肌寒い夜
次回は明後日に投稿します!
「全部を話すとは言ってもまずはどこから話すべきか…何かこの辺りから聞きたいというリクエストはあるだろうか」
「キミたちが犯罪組織に手を貸し、そして束ねることになった理由。そこを順序立てて説明してもらえればそれで大丈夫だよ」
「わかった。そうだね…キミも見ただろう?リトルレッドが作り出した執念の結晶…神を殺す刃を」
「ゴッドブレイカー・レクイエムだったかな。個人的には誰が命名したのか気になるよね」
アリスの疑問に男は曖昧な笑みを返し、それですべてを理解したアリスが「なるほど」と頷く。
張りつめて沈みすぎていた空気が少し和らいだところでアリスは改めて話に出た神を殺す刃に想いを馳せる。
一人の人間がその身には抱えきれないほどの怨みを形にしただけあってその力は絶大の一言だった。
皇帝がほぼ一方的に膝をつかされ、アリス達も苦汁をなめさせられた。
何かが一つだけ…いや、ほんの少しだけでも運が悪かったのなら、あの刃は皇帝を殺すというその目的を達することができていただろう。
それほどまでにおそろしい力を持った刃だった。
「あんなものさすがのリトルレッドでも簡単に作れるはずがない。この世界に存在しなかったものを新たに作り出す…それには莫大な時間に知識と工程…ほかにも他にもとあげだしたらキリがないほどに様々なものが必要になる。そしてリトルレッドには多少の知識と、それを形にする頭脳があった。時間は彼女という人間のほぼすべてを切り捨てることで捻出した。ならあと足りないものは何だと思う?」
「…人手と検証を繰り返すための場かな」
「そう、とにかく彼女には皇帝を殺すという目的のために足りないものが多すぎた。彼女が時間という運命を遡った時点で残された時間は20年あるかどうか…そしてその時間全てが使えるわけでもない。様々な仕込み…まぁいわゆる暗躍だね。それらも行わなければならなかったから。だからまず足りない物の中で重要度が高く、取り急ぎ必要だったのは人手だった。だがそれを合法的手段で募るわけにはいかない…皇帝を殺す道具なんて見つかればすぐに潰されるからね。道具がない段階でかの皇帝に挑むほどリトルレッドの頭に血は上っていなかった」
実質的に現在世界を支配していると言っていいほどの巨大な力を持つ皇帝だ。
たとえ巧妙に隠蔽しようとも、「表」でやればそれは確実に皇帝の耳に入ることになるだろうことは考えずともわかった。
ならばリトルレッドが人手というものを調達する手段はおのずと限られてくることになる。
「そうしてリトルレッドは「裏」の住人たちに目を付けた。そもそも彼女は巻き戻る前の運命…スノーホワイトとの闘いのあたりでそういう人たちと付き合いがあったらしい。一人で世界中を相手にしたんだ…それくらいは必要だったという事だろうね。まぁ…最終的にはそんな裏の連中も自分たちの世界を救うために彼女を裏切ってスノーホワイト…というよりも皇帝かな?そちら側についたみたいだけどね」
「…そう」
それは仕方のない事だろうとアリスは思った。
たとえ人の道理から外れた者たちであっても何もかもが凍り付いた滅びゆく世界でできることなどない。
世界に滅んでほしい破滅主義者ならともかくだ。
そもそもそのような連中は犯罪などに手を染めないだろう。
そう言う組織を作り上げるものというのはどういう理由であれ、身勝手に生きたいと思うのだから。
ただ…そんな連中にすら手を振り払われて、それでもなお魔王として世界に戦いを挑んだリトルレッドがどういう気持ちを抱いていたのか…思いを馳せることしかできはしないが、考えれば考えるほど同情や哀れみとも違う、でもそれに似ているような何とも言えない複雑な思いがアリスを満たした。
「そんなわけで多少は裏の事情に通じていたリトルレッドは巻き戻った先でまだ育ち切っていない裏組織に接触をしたんだ。人の営みの歴史というものは実はそこまで深くはない。約20年も巻き戻ったのならリトルレッドの時代で幅を利かせていた組織もまだまだ小さい頃だ。優秀な彼女には接触して口八丁で丸め込み、取り込むのはそこまで難しい事ではなかった」
「そうやってキミたちは各地の裏組織という「腕」を手に入れたと」
「そういうことだね。そして表向きは彼らを束ねて指示を出していたのは私という事になっていたんだ。やはり普通の人間から見れば私は…そういう風に見えるみたいだからね」
「…なるほど」
確かに何も知らぬものから見れば男は「普通」には見えないだろう。
今はだいぶましになったとはいえ、それでも人の姿をしているのに、恐ろしいほどに人間味を感じないその容姿は…ある意味で神秘的にも見えたかもしれない。
正道を歩いていない者ほどそんな存在にカリスマのようなものを感じてしまう…そうなってもおかしくはない。
「そして犯罪組織とそこに属する裏の者たちが集まったのなら…必然と実験に必要なものも集まってくるわけだ。キミたちからすれば業腹以外の何物でもないだろうけど…そう、運の悪かった罪なき一般人という名のね」
そうつまり男とリトルレッドが裏の世界を取り込んだのは実験するための場所に、人手…そしてそんな外道たちの毒牙にかかってしまった無辜の民という名のモルモットを調達するためだった。
予想はしていたけれど、どうしようもないやるせなさがアリスの中に流れた。
「リトルレッドは…」
「うん?」
「リトルレッドと余は直接話したことすらもない…こちらが一方的に話を聞いたことがあるだけの人物だ。だから彼女の悲しみも、怒りも怨みも…なにも正しい意味では理解できない。それでも…それでもひとつだけ聞かせてはくれないだろうか。リトルレッドは何も感じなかったのだろうか…何の罪もない一般人を目的のために一方的に蹂躙する…そこに感じるものは無かったのだろうか」
アリスは今まで嫌というほど見てきた。
それまでただ幸せに、平穏に生きていた者たちがある日を境に他者に蹂躙され、何もかもを奪われてゴミのように吐き捨てられるのを。
今となってはスカーレッドがかつて受けていたという過酷な実験も彼らのそれの一部なのだろう。
それでなくとも世界中で問題になっていた人身売買…人攫いの犠牲になった者たちの数はもはや数えることもできないほどいるのだ。
「それらすべてを…幸せに生きる権利のあった者たち人生を踏みつぶしたのがキミたちだというのならば…やはり余はキミたちを許すことはできない。先ほどキミはリトルレッドは悩んで苦しんだと言った。そこに言い訳ができるというのなら…聞かせてくれ」
「そこに対して言い訳ができるのかはわからないけれど…それでも全部話すという約束だったからね。全部話すよ…嘘偽りなく。そしてリトルレッドは…むしろそうやって犠牲になってしまった者たちに対して…精一杯の努力はしていたことをわかってほしい」
犠牲にしたくせに、努力をしたという。
矛盾する男の言葉にまた上りそうになる熱を何とか抑えてアリスは続きを促す。
「…実は理由はすでに話してあるんだ。今私たちがいるここはリトルレッドが遡った運命のその結果だ。覚えているかい?彼女の能力に存在する…彼女の願いを叶えない欠陥を」
「能力の欠陥…?まさか…」
「そう、彼女の能力は…遡った先の運命を変えることができない。一度起こったことは彼女が何をやっても形を変え、時期を変え…おそらく必ず起こる。少なくとも彼女自身は変えることができない。つまりは私たちが実験に使ったのは──」
「リトルレッドが生きていた時代で彼女が行動を起こさなくても理不尽に巻き込まれたと…?」
「ああ。彼らは私たちが何もせずとも…人生を踏みつぶされることが決まっていた者たちだ。運命に絡めとられていた者たち…まさに「運」が悪かった者たちだ」
「っ!だからと言って!」
ガンッ!とアリスが机に拳を叩きつけ、立ち上がろうとしたがリコリスがいたためかなわず、それが逆にアリスを冷静にさせた。
「わかっている。許されることじゃないだろう…それでも彼女にはやるしかなかったんだ。もう…リトルレッドには自分を止めることすらできなかった。ただ執念だけで動いていた亡霊だ。利用できるものは何でも利用して…皇帝を殺し、スノーホワイトが一人犠牲になるのを止めたかった。だが同時に…彼女は各組織に実験に使う者たちを必要以上に苦しめるなとも指示を出していた。もう…生きるのも絶望的な状態になったら実験途中だとしても一思いに殺せとも。そして最終的にはリトルレッドは産み出され技術は自身の身体で試していた。被害者たちを使ってはいなかった」
「…」
「裏組織達を一重に束ねたのだって、彼らをコントロール下に置き、監視することで余計な犠牲を産まないための手段の一つでもあった。起こった出来事は変えられないと言ったね?でも…過去で起こらなかった出来事を新たに起こすことはできるんだ。死ぬ予定のなかったものを殺したり、ね。ただこれはその人が生きているという事実を変えているようにも見えるだろう?その運命の線引きがどこにあるのか…ついぞ私たちにはわからなかった。まぁ人はいつか必ず死ぬんだ。そういう意味ではどこで死のうと同じなのかもしれないね…。つまりはリトルレッドの時代では誰も触りもしなかった石を、こちらで蹴り飛ばすくらいのことはできるんだ」
「必要以上の犠牲を出さないための犠牲だったと…?変わらない運命だから、死ぬはずの人間だったから有効利用しようと思ったと…?」
「そういうことになるね。ただ何度でも言うけれどリトルレッドなりに変えようのないものを変えようとはしていた。それで許されるとは思っていない。だから…途中から組織への指示出しはすべて私がやっていた。責任の所在は私のほうが大きいのは確かだろう」
どうしようもなかった。だから利用した。精一杯の配慮はした。
確かに言い訳だ。それ以上の何物でもなく…いいか悪いのかで言うならばきっと悪いことで、許されないことだ。
ただ…当事者でもない者がその行為の是非を問い、それを責められるのかと考えると…アリスはそれに対してハッキリとした答えを出すことはできなかった。
裁かれるべき罪ではある。
糾弾されるべき悪でもあるだろう。
しかし感情的な部分では…やはりひとくくりにすることはできない。
「人の感情というものは…複雑だ」
そんな零れ落ちたようなつぶやきを聞いて、男が「はは…」と消え入りそうに笑みをこぼした。
「なにか?」
「いや…今だからこそ思うことがあるんだ。リトルレッドはどんな気持ちで実験を繰り返していたんだろうってね」
「というと?」
「いや…彼女にとっては言ってしまえばこの世界すべてが復讐の対象だろう?彼女はスノーホワイトを犠牲にして救われた世界が…彼女を勇者に仕立て上げた物語と、それを素晴らしいと讃えたすべてが憎かったんだ。その最たるわかりやすい存在が皇帝だったというだけの事で。ならば被害者たちもにくい存在に含まれるじゃないか。死んでしまったものはともかくとして…彼女の時代でも生き残っていた者たちはきっとスノーホワイトを讃えたんだろうからね」
「…」
「世界のすべてが憎かったはずで…大切なただ一人以外はどうなってもいいと切り捨てて敵に回したはずの魔王が…それでも他者への情を捨てきれていなかったんだ。ほんと…もっともっと彼女と話をしたかったよ」
男が顔を俯かせてアリスから表情を隠す。
「…それは人を知りたいという好奇心からかい?」
「違うよ…恩人として…いや、友人として私がもっと彼女に寄り添えていたのなら…何かが変わったのかもしれないと…後悔ばかりが沸き上がってくるんだよ。もう少し早く…アレンと出会えていたら…もう少し早く私が人という存在に理解を深められていたならと…もし、もし、もしもとね」
「そうだね…いなくなってしまった人たちとはどうやっても話すことなんてできない。いつだってその人がいなくなって初めて後悔となって思い知るんだ。だから…余たちは何があっても生きることを諦めてはいけないんだ。そう…どんなことがあっても」
アリスは今度こそ椅子から立ち上がった。
そして控えていた騎士に面会の終わりを告げる。
「…もういいのかい?まだすべてのことを話せてはいないと思うけれど」
「うん。続きは…また今度ゆっくりと聞くよ。キミにはすべてを話す責任がある。だから…生き残ってまた余と話す場をつくると約束しておくれ。今となってはキミの友人の話を脚色も偽りもなく話すことができるのはキミしかいないのだから」
「キミは…」
「…」
この面会が始まった時のように、二人は見つめいながら視線で会話をしていた。
沈黙というテーブルの上でお互いの瞳に映るお互いが言葉を交わす。
「ははは、わかったよ。私が味わった後悔をキミにさせるわけにはいかないからね。必ず…またこうして話そう。約束だ」
「うん。その時はアレンくんも連れてくるよ。外出は無理だろうけど一緒に食事くらいは計らおう」
「それは楽しみだ。ほんとに…楽しみだよ」
そうして二人は会話を終えた。
人形の男は先ほどまで自分の終わりが近いことを悟っていた。
これから起こるであろう…世界の終焉に対しての自分の役割は「それ」なのだろうと。
だが…この世界の片隅でひとり運命に抗い続けた友人を知るものは自分しかいない。
ならば…死ぬことはできないのだと理解した。
「キミが抗えなかったものに…私は最後まで抗おう。どこかで見ていておくれ…私の始まりの友よ」
──────────
日が沈んだ夜の闇の中を刺すような冷たい風が駆け抜けていく。
そんな肌寒さの中、誰もいない小さな家の前でユキノは一人、空の星を眺めて座っていた。
「ナナちゃん帰ってこないな…もう、戻ってこないのかな」
たった数時間、いつもより帰りが遅いというだけでそんな言葉が零れてしまうのは一人故の寂しさからなのか、風の冷たさがそうさせるのか誰にもわからない。
スノーホワイトもユキノには声をかけず、視界にも入らないようにしてその姿を見つめていた。
「…探しに行こう。遅いと心配だしね」
ユキノは立ち上がってスカートについた汚れを軽く払い、顔をあげる。
──そこに誰かがいた。
その人は恐ろしさを覚えるほどに綺麗という言葉が似合う人だった。
どこまでも深く、落ちていくような漆黒の髪を流し、同じく深い黒の着物を身にまとったその人は…ほとんどが黒で構成されているにもかかわらず夜の闇の中に溶け込まずにそこに確かに存在していた。
その人物をユキノは何度か…姿だけは見たことがあった。
だが直接会話をしたことはなく…どこかで一生関わることはないとなぜか思っていた。
しかし確かにその人は今ユキノの目の前にいて…。
「こんばんは」
真っ赤なガラス玉のような瞳に驚いた顔のユキノの姿を映しこみながら、息をのむほどの綺麗な微笑みを讃えながらその人物…リリはそう口にした。
挨拶を口にするだけでデッドオアアライブ




