勇者と魔王の御伽噺3
次回は水曜日までに投稿します。
寂れた村のさらに奥…誰も知らない秘密の広場。
村全体が見渡せるその場所で今日もカナレアとユキは二人寄り添ってそこにいた。
「そういえばカナ、この前の遠征はどうだったん?本国に行けたんだろ?あと帝国。都会はどうだったよ」
「しらなーい。騒がしくてうるさいだけで特に面白いものはなかったよ」
「何もないことはないでしょうに。騒がしくてうるさいだけでも面白そうじゃないの」
「なぁんにも面白くない。魔法に関する学会だか何だか知らないけど呼ばれたから行ってみたけどあんまり話通じる人いなかったし、食べ物の値段高いしで…得られるものなんてなにもなかった!だからユキについてきてって言ったのになんでこなかったの」
我が物顔で抱え込んでいたユキの右腕をカナレアがつねる。
不満を伝えるように位置を変え何度も何度もむぎゅっ、むぎゅっとつねりを繰り返してアピールをする
「痛い痛い。そんなこと言われても呼ばれてたのはカナだけなんだから私が付いていくわけにもいかないだろー。遠征費だってないし」
「だからそれは私が出してあげるって言ったじゃん」
大人になりカナレアはその才能を生かして論文を書き、魔法という分野でそこそこ名の通る人物となっていた。
村が属している王国はもちろん、帝国や他の国からもそれに関する講習をしてほしいという依頼や、共同研究の申し出に魔法的技術の開発に提供と食べるに困らないだけのたくわえができる程度には稼いでおり、現在村で一番財力があるのは間違いなくカナレアと言えた。
「嫌だよそんなん。なんかかっこ悪いじゃん」
「なにが?意味わかんないんだけど」
「わかんなくていい」
「は~生意気になっちゃってまぁ~この天才様に逆らうなんていけないんだー」
「さーせん。じゃあそろそろ帰ろうか。母さん帰ってくるしご飯の用意手伝わないと」
抱き着かれていた腕をほどき、ユキが一度身体を伸ばして帰り道に向かって数歩進む。
だがすぐにカナレアが付いてきていないことに気が付いて振り向くと、カナレアは無言で両手を前に突き出していた。
「なに待ち?」
「遠征に付き合ってくれなかったんだから埋め合わせして。天才様を丁寧に扱って。今日の我はお姫様ぞ!!!」
「はぁ…はいはいわかりましたよお姫様」
ため息をつきながらユキはカナレアの身体に腕を回し…俵のように小脇に抱えて持ち上げた。
ぶらぶらと揺れる手足をみてふっと鼻で笑ったその瞬間にユキはぶちっと何かが切れるような音を聞いた。
「ちっがぁああああああああう!」
怒ったカナレアを中心に暴風が吹き荒れてユキの長い髪を乱雑に乱して舞い上げる。
漏れ出た魔力が物理的な破壊となって顕現し、周囲を吹き飛ばしていく。
「冗談だって、これくらいで怒るなよお姫様」
「うるさい!私は驚くくらい怒りやすいぞ!幼少期に「混沌を闊歩するカタストロフィー」と呼ばれるくらいにはな!」
「そんな呼び名聞いたこともないわ」
やれやれと腕の中のカナレアを持ち替えて、お姫様抱っこの形をとる。
すると暴風は跡形もなく収まっていった。
「そう!それでいいのよ。丁寧に運んでよね」
「あいあい。とんだわがまま姫だぜぃ」
もう何度も行き来を繰り返した道を進んでいく。
子供から大人になるにつれて変わったものもたくさんあるが、少なくとも二人は何も変わっていなくて…。
「ユキ~」
「なに?」
「次は一緒に来てね。一人じゃつまんない」
「お金がたまってたらなー」
「そんなのいつになるかわかんないじゃん。いいの?私かわいいからナンパとかされちゃうんだよ?誘拐とかされちゃうかも。昔みたいに守るって言ってくれないの?」
「言うよ。カナは私が守ってやるぞ。だからお金貯めてるんだろー」
風が流れて草木が揺れる音にカナレアの重みを加えたユキの足音が混ざっていく。
そうしているとまるで世界には二人しか存在していないような錯覚を覚えて、カナレアはぎゅっとユキに抱き着く腕に力を込めた。
「じゃあ早く貯めてよ。やる気出るようにまたあのクッキー作ってあげようか?カナレアちゃん特性レジェンドジーニアスクッキー」
「あのおいしいやつ、そんなこの世の終わりみたいな名前だったのか…まぁうまいからいいんだけども。作り方教えてくれよ」
「嫌っ」
「なんで」
「あれは私が作ってあげるからいいの~。いつでも作ってあげるから、いつも一緒にいないとダメなんだよ。わかった?」
「はいはい。わかったよ、いつでもいっしょいっしょ」
二人きりの世界、二人だけの約束。
それがいつまでも続くのだと…何が変わったとしてもそれだけは絶対なのだと二人は漠然と思っていた。
その日までは。
──────────
──誰かがふと今日は寒いなと思った。
──誰かがひらりと落ちてきた季節外れの白い雪に気が付いた。
──誰かが霜の張っていく湖を見つけた。
──誰かが空を指さして何かをつぶやいた。
──誰もが空を見上げてそれを見た。
それは狼だった。
世界のすべてを飲み込んでしまいそうなほど大きな白い狼。
はじめは「あれは何だろう?」と呑気な疑問を抱くだけだった。
そして次の瞬間…世界の終わりが始まった。
世界中に雪が降り始め、湖が海が凍り付いていく。
湖だけではない。
まるで津波のように徐々に氷の浸食は進んでいき、何もかもを凍てつかせていく。
地面も、木々も草花も…炎でさえも凍っていった。
凍るはずのないもの、温度の高いもの…それら一切何もかもが平等に白く、冷たく閉じ込められていった。
何の準備もする暇もなく訪れた極寒の災害は世界から何もかもを奪っていく。
作物は砕け散り、家畜は寒さに耐えられず死んでいった。
作りの脆い建物から順に氷の圧力に耐えられなくなっていき崩れ落ちた。
食べるものも、住む場所も冷たさの中に消えていき…人も死んでいく。
飢餓か、寒さか…その生を終えたものは力なく雪の中に、氷の上に倒れて…凍り付いて砕けて跡形もなく寒さに飲み込まれていく。
世界が終わったんだと誰もが絶望し、わずかな資源や食料をめぐって全国で争いが起こり世界の人口はどんどん減っていった。
もう何もかもが終わった…そうやってすべてが絶望に飲み込まれようとしたとき、世界にほんの一筋の小さな希望の光が舞い降りた。
溶けなかったはずの氷に「彼女」が手を伸ばす。
するとその氷塊は上から煙のように消えていき、白い闇にのまれる前の真の姿を取り戻した。
その光景を目撃した人々は数年ぶりに心の底からの歓喜の声をあげて涙を流す。
何もかもがそれで元通りとはとても言えはしないが、それでも水が、果物が、草花が。
それが手に入る幸福に感謝し…それを取り戻した「彼女」に泣いて感謝し、「あなたこそこの世界を救ってくれる勇者様だ」と誰かが言い出した。
そして「彼女」は世界を救うための勇者となった。
勇者は凍てついた世界を癒しながら旅をする。
誰もがその旅を支援し、「彼女」は大勢の仲間に囲まれながら過酷な旅を続ける。
行く先々であふれんばかりの歓喜が、感謝が空に響く。
「勇者「ユキ」様万歳!」
「ユキ様がこの世界を救ってくれる!」
「ユキ様が狼なんて倒してくれるよね!」
氷を溶かし、世界をあるべき姿に戻すために立ち上がった勇者…それはユキだった。
地獄のはじまりはじまり。




