理不尽を殺す呪い
次回は水曜日までに投稿します。
ゴッドブレイカー・レクイエム。
それは神を殺す刃にして、一人の女の怨みの結晶。
その力はすさまじく、この世界にあるありとあらゆる理不尽な力…それらを完全に抑え込み殺しつくす。
歪にねじ曲がった刃が輝きを放ち、その効力を発したその瞬間にアリスの隣でリコリスが苦しみながら倒れた。
同時にアリスの内からも急速に熱が失われ、身体冷えていく。
「っ…!り、リコ…!」
「うー…!」
まだかろうじて身体が動かせるアリスがリコリスの体を助け起こすが、力が入っていないのかリコリスは顔を苦痛にゆがめるばかりで四肢は投げ出されてアリスに掴まることすらできていない。
リコリスはその存在自体がこの世界の断わりから外れた完全なる神と定義される存在だ。
ゆえに神を殺す刃の影響を強く受け、一切の行動が封じられていた…そして同時にアリスにも影響は及んでいた。
リコリス以外には誰も知らないことだがアリスの生命活動はそのほとんどがリコリスの手によって行われていたと言っても過言ではなかった。
摂理を捻じ曲げ、生と死を反転させる力…その能力によりアリスを蝕む「死」という概念を無理やり「生」に変えていたのだ。
だがそんな神の御業をもってしても完全には好転せず、虚弱さが残るほどアリスを侵食する死は深く…今この時にリコリスの力も無効化されてしまったことでアリスの身体は急速に反転されていた死に侵されていた。
「小リス!大丈夫か!?」
「…っ、うん、大丈夫…余は問題ない」
自らの身体に起こっていることを理解しながらもしかしアリスは…そのことをおくびにも出さずリコリスの身体を支える。
この状況を引き起こしたカララはそんな様子を少し不思議そうに、そして満足そうにして微笑んでいた。
「なるほどぉ~?やばいのを抑え込む手段はあると~…でもカララさぁん?私や中ボスには特に効果がないようですがぁ~?このままあなたをボコボコにしてしまえば終わりですよぅ?」
カララをあおるようにそう言ったアトラだったが、その言葉は半分は嘘で半分は本当だった。
アトラは歪なナイフが周囲に影響を及ぼしたその瞬間から自身に対し何か影響が出ていないか瞬時に探った。
体中の関節を動かし、呼吸に心臓の鼓動をも計って異常をが出ていないかを人知れず確認していたのだ。
結果として影響は出ており、コンディションを一言で表すのならば「やや不調」といったところだろうか?何がどう影響しているのかは定かではないが、とにかくわずかに不調だといえる状態だった。
さらにはアトラのメインウエポンである大剣が完全に沈黙しており、仕込まれている機能のすべてが使用不可となっていた。
(…この場で目に見えて影響を受けているのはリコリス・フランネル一人…?となればたぶん大剣に仕込んでいる「あの刀」も何らかの影響を受けているということですかねぇ~?そういえば父親もあの刀はなんかえらい神様の忘れ形見うんぬんかんぬん言ってた気がしますしねぇ~)
アトラの隠し玉であるすべてを断ち切るとの逸話がある刀はその予想通り神と呼ばれる存在に由来するものだった。
ゆえにナイフの影響を受けて使用不可となっているのだ。
そしてそれらすべてを踏まえてアトラは…。
(まぁ余裕ですねぇ)
と判断を下した。
やや不調であるし、武器も鉄塊として以上には使えない…しかしそれでもカララを倒すのに何の不都合もないと…だからこそ何の影響もない。
それは暴論の類ではあったが、アトラにとっては敵を殴り殺せるだけの元気があるのならば元気なのだった。
「いや…影響はないって俺様は結構体が重いんだが…やいカララ、てめぇほんとに何をしやがった」
涼しい顔をしているアトラとは対照的に行動不能とまではいかないが、重たそうに膝をついているネフィリミーネがカララを睨みつける。
「さぁ…何が起こってこうなってるのかアタシもわかんないのよね~。ちょっと前に効果と使い方を教えてもらってポイって投げ渡されただけだし…まぁなんでも?世界の摂理に反する「理不尽」をこのナイフの影響下で無効化するって力があるらしいけど」
「なるほど…完全に理解はしきれないけれど、そのせいでリコがこんなことになっていると」
この場で影響が最も強く出ていると思われるリコリスはいまだに指先一つ動かすことができずにいる。
カララの説明に当てはめるのならばリコリスは存在自体が摂理に反する理不尽ということだった。
人智の及ばない、理不尽なる力を行使する存在…それを人は神と呼ぶのだから。
「たぶんね。ただこの力で死ぬことはないらしいから安心していいんじゃない?リコリス・フランネルを万が一にでも殺してしまうようなことになったらもっと怖いのを呼び寄せちゃうからそれだけは気を使ったってあの人言ってたし」
「うー…!うー!」
アリスは死ぬことはないとの言葉にひとまず安心した。
我が身可愛さにではなく、もはや自身の半身といってもいいほどの存在であるリコの安全がある程度は保証されたためだ。
当然それをうのみにするほど楽観的ではないがリコリスを殺してしまえばまずいことになるのは間違いないために敵がわざわざ更なる敵を呼び込むとは思えなかった。
リコリスを寝かせてアリスは徐々に重たくなっていく脚に力を入れて立ち上がる。
「ふー…はぁー…リコの件は分かった。じゃあにーねー様が辛そうにしているのは?」
「おーなんなんだよこれマジで。体が重いし腰がいてぇよ…俺様の年でぎっくりしたらマジで終わるからな。マジだぞ?マジで」
「そんな質問ばかりされるのカララちゃん嫌いー☆…いや冗談じゃん~そんな睨まないでよ~。なんかねー神様由来の何かとかも影響を受けるんだってさ。神様が作ったものとか?あと魔法的なものも多少だけど影響を受けるんだって。だから中ボスの身体が重いのってそういうことじゃないの?」
「…なるほど、にーねー様の中の流体金属やその他もろもろが機能不全を起こしているのか」
「なぁそれ俺様大丈夫なん?それ全部だめになったら死ぬんじゃないか?おいおい、せっかくアルを送ってくついでに遊ぼうとかわいいねーちゃんがいる店調べて滾ってきてたんだが?」
「そんだけ喋れるなら大丈夫じゃん?魔法に対しては影響は少しって言ってんでしょ」
アリスが作り出した技術はすべて魔法的アプローチで製作されており、特に流体金属などはその極致といってもよく、それがネフィリミーネとアトラの身体に起こっている不調の原因だった。
またアトラは身体への処置が軽度なのに対し、ネフィリミーネはその大半に手を加えられているために両者の間で影響に差があった。
「ふむぅ~まぁ私一人でもぉカララさんをぶち殴り殺すのにそう時間はかかりませんよぉ~…ということで覚悟はいいですかぁ?このくそあまぁ」
「覚悟はいいですかって?それはこっちのセリフよアトラ…今日泣き面をかくのはあんたのほうよ」
カララは手のひらサイズの黒く染まった結晶のようなものを取り出し、それを床にたたきつけて砕く。
バラバラに飛び散った破片はそれぞれが不気味な光を放ちながらそれを纏って何かの形をとっていく。
はじめは不定形の何かであったがやがてそれは不気味な咆哮をあげる漆黒の獣…魔物へと姿を変えた。
現れた魔物たちはカララには目をくれず、アリス達を悪意に輝く瞳で穿ちながら牙を鳴らす。
「馬鹿な…カララくんが魔物を従えているのか…?」
「すごいでしょ?あの人達はいろんなところに仲間がいるらしくてね?なんかいろいろと研究させてるんだってさー。魔物の使役もその成果の一つ…ってかあれよあれ、カカナツラ?あそこから提供された技術の発展なんだってさ…さてさてこれで立場が逆転ね?あーとーらーちゃん?」
「…わんちゃんたちの背に隠れていきってんじゃねーですよぅ。大体この空間内では魔物さんたちも影響を受けるのでわぁ~?」
「受けるだろうけどこっちはいくらでもこいつら出せんのよ?さすがにアンタでもきついんじゃないの~?それにアタシの目的は時間稼ぎなのよ?あの人たちが皇帝を殺すまでの時間が稼げればそれでいいの。当然このナイフは向こうにも持ち込まれてるから…アタシたちの勝ちってわけ~、わ・か・る?かな~?あははははははは!!」
うなる魔物たちの背後でけらけら笑うカララに向かってアリスが一歩踏み出した。
足先の感覚が消え始めており、転んでしまいそうになったがそれでも視線はまっすぐとカララに向ける。
「そううまくはいかないかもしれないよカララくん」
「はぁ…ボス~アンタのその無駄に何とかなる思考いい加減にうざいんですけど。もう無理でしょ~いいからおとなしくしとけって感じなんですけど?」
「おとなしくする…それは余からあまりも遠すぎる言葉だね。生きるという行為におとなしくするなんてないんだよカララくん。まだ何も決まっていないし、何も終わっていない。余が一人では何もできないのは自分自身がよくわかっている…だからやれることは全部やるんだよ余は」
「何を言ってんの…?」
「まだ君たちの勝ちだとは限らないと言いたいんだ」
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「…ふむ」
「お前…なんで…」
身動きの皇帝に振り下ろされた刃。
しかしそれはその命に届く前に白く細身の剣によって受け止められていた。
皇帝ではない。
なぜなら皇帝はいまだに指先一つすら動かすことはできないのだから。
ならばその刃の持ち主は…。
「名前を聞いておこうか?初対面だと思うのだけれどキミは誰なのかな?」
皇帝の背後にいるその人物に男が訪ねる。
その人物は男のナイフを手にした細身の剣で弾き、皇帝をかばうようにして前に出る。
「我が名はアレン…アレン・シルバレント。我が姫の命により横槍を入れさせていただく」
そろそろ誰が主人公なのか忘れてくる頃合い。




