花火の空
次回は日曜日までのどこかで投稿します!
それからも状況説明と話し合いは日が暮れるまで行われ…一時解散となった。
一部の参加者を除き家に帰され、皇帝は洪水のように押し付けられた情報に頭と胃を痛めさせながらテーブルに突っ伏していた。
「いやはや、それにしても先ほどのは傑作だったね」
その場に残された者の一人である人形の男が疲れ果てた皇帝に視線を送りながら笑みを浮かべる。
男が言っているのはこの集まりが解散されるときの出来事…次々と退出していく者たちの中から皇帝は娘であるアリスの背に遠慮がちに声をかけて引き留めたのだ。
「む、母上!なにか話があるのだろうか!」
「いや…あー…なんというか…」
「?」
呼び止めたというのにうめき声のようなものをあげるばかりで続きを話そうとしない皇帝を不思議に思い、小首をかしげながらもアリスは母に話しかけられたことがうれしかったのかニコニコとしながらただ待っていた。
そしてついに皇帝が意を決してその口から意味のある言葉を紡ぎ始める。
「その…かーちゃんには会ったのか」
「んん?母上には今まさに会っているところだけど…?」
「いや我ではなく…あいつ帰ってきてただろ。もう会ったのか?」
「…?」
遠回しな言い方しかしないためかアリスに話が伝わっていないらしく、もどかしいすれ違いが続き…やがて空気に耐えられなくなった皇帝が叫びだす。
「ああああああ!だから!…アルスのやつ戻ってきてただろって!…ずっと家出してたから…なんていうか…あいつが出ていったのはお前への対応について我が未熟だったからだ。それでお前からもかーちゃんを奪って寂しい思いをさせて悪かった。戻ってきてたからまだ話してないなら──」
「ああ!ママ上と仲直りできたんだね!どうりで少しづつ余の住処からママ上の私物がなくなりだしてると思った!うんうん、それはとてもいいことだ!」
「…あ?お前の住処?どういうことだ…?」
「どういうことも何もママ上はずっと余のお城にいたから寂しいとかはなかったから母上も気にしないでくれ」
「まて…あいつはここ数年ずっと行方をくらませてて…いつからだ…?」
「数年前というのなら最初からではないかな?二人が喧嘩をしているのは悲しかったし、ママ上も原因を言ってくれなくて、それが余の事だと知ってしまった今、すこしばかり申し訳ない気持ちが沸き上がってきたが、余としてはママ上に甘えられてうれしかった。リコと一緒にも良くしてもらってたんだ。なーリコ」
アリスに正面から両手両足を回してしがみついているリコリスの大きな獣の耳が返事をするようにピコピコと数回動いた。
話を聞けば簡単なことで、家出をして行方不明とされていた皇帝の妻はずっとアリスと一緒にいたのだ。
当然そこを出入りする者にはアリスを含め口外しないことを「お願い」して。
探そうとすれば…いや、皇帝が娘に少しでも向き合えば分かった簡単なことで…ずっとそれを避けていた皇帝にはついぞ見つけ出すことのかなわなかった隠れ場所だった。
「はぁ~…なんだよそれ…」
「あっはっはっはっは。でも仲直りしてくれたのはうれしい。これからは母上もママ上も空いた時間を取り戻してくれるとさらにうれしい。そして余は弟か妹ができても歓迎だぞ!」
「やかましい、話は終わりだ。早く帰れ」
ごまかすようにアリスを追い返し、そしてテーブルに突っ伏した状態が出来上がったのだった。
「調子に乗るなよ人形が。こっちはその気になればいつだってお前を破棄できるんだからな」
「わかっているよ皇帝…ふふふ、いやしかし愉快だと思う気持ちを嚙みしめないなど感情が尊いと思う私にはできることではないよ。しかしどうして私はここに残されたのかな?我が友アレンと共に私も帰りたかったのだが?」
「まだ話が詰め切れてねぇ…お前の持つ情報がまだ必要かもしれないからだ」
「あのトウカという夫人は返したのにかい?」
「あの女は現状で一応は一般人だ。今必要な情報は出させたし、ひとまずはいい…それでメイラ。あのバカはまだ来ねぇのか」
皇帝が他の者たちを無理やり帰らせたのには一つとある理由があった。
それはこっちに顔を出すというメッセージを残していた存在…リリのことだ。
(あいつと他の連中を引き合わせてもまともなことになるわけがない…面倒事の種はそもそも蒔かねぇのが正しい選択というものだ)
そんな考えもあり室内には人形の男ともう一人、リリを主人と仰ぐメイドのメイラだけが残されていた。
「そろそろ来るはずなのですが…少し失礼をしても?」
「ああ」
許可を取りメイラがメイド服のポケットの中から白髪の人を模した手のひらサイズのぬいぐるみを取り出し…ぶにゅっと腹部を指でつぶし、声をかける。
「あ、クチナシちゃん?私だけど…うん、そう…それでなんだけどリリさんはいつ頃…え?あ…そうなんだ…あ~…それは…うん…どうしようもないよね…うん、わかった。私から伝えておくね…じゃあ、うん…また」
ぬいぐるみを相手に独り言を喋っていたようにしか見えない光景だったが、誰かと話をしていたらしく、メイラはぬいぐるみを元あったポケットの中にしまい込むと皇帝に向かって頭を下げた。
「…なんだ?」
「じつはその…リリさんが遅くなりそうとのことで…」
「理由は。なんかまたやらかしてんじゃねぇだろうなあの野郎」
「まぁやらかしたという意味では…はいと言いますか…でもその…身内的な問題でして…」
「なんだハッキリと言え。あいつが何かすれば迷惑を被るのはこっちなんだぞ!?適当にごまかされて納得すると思うなよ!」
バンバンとテーブルを叩きながら必死の形相でメイラを威嚇する皇帝。
その姿に人の世を統べる者としての威厳は微塵も感じることなどできず…ただ胃痛に追い詰められた一人の人間の姿がそこにはあった。
「えっとその…ちょっとリフィルちゃんとアマリリスちゃんが喧嘩…と呼べるのかはわかりませんが、ひと悶着あったみたいで…その関係でその…とにかくもう少しだけお時間いただけますと…」
メイラはもう一度頭を下げ、皇帝はテーブルを砕く勢いで額を叩きつけて突っ伏したのだった。
────────
それは皇帝たちの話し合いが行われていたのとほぼ同時刻の出来事。
帝国からは遠く離れた小さな国でまさに今、一つの都市が火の海に包まれていた。
燃え盛る炎に崩れ落ちていく建物…軍事施設も存在していたのか火薬を含む砲弾等に火が引火し連鎖的な誘爆を始める。
轟く轟音も合わさり、崩壊していく営みは一種の花火のような光景と化していた。
そんな花火を遠くからつまらなそうな表情で見つめる少女が一人。
黒をベースとして様々な色のメッシュが入った独特の髪色をした、この世の存在とは思えないほどに美しい容姿をした少女リフィル。
そしてもう一人…リフィルの背後に現れる。
「探したよ…お姉ちゃん」
「…アマリ」
そこに現れたのはアマリリス。
姉と妹…すれ違っていた二人が滅びゆく都の花火を景色に邂逅した。
綺麗な花火の材料は都市一つ。




