姫の暴論5
次回は水曜までのどこかで投稿します!
「…本気なんだな?」
にーねー様の刃物のように鋭く研ぎ澄まされた瞳が私を突き刺す。
自分とは比べ物にならないほどの人生という経験を積んだ人の醸し出す圧力が攻撃的に向けられて…怖くないと言えば当然嘘で、今にも全部なかったことにして逃げ出したいという気持ちが心のどこかからか湧き出てくる。
だけどここで引くわけにはいかないし、物わかりのいい人間じゃない。
「うん。本気だよ。にーねー様には…母を、皇帝を裏切ってほしい」
震える身体を押さえつけて、私はにーねー様にそう伝える。
それは絶対に私にとって必要なことで…そう、私はようやく自分のやるべきことを見つけたのだ。
事故の後、身体も完全に回復してベッドから出てもいいと許可を得た次の日に私は母上のもとを訪ね…話をきいた。
リリさんという存在に、その子供たちのことを。そのことについてリコリスに尋ねてみてもなぜそんなことを聞くのかわからないと変な顔で言うばかりで教えてくれないので母を問い詰めるしかなかったから。
最初は言い淀むような感じで教えてくれなかったけれど何度も何度もしつこく尋ねるとようやく重たい口を開いてくれた。
そうして見えてきたのは私の想像を超えた超常の存在と科学では証明できない現象の数々。
中でも気になったのはやはり…何もしなくても周囲に悪い何かを引き起こすという邪神の…リフィルの話だった。
リコリスをはじめとした家族たちには存在そのものが同レベル以上の者たちであるためか影響はほとんどないらしい。
でもやはり一歩外を出れば確実に何かを引き起こすらしい。
その話だけ聞くと人の世界にいていい存在じゃない…あまりにも邪悪すぎるその特性、悪意しか感じ取れない能力に身震いすら覚える。
だけど私はリフィルという個人が根っからの邪悪だとは思えなかった。
いや、話を聞く限り人の世界に対して影響を及ぼしてしまうこと、人の命が脅かされることについては何も思うところはないらしいけれど、それでも紹介してもらったあの日…私に近づかないように姉妹から一人離れて遠くから手を振っていた姿がずっと印象に残っていたから。
それが私を慮った行動ではないとしても、邪神と世界に定義されたその人は…心のない怪物ではないと思った。
何もなく入れ込んでるわけじゃない。
家族の輪から外れていた少女が…家族の大切なものを壊さないようにと一人で距離をとっていたその姿が少しだけ自分に重なっただけ。
前世で私はベッドの上でずっと思っていた。
喋ることも、動くことも、目を開くことすらできなかった私のもとに毎日お見舞いに来てくれる家族の存在がずっと苦しかった。
嫌なわけじゃない、当然だ。
でも…何もできないのに、何も返せないのにただ優しい家族の時間を浪費しているだけの私がどこまでも惨めで悔しくて…今すぐにでも家族たちの前から消えてしまいたいと思ったほどに。
この自由に動く身体を得た新しい人生でもそうだ。
私の存在が…強い皇帝であるはずの母をずっと悩ませている。
自分がいることによって家族に不利益をもたらしている…考えすぎなのかもしれないし、そう考えること自体が家族に対して不誠実なのかもしれないけれど、それでもどうしても思ってしまうのだ。
もし…この気持ちをあの邪神も抱えているのなら…それをどうにかすることで自分に対しても光明が見えるのではないかとなぜか思った。
そしてすぐに行動に移した。
「まさか本当に連絡してくるとは思わなかったぜ小リス」
「うん、連絡していいって言ってたから」
「ぎゃはははは!社交辞令で終わらせない気概、俺様はいいと思うぜ。それでどこに行きたいって?聞き間違いじゃなきゃ、その場所は見るもんなんてねぇぞ。かなり前にいろいろあって廃墟…ってならまだいいほうで正直言って世界の掃き溜めみたいな場所になってるところだぞ」
「それでも一度見てみたいんだ。かの影響を受けた場所というのを。それに…帝国の姫ならそういう「裏側」の部分も知っておいた方がいいと思うんだ」
「一桁しか生きてねぇガキが見るもんでもねぇと思うがなぁ…つーかそんなところに勝手に連れてったのがバレると俺様が婆さんに殺されるんじゃないか?」
「内緒にするから」
止めるならば一人でも行くと半ば脅す形でにーねー様に同行してもらい、私はかつて邪神の影響で滅びたという国があった場所まで足を運んだ。
…舐めていたわけじゃない。
それでも…想像以上にその場所はひどい場所だった。
死と腐敗…渇きに飢え、崩壊と滅亡。
ありとあらゆる不快な臭いと、悍ましい死と痛々しい傷。
そんなものだけを詰め込まれた、まさに闇の中の闇…世界の裏側。
何もかもが終わった…そんな場所。
「…」
「見て後悔したか?いいもんなんて何もなかったろ。帰るぞ」
「…うん、後悔した。いいものなんて何もなかった。でも…得るものはあった」
私が今、この「裏側」を見たことは…きっと意味があった。
何かまだ…つかみ取れてはいないけれど、確かな何かが形になりかけているのを感じた。
そこからしばらく…帰ろうと促すにーねー様を引き留めて、奥まで進むことはしなかったが、その場でじっと「裏側」を見つめ続けた。
そう何度も来れる場所じゃない…この景色を目に焼き付けておかなくてはとただ見つめていた。
すると不意に視線の先で何かが動いた。
それが人のように見えた。
「にーねー様…あれ…」
「あ?」
先ほど人影があった場所を指さしてみたけれど誰もいなくて…見間違いかと思ったその瞬間、その誰かはいつの間にか私の目と鼻の先まで迫っていて…その手に持った小さなナイフで私の首を…。
「ちっ、だからめんどくせーことになるってあれほど…よ!」
目にも留まらないとはまさにそのことで、にーねー様が私にナイフを振りかざした人影を勢いよく蹴り飛ばした。
「に、にーねー様…」
「こんな場所だ、誰もかれも生きるのに必死ってやつさ。お前みたいな身なりのいいガキは格好の餌食ってな。それにしてもあいつ…蹴られる瞬間に身を捻って衝撃を殺してたぞ。そうとうにめんどくせぇのに目を付けられたかもな」
にーねー様が私を背後にかばい、蹴り飛ばされた人影を睨みつけた。
人影はゆらりと立ち上がり、ナイフを構えなおす。
それは…まだ10代そこらの子供のように見えた。
ボロボロのマントのようなもので顔と体を覆っているけれど、隙間からこれまたボロボロの眼鏡のようなものが光を反射していた。
そして…人影は再び襲い掛かってくる。
「ちょい下がってろ小リス。オラァ!」
もう一度にーねー様が蹴りを放つ。
だかマントの人物はその蹴りを放った脚に小柄な体を活かして絡みつくようにして蹴りをいなしてナイフを的確ににーねー様の腹に向かって突き刺した。
「う…っ!」
「にーねー様!!」
「だぁああああくそ!なんだこのガキ!」
先びながらにーねー様はマントの人物を振り払い、殴りつける。
だがすぐにまた立ち上がって襲い掛かってくる。
恐ろしいほどの執念と…そして強さだ。
戦いなんて何もわからない私でもにーねー様もマントの人物もおかしな動きをしているのが分かるくらいだ。
きっとこの二人は…とても強い。
「おいおい…栄養も何も足りてねぇガキだろうに、んだよこの強さ…手加減してやってるのが馬鹿馬鹿しくなってくるな」
「てかげん…ばかにしている?」
マントの人物がそこでようやく口を開いた。
声色を聞く限り…女性のようだ。
「してねぇよ。ただ俺様はガキと女にはなるべく手を出さねえんだよ。だが度を超えるならその限りじゃねぇぜ?何が目的だよお前」
「…目的なんかない。金持ってそうで、強そうだったからなんとなく」
「おいおい…」
「おまえたち、最近この辺りから…子供を攫ってる、ひとたち?」
「…え?」
「そうなら、しごと…紹介してくれ。たたかうとかそういうのなら、やってやる。無理ならここでコロス」
先ほどの攻防の影響か、その人物が身にまとっていたマントがはらりと落ちて顔があらわになる。
乱雑に切られた短い髪に…レンズが割れたボロボロの眼鏡をかけた少女だ。
それが始まりの後の第一歩…アトラとの出会いだった。
リコリスはおいていかれているのであとでブチギレます。




