帝国の姫
二章はじまります。
帝国に来てからの緊張と不安感は何だったのかと思うほど平和な日々が流れていた。
今まで私の身に起こっていたことなんて全部夢だったのではないかと思うくらい何も起こらない。
不思議な同居人の少女だけが全ては夢じゃないと私に自覚させる。
そんな日々を過ごしている中、ナナシノちゃんと朝ご飯を食べていると私たちの家にアマリリスさんがやって来た。
「お仕事の時間だよ」
そして私は現実に戻るのだった。
────────
アマリリスさんの先導のもと、帝国の街中を進んでいく。
この数日することもなかったのでお散歩周囲の散策をしていたけれどあまりに広すぎてどこに何があるかもさっぱりわからなかった。
なので迷子になったら終わりだと、絶対にアマリリスさんから目を離さないように細心の注意を払う。
「ユキノちゃん」
「は、はい」
「それどうしたの?」
アマリリスさんが指さしたのは私の腕で…あ、隠してたつもりだったけれど、袖の隙間から肌が覗いてそこのあざを見られてしまった。
「えっとこれはその~…」
ナナシノちゃんの戯れですと果たして言ってよいのか…なんとなく気恥ずかしいというか…後ろめたいというか…人に言うのは憚られるような気がする…。
「その?」
「ちょっとぶつけちゃって…」
「そっか。気をつけてね」
「はい」
「ところでこの前ね~」
もうかれこれ数十分くらい歩いているけれどアマリリスさんはずっと喋っている。
会話を途切れさせることなく、流れるように言葉をつなげられるの本当にすごいなぁ…私にもこれくらい会話の技術があればなぁ…。
「あ、そう言えばこの前はお姉ちゃんがごめんね。私の方からもユキノちゃんに意地悪しちゃダメって言っておいたから」
「ああ、いえ…いや、はい…」
一瞬だけ気にしないで下さいと言いかけてしまったけれど、さすがに少しは気にしてほしい案件だったので寸前で飲み込んだ。
そういえばリフィルさん…いまだにあの人があんなことをしたなんていまいち信用できない。
だけど皇帝さんの言葉に、アマリリスさんも注意してくれたという事はそういうことなわけで…。
アマリリスさんもだけど本当にどういう人たちなのだろうか…邪神とか言われていたけれど…。
「お姉ちゃんの事が気になる?」
「え!?」
「妹の私が言うのもあれだけど、確かにできる事ならあんまり関わらないほうがいいかもね」
「…もしかして仲が悪かったり?」
「ちゅーするくらい仲良しだよ」
「ちゅー!?」
さ、さすがに冗談だよね…?あぁいや、でもほっぺにキスくらいは家族ならするのかな?アマリリスさんがこっちを笑いながら見て唇に人差し指を添えているのが気になるけど…まさか姉妹で唇にチューは無いと思うし…。
あぁでも血は繋がってないんだっけ…でも女の子同士でそんな事あるのかなぁ?帝国では普通とか…うーん…都会は難しい。
「まぁあれだね。私にとっては誰よりも近い場所にいる優しいお姉ちゃんだけど、私以外の人にとってもそうだとは限らないってこと」
「そういうものですかね」
「私はユキノちゃんの事全く怖くないけれど、普通の人がユキノちゃんの事知ったらきっと怖がっちゃうよね」
「…」
「ごめんね、他意はないんだよ?ただそう言う事ってだけの話」
「…はい」
確かに言われてみればその通りだ。
私から誰かを見たとして、他の人も同じように見えているとは限らない…当たり前のことだ。
ただ私に関しては事情を知っても普通に接してくれるアマリリスさんが特異だと思わない事もない。
「あ!」
そこで私はずっと忘れていたある事を思い出し、懐から小さな袋を取り出してアマリリスさんに差し出す。
中身は金貨…初めてリフィルさんに出会った時に渡されたものだ。
「これは?」
「あの…前にリフィルさんから頂いてしまって…さすがに大金だったのでお返ししようと…どこにいるかも私にはわからないですからアマリリスさんから渡していただけると」
「うーん」
袋の中身を見つめながらアマリリスさんは難しい顔をして何かを考え込んだ後に…そのまま袋を私に返してきた。
「あ、え?」
「貰っておいていいと思うよ。お金なんてお姉ちゃんに必要のないものだから」
「ええ?でも…凄い大金ですよ?」
「大金でもはした金でも要らないものは要らないんだよ~。たぶん返しても邪魔って言うだけだと思うからね。ラッキーって思っておきなよ」
なんだか釈然としないけれど…アマリリスさんがそう言うのなら貰っておいていいのだろうか?あんまりしつこく返そうとするのも失礼かもしれないし…。
「そんなこと言っている間についたよ」
どうやら目的地に着いたらしく、袋をしまって顔をあげるとすごく大きな建物が目の前にあった。
図書塔は高い建物だったけれど、眼前のそれはとにかく大きい…横に広いと言えばいいのだろうか?何だろうこの場所…。
「ここはねこの帝国に最近…と言っても数十年は前だけどできた新しい試みの建物でね?学園って言うの」
「学園…」
聞き覚えの無い建物だ。
広さに比例するように中にとてもたくさんの人の気配を感じて…ナナシノちゃんのおかげで私の殺人衝動は今緩くなっているけれど、ちょっと厳しい気がする場所だ。
人が多いとどうしても…。
理性を失うほどではないので気をしっかり持とう。
「えっとね、うーん…なんて言えばいいのかな?簡単に言ってしまうと勉強をする場所なの。帝国中の人々が自由に学問を学べる場所…それが学園。伝わるかな?」
「なんとなくは…」
村ではそんなの無かったからピンとは来ないけど…でも勉強ができる場所というのは少し興味があるなぁ。
村では本を読むことが知識をつける唯一の手段だったし。
「興味ある?ユキノちゃんも通おうと思えば通えるよ」
「ほんとですか!?…でもちょっと…人が多すぎるのは…」
「なるほどね。でも色々とやりようはあるから興味が出たら声をかけて欲しいな…っとそろそろ行こうか。今日はね入学式なの」
アマリリスさんに連れられて踏み入った場所はとても広い空間が広がっている室内だ。
所狭しと並べられた椅子にたくさんの人が座っていて…一か所にこんな大勢が集まっているところなんて初めてだから少し酔ってしまいそうだ。
「大丈夫?」
「はい…ところで何をしにここへ…?」
「別に来なくてもよかったんだけどね。人と会わないといけなくてさ」
「そうなんですね」
「あ、ほらあの子」
人がざわめく広い室内で一際高く作られている壇上にやけに目立つ少女が立っていた。
キラキラとした長い金髪に煌びやかなドレスを纏った優しそうな少女だ。
アマリリスさんもニコニコしてて優しそうだがその少女はなんというか…清楚そうとでも言えばいいのだろうか?たれ目で顔に鋭さを感じさせるパーツが一つも存在していない、とにかく可愛らしく柔らかい顔立ちの少女。
ただなんだろう…あのキラキラと輝く金髪がどうにも既視感を抱かせる。
その少女は黒い棒状のものを手にすると、すぅと息を吸い、建物中に声を響かせる。
「皆の者!余の名はアリス・フォルレント!偉大なる我が母!帝国皇帝の一人娘である!」
聞き心地のいい柔らかい声と柔和な顔に似合わない尊大な口調でその少女はそう言った。
ちなみにユキノちゃんが学生になる展開はおそらくないです。




