小話 日常(裏)
明日はお休みです。
次回は日曜日に投稿します。
もぐもぐとナナシノちゃんと特に会話もせずにご飯を食べる。
まだ少しぎこちないというか気まずさが残っているという面はあるけれど、過度な緊張はしなくなっているのでここから関係を深められるといいなと思いつつ…。
ふと口にした名前も分からない料理がとても美味しくて、料理が入っていた箱を眺める。
帝国は美味しいものが一杯だけど、その中でもさすがはアマリリスさんチョイスだなぁ~すっごく美味しい。
そんなふうに呑気にしていると気配を感じて顔をあげる。
…ナナシノちゃんがフォークを私の腕に突き刺そうとしていた。
「待って。待ってナナシノちゃん」
「はい」
「何をしようとしているの?」
「いい形しているなと思いまして」
なにが?私の腕が?少なくとも今は人との違いもない普通の腕なんだけど…?
「えっと…?」
「いえ、この…フォーク?これがいい形をしているので刺したらユキノさん痛がってくれるかなと」
フォークの方だった。
そりゃ痛がるよ。
痛がるともさ。
だってどう考えても痛いもの。
「いや、そうじゃなくてね?どうして刺そうとしてるのかな?」
「痛がるかと思いまして」
「うん、そうじゃなくてね?いくら何でもいきなり過ぎないかな?かな?」
「あ…そうでしたね。いつ私を殺しますか?」
私は掌で顔を覆い、天を仰いだ。
言葉に言い表せないのだけど、何かを声に出して吐き出したい…そんな気持ちに襲われている。
なんども言うけれど私も所詮は田舎からのお上りさんなので偉そうなことは言えないけれど…これに関しては私が間違ってるのかな?とか言ってる場合じゃないと思うのですよ。
私は世間からズレている、それは間違いない。
だけどナナシノちゃんはおそらく私よりも何かが致命的にずれている。
ならば話し合わなければいけない。
「あのねナナシノちゃん」
「はい」
「まず勘違いしてるみたいだから先に言っておくとね、私は耐えられる限りは自分の殺人衝動を抑えるつもりなの。スノーホワイトを使わなければ数年くらいは耐えられるから。ナナシノちゃんと確かに取引はしたけれど、そんな何度も何度も殺したりはしない」
「え…」
なぜかナナシノちゃんは少し残念そうな顔をした。
いやほんとになんで…?
「なんで残念そうなの…?」
「だって殺してくれないと…ユキノさんに痛い事出来ないから…」
待ってほしい。
私を痛めつけたいみたいなこと言ってたのって私に気を使ってくれたとかじゃなくて本当にやりたかったの!?
いやいやそんなはずは…。
「しゅん…」
これ見よがしにしゅんとしてる!!!
昨日の時点でほとんど表情がなかったのに、驚くほど悲しそうな顔をしているよ!
「えっと…本当に私に痛いことしたいの…?」
「はい。だってあの時のユキノさん綺麗だったから…」
この前言われたことをもう一度言われた。
私のような田舎者が綺麗なんてことはないとは思うけれどナナシノちゃんの中には譲れない何かがあるらしい。
いや…でもそういう事ならば私にも思うところがあるわけで…うーん…。
「ナナシノちゃん。いまから私たちは凄い会話をすることになると思うけど、もう一度話し合おう」
「はい」
「あのね、ナナシノちゃんは私を気遣ってとかじゃなくて本当に私にただ痛い事をしたいって事でいいのかな?」
「そう、ですね…痛い事をして…悶えている顔が見たいです」
怖い。
ぶっちゃけ泣きそう。
そんな気持ちを堪えてまっすぐとナナシノちゃんを見つめる。
ごくりとつばを飲み込んで覚悟を決めた。
「そう言う事なら…いいよ」
「え?」
「その…これからどうなるか分からないけど、私はナナシノちゃんを…殺しちゃうことにはなると思うから。数じゃないよね…それだけ酷い事をするのだからその時だけっていうのは正直私もどうかと思う…だからその、あんまり痛いのは嫌だけど…したくなったら少しならいいよ」
「ほんとですか!」
私は自分の都合で殺すのに、ナナシノちゃんにはタイミングを指定させないというのは不公平だと思った。
ただ怖い。
突発的に現れる痛みには運がなかったでいいけれど…来ると分かっている痛みというのはとても怖いというのを今感じております。
だけど何度もしつこいけれど…ナナシノちゃんは私に殺されるのだ。
私は痛いだけ…ならそれを拒否することなんてできない。
「あ、あの…では早速いいでしょうか…?」
「う、うん」
ぱぁっと顔をほころばせ、ナナシノちゃんは二段ベッドの下のスペースから箱を取り出す。
あんな箱あったっけ?と思いながら見守っているとパカっと開いた箱の中からナナシノちゃんが取り出したのは…血で汚れた包丁だった。
それを握りしめて楽しそうにこちらに寄ってくる。
「待って」
「はい」
「あのねナナシノちゃん」
「はい」
「とっても自分勝手な事を言うけど…それはまだ早いと思うの」
「はやいですか」
「うん。日常的にね?それを持ち出されるのはさすがに耐えられないと思うの私」
「そうですか…いえ、そうですよね。普通の人は刺されたり斬られたりするだけで大変な事になるのですものね」
「うん、そうなの。だからもう少しだけ手加減してほしいなって思ったり」
ナナシノちゃんはまたもや少しだけ悲しそうな顔をして包丁を再び箱の中にしまい、考える素振りを見せた後にフォークを手に取った。
「待って。いったん刺すというのから離れよう」
「え…ではどうすれば…また首絞めますか?」
こう言っては何だけどもう少し健全な方向でお願いしたいというのは虫がいい話なのだろうか。
「あの…ナナシノちゃん。とりあえずその…死ぬ可能性があるようなことはやめないかな…?」
私の方は殺すのに何を言っているのだと思われるかもしれないけれど…殺すという経験をした私だからこそ知り合いに人を殺してほしくないと言いますか…何かの拍子で私が死ねばナナシノちゃんの心に傷を残してしまいそうな気がする…。
それだけ私が彼女の中で大きい存在だとかうぬぼれたことが言いたいのではなくて、事実として人を殺すというのは間違いなく傷になる行為だから。
取引外の…言ってしまえば交流というか遊びというか、これはそう言うもののはずだからとりあえずはもう少し安全な奴でお願いしたい。
「ではどうすれば…」
「うーん…腕とかつねってみる?」
「つねる?」
「そうそう、こうやって…」
私は自分の腕の皮と肉を少しだけ摘まんで捻る。
力加減もしているし、自分でやっているのだから当然そこまで痛みはなく、ナナシノちゃんも同じように自分の腕でやってみているけれど納得いかないように首をひねっている。
「これは…痛いのですか?」
「力いっぱい人にやってもらえば痛いと思うよ」
「では少し失礼します」
ナナシノちゃんの細く白い腕が伸びてきて私の左腕の肘下あたりをつねった。
「っ」
思ったより力が強くて結構痛い。
いや…痛い痛い痛い!?いたたたたたたたあ!?
すっごい遠慮がない!ぎゅぅぅううううううううううう!!!って全力でずっとやられてる!
「…」
ちょっと泣きそうになったあたりでナナシノちゃんの手が離れた。
ま、満足してくれたのかな?と油断したところで今度は手首の上あたりをつねられた。
「いっ!?」
そのまま数秒めいいっぱいやられて…次は手の甲。
「ま、まって…!」
「…」
制止虚しくそこをこれまでで一番強くつねられ、激痛が私を襲った。
「っあ!いた…ぃ…!」
ギリギリギリギリと聞こえてきそうなほど力が籠められ、このままでは千切られてしまいそうなくらい痛い。
こらえきれなくて私の目から涙が一筋こぼれ落ちたところで…ようやくナナシノちゃんは私の腕を解放してくれた。
「あ…はぁ…はぁ…」
油断していたところもあって想像を絶するほど痛くて…腕を抑えて悶えているのをナナシノちゃんは何も言わずにじっと見ている。
ずっとずっと私の痛がる顔を見つめている。
「…やっぱり…綺麗」
「え…?」
ぼそりと何かを呟いたのは分かったけれど、聞き取ることは出来なかった。
少しすると今度は心配そうに私の腕をさすってくれる。
「やりすぎてしまいましたか…?」
「う、ううん…やっていいって言ったのは私だし…思ったよりは痛かったけれど大丈夫だよ…」
「そう、ですか…あの…やっぱり私だけじゃなんなので一度殺しておきますか?」
「いや…そんな物騒なこと言われても…」
流石の私でもそんな軽いノリでは殺さないです、はい。
「そうですか…ユキノさんは優しいですね」
「えぇ…?どこが…?」
そんな噛み合っていない会話を繰り広げながら、私たちの間で定期的にナナシノちゃんが私に痛い事をするという日課?が加わった。
明らかにおかしいのにそれをおかしいという人間がいないためおかしいまま進む不思議なイチャつき。
 




