儚く舞う
次回は日曜日までのどこかで投稿します!
「ゆるさぬ…ゆるさぬのだ…」
上と下すらあいまいな空と世界の狭間を氷で足場を作りながら狼…フェリエルは進んでいた。
その足が氷の道を踏みしめるたびにカツンという音が反響し、どこにもぶつからずにどこまでもどこまでも流れていく。
その場所では時間ですらあいまいで…確かな形というものを持っているものですらフェリエル以外には存在しない。
しかしその場所を歩く狼の心は…揺れていた。
「ワタシ様は…間違っていない。ワタシ様は正しいのだ…でなければおかしいのだから。どいつもこいつもみんな間違っていて、そうあるべきと道を見据えているのはワタシ様だけ。だから…」
誰にも届かない独り言をの後、ギリッと歯を噛みしめると口の中にふんわりとした微かな…本当に微かな甘みが広がった。
それは先ほどまで食べていた氷菓子の余韻。
「っ!!!」
それを理解するとフェリエルは手の中に四角いこぶし大の氷を作り出し、乱暴にかみ砕いて飲み込んでいく。
口の中の甘さを消すために…硬さと冷たさで先ほどまでの現実を、幻の夢へと洗い流すために。
「ユキノ…あいつも同じだったのだ。ワタシ様が正しさを教えてやったあいつらと同じ…結局誰も彼もが間違っているという事か…。ならばワタシ様が正さねばならぬのだ。正しいのはワタシ様で、それ以外のすべては間違っているのだから」
間違っていない。
口の中で転がしたその言葉にフェリエルの記憶の中で誰かの言葉が重なった。
「そうだとも。間違っているのならば万象の一切をことごとく正そう。世界そのものにそうあるべしと認められたこのワタシ様が…何もかもを喰らい、欺瞞に満ちた三千世界を白く美しい…何も移ろわぬ静かな場所へと変えてやろうなのだ」
狼がその血濡れた牙を剥く。
もう手を伸ばせば触れられる場所に世界そのものがあったから。
冷たい牙でありとあらゆるものをかみ砕く…そのためについに現れた天上の座への扉に手をかけようとして…次の瞬間何者かに首を掴まれ、その小さな体を持ち上げられていた。
「なっ…!?何者だ、き、貴様…!!」
「初めましてだね。そして今から久しぶりだねになるんだよ」
フェリエルの首を乱暴に掴み上げていたのは女だった。
青みのかかった漆黒の髪を持つ女…いや、それだけではなかった。
気が付けばどこからか伸びてきている関節が球体状になった硬く冷たい無数の手に掴まれ絡めとられている。
完全に身動きを封じられ、それでも襲われて一方的にやられてなるものかと周囲をその力で凍り付かせようとした瞬間…フェリエルの脳内で爆発が起こったかのように光が奔った後…強烈な頭痛を感じてすべてを思い出した。
そう…来るはずだった未来の記憶を彼女は無理やり思い起こさせられたのだ。
目の前の…リリの手によって。
何もできずに一方的に惨殺された…あの日のことを。
「お、お前…!!!」
「思い出したかな?じゃあわかるよね?あなたじゃ私には何をどうやっても敵わないしあなたの望みは叶わない。だから私はあなたに試練を与えちゃおうって思ったの」
「な、なに…?」
「足りないのなら補うしかないでしょ?お腹がすいたらご飯を食べる…当り前のことだよね。だからキミがご飯を食べる場所を作ってあげたんだよ。だからほら、ね?行ってらっしゃい」
リリがフェリエルから手を放し…周囲の腕も同時に手を放す。
先ほどまで歩けていたはずの場所はどこまでも落ちていく脚のつかない空に変わっていて…上も下も曖昧なままどこまでも墜ちていく。
「き、貴様ぁあああああああああああ!!!」
「大丈夫大丈夫。もう一度ここに来れたのなら…ちゃんと相手してあげるから。でも気を付けてね。あそこの皆は結構しぶといから。すんなりといくなんて思わないほうがいいよ」
上から落ちていくフェリエルのを見下ろしながら呑気に手を振るリリに向かって手を伸ばすがすでに届かず…その姿すらも遠くなって見えなくなる。
──ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!と何度も何度も怒りを口にして…屈辱を抱えてどこかに墜ちていく。
やがてフェリエルの視界に先ほどまで自分がいた世界が飛び込んできて…。
「…いいだろう、認めようなのだ。まだワタシ様は天に届くには足りなかった。あぁならば望みどおりにしてやろうではないか。どうせ順番が多少入れ替わるだけだ。喰えというのならば喰ってやろう。足りぬというのなら求めるに足りるだけ飲み込めばよいのだ。食い荒らし、喰い散らかし、喰いつくして…ありとあらゆる命をぶちまけて我が存在の正しさを思い知らせてやる…!!!ついでだ。どうせその場所に墜ちるのなら…ユキノ…そこでお前以外のすべてを喰らい尽くし、最後の最後にお前にワタシ様の正しさを認めさせて喰ってやる…!!」
──────────
皇帝は何もない地平線が広がる、ただただ殺風景なその場所で空を見上げていた。
季節が飛んでしまったのかというほどの寒さを感じながら、その時を待っていた。
「いいのかい?皇帝よ」
静かに空を見上げていた皇帝に人形の身体をもつ男が話しかける。
牢に入れられ全身を鎖に絡めとられていたはずの男は、自由の身となって皇帝と同じように空を見上げていた。
「あ?なにがだ」
「この場所…帝国の領地ではないだろう?」
「仕方ねぇだろ。あのバカ野郎…リリが落ちてくるならこの辺りだって言ってんだから」
「だとしてもだよ。あなたがここにいること自体がいろいろと問題になりそうなものなのに」
「世界が終わるかどうかって言ってる時にんなこと気にしてられるわけねぇだろうがタコが。それに周辺国家の皆々様方には丁寧に「お願い」をして快く場所を提供してもらってんだ。なんの問題もねぇよ」
男は意味ありげな笑みを浮かべながら周囲に目を向ける。
「…どうも納得できていない「皆々様方」もいるようだけど?」
「知るか。我はさんざん警告も忠告もした。話を聞かず、人をよこすのなら間違いなく死ぬと。それでも聞かねぇ連中のケツまで持てるか。あれもこれもすべては自分の選択…てめぇの選んだ道に人様が責任なんか持てるか」
「ははは、まさにそれが運命だと?」
「やめろ。運命運命やかましいんだよ。わかりやすく予想しやすい起こりそうな事態や、それが起こった後に「これが運命」って言っとけばらしいことできるんだからそんな言葉に力も何もありゃしねぇよ」
「運命というものに踊っていた私からすればなかなかに痛く、受け止めるには苦しい言葉だけど…まぁでも今では確かにそうだねって思うよ。だから…うん、そこそこに頑張ろうではないか。ほら運命通りだったでしょ?だなんて確かに今更言われたくはないからね」
「おう」
そしてまた二人、静かに空を見上げる。
そこから数分ほどそうしていただろうか…皇帝と男の視界に小さく白い何かが落ちてくるのが見えた。
儚く舞い、空を白く彩っていたそれはやがて質量をもった氷の粒へと変わり降り注ぐ。
ふぅ~…と皇帝が息を吐くとそれは白い靄となって空に昇る。
「来たか」
「みたいだね。お互いやれることはやったんだ。かつての敵同士…仲良く手を取り合って運命を打ち砕こうじゃないか」
「言ってろ馬鹿が」
そして───狼が舞い降りた。
この世界、基本的にラスボスっぽい人のやることなすことがうまくいかないみたいなところあります。




