殺意の理由
次回は火曜日までのどこかで投稿します!
正直な話、その時私は特に衝撃を受けたりはしなかった。
スノーホワイトは私…。
私とは違う人生をたどったもう一人の私。
普通なら驚く場面…私だってそれくらいのことは分かっているのに、この胸の内には何もなく…静かなものだった。
なぜだろうか?それはとても簡単なことで…ただただ現実感がないから…だと思う。
告げられた事実は確かに衝撃的だったし驚いた。
私自身がそれを無意識にでもなんとなくわかっていたということもあるかもしれない。
目をそらしていたと言われればそうなのだろう。
でも…こうして目の前にそれを突きつけられてもピンとこないのだ。
私とスノーホワイト…同一人物だと言われればその事実は胸にすとんと落ちてきて納得もできる。
でも…それで終わりだ。
それ以上の感情の動きは私にはなくて…まるでお母さんに御伽噺を読み聞かせてもらったような感覚だ。
大なり小なり心は動かされるけれど現実味なんてなくて…どこか遠くの出来事のような、はたまた夢のような…とにかくそんな感覚。
だから私は自分のことではなくて、むしろナナちゃんのほうが心配になった。
関わりなんてないはずだけど、それでも未来の自分がなにか大変なことをしているだなんていきなり告げられて驚いたり心を痛めていたりしないだろうかと隣にいたナナちゃんの様子を伺おうとして顔を向けると…同じようにしていたナナちゃんと目が合った。
その瞳には同様なものは浮かんでいない。
他の誰かならともかく、今更ナナちゃんの感情の揺らぎが分からないほど鈍感じゃない。
だから…きっとそんなものなのだと思う。
私とナナちゃんにとって…スノーホワイトとリトルレッドが私たちだなんて事実はそこまで重要なことじゃない。
なぜなら彼女たちは──
「あれはユキちゃんが二歳になったあたりでした。私は流れ着いた小さな村でユキちゃんと二人で暮らしていたのですけれど…」
お母さんが言葉を切って気まずそうな視線を私に送ってきた。
しかしすぐにまた皇帝さんのほうに向きなおると再び口を開く。
「…ある日、私がご飯の用意をしているとき背中に鋭い痛みを感じました。驚いて痛みの奔った部位を触るとそこから血が流れていて…獣を借るのに使う器具の破片が突き刺さっていました。そして私の背中から流れた血を手のひらにべっとりとつけたユキちゃんがそこにいたのです」
「え…」
その話は今度は私の心に深く突き刺さるものだった。
ハッキリとは言わなかったけれど…お母さんは私に刺されたと…そう言ったのだ。
2歳のころの記憶なんて当然なくて…その感覚を覚えているはずもない。
でも自分の手のひらを見ると一瞬だけ…そこにはべっとりとした血が付いているように見えた。
「それからでした。ユキちゃんはまだ自意識も発達しきっていないの異常ともいえる攻撃性を私に向け始めたのです。尖ったものを見つければ私を刺し…自分の手で持てる硬いものを見つければそれをぶつけてきました。それが数年ほど…続きました」
私は思い出した。
だいぶ薄れている幼い日の記憶…そこで笑うお母さんは傷だらけだった。
血が滲んだ包帯をいろんなところに巻いていて…ボロボロだった。
なんでそんなことになっているのか不思議でしょうがなかったけれど…それをやったのが…わたし…?
否定したい。
でもできない。
だって私には…そうなるべき心当たりがあるのだから。
抑えきれないほどの殺人衝動…いつからか私の中で渦巻いていた忌々しくて恐ろしいそれ。
それを幼い日の私は…お母さんに向けていた…?
もしそうなら…私はどの口でお母さんがいなくて寂しかったと、置いていかれて恨んだこともあると口にしたのだろうか。
「え…あ…あぁ…」
身体が震える。
全身から血の気が引いて…寒くて仕方がない。
最低だ。
最悪だ。
私はやっぱり…。
「誤解しないでユキちゃん」
冷たくなっていく身体をお母さんがやさしく抱きしめてくれて…その暖かな体温が伝わってくる。
「ごか…い…?」
「うん。このことでユキちゃんが悪い事なんて何一つないの。私はむしろあの時はとっても幸せだったもの。私の人生で一番幸せな時だった。かわいくて愛しい我が子が…私のことを見てまっすぐと向かってきてくれる…あぁ母親としてこんなに幸せなことなんてないわ。そうでしょう?」
「で、でも…」
「それに本当にユキちゃんは悪くないの。だって仕方がなかったのだから」
お母さんは落ち着かせるように私の背中をポンポンと叩いて…「大丈夫だからね」と耳元でささやいて話を続ける。
「ユキちゃんが5歳になった日…いつものように私に向かって刃物を振り上げたユキちゃんの動きが急に止まったの。そして幼いユキちゃんとは明らかに違う…大人びた口調で喋り始めました。それが──」
「それがスノーホワイトだったと?」
皇帝さんの言葉にお母さんが頷いた。
5歳の時…私の中にすでにスノーホワイトがいた…?だめだ頭が痛い…ズキズキする。
「その時に私は…スノーホワイトが知る全てを聞かされました。あの子が過去からリトルレッドに引っ張られてやってきたこと…肉体を失ったスノーホワイトはその魂があるべき身体…つまりここにいるユキちゃんに引っ張られてその中に入ってしまったということ。そして…ユキちゃんが持っている異常な攻撃性の理由も」
「り、ゆう…?」
お母さんの言う私の異常な攻撃性…それは今の私の抑えきれない殺人衝動。
ずっとずっと…私がおかしくて異常で…人として欠陥があるんだって思っていたのに…これに理由がある…?都合よく考えすぎなのかもしれない。
どうあっても実際に行動したのは私で…言い訳はできない。
でももしこの衝動に私自身によらない理由があるのなら…それを知りたいと思った。
「…単純に考えるのならばスノーホワイトがユキノの中に入ったから。因果関係は分からんが話の流れからするとそういうことか?」
「そうですね。ただ正確に言わせてもらうのならば…ユキちゃんの中に入ったスノーホワイト…彼女がさらにその内に封じていた「狼」が入り込んだからです」
「狼…」
この話し合いの中で何度も出てきた言葉。
スノーホワイト達が過ごした未来を襲った雪と氷の大災害。
それが…私のこの衝動の理由…?
「スノーホワイトはこっちに来る際にその魂がバラバラに砕け散りました。「狼」を封じて不安定になっていた彼女のそれは運命の逆行に耐えられなかったそうです。それでも「狼」を離すことはせず、必死に抱え込んだまま彼女はユキちゃんの中に入った。そして先ほど話に出たことにもつながります」
「どの話だ」
「なぜあなたたちが世界に散らばった欠片をかつて存在した神様と誤解したのか…それはユキちゃんが、スノーホワイトが作られた魔王の生まれ変わりだから。かつて存在した魔王と呼ばれる存在は原初の神と呼ばれた存在が作り出したとあるものを受け入れるための器…それは皇帝様もご存じですよね?」
「…ああ」
「そしてその特性はスノーホワイトもユキちゃんも受け継いでいた。だから器としての力でスノーホワイトは「狼」をその内に受け入れることができて…そしてさらにそのスノーホワイトの魂をユキちゃんが受け入れることができたり理由です。魔王という名の器…その力が残っていたからなのです。そして原初の神様に由来するスノーホワイトの欠片を…皇帝さんたちは神様の欠片だと誤解したのだと思います」
「いや、待て」
それはおかしいと皇帝さんがお母さんの話を遮った。
皇帝さんはまず私たちに原初の神という存在について話をしてくれた。
かつてこの世界の人間すべてを殺そうとした神様がいたと。
そしてその神様は…死んでしまった愛娘の復活を目的としており、そのために世界に流れていたとある力を集めるために魔王を作ったという。
そしてそれが私でも知っている歴史に語られる「世界が終わると言われた日」につながったらしい。
空が、世界が白と黒に二分されて塗りつぶされた事件…それの真相。
ただでさえ痛む頭にそんな情報を詰め込まれて、私は吐きそうになってしまった。
でも聞かないといけない、知らないといけない。
私にとってこの話は…とても大事なことだから。
「つまり我らが誤解していた欠片の持ち主はほぼ最高レベルの「神性」を帯びた神だ。そして件の欠片は正真正銘、この我以上の神性を持っていた。これもアマリリス達も肯定している。だからこそ原初の神の欠片だと我らは判断を下したのだから。なるほど、確かに由来を基にする魔王の欠片ならば似ているのも無理はないだろう…だが神性はどうしようもない。スノーホワイト自身、多少の神性を帯びていたことは否定しないが、あの欠片から感じられたのはそんな生半可なものじゃない。かなり強いそれだ…それはどう説明する?」
「それが…この件の核心につながる話になります。皇帝様は「狼」とは何だと思いますか?」
「あ…?」
「未来を襲った自然現象…大災害…ええ確かに観測される現象としては間違ってはいません。でも事実はもっとその先にあるのです。ここまでくれば皇帝様にはわかりますよね」
皇帝さんの訝しむように細められていた目がゆっくりと見開かれていく。
「まさか…「狼」というのは…」
「そうです。「狼」は災害をさす言葉ではありません。あれは…この世界を滅ぼしにやってきた「神様」を指す言葉なのです」
スンとしたり動揺したり落ち込んだり感情が忙しい主人公。




