あなたの選択2
次回は火曜日までのどこかで投稿します!
「安全な…場所…?」
「そそ、安全な場所」
突如として振って湧いてきた提案と共に伸ばされた手のひらは、夜風に煽られても微動だにもせず…そういう細かい部分をなんとなく見つけては違和感を覚えていく。
確かに細かくて、一つ一つはどうでもいい事なのだけど…それでもそれらが積み重なって明らかに自分とは「違う」存在なのだと理解してしまう。
そんな人が私を安全な場所に連れて行ってくれるという。
恐怖と困惑…そんなものがぐちゃぐちゃに混ざり合って。何が何だかわからなかった。
「あの…それはいったいどういう…?」
「もうじきこの場所に「狼」がやってくる。それに対してどういう対応をするか…もうコウちゃんは答えを出してるの。そして私はユキノちゃんにそれを伝えに来たの。ユキノちゃんを連れてこい~ってなってたから、じゃあ私が行ってきてあげるよ~って」
コウちゃんが誰なのか一瞬だけわからなかったけれど、そういえばアマリリスさんが以前に皇帝さんのことをコーちゃんと呼んでいたことを思いだした。
つまりこの人は私を皇帝さんのところに連れて行こうとしている…?
「…それが安全な場所…?」
「なわけがないのはわかるよね?」
「…」
スノーホワイトにリトルレッドの話を信じるのなら…いいや、今更疑うものでもない話なのだけど、それによるとこれから起こることが予告されている世界を飲み込む災害に私なら対処ができるらしい。
この身を犠牲にすることで世界を救える勇者に…私はなれるんだそうで…皇帝さんはおそらく私にそれを望むのだろう。
ならばその場所は私にとっての安全な場所…とば言い難いだろう。
ならばいったいどういう意味なのだろうかと私はリリさんの言葉を待った。
「読んでそのまま、言ってその通り。正真正銘安全な場所だよ。私があなたを匿ってあげる。コウちゃんはもちろんとして誰にも手を出せず、狼だって関係ない。そんな安全な場所にね」
そんな夢のような場所が実在するというのだろうか。
世界を襲った狼に対してこの世界のどこにも逃げ場はなかった…そういう話だったはずなのに。
「本当にそんな場所があるんですか…?」
「あるんだよーこれが。私の手を取ってくれるのならあなたの安全は間違いなく保証するよ?そうすればほら!あなたが「狼の冬」をどうにかするっていう運命も変えられちゃう!ユキノちゃんだってユキちゃんのあんな話を聞かされたら嫌でしょ?怖いでしょ?」
「…いや…でもそれってこの世界はどうなるんですか…?」
「うん?それやっぱり気になる?自分が運命通りの行動をしなかったら世界はどうなるのかを聞くなんてさ、まさか犠牲になってもいいやって受け入れてた?」
「…」
実際こうして言葉にされて…改めて私はそこに関して何も思っていないことに気が付いた。
以前から感じている通り、ずっと…もうほんとうにずっと起こっているすべてに、進んでいる話全てに現実感がない。
世界が終わるだとか、私がそれを止められるだとか…なにかそういうお話を読み聞かされているような感覚で、私自身に降りかかってきていることだとどうしても認識できない。
でも同時にわかっていることもあって…それは現実感を感じないのは…ほかならぬ私がそう思い込むようにしているから。
そうやって…きっと私自身がこれから直面することになる恐怖心を押し殺そうとしているんだと思う。
「うーん…あのね?実はあなたに死んでほしくないって私のお嫁さんが言うんだ。ユキノちゃんは私のゴッドホーリーアルティメットマイエンジェルなお嫁さんのこと知らないだろうけどさ」
「私が…魔王?の生まれ変わりとか言う話の事ですか…?でもそんなの…」
「うんうん、知らないし関係ないよね。でも私のお嫁さん的にはそういう事だからさ…まぁあなたのことは助けたいわけですよ。世界なんてどうでもいいじゃない。世の中の事なんてね何でもかんでもなるようになるんだよ?時間はいつだって進んでいく…今起こっていることがどれだけ辛くて大変なことでも、時間が進む以上はかならず落ち着くところに落ち着くし、どうにかはなるの。だから難しいことは考えずにね?まだ生きていたいでしょ?カナちゃんの話も聞いたよね?ほら、運命を変えたいって思うでしょ?あなたが私の手を取れば全部解決!ほらほら」
私がこの手を取って逃げ出しても…どうにかなるんだと天上の神が囁く。
まだ生きていたい…そんなの当り前で…以前は死んでしまいたいって思っていたこともあるけれど今は生きていたいって気持ちのほうが強いし、どうして私がって思ってしまう自分がどこかにいることも事実だ。
リトルレッドの無念と怨みを知って…なら私は生きていてもいいのではないかと思いもする。
でもスノーホワイトのことを考えるとそれでいいのかとも思うけれど…彼女は私の傍にいるだけで引き留めもしなければ後押しもしない。
だからこうして一人…何もないところで足踏みをしているのだ。
でももし…そこから一歩進むのならどうしても必要なものがある。
「あの…その場所に人を連れていくことはできますか…?私以外の…」
「もちろんだめだよ。かなりずるい…というかルール的に反則な手段を使うからね!連れていくのはユキノちゃんだけ」
「わたしだけ…」
「そうユキノちゃんだけ。このままだともう、すぐに狼はやってくる。それで沢山の人が死んじゃうかもしれないけれど…でも確実に終わりが予告されてるのはユキノちゃんただ一人で、だから私が助かってもいいよって言ってあげられるのもあなた一人。ほら、どうしたい?決めるのは今だよ。ルート分岐はここ!」
私がこの後どうなるか…それを決めるのは今伸ばされている手を取るかどうか。
死ぬか生きるか…そんな大きなことがこんなことで決まってしまう。
簡単に決まってしまうのなら、大したことじゃないんじゃないかって…なんとなく思ってしまう。
私が何を考えてないをしようと結局世界にとっては大それたことじゃなくて…誰も気にも留めない小さな小さな出来事。
だから私はリリさんの手に…差し伸べられたそれに手を伸ばした。
触れないように…でも少しだけ指を折ればその手を取れる距離に。
「…あぁ」
そうすることで私は自分の気持ちをハッキリと自覚した。
そうしてすとんと胸に落ちたその答えを…目の前の神様に告げる。
「うんうん、そっかそっか。ねぇユキノちゃん。一つだけ聞いてもいいかな?」
「なんでしょうか」
「ユキノちゃんにね?とーっても好きな人がいたとするじゃん?」
「…はい」
「好きで好きで大好きで、愛してる人ね。でね?その人か世界か…どっかを選ばなくちゃいけないとしたら…ユキノちゃんはどっちを選ぶ?愛と世界…あなたにはどっちが大切なのかな」
愛と世界。
秤にかけられたそれは本来なら比較なんてできないはずだ。
だって世界なんて人一人に背負えるものじゃない以上は愛なんて言うものと同じ天秤になんて乗らないはずなのだから。
でもどちらなのだと神様は気軽に聞いてくる。
きっとこの件にかかわっているすべての人がその問いに対して答えを出したのだろう…だからこそ前に進んだのだ。
辛くても悲しくても…大切なものを胸に選択した。
なら私の胸にあるこれはどちらなのだろうか?今まで形のなかったそれが…ようやく掴み取れた気がした。
だからその問いに…私はさほど悩まずに答えを返したのだった。
──────────
町も寝静まった深い夜の闇に冷やされた冷たい風が流れ吹き…帰路を急ぐナナシノの身体を寒さが包んだ。
これほど寒ければ近いうちに雪が降るかもしれない…刺すような寒さの中で震えながら重たい脚を進めていく。
その足は…寒いから重たいわけじゃない。
夜が怖いから歩みが遅くなっているわけじゃない。
心が重いから…その入れ物である身体も重くなるのだ。
「…今夜も寒いですね」
ぽつりと漏れたそんな呟きも夜風の中で霧散して消えていく。
「エンカさんとスカーレッドさんは無事に帰りついたでしょうか…?」
最後に別れた時、スカーレッドは大声で泣いていた。
でもそれは悲しくて泣いているのではなくて…帰路に就く二人のしっかりとつながれた手が暖かそうだったなとふと思った。
アリスとリコリスも…動きづらそうだとは思うけれど、きっとこんな寒空の下でも寒さを感じはしないのだろう。
だがナナシノは風に煽られるまま…ただただ寒かった。
一人夜の闇の中…掴む先のない手がかじかんで痛かった。
でもそんな寒空のなか…誰かがナナシノを呼び止める。
「ナナちゃん」
「あ…ユキノさん…」
今ナナシノにとって一番会いたくて…同時に一番会いたくないとも思ってしまう…そんなユキノが迎えに来たのだった。
「遅かったね。心配したよ」
「…すみません、いろいろと…ありまして」
「そっか。じゃあ帰ろ」
「…はい」
すっと自然に差し出された手をしっかりと握り返し、手をつないで闇の中を家に向かって帰っていく。
その間、二人は一言も話さず…静寂の中で重なった足音だけが聞こえてきていて…つながれた手が温かいのか…ナナシノにはよくわからないままだった。
──────────
そんな二人の様子を闇の中でリリはニコニコと見つめている。
次の展開はどうなるのかとワクワクしながら絵本のページをめくる子供のように。
「この世界で一番大切なのは愛。愛のためなら何をしたって許される。愛のためなら人はなんだってできるし、なんだってやらなくちゃならない。でも…ふふっ、まさかあんな答えが返ってくるんなんて思わなかったな~。さてさてどうなるかな?私はもうたぶん何もしないけれど、でもハッピーエンドで終われるといいな。そうじゃないと面白くないからね」
どれほど世界にとって大事な出来事でも、そこに生きる者たちにとって重く苦しい出来事であったとしても、天上からすべてを見下ろす神にとってはすべてがただの物語の一つだ。
身を切り裂かれるような悲劇も、苦痛も何もかもが物語を彩るための展開の一つで…上から目線で今の展開は面白かった、あれは微妙だったと笑っているだけ。
でもだからこそ…リリは思うのだった。
全てが幸せで終わればいいのにと。
「どれだけ一流でもバッドエンドなんてなんにも面白くないもんね。悲劇だったけれど、感動できたし筋も通っていたからいい物語だった…なんて思わないもの。それなら私は筋が通っていなくても、ご都合主義だらけでもみんなが笑って終われる三流のハッピーエンドが見たいもの。さてさてどうなるかなどうなるかな?楽しみだな~」
進んでいく二人の背を見下ろしながら、リリはただただ無邪気に笑っていた。
愛過激派




