帝国の姫2
アリスと名乗った少女の声に騒めいていた室内がしんと静まり返る。
それを見て少女は満足そうに頷き、やはり柔和な笑顔を浮かべたまま話を続けた。
「本日、母が創ったこの偉大な学園に一生徒として入学し、入学生代表という立場にまで指名してもらい───」
この学園という場所を知らないから少女が何の話をしているのかは分からないけれど、自信に満ち溢れてこんな大勢の前でスラスラと言葉を紡げるのが心底凄いなと思った。
たぶん私よりも年下だと思うのだけど…う~…自分がなんとなく情けないような…。
それと皇帝の娘という肩書…確かにそう言われれば面影がある気がする…ただそれ以外でもどこかで見たような気がするのだけど…思いだせない。
「…」
「どうしたのユキノちゃん?アリスちゃんに見とれちゃった?可愛いもんねあの子」
茶化すようなアマリリスさんの言葉にびっくりして、両手を振りながら慌てて否定する。
「い、いや!そうじゃなくて…どこかで会ったことがあるような気がして…」
「…え、ナンパでもするつもり?」
「違います!本当にどこかで…」
「んー…さっきアリスちゃんが言ってたようにあのコーちゃんの子供だからさ色々と有名な子だからそれで話を聞いたとか?」
「いえ…姿自体に既視感が…」
「ふむ~…あ」
アマリリスさんが何かに気がついたのと同時に私も思い出した。
正確にはアリスの隣に一人の少女の姿を見つけたのだ。
紫の髪の小柄な少女でその頭に生えた大きな獣の耳…あんな特徴的なものをそうそう忘れはしない。
「そうだ船の中で…」
「ユキノちゃんが乗ってきた船に乗ってたねアリスちゃん」
「そうですそうです!確かあの紫髪の子も一緒で…」
「なるほどね~」
ようやく胸につっかえが取れたようでスッキリとした気分になったところでアリスの話は盛り上がってきたようで言葉だけではなく、身振り手振りも大きく力が入ったものになっていた。
「かくして!私…ではなく余もその名に恥じず、与えられた恩恵に相応しい働きを持ってこの学園、生徒たちのために邁進していく所存で────」
そんな演説が続いている中、アリスの身振り手振りを背後で真似して同じ動きを無表情で繰り返している紫髪の子がすごく気になる。
なぜそんな場所でそんな事をしているのか…あの子も地位がある子なのだろうか…帝国には不思議な人がいっぱいだ。
「以上!新入生代表アリス・フォルレントでした!ご清聴いただき感謝するっ!」
アリスが片手を掲げると室内中が盛大な拍手に包まれた。
人々は皆いいものを見たとでも言いたげな表情をしていて決して短くはない話だったが不満そうな人は一人もいないように見えた。
そしてそんな人たちに手を振りつつ、拍手と歓声の中アリスは壇上を後にし、紫髪の少女もその隣に寄り添うようにして歩いていく。
「私たちも行こうか」
「え?」
「今日はアリスちゃんに会いに来たからね。この後はもう自由時間のはずだし話を済ませちゃお」
「わかりました」
皇帝さんの娘…皇帝さん本人じゃないからまだましかな?…などはもちろん思えず、また偉い人とお話をしなければいけないらしいという事実に私は軽い吐き気を覚えた。
────────
アマリリスさんに連れてこられたのは先ほどの広い場所の裏側…アマリリスさん曰く校舎裏という場所だった。
その場所にはすでに何人かの人が集まっていて…。
「おぼろろろろろろろろ」
軽い吐き気を覚えていた私どころの騒ぎではなく実際に吐いている人がいた。
「よしよし」と紫髪の少女に背中をさすられながら袋に胃の中のものをぶちまけているのは先ほどまで煌びやかに演説をしていた皇帝さんの娘だった。
「あらら大変だねぇ」
のほほんとしている様子のアマリリスさんだが私は水でも持ってきてあげたほうがいいのでは!?と思ったけれど私が動くまでもなく、白い衣服を身に纏った大人たちが慌ただしく動いていた。
「アリス様!お飲み物をお持ちしました」
「馬車がもう少しできますからね」
「いや、先に少し休んでもらった方がいいのではないか!?」
などなど、皆様大慌て状態だ。
そんななかアリスは大人たちを手で制しながら、まだ少し青ざめている顔をゆっくりとあげる。
「い、いや…ぜーっ…ぜーっ…それには及ばな…うぇぷ…及ばない…はー…ここで人と会う約束を…はぁ…しているからな…」
それって私たちのことだろうか…だとすれば申し訳ない事この上ない。
い、いや…でも私が頼んだわけじゃなくてアマリリスさんに連れてこられただけだし…なんて言い訳にもならない言い訳はおそらく何の意味もないだろう。
「やーやーアリスちゃん、大変なところで申し訳ないね~」
しかしそこはアマリリスさん。
一切怖気つかずに私の手を引いて突撃を敢行した。
「あ、あぁアマリリスくん…大変とはなんの、事かな?わ、わたし、じゃなくて余は退屈過ぎて風のざわめきに耳を傾けていたとこ…ろ………おぼろろろろろろろ」
袋が間に合わなかったらしく、地面にキラキラとした視覚フィルターがかかった吐しゃ物をぶちまけた後…アリスは笑顔を浮かべたままパタリと倒れた。
そして増えるおかしな女




