休養
次回は明日か明後日に投稿します!
皇帝殺害を狙った襲撃から数日が経った。
開戦していた帝国と王国は突如として戦場の真ん中に現れた炎の巨人により両者尋常ではないほどの被害を受けた。
帝国側はことが起こってすぐに皇帝が撤退命令を下したために無視できない被害を受けはしたが致命傷にはならず、かろうじてだが無事ともいえる。
しかし王国側はそうもいかなかった。
家臣や兵たちの言葉も聞かず、戦線に赴いていた国王とその息子が炎の巨人による蹂躙に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。
そうなってはもはや王国側は戦争を続けるわけにもいかず、また戦争の理由であったアルフィーユが身の無事を宣言し、皇帝が自ら戦後フォローに奔走したこともあり、一時的にだが表面上の解決を見た。
しかしその後、無理がたたったのか皇帝は倒れてしまい、現在はベッドの上で絶対安静を言いつけられていた。
ゴッドブレイカー・レクイエムの影響下で動いたことが相当な負担になっていたらしく、医者をしてどうしてこの状態で動けていたのかがわからないと言わしめるほどに全身はズタボロとなっており、さすがにと今回ばかりは大人しく寝ていた。
「…暇だな」
久々のゆっくりとした時間…それを何よりも望んでいたはずの皇帝だが不思議と満足感や充実感というものは感じず、何かが足りない…そんな空虚感を覚えていた。
「動かねぇから腹も減らんし退屈すぎる…寝るか」
仕方がないのでもはや寝すぎて眠たくもないが目を閉じて眠りにつこうと試みる。
普段から眠りが浅い皇帝だが、しかし目を閉じていると不思議と微睡に落ちていきそうになっていき…意識が浮遊感に捕らわれそうになった時、ガチャリ…と静かに部屋の扉が開けられた音で意識を引き戻された。
休養中とはいえ皇帝の部屋にノックや声掛けもなしで入ってくるなど言語道断…本人はそれほど気にしないことではあるが周りとしては徹底していることであるためにどこかの暗殺者でも来たかと皇帝は寝たふりを敢行することにして開いた眼を再び閉じた。
数秒そうしていると扉のほうにいた気配が近づいてくるのを感じた。
ただ妙なのは気配と共に聞こえてくるのが足音ではなく、何かがカラカラ…キュルキュル…と回転しているかのような音であることで…。
皇帝は気配が枕元までやってきたのと同時にゆっくりと目を開け…寝そべる皇帝の顔を上からのぞき込んでいた女と目が合った。
それは足まで覆い隠すほど裾の長い修道服に身を包み、車いすに跨った美しい女だった。
どうやら何かが回転しているような音は車いすから発せられる音だったようで、服装や身にまとう雰囲気も相まって一見ははかなげな雰囲気を感じさせる。
しかし車いすよりも、その儚げな雰囲気よりも、真っ先に目に飛び込んでくるほど大きく実った胸元の二つのふくらみがそれらの印象を打ち消して艶やかでなまめかしい…蠱惑的な女を演出させていた。
「あっは、起きていたのですね」
やはり妙な艶やかさを感じさせる不思議な声で笑い、車いすの上から女が皇帝に手を伸ばしてその耳元を撫でた。
不届き者だと糾弾されても仕方のない無礼な行為だが、皇帝はそれについて何も言わず…ただ受け入れている。
「…今更戻ってきて何のつもりだ」
「何のつもりも何もあなた様が大変な思いをしているとのことだったのでお世話でもと…もしかして寂しかったですか?」
「んなわけあるか馬鹿が…あいつには、アリスにはもう会ったのか。寂しがってるのはあいつのほうだろ…我よりあいつのほうに行ってやれ」
「あっは、あの子への心配をようやく素直に口にしてくれるようになりましたね。私はとっても嬉しいです…でもご心配なく、あの子とはうまくやれてますからね。あなた様と違って」
「…ちっ」
ごまかすように舌打ちをする皇帝に対し、女は楽しそうにほほ笑む。
耳を撫でていた手を頬へ、そして唇に軽く触れて…今度は首筋にと動かしていく。
「…今までどこに行っていた。よそで何かやらかしてないだろうな」
「大人しくしていましたよ。それとも今のは照れ隠しで私のことを心配してくれましたか?」
「ふざけんなボケが…もう戻ってくるのか?」
「ええ。あなた様もさすがに懲りたようですしね…これからはちゃんと「私たち」の娘に向き合ってくださいませね。じゃないとまた私…拗ねちゃうかもしれませんから。本当は私がいなくて寂しかったでしょう?」
「んなわけあるか。むしろせいせいした…いや、なんだ…その、今のは…言い過ぎた」
「あっは。大丈夫ですよ、あなた様のそういうところも私は誰よりも理解していますから…身体は大丈夫そうですか?もしお暇なら…一緒に「寝てしまいます」か?」
女の手が皇帝の胸元を撫でて腹に…そして下腹部まで降りていく。
「…今はいい。我は普通に寝る」
「いやん、つれませんね。私も一方的に家出をした身なのでもう何年もの間禁欲をしていたのですよ?この私がですよ?哀れに思うあまり情けをかけてあげようとは思ったりしませんか?」
「しねーよアホが…まだ怪我が治ってねぇんだ。少し待ってろ」
「あっは!はぁい…私はいつでもあなた様をお待ちしております…なのでゆっくりと行きましょう…えぇゆっくりと」
皇帝が目を閉じ、車椅子の女は何もせず…ただ眠る皇帝の顔を愛おしそうに見つめた。
窓から差し込む日差しに照らされながら何にも縛られず、何にもとらわれない穏やかな時間のなかで今度こそ皇帝は望んでいた安らかな眠りの中に落ちていくのだった。
しかし翌日…そんな平穏の時間はすぐに終わりを迎えることになった。
皇帝の前にメイド服に身を包んだ褐色の女が水晶のようなものを手に現れたのだ。
「…何の用だ」
「ご無沙汰しております皇帝様。主人よりこちらを届けるよう命を受けてまいりました」
メイド服の女が差し出した水晶を皇帝は受け取り、その中を覗き込む。
それに映るのは…真っ赤なフードをおろした二色の瞳の女と、炎の巨人を従える黒髪の女が向かい合っている姿で…。
「…「メイラ」、お前が来るってことはやっぱりこの件…あのバカも把握してるんだな?」
「はい。そしてあの方は現在別件で外していますので私が代わりに事情の説明をと送られてきた次第です」
「だからってなんでお前をよこすんだ…うちで「食事」はしてねぇだろうな」
食事という言葉に対し、メイラと呼ばれたメイド服の女がにっこりとほほ笑んで会釈をした。
「ちっ…わかった少し待て。ほかの連中も呼ぶ…言っとくがこの期に及んでの余計な隠し事は認めねぇからな」
「ええ大丈夫だと思われます、主人も「なんかいろいろヤバくなってきたし、そろそろコウちゃんにも怒られそうだから全部話しておいて!」と言っていましたので」
「もう…ヤバくなってるのか」
皇帝は手で顔を覆い、うつむく。
久しく感じていなかった締め付けるような胃の痛みを実感し、苦々しい表情を浮かべ…メイラも今度は困ったように苦笑いを漏らした。
「私が言えた義理ではありませんが、今回はまだいいほうかと…一応はまだ事前報告という形にはなっていないこともない…ような気がしなくもないと思いますので」
「あぁそうかよ…」
ズキズキと頭痛を感じ、キリキリと胃痛を覚え…早急に動かなくてはならない状況でありながら皇帝はしばらくベッドの上から動かなかった。
ゆっくり休めたようでよかったです。




