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飢えた獣

次回は木曜までのどこかで投稿します。

 バシン!と音を立ててクイーンがカララの頬を打った。

そこそこの力が込められていたようでカララの頬に真っ赤な手形がうっすらと残っており、じんじんと痛む頬のせいだと言い訳をしてカララが大粒の涙をこぼし…二人がお互いを抱きしめあう。

わんわんと幼い子供のように泣きじゃくる二人の姿を見届けて…アリスが大量の血を吐き出し、倒れた。


「ボス!」

「ちょっ…ちょっと…!」


受け身も取らず倒れるアリスの身体をクイーンとカララが慌てて受け止めるが、その時に伝わってくるアリスの体温が異常に低い事に二人はすぐに気が付いた。

死がアリスの首を今まさに刈り取ろうとしていたのだ。


「っ!カララ!どうすればこの変な空間は消えるの!」

「あ、あのナイフを抜いて魔力を流して止めるとかだったはず…でもこれを今解除したら魔物が暴れちゃう…」


「どういうこと!?」

「こいつらあのナイフの力で弱体化してるから操れてて…それがないと好き勝手に暴れちゃって手が付けられなくなるって…」


ゴッドブレイカー・レクイエムが作り出した空間内には数えるのも億劫なほどの魔物がうごめいている。

これらが一斉に暴れだせば今戦っているネフィリミーネやカララが全力を出せるようになったとしても瞬間的な対処はかなり難しく、アリスを連れて脱出することは困難に思えた。


「…なら今ここであの魔物たちを大人しくさせれば…カララ!早くやって!」

「無、無理…事前に命令を仕込んでないといけないっていうか…リトルレッドじゃないと…」


カララは改めて自分が何もできていなかったことを痛感した。

結局…自分の力でできたことなんて何もなくて、すべて与えられた…強者の威を借りた偽りの力だったのだと唇をかむ。

クイーンも頭を全力で働かて打開策を探るがなにも浮かばない。

この場所に入ってきた空間の穴は塞がりかけており、もはや通れそうにない。


「どうすればどうすればどうすれば…っ!とにかくまずはこの空間を解除しないと!カララ!」

「う、うん!わかった…!」


カララが足をもつれさせながら走り出し魔物が守るように囲んでいるナイフのもとまでたどり着き、それに触れる。

ここで解除すれば今は大人しくしている魔物たちもカララに牙をむく…何とか振り切るしかないと覚悟を決めてナイフを引き抜こうとして、


「あぁ~ゴミカスじゃなくて…カララさんちょい待ちですぅ~。ちょっとだけおまちくださぁ~い」


いつものように緊張感の欠片も感じさせない異様に間延びのした声でアトラがカララを制止した。

なぜ止めるのかと声のしたほうを見ると覆いかぶさるようにして襲い掛かっていた魔物の喉を食い破り、返り血で全身を汚したアトラの姿が目に飛び込んできた。


「あ、アトラ…?」

「いやぁ~なんといいますかねぇ~…さすがにぃ~いくらなんでも~私も「おこ」といいますかぁ~…いい加減キレましたよねぇ~…中ボスも下がってていいですよぉ~腰が痛いでしょうしぃ~」

「ああ…んじゃあそうさせてもらうわ…ほんと腰やべぇんだよ…ババアにやらせる仕事じゃねぇよ…」


ネフィリミーネが自らに群がっていた魔物をアトラのほうに蹴り飛ばし、腰を抑えながらカララのもとに合流する。

ナイフのそばに控えていた魔物はネフィリミーネが近づいて生きたというのに、そちらには目もくれず、立ち上がってアトラに向かってうなり声をあげていた。

そしてそれはその一匹だけでなくその空間内にいたすべての魔物がアトラを取り囲み、ひたすら唸り声をあげていたのだ。


「な、なに…アトラどうしたのよ…」

「やめとけ、今のアトラに話しかけんな。巻き添え食らうぜ」


魔物たちの威嚇を一身に受けながらアトラは首を回してコキッと音を鳴らし、眼鏡を外す。


「…思えばちょっと大人しくしすぎてましたよねぇ~…お利口ちゃんでいすぎたと言いますかぁ~…お行儀良くしすぎてたと言いますかぁ~…だからこんな畜生以下の塵芥にここまでいいようにされていたわけですねぇ~えぇ~…殺したいほどに腹が立つ」


異様な雰囲気を纏うアトラがその場で右足を踏み込み、床にひびを入れた。

警戒しているのか唸り声をあげるものの魔物たちは襲い掛からず、しかし爪を牙をむき出しにして殺意を振りまいていく。

アトラはそれらを気にも留めず、眼鏡のレンズについた汚れを軽くふき取って再び大きな丸眼鏡をかけなおす。


「いや眼鏡を取ったら本気になるとかそういうんじゃないんか」

「そんな眼鏡キャラの風上にも置けねぇことしないですぅ~。眼鏡かけてるやつが眼鏡とって弱体化するのはあっても強くなるわけねぇでしょうがよぉ~…はぁ…さてさて、じゃあはい…うーうーいい加減うるさいのでぇ~ぶっ殺しますね」


ひびの入った床をさらに踏み抜き、アトラが一番近くにいた魔物に肉薄する。

そして手刀を魔物の右目に突き刺し、抉り出して踏みつける。

間髪入れずに左目も抉り出して叩き潰し、一瞬行われた暴虐に魔物が悲鳴を上げた。


「うるせぇつってんですよぅ」


悲鳴のために開かれた魔物の口にアトラは頭を突っ込み、その舌に噛みついて…引きちぎる。

さらにと身体を無理やりねじ込んで顎を砕いて裂いて…その命を奪った。

しかしそれだけでは終わらない。

完全に脱力した魔物の腕を掴み上げ、根元を足で抑えてながら引きちぎる。

断面から骨を引き抜き、こびりついた肉を嚙み千切っては吐き捨てて即席の武器を作った。

そして次の獲物に襲い掛かり、原形をとどめないほどにぐちゃぐちゃに破壊していく。


「あははははっ!あはははははははははははははははははははははははは─────ははははははははははははははははははは!あーはははははははははははははははははははははは楽しいですねぇ!楽しいですねぇ!これこれこれですよぅ!家畜にも劣るゴミ風情がぁなぁに人様に偉そうにたてついてるんですぅ?調子に乗った子は~お仕置きしないとですよねぇ~?あはははははははははははははははははははははははは!」


そこにいたのは獣だった。

人の姿をした獣。

魔物たちも命の危険を感じたのか少しでも隙があればその牙を爪をアトラに突き立ててその身体を傷つける。

しかしアトラは止まらない。

噛みつかれれば食いちぎり、引掻かれれば引き裂く。


野暮ったさを感じさせるな丸眼鏡にくすんだような髪色…こだわりなど感じさせない二つのおさげ。

何も変わっていないいつもの地味な装いのままなのに、血肉で彩られたアトラはこの場ではどんな獣よりも獰猛なそれに見えた。


「おい、クイーン!子リスを抱えてこっちにこい。そっちのが安全だ」

「え、ええ…」


同年代に比べてかなり軽いアリスの身体をクイーンが抱きかかえ、ゆっくりと二人に合流する。

二種類の獣の戦いはその激しさを増し、周囲に血と肉片がまき散らされていく。

あははははは!と笑うような鳴き声を上げる獣。

悲鳴のような鳴き声を上げる獣。

ルールや矜持も何もない…どちらかだけが残るまでただ殺して、ただ壊す。


「はぁ…あいつも誰かいい相手が見つかればもうちょい落ち着くんだろうけどなぁ」


狂ったように笑い続けながら戦うアトラに何とも言えない視線を送りながらネフィリミーネがぼそりとつぶやく。


「…あの子が落ち着くなんてあまり想像できないけど」


アリスの体の具合を手早く確認しつつ、クイーンが怪訝な表情をネフィリミーネに向ける。

アトラは見た目こそおとなしいが内面はいつだって戦うことしか考えてないというのをクイーンは嫌というほど知っている。

仕事を頼めば言うことは比較的聞いてくれるが、命令の隙をついて血を浴びて帰ってくる…アトラとはそういう女だ。


「あいつはなぁ…いつだって飢えてんだよ」

「飢え…?」


「そ。腹の底から欲しいもんが分かってるのに…それがどうしても手に入らなくて穴が塞がらなくて腹が減ってしょうがないから、ああして手当たり次第に食い散らかすしかないんだよあいつは。だからいい感じの相手が見つかってくっついてくれれば案外落ち着くと思うんだよな俺様は」

「…アトラにそんな人が見つかるなんて想像できないけど…浮ついた話なんて全く聞きませんし」


「ふ~む~…まぁ強制することじゃないわな。あいつが今のままでいいってんならそれでもいいんだしよ。あぁそろそろ終わりそうだ」


ぐちゃぐちゃと水気の混じった不快な音が笑い声と悲鳴に交じり…数分後にようやく静かになる。

最後に立っていたのは…。


「あはははっ…ははははは…んふふふふふふふ!…あふぅ…あ~スッキリしましたですぅ。もうナイフ抜いてもいですよぉ~カララさぁん」


アトラはいつものようににへらと柔らかく微笑んだ。


「え、ええ…」

「カララ早く!ボスを休ませないと!」


促され慌ててカララがゴッドブレイカー・レクイエムを床から引き抜き、その能力を解除した。

その刹那、小さな人影がクイーンの腕の中のアリスを奪い去り床になだれ込んだ。


「な、なに!?」

「落ち着け!…リコリス・フランネルだ」


神を殺す力が解除されたその瞬間にリコリスは動いた。

他の何にも目もくれずアリスにまっすぐと向かい、その身体にしがみついた。


「アリスちゃん…「────────」かむい「────「けん「───」か「────「い」──」


聞き取れないノイズの混じった声と共にリコリスがその能力を開放する。

すると血色の悪かったアリスの肌に色が戻っていき、か細くなっていた呼吸もゆっくりとだが正常に整っていく。

リコリスがそばにいる限り、絶対の死さえもアリスに手を出すことはできない。

そうしてアリスも一命をとりとめ、アラクネスートはその形を取り戻した。

戻ってきていないものはまだまだあるけれど…それでも確かに彼女たちはそこにいるのだから。


「なんかいい雰囲気になってるところ悪いが…まだ終わってねぇぞガキども」


そこに気を失ったアレンと、人形の胴体を抱えた皇帝が現れて外を見た。

戦場で燃え上がっていた天を貫く勢いの炎の柱は消え去っており、戦争があったとは思えないほどの静寂が広がっていた。

キレても眼鏡キャラの矜持は忘れない。

実は初期設定ではユキノさんの親戚だったアトラさん…はたしていいお相手は見つかるのか…乞うご期待。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神威権界懐かしい
[一言] 獲物の舌を生きたまま噛みちぎる生物、知る限りだとシャチぐらいしか居ないんですけども そのシャチは必要に駆られてとかストレスの解消だとかじゃなくて単に美味しいからそこだけ食べてるそうな… これ…
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