姫の暴論4
次回は月曜日までのどこかで投稿します!
若干の身体の痛みに目を覚ますと三日が経過していた。
二階から続く階段を降りようとして手すりに手をかけた瞬間にそれがポロリと崩れて一回まで投げ出されたらしい。
それにしては三日も寝ていたとはいえ、身体のダメージが少ない気がしたけれど…いいや体のダメージがそうでもないだけに心配したと母に泣かれてしまったことがとても辛くて悲しかった。
もう少しいろいろなことに気を付けて過ごそう。
どれだけ意地を張っても自分の身体が弱いという事実は変わらなくて…大切な親を泣かせてまで通す強がりじゃないのだから。
「ま、そう落ち込むなよ小リスちゃん。怒られ終わったんだから次は無事だったことに感謝しようや」
そう言ってベッドに横たわる私の枕もとでリンゴに似た果物の皮を器用に向いてくれたのはネフィリミーネという人物だった。
以前何度か皇帝たる母のもとにやってきていて話し込んでいるところを一緒にしてもらったことがある。
聞くと私の親戚らしく…しかしたとえ血縁者とはいえ独裁国家であるこの国で皇帝たる母と気安い口調で会話をしていたことからそれだけではない何かを感じる人でもあった。
「うん…ところでネフィリミーネ…さんはどうしてここに?」
「別にさん付けじゃなくていいぜ。何を言ってるのかよくわからんかもしれんがお前のほうが血縁上は上にいるしな」
「…?」
この時は知らなかったが話に聞くと母…皇帝ではないほうの母親の孫にあたる人らしく、義理とはいえ皇帝の娘である私のほうが叔母に当たると聞いた時は驚いた。
「ぎゃははははは!まぁ気にすんな。んで俺様が来たのはあれだ普通にお見舞いだぜ?知らない仲でもないだろ?」
「それは…そうですけど…」
知らない仲ではないがわざわざお見舞いに立ち寄ってもらえるほどの仲でもない…と思うのは前世から含めてもあまり対人経験がないからだろうか。
いや嬉しい事には違いないのだけど、なにか理由を感じたのだ。
「ふむ…疑ってますって顔だな?ちっちぇのにそう言うのが分かるなんて賢いんだな。次は表情に出さない練習をするといいぜ。年寄りに片足突っ込んだ年長者からの忠告だ」
そう笑うネフィリミーネの容姿はどう見ても20代そこらにしか見えず、説得力があるようで…ない…ようでやはりなにか迫力というか重みというものが感じられた。
実際にそこそこの年齢だったので当り前だったのだが。
「肝に銘じます」
「おう。んでなぁ…そうさな、ぶっちゃければ皇帝…お前の母ちゃんの代わりだ。俺様に見舞いに行ってやれってさ。自分で行けやババアって言ってやったんだけどな…なんか無理だったらしい。ごめんな?」
「…いえ、母は忙しいだろうから」
「賢いのはいいがガキのくせに可愛げまですてたらいけんぞー。子供は親に甘えてなんぼだぜ?」
「自分が…母にとって見つめづらい存在であるとは理解しているので」
見つめづらいと思われているだけならまだいい。
本当に怖いのは…いらないと思われているかもしれないこと。
前世では家族に何もできず、何もなせずにただ死にゆく姿を見せることしかできなかった…だから今回こそはと意気込んでいた中でのこれなのだから救えない。
あぁだめだ、なんか少し気落ちしているかもしれない…私らしくない。
「はぁ…俺様が口出すことじゃねぇけどやっぱクソババアだよなぁあいつ。おっといけねぇそろそろ時間だ。あわただしくて悪いな、そろそろ帰るわ」
「あ、うん。ありがとう…ございました」
「敬語いらねぇって。なーんかほっとけねぇな小リスちゃんはよ~…なんかあったら連絡しな。このネフィリミーネ様は全世界のかわいい女の子の味方だからよ」
「ありがとうござ──ありがとうネフィリミーネ…兄さま」
「あ?兄さま?」
ネフィリミーネがやや目を細めた。
しまった…親戚だというし、いい人そうだったのと家族のことを考えていたのでつい兄さまと呼んでしまったがいきなり踏み込みすぎただろうか…?
「えっと…気やすすぎた…?」
「いや?そういうわけじゃないが…なんで兄?」
「え…かっこいいし、やさしかったので…つい兄のような人だと…ダメだっただろうか…?」
「ダメじゃないが…確かに俺様は強くて優しくてかっこいい引く手あまたの究極イケメンだがこのババアを男扱いはどうよ?いまはまだ中年に片足突っ込んだ段階だからその辺はナイーブだぜ?年取ると見分けつかんくなるってのは確かにあるからな」
「え?」
「あ?」
そして私はネフィリミーネが…にーねー様が男性ではなく女性だと知るのだった。
──────────
「…もう帰ったよ」
にーねー様とひと悶着ありつつも、一人きりになった部屋の中で私はシーツの中に向かって声をかけた。
しかしそこにいるはずの誰かはそこから出てくる気配は見せず、私の脇腹にはずっと謎の衝撃が加わり続けている。
「悪かったって。お願いだから許しておくれよ。…うっ!?」
ドスッと一際強い衝撃にたまらずシーツをめくる。
そこには怒ったようなむくれ顔でひたすら私の脇腹をつつき続けているリコリスの姿があった。
「機嫌を、なおっ、して、くれ、って!」
「むー…あっちゃだめって言ったのに」
「ごめんって」
目が覚めた後で一番に私の目に飛び込んできたのはリコリスの姿だった。
ずっと機嫌が悪くて、いつもより強い力で噛みつかれるし、隙あらばこうやって地味な攻撃を繰り返しやってくる。
何とか宥めつつリコリスの話を聞いて知ったことは…邪神と呼ばれる存在の話だった。
そこにいるだけで何もしなくても周囲と関わった人間に破滅をもたらす神。
リコリスの一番上の姉がそういう存在らしい。
事故に会う前に紹介してもらったリコリスの二人の姉…その時のことを思いだす。
アマリリスと名乗った女性は一言でいうと穏やかそうで優し気な包容力を感じさせる人だった。
身長も高くて全体的にふわふわとしていて…あとずっと何かを食べていた。
そして問題の長女…リフィルはというとなぜか遠くからこちらを見ているだけだった。
具体的に言うとなぜか窓の向こう側の街灯の上からニコニコと手を振っていたのだ。
…とにかく異様な人だった。
黒を基準に様々な色が混じった複雑な髪に、あの人…リリさんと同じように神様が美しいというテーマのもとに完璧に作り上げたとしか言えない人外の美をもった少女。
私はそんな彼女が気になって近づこうとしたけれどアマリリスさんと…何より本人がそれを止めた。…私がリコリスの大事な人だからと。
その時は意味が分からなかったが、今ならわかる…「破滅」に私を巻き込みたくなかったのだろう。
邪神という割には配慮がきいているなぁ…となんとなく思ったけれど、それはどうやら意味がなかったようだ。こうして私は事故にあってしまったのだから。
自身の注意不足…と思うのだけど、どうやらそうではないらしい。
「もう絶対にねぇにあったらだめだからね」
「…お姉さんたちとは仲がいいのだよね?」
リコリスは頷いた。
以前も話に聞いたけれど、彼女たちの家族仲はとても良好らしく…だからこそ私は少しだけ引っかかりを覚えた。
リコリスは私に「ねぇ」に…つまりはリフィルさんに会うなと言った。
そのリフィルさんと常に「ぺたぺた」しているらしいアマリリスさんも姉には近づかないほうがいいと言った。
リフィルさんは遠くからニコニコと笑っていたけれど…それは悲しい事なのではないかと。
事情が違うのは分かっているけれど…皇帝である母との間に溝を感じている私にとってはどうしても…そう思えてしまった。
「母上からなにか話を聞けないだろうか」
ちょうど事情を知っていそうな母はこの城に滞在している。
もう少し具合がよくなったら…事故にかこつけて話を聞いてみよう。
そう思ったのが全ての始まりだった。
リフィルさんは高いところが好きです。




