもまたそれを引き留めるでなく…ただ静かに見送った。
寂しくなかったわけじゃない。
だが…ユキノにはそうしなければならない理由があったから。
一人になる時間が必要だった。
(…わかったよ。なら…渡しておくぞ)
スノーホワイトが半透明の手を伸ばし、ユキノに手のひらで包み込めてしまうほど小さな何かを手渡した。
誰にも姿を認識できず、声も聞こえない…当然触れることすらできない存在ではあったが「ソレ」はたしかにユキノの手に渡った。
「遅いよ。ずっとお願いしてたのに…でもありがとう」
(…おいそれと渡せるものか。いいか、絶対に軽く考えるな。それはお前が一番わかっているはずの物だろう)
「うん。大丈夫…というか最初から悩むことなんてなかったんだよ」
空の雪を見上げながらユキノは人の流れに逆らって進んでいく。
果たしてその道が前に進むものなのか後ろに繋がっているものなのか…誰にもわからないまま。
ボス戦不参加系主人公




