生きている定義
次回は火曜までのどこかで投稿します!
「ふむ…死んでいたほうがよかったというのはどうなんだろうかアレン。命というものの定義がどうなっているのかにもよるのだけれど、一般的にみて「生きている」という枠組みには入らないであろう私からすれば君たち生きている存在からそんな言葉は聞きたくなかった…な!」
男が地面に転がっていた瓦礫をアレンに向かって蹴り飛ばした。
大きな塊だった瓦礫は砕けて無数の礫となり、勢いがついたそれは飛来する凶器となってアレンに迫る。
手にした細剣でそれらを反射的に払いのけるも、捌ききれなかった破片が一つアレンの肩に食い込んで血を流させた。
「っ…」
「ほらよそ見をしてはいけないよ」
肩の痛みに気を取られた一瞬で男が距離を詰めてナイフを振るい、アレンも細剣でそれを迎え撃つ。
「痛いかい?ならば君は生きていることに感謝するべきだ。前向きに行こうじゃないか…生きているということは素晴らしいことのはずだろう?なぁアレン」
「…実にその通りだと今は思うよ。だがあの時ばかりは自分にもどうしようもなかった」
「ほほう?何があったんだい?」
手慰み代わりにとばかりに剣戟を繰り広げながら男はアレンに話を促す。
「自分は運よく生き残った魔族という立場も捨て、人の世界で暮らすことを決心した…しかし人に溶け込んだといっても自分はやはり魔族…人とは寿命が違う。最初はよくても数年以上同じ場所にはとどまれない」
「む?」
「想像がつかないか?それもそうか…いいか?自分が子供の姿で…同じような背丈、年頃の人と一緒に育ったとしよう。そうなれば数年…早ければ1年もたたずに種族間の差は浮き彫りになっていく。それはそうだ、人間の子供など気が付けばすぐに成長してしまう…10年もすれば別人のようにだ。しかし自分は10年程度ではそう見た目は変わらない…そうなれば周囲の人間たちは自分のことをどう思うだろうか?どういう目で見ると思う?」
「なるほどなるほど、長命種故の問題というやつだね。私は目を覚まして十数年程度だから思い至らなかったよ」
「だろうな。そして自分は怪しまれないように各地を数年単位で転々とする日々を過ごしていた。次以降の拠点でたまたま旅行でもしている知り合いにでも出会えばまずい事になると人と仲を深めることもしなかった…そうやってただ生きている中で自分は思ったのだ」
アレンの細剣が男のナイフをはじき返し、胴体に隙ができた。
しかしアレンは…追撃をすることなく剣を下す。
戦闘を放棄したも同然の行動したアレンだったが男もそれに倣いナイフを下してその目を正面からのぞき込む。
「何を思ったんだい」
「──自分は何者なのだろうと」
男は周囲から音が聞こえたように感じた。
風の音も、周囲の戦闘の音も…何も聞こえず、その場の誰も言葉を発しない。
どれくらい沈黙が続いただろうか…数秒だったのか数分だったのか…時間の感覚すらあいまいになったところで男がゆっくりと口を開いた。
「あぁ、そうか…そうだったんだね」
「そう…魔族から受け入れられず…人の中でも馴染むことができず…帰る場所もなければなんの目的もない。ただただ生きているだけで…どうして生きているのか何もわからなくなった。誰にも知られず、何もない…そんな自分はいったいなんだ?となんで生きているのかと何度も何度も自らに問いかけた。けれど答えは出ずに…いつからか自分は歩くことすらやめていた」
アレンの脳裏に浮かぶのはどこかもわからない、なんとなくたどり着いた場所で呆然と空を眺めていた記憶。
どんよりとした曇り空が広がっているだけの空は何も見えなくなった自分自身と重なって惨めさから涙が出そうになった。
しかし乾ききった心では泣くことすらできず、そんな状況に開き直って笑うこともできない。
──…なんか…もういいか。
「無意識でそんな言葉が自分の口をついたのを覚えている。あの頃は何もかもが曖昧で…どこに落ちていたのか自分の手の中には鋭くとがったガラスの破片が握られていたんだ。そのガラスに反射した自分の顔は…どこまでも虚無だった」
「虚無…」
それは男が常に感じているものについている名前だ。
塞ごうとしても塞がらない…ぽっかりとあいた大きな大きな穴…自らを飲み込んでしまいそうな虚無感。
何のために、誰に作られたのかすべてが喪失したまま起動した何もない人形。
男は鏡に映った自分の顔を見たとき、自分がどれほど虚無な存在なのかを思い知った。
それが嫌だから…もう長い間、男は鏡を見ていない。
だからこそ男にはその時にアレンが感じた虚無という名の絶望が手に取るように分かった。
そしてわかったからこそわからない。
アレンという人物のことが一気にわからなくなる。
「ならばなぜ…なぜ君は今私に立ちふさがっている。どうして、なぜ、君はここにいる。そのナイフで首でも切ったのではないのかい?だっておかしいじゃないか、ここで私の目に映る君は虚無なんかじゃない、私を愚かだと言い切った君に虚無なんて微塵も感じない。なぜだどうしてだ、君はこんなにも私が感じていた感情と同じものを感じているのに、どうして今君はそこに立っている、どうして生きていられる、どうしてそんな…生きているという顔をしているんだ」
どうして。
なぜ。
おかしい。
──知りたい。
男は何もないのが嫌だった。
だからこそ何かを持っている唯一の「自分」になりたかった。
生きていると胸を張れる「人」でありたかった。
だから教えてくれとナイフを投げ捨ててアレンに手を伸ばす。
「…そんなもの決まっている。自分に自分が生きていると言ってくれた人がいるから。ただそれだけだ」
「…ただ…それだけ…?」
「ああ…あの人にとってはただ偶然通りかかった場所に自分がいたというだけなのだろう…だが自分には空に広がる曇天にまぶしい太陽が射したように感じたから」
握りしめたガラス片で首を切り裂こうとしたその刹那、小さな手がそれを止めた。
息を切らして汗を浮かべながら…命を絶とうとしたアレンを止めたのは小さな小さな女の子…。
その時は何が起きて、何を言われたのかよく理解できていなかった。
ガラス一枚隔たれた向こう側で繰り広げられている演劇を眺めていたような感覚だった。
気が付けばアレンはその少女…アリスに雇われて護衛のようなことをやらされていた。
何が何だかわからなかったが断るのも億劫で、そして何もすることもなかったので無心でひとまずやってみることにした。
とても大きな城に連れられて唖然とし、金持ちの道楽かと舌打ちもしたことがあったがその少女は何もかもがアレンとは正反対だった。
お金も地位も持っていて…誰からも名前を知られていて…しかしそんな持ち物とは反比例して身体が弱かった。
魔族からすれば貧弱な自分ととそこだけは一緒だなと劣等感からくる共感を覚えて…一瞬で砕けた。
少女は目を離せば虚弱な身体を引きずって城を飛び出していく。
慌てて少女を探し何をしているのかと思えば血反吐を吐きながら歩いて這いずって…弱くはありたくないとただひたすらに生きていた。
そして当時のアレンは…今の男のようにアリスに問いかけた。
なぜ…どうして、と。
「自分はあの時に姫に言われた言葉を、今その言葉をお前に返そう。「生きているから、頑張れるのだから頑張っているのだ」と」
「…意味が分からない。意味が分からないよアレン」
「自分にもすべては理解できていないよ。でもただあの時の姫が…涙が出るほどに美しく思えた。だから自分も生きてみたいと…あなたのように生きることをまた頑張れるのだろうかと思わず聞いてしまったんだ。するとどうだろうか、姫は不思議そうな顔で言ったよ…「アレンくんは生きているじゃないか?生きていなければ何かをしたいとは思わないだろう?」って何を言っているんだいと言わんばかりだった。でもそう…なんかスッキリしたんだ」
それからアレンは騎士を目指した。
たとえ自分の正体がばれることになろうとも…それでもリスクを冒しても帝国の騎士になりたいと思った。
あの太陽を…姫を守りたいと…そのために生きてみたいと思ったから。
もう一度だけ、ちゃんと生きてみたいと思ったから。
「そう…うらやましいな。そんな素晴らしい人に出会えるなんてね。私も…その場所にいたのが私だったら私も生きていられたのだろうか?どうなんだろうか?なぁアレン」
「だからお前は愚かだというのだ!」
今度はアレンのほうから攻撃を仕掛けた。
男が伸ばしていた手を潜り抜け、肩に向かって細剣をねじ込む。
「っ…」
「痛いか!ならば聞くがいい人形よ。虚無だと?何もないだと?そんなものすべて思い込みだ。お前は生きている。虚無を嫌い、目的が欲しいと自ら行動しているお前は…生きている。生きていないのならば虚無を嫌うことなどできはしないのだから」
「私は君たちとは違う。肉の器という生ある君たちとは存在の根本が違う。作られた人形はその目的がなければ存在足りえない。ならばこそ君のそれは私には…」
「自分とて人と比べるのならば人ではない異質な存在だ!人形のお前と人間…魔族と人形…この世界に根本が同じ存在などいるものか!お前を何もない人形たらしめているのはほかの何者でもないお前自身だ!それに気づけない間は…お前が満たされることなどないと知れ!」
細剣が男の肩を切り落とし…そしてその後に放たれた閃光のような一閃が人間でいうのならば心臓がある位置を貫いた。
「…」
「陛下とのお前の話を聞いていた。リトルレッドという恩人に恩を返すためにお前は行動しているのだと。その目的を私は肯定することはできない…しかし、誰かに恩を感じ、そのために行動できるお前は生きていると認めてやってもいいのではないか。ほかならぬお前自身が認めなければ何も始まらない」
「…他者に自分の定義を託すのは…おかしいのではないのかい?それは私に本来あるはずだった「作られた目的」とはまた別で…他者に依存しなければ自分を確立できないなどおかしくはないのかい?」
「初めから自分だけの意志で立ち上がる命などいない。皆誰かを支えにして…生きているんだ。まぁ陛下のような例外はあるかもしれないが…それはそちらのほうがおかしいのだ、きっとな」
「そうか…そうだったのか…私は…生きていたのか…ははは…なんだ、そうなのか…ならば」
男が残っている腕を不規則に動かし…アレンを殴り飛ばした。
そのまま切り離された腕を掴んで先ほどと同じように接着し…胸に空いた穴を軽く撫でる。
それだけで傷は塞がり、男は完全に回復を果たした。
アレンも殴られる寸前に自ら後ろに飛んでおり、大したダメージは受けずにすんだ。
向かい合う二人…視線を交差させ…男が笑い出す。
「ははははははははは!そうかそうか!私は…生きていたか!あぁそうか言われてみればそんなものか!すごいなアレン!君はとてもすごいよ!私には上辺だけの「友達」しかいないと思っていたが…あぁ君はもしかすれば嫌がるかもしれないが言わせてくれ!君が、君こそが…私の友達だ!ありがとうアレン!私のたぅった一人の友達…気づけていなかったことを気づかせてくれてありがとう、心から感謝しているし友愛の心も本当だ!…でもだからこそ私は君を殺さなくてはいけない」
関節から独特な音をさせながら男がアレンに向かって手を差し出すようなしぐさを見せる。
その顔は様々な感情が入り混じった…生きているものでなければすることのできない表情が浮かんでいた。
「当初の目的を果たすと…そういうことか」
「ああそうさ、その通りだ。やっぱり君の言うことはすべて正しいよ!友よ!…私が生きているのなら、感情がありこの手にあるものすべてが私の内側から出てきた「本心」ならば…やはり私はリトルレッドの味方でありたいと思うから」
「話を聞く限り、その女に利用されている可能性が高いと思うが?」
「それでも構わないんだよ。たとえ利用されているだけだとしても…彼女は私の恩人なんだ。そして事情を知るものとして…私は彼女の願いが、すべてを捨てたとしても叶えたいその想いが成就してほしいと、そう思うんだ。だから身勝手かもしれない、狂っているかもしれない、歪んでいるかもしれない、間違っているかもしれない…それでも私は彼女のために君と皇帝を殺そう。なぁ友よ…私はこれでも生きているのだろうか?」
アレンは言葉の代わりに細剣の腹を男に向けた。
顔が映り込むほどに磨き上げられた刀身に…男の不安そうな表情が反射されている。
「生きていない者はそうやって悩んだりなどしないと言っている」
「あぁ…本当にありがとう。君はどこまでも誠実だね…殺すと言っている相手に、こうも親切にしてくれるのだから。すまない、そしてありがとう友よ。私のため…そして彼女のために死んでおくれ」
「その願いを聞き届けるわけにはいかない。自分はここでは終われない…姫が歩む道を、それを阻むものを切り捨てるのが自分の生きる意味だからだ」
「ならば来るがいい友よ。遠慮はしない、手抜きは無しの全力だ。君に失礼なことはしない…それが私の誠意だ」
たった一人の魔族と、無機質な人形。
どこまでも異質で…どこまでも生きている二人はほとんど同時にその足を踏み出した。
200話です!100話の時に半分過ぎているという話があったような気がしなくもありませんが忘れてください!今は今年中に完結すればいいなくらいに考えています!終盤には入ったと言っていますがいろいろとまだ残っていますので…信用はしないでください。
当初はここまで長くなるはずではなかった+最近リアルが忙しくて休みが多めの中でここまで付き合っていただけていることに感謝感激でございます。
普段からの感想やいいね、ブックマーク等とても励みになっております。
完全にただの趣味を長々と垂れ流して書き連ねているだけの作品なのですが、それでも目に見える数字や文章という形で反応をもらえるとそれだけでモチベーションに7億倍のバフがかかります。いつもいつも本当にありがとうございます。
特に反応はしていないけれど追っていただけているという方たちも、ここまでついてきてくれてありがとうございます!
すべてに感謝でございます!
等作品も終盤に差し掛かり、すでに内容的なものはエンディングまで決まっていてあとは文に出力するだけ…私が異世界に転生しない限りは20兆パーセント完結するので皆様の空いた時間の一時の暇つぶしにでもなれば幸いです!残りも駆け抜けます!よろしくお願いいたします!




