人間の武器
次回は木曜日までのどこかで投稿します!
アレンの細剣が人形の頬を砕き、男の拳がアレンの肋骨を叩き折る。
神を殺す空間で始まった戦いはまさに互角。
お互いがお互いの攻撃を防ぎ、ふと現れる隙に一撃を合わせて傷を蓄積させていく。
しかし時間が経つにつれて互角の天秤は少しづつではあるがアレンのほうに傾きつつあった。
実力のみで騎士の頂点にまで上り詰めた…その経験が、過去の努力のすべてが時間とともにアレンを男の動きに対応させていく。
男の攻撃を潜り抜け、細剣が人形の身体の脆い部分に的確に滑り込み、破壊する。
「はははは!すごいじゃないか友よ!なんだか楽しいな、戦ってるって気がするよ!いいや遊んでいるのかな?ははは!」
「弱体化のハンデを背負っている身分でよく言う…貴様にとっては遊びでも、こちらはいつだって命懸けだ」
「怒らないでおくれ、なんといってもこうして遊んでくれる友達は君が初めてなんだ。楽しむなというほうが無理だろう?なぁ友よ」
男の身体が人ではありえない関節の動きを見せて変則的な攻撃を繰り出す。
しかしこの戦いの中で研ぎ澄まされていくアレンの目にはその動きも直感的に映っていて…男の攻撃をよけるために足を踏み出そうとしたアレンの足が膝から崩れ落ちて態勢が乱れる。
すかさずそこに男の拳が叩き込まれ、アレン身体を数メートルほど衝撃が運んでいく。
「っく…!」
「ふぅ…やはりこうなってしまうよね。これは決して君を馬鹿にするつもりじゃない、ほんとうだ、信じてほしい…事実として君と私の間には埋められない差というものが存在している。もう君だって気が付いているのだろう?」
「…くそっ」
「私が…醜い人形の身体が君たち正しく生の肉の肉体を持つものに唯一勝っているもの…それがこの不死身性だ。まぁ不死身というとまたおかしくなってくるけれど、それでも弱体化しているとはいえこの身体は剣で切り刻むだけではどれだけ時間をかけようとも滅ぼすことはできない」
ふらふらと、しかししっかりとアレンは立ち上がり、細剣を男に向けて構えてながら睨みつける。
「…今のこの状態では私の弱体化分も合わせて君のほうが強い。だが戦えば戦うほど傷を負い、疲労して動きが鈍っていく君と、どれだけ傷つこうとも再生し、疲労することもない私とではこんな形では勝負にならない。それでもまだ戦うのかい友よ」
「…」
「君には私に対する有効打がない。例えばの話、君がその剣からすべてを焼き尽くすビームでも出せたのなら話は変わったかもしれない。なぜなら私を完全に倒す方法があるとすれば再生する間もなく私を破壊しつくすか、再生する暇も与えずにすべてを消し飛ばすしかないのだから…どうだろうアレン、君にそれができるのだろうか」
「さぁ…どう思う?」
傷つき、泥にまみれた顔でアレンは不敵に笑って見せ、そんな友に対して男は笑顔を返した。
「私の希望を言わせてもらえるのならば…実はどうにかしてほしいと思っているんだ。私はリトルレッドの願いを叶える…それが最優先なのは変わらないけれど、でもそれを抜きにすれば私は何よりも君に夢中なんだ!こんな逆境に…私のような不出来な人形に負けてほしくない、いいや…どうこの状況を乗り越えてくれるのだろうかと勝手な期待を抱いているよ」
「…ならば逆にここで普通に負けて見せれば、その妙な執着をやめてもらえるのかな?」
「いいや?言っただろう?勝手な期待だと。私はどちらにせよ負けられないんだ…結末は変わらないし君が私を理解してくれた唯一の友だというのは変わらない。それでどうなんだい?アレン、わが友よ」
「さぁ…このまま戦ってみればわかるのでは?」
「違いない」
そして再び一人と一体はぶつかり合った。
アレンの細剣が、男の手足が交互に繰り出されて混じりけなしの本気の戦いが繰り広げられていく。
しかし男が指摘していた差は二人が思ったよりも早く如実に表れる。
アレンが剣を振るうたびに折れた骨が内側から肉を傷つけてその動きを止めさせる。
流れ出した汗が、漏れ出た血が疲労により重くなった足をからめとり態勢を崩させる。
もはや攻撃をよけられる状態ですらなく、男が繰り出した蹴りも拳も面白いほどにその身体を打ち付けてさらにアレンの身体を壊していく。
たったの数分で…もはやアレンは戦える状態ではないぼろぼろの状態に変えられてしまった。
「ここまでだね。悲しいけれど…とてもとても悲しいことだけれど、もう終わりだアレン」
地面に広がる血の海の中で突っ伏したアレンに男が心底悲しそうな声をかける。
すでにその声色に、表情に不気味な人間味のなさは存在しておらず、今の彼を何も知らないものが見たとしても一目では異常な存在だとは気が付けないのではないかと思うほどだ。
「…誰が…勝手に…終わらせないで、もらおうか…」
刀身が所々欠けた細剣を杖代わりにアレンは震える脚に力を込めて立ち上がる。
骨が折れ、内臓が傷つき血を吐いて…あまりにも痛々しいその姿に、しかしそれでもアレンは立ち上がった。
彼も負けられない理由があるのだから。
「うん…君のその心意気はとても素晴らしい、尊敬するよ。でも…もうやめよう…どの口がと思うかもしれないが、それ以上…君が痛く苦しい思いをするのは本意じゃない。静かに横たわって目を閉じるんだ…そうすればそれ以上苦しむことなくことを終わらせる、本当だ信じてくれ」
「ふっ…本気で…戦うと言っておきながら…立ち上がった…相手、の…尊厳を…踏みにじるようなことを言うとは…やはり、まだ…まだ…だ、な…」
「そう…そうだね、正直まだ人の心のそういう部分はよくわからない…だから今の私の胸に浮かぶ感情を吐露することしかできない。そしてそれは…もう君に楽になってほしいと囁いているんだ。わかってはくれないかアレン」
「っは…!自分、は…負けない…勝たねばならない…姫のために…」
そうか。と一言…男が風にかき消されそうなほどの小さな声を漏らした男は手刀を構えてアレンに近づいていく。
姫のために負けられない。
それは男が戦う理由、リトルレッドの願いを叶えてあげたいという想いに似ていると思ったから。
ならば…やはり譲れないのだろうと理解できたから。
「ならばこれで決着としよう。さようなら私の唯一の友よ…どうか安らかな眠りを」
「…」
ゆっくりと振り上げられた手刀を虚ろな目で追い…それが振り下ろされようとしたその時にアレンは「ふっ」と笑った。
「人形…どうやら…自分の…勝ちみたいだ」
「なに…?──っ!!?」
アレンの言葉に疑問を持った瞬間だった。
男の顔面に今まで感じたことのない衝撃が襲い掛かり、顔をバラバラと崩しながら吹き飛ばされてゴッドブレイカーレクイエムが作り出した空間の壁に激突してようやく止まった。
尋常ではない力によって飛ばされたらしく、叩きつけられた背中側も破損がひどく再生までにやや時間を要すると考えられるダメージを負っていた。
「な、なにが…」
アレンが奥の手を隠していたのか?と何とか残った顔半分を持ち上げて先ほどまで自分がいたはずの場所を見た。
そして理解する。
自分を吹き飛ばしたのはアレンではなかったということを。
その人物は崩れ落ちたアレンの身体を肩で抱き留めて、その場に立っていた。
「…よくやった、いい根性だったって褒めてやるよアレン」
「…もったいなき言葉です…「陛下」」
美しい金髪が風に流れ、黄金の輝きをまき散らす。
そこにいるだけで感じられる荘厳さと強大さを纏ってそこにいた人物こそ帝国皇帝フォスレルト・フォルレントその人だった。
「言葉にもったいないもクソもあるか…まぁいい喜べアレン、お前の勝ちだ。あとは我がやる…お前は寝てろ」
「…はい、あとは…お願いします…」
ギリギリのところで保っていた意識を失ったアレンを地面に寝かせて皇帝は人形に視線を向ける。
視線だけで感じる威圧感は男をしてやはり脅威に感じるものだった。
「馬鹿な…なぜあなたが動けている…?ゴッドブレイカー・レクイエムは問題なく作用しているはず…なのになぜ…」
ゴッドブレイカー・レクイエムが作り出した男が背中を打ち付けた壁は健在であり、身体能力も戻っていない。
確かにその力が作用していることは男自身が身体全体で感じているのに、その影響をすべて受けて動けなくなっているはずの皇帝は自分の足でしっかりと地面を踏みしめて立っていた。
「ありえない…彼女の執念は確かにあなたを絡めとったはずだ!なのになぜ…!」
「うるせぇよ。お前みてぇなもんがこの程度でいちいち取り乱すなアホが…少しは人間らしくなったと思いきや、変なところまで人間味をつけちまったのか?とんだポンコツだなお前は」
実際先ほどまでの人間味のない男ならば、今の状況を冷静に判断できたかもしれない。
しかしなまじ人の感情を心をわずかながら理解してしまったがゆえに目の前の光景を受け入れることができなかった。
なぜならそれを平然と受け入れてしまったのなら…リトルレッドの努力が意味のないものになってしまうような気がしたから。
「だ、だってそんなのはあり得ていいはずがない…!おかしいじゃないか!あなたが…皇帝が「ここ」で動けてはいけないんだ!いいはずがない!」
「だからうるせぇよ。ぎゃんぎゃん騒ぐんじゃねぇ…お前、なんでアレンがここまでになっても意地でくらいついてたのかわかんねぇのか」
「アレンが…?」
「ああお前らが戦ってる間に…あいつが時間を稼いでた間に我はこうして立ち上がれるようになった、それだけだ」
「立ち上がれるようになったって…それがおかしいと私は言っているんだ!なぜ…どうやって…?」
「はぁ…まだまだ勉強不足だなガラクタが」
大きなため息をその口から吐き出し、皇帝は両手を広げる。
「いいかどんだけ重かろうが、どんだけ上から押さえつけられようがこれは我の身体だ。動かそうと思って動かせないはずがない。立ち上がろうと思って立ち上がれないはずがない…病身を引きずってでも立っている娘がいる我がいつまでも寝てられるか…人間いつだって最後に頼れるのは気合と根性…覚えておけガラクタ野郎」
まっすぐに射貫く視線と共に指先を突きつけて、皇帝は堂々と宣言した。
そう彼女は何も克服なんてできていないのだ。
今この瞬間にも神を殺す刃は確実に皇帝を蝕んでおり、本来なら立ち上がることは愚か指先一つさえ満足に動かすことはできない。
しかしそれらすべてをねじ伏せて、ただの気合、ただの根性のみで皇帝は立ち上がっていたのだ。
対策も何もない…純粋な精神論。
あまりにも馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれない…しかし現に皇帝は立ち上がっていた。
「気合と根性…?何を言って…」
「ああもう御託はいい。理解できねぇならそれまでだ…おらとっとと来いよ。人間様の底力を見せてやるから」
「っ…ありえない…そんなこと、ありえないんだ!」
最低限身体を再生させた男が勢いよく飛び出し皇帝に襲い掛かる。
武器を作り出せないことはすでに実証済みであり、素手と素手の戦いならば弱体化がまだ弱い男のほうに完全な分があった…はずだった。
「オラァ!動きがおせぇぞガラクタ!」
「っ!?」
不規則に異常な動きをする男の腕をまるですり抜けるように潜り抜け…皇帝の拳が男の顔面の中心を綺麗に打ち抜く。
再生した顔を再び破壊され、視界が奪われたその一瞬で皇帝の蹴りが、拳が連続で何度も何度も叩き込まれて顔以外の部位も次々に破壊されていく。
「あぁああああ!服が重ぇ!」
再生した視界の隅で皇帝が纏っていた純白の衣装を脱ぎ捨てた。
あまりにもスムーズな脱ぎっぷりに加えて、なぜか下着までなくなっている。
目にも止まらない速さで脱ぎ捨てたのか、それとも最初からそんなものは存在していなかったのか…それは本人にしかわからない。
そして渾身の力でスカスカになった胴体を蹴り上げられ…宙を舞いながら男は見た。
皇帝の身体が細かく震えていることに。
何も纏っていない…しかし厭らしさを不思議と感じさせない均整の取れたとてもきれいな肢体。
それらが小刻みに震えており、皇帝自身も「ぜー…はー…」と肩で息をしていた。
(あぁ…本当に…その身に降りかかる彼女の執念は何も衰えていない…本当に皇帝は気合と根性だけで立ち上がっているのか…それは…ははは、勝てるはずもないか…うん、勝てるはずがない…すまないリトルレッド…私はやっぱり…出来損ないのガラクタだったようだ…)
ガシャン!と無機質な、それでいてけたたましい音を立てながら男が全身をバラバラにして地面に落ちた。
そして先ほど男がアレンにしたように、ゆっくりと…半ば足を引きずるようにしながら皇帝が男の「頭」に近づいていく。
「…あなたの勝ちだ。好きにすると…いい」
「…」
男は敗北を口にしたが、皇帝は男を見下ろすばかりで動こうとはしない。
「…?どうしたのかな、まさか今になって動けなくなったなんて言わないでおくれよ」
「いや…懐かしいと思ってな」
「懐かしい…?なにが…だい…?」
「…我も最初は反逆者だった。クソみてぇな権力者に頭押さえつけられて…何もかも奪われて汚されて…だからその喉をかき切ってやったんだ。そんで今…何の因果かこんな皇帝なんてのをやっている」
「…」
「だからお前らのその気概…大したもんだ。相手が我じゃなければ…そんだけの執念があったならお前らのその逆襲は成功してただろうよ」
男が見つめる皇帝の瞳には先ほどまでの威圧感も、嘲りのようなものも浮かんでいなかった。
「そう…相手が…悪すぎた…かな」
「ああ。なんで我を狙うのか…どんだけ考えても心当たりすらない。だから…本人を連れてこい。ここまでされたんだ…話くらい聞いてやる。この首が心底ほしいってんならなおさらな、本人が来るってのが筋だろうが。下剋上ってのはそういうもんだ」
「…なるほど、それはそうだ。ただ…いまリトルレッドは少し忙しいんだ」
「忙しいだと?」
「彼女の中で君を殺すということはかなり優先度の高い事だった…でもそれは二番目だ。神を殺す刃を作り上げたその執念、その恨み…それでも二番目なんだ。彼女が本当に大切なものが…近くまで来ていてね…そっちに手を取られて精一杯なんだ…だから許してあげてほしい…」
男がバラバラと破片を落としながら首を明後日の方向に向ける。
そこでは真っ赤な炎の柱が轟々と空を貫く光景が広がっていた。
皇帝様は服を脱ぐことによって体裁を犠牲にすべての能力値に30パーセント上昇のバフがかかります。なぜか防御力も上がります。
ただ今回の場合はしっかりとした軍服のようなものを着こんでいたので、状況的に本当に重かったので脱いだというのもあります、いいわけじゃないはずですおそらくたぶんきっと。




