勇者と魔王の御伽噺4
次回は木曜日までのどこかで投稿します。
最初はただ必死だった。
迫りくる白い死からただ守らなくてはと思ったから…ただただ無我夢中でそれに立ち向かうしかなかったから。
そして彼女は…勇者となった。
なるしかなかった。
なってしまった。
それができてしまったから。
後年、その活躍を聞いたものは口をそろえて「世界を救うために立ち上がったこの世で最も勇気のある人だ」とその想いを讃えた。
しかし本当にそうだったのだろうか?それはもはや知るすべはない。
なぜなら勇者はすでに世界を救っているから。
その気持ちを、想いを汲み取ることなどできないのだから。
ただ一つ言えることは、そこに付随していた想いが何であれ勇者はその選択を後悔していない。
それだけだった。
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もう何度目になるだろうか?ユキが手をかざして二度とその姿を取り戻せないと思われていた恵みある山の氷が解けて周囲の雪も空からの日差しにあぶられて当り前のように溶けて消えていく。
それを見ていた周囲から歓声が聞こえ、ありがとうとユキに感謝して涙を流す。
子供も大人も等しくユキを褒めたたえ、握手を求め、どうかもてなさせてくれと懇願する。
しかしそれをすかさず間に入った鎧を着た戦士風の者にローブを着た魔法使いのような者が「勇者様の旅は先を急ぐ」と宥める。
村で落ちこぼれと蔑まれ、孤独だったはずのユキに世界を救う旅を始めてから大勢の仲間ができた。
どこに行っても感謝され、助けを求められ…そしてそれにこたえる彼女の姿に誰もが胸を打たれた。
力あるものは勇者を助けになるのだと剣を取り戦った。
各地で繰り返されていた限りある資源を巡った醜い戦争は鳴りを潜め、ユキの紡ぐ世界を救う輝かしい物語に誰もが注目した。
そしてユキもそれに応えるようにただ前だけを見て進む。
自分の身に起きている「異変」に気が付きながらも…前に進み続けた。
世界のすべてがユキを応援する中でたった二人だけ…彼女の道を阻むものが現れた。
万人が納得し受け入れることのできる事象など存在しない…だがこれはそんなものではなかった。
未来を救うために邁進する勇者の旅を邪魔するのはいつだって魔王…。
勇者が生まれれば必然と魔王が生まれるのがお決まりなのだ。
赤いフードを被った女の形をした魔王。
彼女は何度も何度もユキの前に現れてその旅の行方を阻んだ。
強大な魔力に、そこから繰り出される多様な魔法…いつしか人々はその者を「魔王リトルレッド」と呼び始めた。
しかしユキは…勇者は諦めない。
どんな困難にも立ち向かい、諦めないからこそ勇者なのだから。
そしてそんな勇者を周りは全力で助ける。
頼れる仲間が世界を救うという尊くて輝かしい旅を阻む魔王から勇者を守らんと立ち上がる。
ある日、魔王の唯一の手下であった女が人知れず捕らえられ、殺された。
それがユキに伝えられることは…ついぞなかった。
なぜならその女は…ユキの実の母親だったのだから。
手下を失った魔王はやけを起こしたかのように正面から勇者のもとに現れ…戦った。
「落ちこぼれのくせに…何もできないクズだったくせに…どこから来たかもわからない力を見せびらかして調子に乗ってるんじゃないわよ!私の後ろにいることしかできなかった無能の分際でたいそうな夢見てんじゃねぇ!アンタがこの私より目立つなんて言いわけがないでしょうが!落ちこぼれは落ちこぼれらしく天才の私を引き立てるだけの端役でいればいいのよ!」
怨み事を口にし、ユキを貶しながら魔王リトルレッド…カナレアは勇者一向に襲い掛かる。
その力は圧倒的で勇者だけではとてもかなう相手ではなかった。
何人も…何人も勇者を守ろうと剣を取った者たちが殺された。
それでも子を、親を、大切な人を死なせるわけにはいかないと…勇者の旅を身勝手な魔王に踏みにじらせるわけにはいかないと何人もが恐ろしい魔王の前に勇気を振り絞り立ち向かう。
やがて勇者一行は魔王を降し、その身を捉えつ事に成功した。
「離せ!離せー!っ!!!ユキ!あんたふざけるんじゃないわよ!一人でないもできないくせに…世界を救うなんてできるはずがない!アンタなんかに世界が救えるはずがない!落ちこぼれのくせに!ガキみたいなこと言ってんなよ!」
勇者に対する暴言が聞くに堪えないと勇者の仲間がその首を落とすために剣を振り上げる。
「待って。いいんだ彼女は。生かしたまま…どこかに閉じ込めておいてくれ。彼女には…私が救った世界を見てもらおう。そうすればきっと…世界の美しさに改心してくれると思うから」
慈悲深い勇者のその言葉に誰もが感動の涙を流す。
そして魔王リトルレッドは…光も届かない牢獄の中に閉じ込められることになった。
魔王がいなくなり阻むものがいなくなった勇者の旅は順調そのものだった。
各地の氷を溶かし、雪をほどけさせて感謝される。
もう世界は救われたも同然なのだとしばらく忘れられていた笑顔というものを人々が思い出し始めた。
そしてユキの右腕が動かなくなった。
はじめは指の先から…そしてついには右腕全体が氷を解かすたびに動かなくなっていく。
それだけでは終わらず、次は左腕、右足、左足と凍り付いたかのように体の機能がユキから失われていく。
いつしか自分で歩くことや食事をとることすらできなくなって…それでもユキの旅は終わらない。
歩けないのならばと勇者の仲間は荷車を用意し勇者を運んだ。
そして氷を解かすたびにユキの身体が凍り付いていく。
誰もがそんな勇者に「がんばれ」と声をかけた。
誰もが「世界を救ってください勇者様」と応援した。
ユキも自分の状態に一切言及することも、泣き言を漏らすこともなく旅をつづけた。
そうして…魔王リトルレッドが監獄の外に這い出してきた時にはすべてが終わり世界が救われていた。
誰もかれもが笑顔に包まれて勇者への感謝を、切り開かれた未来への希望を口にする
ユキとカナレア二人の生まれ育った村は勇者の育った聖域と呼ばれ大きな神殿のようなものが建てられていた。
誰も立ち入れないその場所の…一番奥。
救われた世界の、誰も見ることのできないやがて忘れ去れるであろうその場所に全身が凍り付き、巨大な水晶のようなものに閉じ込められて眠る勇者の姿があった。
「なんで…なんでこうなったの…そんなこと…望んでなかったのに…」
笑顔が希望が満ち溢れる救われた世界の、誰も見ない闇の奥。
世界を救った勇者はそこで一人っきり眠り続ける。
白い雪の眠り姫…スノーホワイト。
ゴンとカナレアが床を殴る。
何度も何度も殴り続ける。
手が裂けて、骨が折れてぐしゃぐしゃになっても何度も何度も狂ったように殴り続ける。
飛び散った血がユキの眠る氷の棺桶に雨のように降り注ぐ。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…どうして…どうして!あぁあああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああアァアアアアアアアアぁあ!!!!!!!!!!!!」
そんな慟哭もお祭り騒ぎの人々の歓声にかき消され誰にも届かない。
もはや誰もが魔王リトルレッドが逃げ出していることに気が付かず、その存在さえ気に留めていない。
確かにいたはずの二人は誰の記憶にもとどまらず、世界が救われたという事実だけが残る。
「こんなの…認められるわけがない…絶対に…ゆるさない…!!!!!」
この時この瞬間、光で満ち溢れた世界にただ一人…強い恨みを憎しみを抱いた女に運命がその手を伸ばした。
それは救いの奇跡か…はたまた絶望への手招きか知るすべはない。
しかし魔王は迷わずの手をつかみ取る。
世界が、自分がどうなろうとどうでもいい…ただ時間が戻ればいいと、勇者の紡ぎ誰もが笑顔を見せた輝かしい物語に唾を吐きつけて嘲笑いたいと心の底から怨み憎しみ…願った。
そしてそれを聞き届けたのは…世にも美しい神様だった。
「それならやってみよう。さぁさぁ望まない結末に否を、受け入れられないピリオドに修正を。誰もが素晴らしいと拍手を送った物語に冒涜を。大丈夫あなたの選択はきっと正しい…だってそんなにも愛しているのだから。この世界で最も大切なものを狂おしいくらいにキミは胸に抱いているのだから。さぁ世界に向かって高らかに宣言しよう、あなたという神様の誕生を」
「…逆巻き、狂い消し戻せ…【惟神】」
ニコニコと笑う神様の足元でリトルレッドがその真っ赤な絶望を振りまいていく。
抗いようない運命に牙を突き立て、腹を裂き…大切なものを取り戻すために。
「──ホワイトリバース・リトルレッド!!」
あの日常を、あの白き日々を取り戻すために、運命よ巻き戻れ、ただ赤い絶望と共に。
そしてそんなリトルレッドの姿を覚めない夢の中からスノーホワイトは見ていることしかできなかった。
こういう時に嬉々として出てくる神様。




