人らしく
次回は土曜日までに投稿します。
「私たちは人らしく生きて、人らしく死ぬんだ」
かつて一人の少女がそんなことを言った。
今日を生きることすら困難な…人の世の掃きだめのような場所で、ぐちゃぐちゃに汚れた顔で…それでも少女はそう言った。
「ひとらしく…?」
少女の傍らで泣いていたもう一人の少女が目をこすり、しゃくりをあげながら言葉を繰り返す。
「そう!いまはこんなところにいるけれど、私たちは絶対に生き抜いてこんなところからは逃げ出すんだ!そしていっぱいお金を稼いでさ、ちゃんと人らしい生活をして…そして最後は私たちが、私たちの意志で死ぬんだ。誰にも…私たちの生き方も死に方も縛られない、それが人らしくってことなんだよ!」
「よく…わかんない…」
「お前も見ただろ、昨日まであそこにいたはずのアイツを」
少女が指をさしたのはぼろぼろになった建物の…異臭を放つゴミや、何によるものなのかも不明な汚れがこびりついた壁の隅。
昨日まであの場所にはやせ細った子供がいた。
いたはずなのに居はその姿を見ない…そしてつい先ほど、ひどい暴行を受けた子供の遺体が濁り切った川を流れていったと話を聞いた。
この場所ではそれが当たり前…誰もが人としての尊厳を奪われ、いつ死ぬかもわからない。
むしろ少女たちは運のいいほうであるともいえる。
彼女たちは曲がりなりにも孤児院という住む場所があったのだから。
もっともそこはとある非合法の組織が人身売買のための「商品」を置いているだけの場所なので地獄というのは変わらない。
屋根がある場所にいられるだけで贅沢者。
そんな世界で少女たちはいつ身勝手に他人に摘み取られるかもわからない人生を生きている。
だからこそ…。
「せめて自分の意志で死ぬところまで生きたいじゃん」
「…うん」
「だから約束!私たち二人は絶対に生きてこんな場所を抜け出すんだ!そして人らしく生きて、誰かに一方的に命を奪われたりはしない…人らしく最後は死ぬ。そうやって生きるんだ!いいな!」
「うん…人らしく生きて…ひとらしく…しぬ」
二人はお互いの手を向かい合って握り合う。
絡み合った指がその約束の証。
「よし!じゃあまずは人らしくの第一歩!普通の人間は名前を付けてそれでお互いを呼ぶんだ!いつまでも「番号」じゃつまらないからな!」
「なまえ…」
「そう!私の名前はもう決めてあるんだ!いつかここを出て誰にも私たちにひどいことできないようにめっちゃ偉くなる!前に本で読んだ偉そうな「女王様」に!だから私の名前は──」
自らに名前を付けた少女が、まだ涙の跡が残る少女にお前はどうする?と問いかける。
しかし急に言われてもいいものが浮かぶはずもなく、二人して頭を悩ませた。
「なんか好きなものとか、そんなのからつけてもいいだよ?いやむしろそっちのほうがいいかもな!一生付き合っていくもんだし名前って!」
「すきなもの…すきなもの…あ」
思い出したように少女が取り出したのは小さな筒のような何かだった。
それを持つ手の動きに合わせて中でなにかが動いているのか「カラカラ」と音がする。
それは名前を付けた少女が泣き虫の少女のために作ったおもちゃ…振ればカラカラと音が鳴るだけのそれではあるが、泣き虫の少女にはそれが何よりも大切なものだった。
明日が来るのか不安にさせる先の見通せない夜の闇の中も、身体を打ち付けるよな雷雨の日も、そのカラカラとした音があるだけで少女は安心できた。
好きなものから名前をとるのならばこれしかないと…そう思った。
「…それっていっても、どう名前をとるんだ?」
「…「からから」?」
「いやいや、なんかちょっと微妙だなぁ~…せっかくかわいい顔してるんだからせめてもっとかわいい感じにしよう!じゃあそうだな…ならほとんど同じだけど、カラ──」
そうして名前を得た二人の少女は人らしさを夢見て未来に思いをはせた。
そこから少しの時が経ち…少女たちの住んでいた孤児院に何もかの襲撃があった。
泥棒の仕業、非合法な裏組織の抗争に巻き込まれた…様々な憶測が周囲に流れたが結局理由は分からずじまいで孤児院は取り壊されることになった。
大勢の遺体が発見された中で、そこにいたとされる二人の少女の行方は最後まで分からなかったという。
─────────
「さてさて、そんなこんなでアラクネスートのみなさぁ~ん?もうおとなしくこのカララちゃんに負けました~って跪いてみてもいいんじゃないのかなぁ~?かな?かな?」
黒いオオカミのような魔物の背に優雅さを気取って腰を掛け、カララが上から笑う。
カララが呼び出した魔物たちは万全に戦うのことのできないアトラとネフィリミーネに襲い掛かり対応に追われていた。
一方的にやられてはいないがさすがの二人も分が悪く、傷を負わないように立ち回るだけで精いっぱいの様子であった。
リコリスはいまだ動けず、一人残されたアリスがカララからの見下ろされた視線を一身に受け止めている。
「…カララくん、キミの目的は足止めだったね…しかし余は断言するけど我が母はこんな「おもちゃ」に負けはしない、絶対にだ。だからこんなことは無駄なんだ、もうやめよう。そして一度ちゃんと話をしよう」
「言ってれば~?さっきからやけに吠えてるけどさぁ~ボスぅ~いいや、お・ひ・め・さ・ま。まず一つの事実としてアンタの後ろにいるこわぁ~い神様は動くことすらできなくなってるじゃん?天下の皇帝様もそれに近い存在なんでしょ?なら…ねぇ?結果なんて考えなくてもわかるんですけど~みたいな?」
ケタケタと笑いながら、さらにわざと馬鹿にするような挑発的な声色でカララはアリスを煽る。
しかし当のアリスは表情すら変えず、ただ静かにカララをまっすぐと見つめる…そこから、カララから逃げるつもりはないとでも言いたげに。
「…あーんま生意気してると…殺しちゃいますよ?」
「それは困る。余はまだやらなければいけないことがあるから」
「それアタシに関係あります?」
「ある」
即答断言。
あまりにもきっぱりと言い切られたものだからカララは一瞬だけ言葉に詰まり、その隙をつかんばかりに先にアリスが言葉をつないだ。
「カララくん、ここにいる魔物たちは…本当に魔物なのかい?」
「はい?」
「ここにいる魔物たちはとても元気がいいように見える。一体どういうことなのかな?」
「…?何を言ってんのアンタ」
おそらくアリスに何かを探られているのだろうということは理解できるが、カララには質問の意味自体が理解できなかった。
元気がいいように見える…それは間違いない。
神を殺す刃の影響で生体そのものが特殊な魔物もその動きが鈍ってはいるが、それでもそこまで大きな影響があるようには見えなかった。
だが、だから何だというのかとカララは訝しげな表情で首を少しだけひねることしかできなかった。
「なるほど…やはり知らないのだねカララくん」
「だからなにを!回りくどいのよアンタ!」
「すまない、よく注意されてしまうことだ。反省だ…うん、わかった簡潔に話そう。ちょうど前回カララくんが余たちの前から姿を消した直後くらいだったか…こちらの拠点を襲撃していた魔物たちが苦しみながら倒れた」
「はぁ…?なんで?」
本当に知らないとわかる表情を見せたカララにアリスはそれが事実だと確信した。
もともとアリスは魔物の件はリトルレッドの一味とは無関係との推測を立てていたので、その説にさらに説得力を持たせる結果になったと言えるだろう。
ただそれをカララが知らないとするのならば、もう一つだけカララが知らないことがあの日起こっていることにり、アリスはそれを口にした。
「ならばそれと同時に世界各地で血を吐いて倒れる者たちが続出していたことは知っているかい?」
「…なんか各地の病院がパンクしてるってのは聞いたけど」
アラクネスートにおいて諜報員に近い役割を持っていたカララだったが、この数日はリトルレッドたちと共に作戦をギリギリまで練っていたこともあり、外の情報を仕入れるということができていなかった。
だがしかし、それが何だというのか…むしろアリスの得意の話術で無効のペースに乗せられるだけだと深く問い詰めることはしなかった。
だが次のアリスの言葉はカララにはどうしても聞き逃すことのできないものだった。
「世界各地でほぼ同時に人が倒れた…そして倒れた者の6~7割ほどは我々アラクネスートで働いてもらっていたもの、もしくは保護していた者たちだ。なぁカララくん…つまりこれがどういうことか君にはわかっているかい?」
「は…?ま、待ちなさいよ…魔物に…アラクネスートで保護してたやつらって…まさか…ねぇちょっと!クイーンは…あのバカはどこにいるの!」
そこにいない…もう一人の幹部の名前を呼びながらカララが慌てた様子で周囲を見渡す。
クイーンがここにいないのは戦闘要員ではないから…そう思っていたが、それは間違いで…ただここに来れない理由ができていたのだとしたら?
「っ!どこって聞いてるの!!」
「…その反応…やはりカララくん、キミは…気が付いていたんだね」
怒りに満ちた瞳でカララがアリスを睨みつけ、アリスはやはりそれを正面から受け止める。
あの日、倒れた者たちの中には一つの共通点があった。
しかしそれを知っているのはごく一部の者だけであり、真っ先に気が付いたのはその事情を知るものであるアリスだった。
そしてその中には…クイーンも含まれていて──。
「【欠片持ち】。彼女が…クイーンくんがそれだとキミはいつから気が付いていたんだい」
ギリリと歯をかみしめこすり合わせる音がカララのほうから聞こえた。
欠片持ち…かつて存在した世界を憎んだとされるとある神様の身体がバラバラに分割されて欠片となり世界に溶け込み…そしてそれが体内に定着してしまったものをさす言葉だ。
モンスターや獣がそれを取り込めば魔物となり、人が取り込めば人を害する力を持った能力者となる。
そしてあの日に倒れた者はそんな欠片持ちだったのだ。
「…」
「クイーンくんが欠片持ちだというのは本人も知らなかったことだ。余と…リコとにーねー様だけしか知らないはずだった。当然それをどこかに記して残したりもしていない。だというのに…どうしてきみはそれを知っているんだい?いつ…気が付いたんだい?」
カララは何を言わず、ただただ歯を食いしばりながらアリスを睨みつけた。
二人の間に沈黙が流れていく。
周囲は騒がしいはずなのに、二人の間に流れる沈黙はその周囲から音を奪っているかのようだった。
だがそんな静寂に…かつん、と何か硬いものが地面を叩いたような音が小さく響いた。
それはカララの背後から鳴った音で、振り向くとそこには…杖をついたクイーンの姿があった。
「カララ…」
「クイーン…なんで…」
ゴッドブレイカー・レクイエムが作り出すドーム状の空間のすぐ外…そこでクイーンは立っているのがやっとなのか脚を震えさせながら、それでもカララを見つめている。
「ちょうど昨夜…クイーンくんは目を覚ましたんだ。そこで軽くだけど事情を説明した。彼女にも知る権利があるだろうから」
「お前ぇ!!なんで…なんで!!」
「なんでは私のセリフよカララ…私が欠片持ち…そんなの信じられないし、自覚もしていない…でもボスが言うには間違いないらしいの。そしてそれが…あなたが今そんな馬鹿なことをしている理由につながってるのかもしれないって」
「…」
「ねぇカララ…黙ってないで何か言いなさいよ…全部全部話してよ!何を…抱え込んでるのあなたは…」
叫び声にも似たクイーンの訴えを聞きながらカララはナイフを握る手が震えるほど力を込めて…そして諦めたかのように脱力する。
そして泣きそうな顔をクイーンに向けて…。
「アンタさ…いつから人に「あなた」とか言うようになったのよ」
ぼそりとそう言った。
たぶんもう忘れ去られているのではないかという設定が出てきたのではないでしょうか…。
実はそれに対してもう少しエピソードが挟まっていた予定だったのですが、あんまり本筋ではない上に長くなりすぎて間延びするのでチョキチョキしたという経緯がありまして…はい、すみません…。




