捨て駒
次回は水曜日までに投稿します。
右に左と鎧から音をたてながら王国の兵たちが慌ただしく走り回る。
そこは戦場…侵略者である彼らは帝国の領土ギリギリのその場所に陣を構えてとめどなく兵を帝国内に送り出していた。
そして陣のその奥…無駄に飾り立てられたテントの中に動き回る兵とは逆に座り心地のよさそうな椅子に座りふんぞり返る国王とその息子である第一王子の姿があった。
本来、王と後継ぎである王子が戦場に現れるなどありえない事であるはずだが、この時ばかりは王が自らの意志で行軍に参加をした。
何故なら彼らにとってこの日は長年世界の頂点に居座っていた気にくわない帝国を蹂躙し、その地位を奪い取り…そして世界の王として君臨する日であったから。
その瞬間を自らの目で見ないでどうすると危険だと制止する家臣たちを無理やり押さえつけてまでやってきていたのだ。
兵たちからしてみれば、王が来ているなど敵に知られるわけにはいないために余計な気を回さなければいけなくなり、さらには帝国と言う大きな敵を前にして護衛に人数を割かねばならないという冗談では済まされない事態となっているのだが、そんなこと知ったことではないとばかりに王と王子は優雅にワインを煽る。
「はははは勝利の美酒と言うのは実にうまい物だな息子よ」
「ええそうですね陛下…いえ父上。しかしまだ勝利というには気が早いのでは?」
「くっくっく、そう言うお前も笑っているではないか。負けるはずのない戦いという物は演劇のようなもの…我らはあの目障りな帝国が滅びていく様を娯楽に酒を飲むのみよ」
「さすがは父上です。しかしあの女…リトルレッドでしたか、我が国のことながらいい拾いものをしたものですね」
「あああれこそまさに運命と言えような…あのような強大な力持つ存在が我らに味方してくれるとは僥倖以外の何物でもない。自分なら皇帝を殺せるから露払いに手を貸せと言われた時は狂人の戯言と思ったものだが…」
王国は長年にわたり隣国である帝国とは険悪な関係にあった。
しかし帝国の強大な軍事力は王国で対処できるものではなく…直接的な行動には出られずにいた。
そんな王国が武力行使に出たのには当然ながら理由があった。
それがリトルレッドの接触…秘密裏に王に対して接触したリトルレッドは彼らに取引を求めた。
「帝国相手に戦争を起こすつもりはない?もしあなた達にその気概があるのなら…皇帝は私たちが殺してあげる」
当然ながらそんな言葉に飛びつく者などいるわけもなく、王は兵にリトルレッドを捕らえよと命じ…結果としてその場にいた兵たちは塵一つ残さずに消されてしまった。
「次は誰を消す?お望みとあれば何人でも消してあげますよ?」
王は恐怖し…そして同時にこれはチャンスだとほくそ笑んだ。
敵であるならば恐怖以外の何物でもないが、人を消すことのできるリトルレッドが味方をしてくれるというのならば…本当に皇帝を消すことが出来るかもしれないと。
「目障りだったのでしょう?帝国が。気にくわなかったのでしょう?皇帝が。えぇ私もそう思いますし、この国のように豊かで強い国こそが世界を牛耳るに相応しいと思いますよ…そしてそんな国の王に…なりたくはありませんか?帝国を潰せれば全ては思うまま…いい話じゃないですか?事が済んだ後で私は手柄を主張するつもりはないですし、あなた達の好きにしてくれていいですよ。ただ皇帝にたどり着くまでの戦力を貸していただきたいだけなんです…皇帝を殺したいそれだけが全てです。他に見返りはいりません…あぁいや、少しばかり謝礼金とかは貰えると嬉しいですけど」
リトルレッドは言葉巧みに王の心をくすぐった。
長年貯め込まれた帝国への一方的な怒りに恨み…浅はかで強欲な嫉妬や劣等感。
それを煽り、自らの実用性を証明し…望むものは戦力と金銭だけ。
王が帝国に戦争を起こす決断を下すのにそう長い時間はかからなかった。
「実際あの女がよこしてきた計画はすべてうまくいっている。流れは確実にこちらの手の中にあると言ってもいいだろう」
「ええ確かに…ただ僕は一つだけ不満に思うのです。あの根暗な女が聖女などと崇められるなんて…」
王子が苦々し気な表情を見せ、それらを流すようにワインを飲み込んだ。
彼の言う根暗な女とはアルフィーユのことだった。
リトルレッドからもたらされた計画により、民たちを戦争へと扇動するために都合のいい聖女を作り出した。
少々骨の折れる作業であったことは間違いないが、そのかいあって王国全土で聖女を連れ去った帝国を許すわけにはいかないという風潮が高まり、戦争にこぎつけることが出来た。
だが散々馬鹿にして虐げた女が王国内の手柄を全て攫い、民たちが笑顔でその名を口にするのが王子には耐えられないほどの屈辱に感じられたのだ。
「まぁそういうな息子よ。そもそもはお前があの女の逃亡を許したのが悪いのだ…すべてが終われば戦死したか帝国に拷問されて死んだことにでもすればよかろう。そうしてお前自身が涙の一つでも見せて不幸を演出してやればお前の地位はさらに盤石になろうという物よ。腐るくらいならば利用することを考えよ」
「はっ…確かにその通りですね。しかし叶う事ならばなんとかあの女は無事に捕らえたい…僕のこの鬱憤の向け先を手元に置いておきたいですので」
何が楽しいのかそんな会話をしながら二人は笑い、上機嫌に次々とワインを飲み干していく。
この瞬間にも帝国とぶつかり合っている兵たちの中には当然のことながら戦死者も出ているがそのような事は王にとっては些事…いいや、気に留めるようなことですらなかった。
「そういえば父上。あの女…リトルレッドには結局いくらお渡しするのですか?帝国から資産を奪うのですから金に困ることは無いでしょうがこちらもまずは戦争で使ったものを補填しなければいけないわけですし」
「お前はまだ若いな息子よ…一銭たりとも渡すわけがないだろうに」
「え…しかしそれではあの女の不興を買ってしまうのでは…?」
「我は世界の王になるのだぞ?そのために事の真相を知るあの女を生かしておくわけがないであろうが。事が済んだ暁にはリトルレッドを見つけ次第友好的に装いつつ近づき殺せと兵には命じておるわ」
「さすがは父上だ。勉強になります」
全ては捨て駒…気が大きくなりすぎて肥大化していく野心はとどまるところを知らず、王はただひたすらに世界の頂点に立った自分の姿を夢想する。
心地の良い酔いが全身を周り、ひたすらに都合のいい夢を見ていた中でその報告は突如としてもたらされた。
「へ、陛下!!緊急でご報告が!!」
慌てた様子で一人の兵が王のいるテントを開き、飛び込んできた。
遂に全て終わったかと立ち上がり、本当の勝利の美酒としてとっておいたとっておきのワインを開けようとした瞬間、夢見を壊すように悲痛に兵が叫ぶ。
「第一から第七までの部隊が…全滅しました…!!さらに被害は広がると…!は、はやく撤退の命令を!どうかはやく…!」
兵が何を言っているのか、脳が理解できずに王の動きが止まる。
しかし数秒の沈黙を経て言葉に意味を理解できた王は地面にワイングラスを投げつけて叫ぶ。
「は…?な、何を言っておる?この我を馬鹿にしておるのか?第五より後ろの部隊はそもそも後衛部隊のはずであろうが!なぜそこまで被害が及ぶ!?本当だとしたらなぜすぐに報告しなかった!馬鹿にするのもほどほどにしろ!」
「ば、化け物です!恐ろしい化け物が突然現れて…み、みんな燃やされて…!ひ、ひぃぃいいいいいいい!?!!!?」
報告の途中でうずくまりながら言葉にならない悲鳴を上げる兵を蹴り飛ばし、王はテントの外に出る。
そして見てしまった。
視線の先…数百メートルは離れているであろうその場所で肉眼で確認できるほどに巨大な炎が燃え盛っているのを。
まるで空までも燃やし尽くそうとしているかのようにその炎は広がって行き、おそらくそこで争いを繰り広げているであろう兵たちを燃やしているのだろう。
「な、なんだあれは…」
「父上、一体何が…っ!?なんですかあれは!?」
親子そろって燃え盛る炎を見上げて呆けて立ち尽くす。
しかしそれはその場の誰もがそうだった。
人は理解が出来ない事態に対して瞬時に動き出せるようには出来ていないのだから。
「あー…そう…そうなったのね」
王の耳に背後からそこにいないはずの女の声が届き、振り返る。
そこにいたのは真っ赤なフードを目深く被った女だ。
「お、おぉ!リトルレッド!良いところに!アレはなんだ!?何がどうなっておる!?」
本来すでに行動を開始し、皇帝の元に向かっていなければならないはずのリトルレッドがその場にいるというおかしな状況に疑問を持つこともなく、王はリトルレッドに迫る。
自身では理解できない事柄を同じく超常の力を操るリトルレッドならば理解できているのではないかと無意識に縋ったのだ。
「不測の事態と言う奴ですね~…最悪の事態と言いますか」
「何かを知っておるのだな!?まぁ今はいい!とにかくあれを何とかするのだ!急いでくれ!」
「あーはいはい、こうなった以上は私も覚悟を決めないといけないのはそうなんで…言われなくても対処しますわ…ただ計画が変更になるので順番を入れ替えて先に用事を済ませておきましょう」
リトルレッドがそっと王の手に触れる。
一体何をと王は疑問に思い…そして思い出した。
彼女に触れられただけで消えていった兵たちの事を。
そう…王は一つだけ気がついていなかった。
彼らにとってリトルレッドが利用するだけ利用して切り捨てる予定の捨て駒だったが…それはリトルレッドにとっても同じことだったという事を。
リトルレッドの目的が皇帝の殺害の他に国王の殺害も含まれていたという事に。
「さようなら強欲で哀れな王様…【ホワイトリバース・リトルレッド】」
「な、な、そ、そんなばかなぁあああああああああ──」
王の身体がほどけるようにして消えていく。
周囲の兵たちは悲鳴を上げながらリトルレッドから距離を取り、混乱が広がっていく。
やがて王の身体が完全に消え去り…いや、消え去ったかと思われたがカランカランと音をたてて王がいた場所から何かが地面に転がった。
それは人骨のように見えた。
全てが揃っているわけではなく…頭蓋骨と他数十本ほどの骨がそこにはあった。
「ありゃ?意外とそうなのね?ふーん…」
リトルレッドが少しだけ驚いたように骨を見つめていたが、すぐに興味を無くしたようでそれ以上は何もすることなく振り向く。
すると情けなく腰を抜かして座り込む王子と目が合って…。
「き、貴様!い、いったい自分が何をしたか分かって…!?」
「分かってないのに行動なんてする?これだから頭の悪い人との会話って嫌なんだよね」
「お、おい!誰に向かってそんな口を…!」
スッとしゃがんでリトルレッドが王子の頬に触れる。
それだけで王子は先ほどの父親の姿を思い出し情けない悲鳴を上げながらリトルレッドから逃げ出そうと地面を這いずりだす。
腰が抜けているのか慌てすぎているのか立ち上がることが出来ないようで、地を這う虫のようにズリズリと懸命に手足を動かして逃げていく。
王子の這いずったあとには刺激臭のする水の跡が続いていき、そんな姿を鼻で笑うがそれ以上は何もしなかった。
「悪運の強い王子様。腹立たしいけど実はあなたに私の能力を使ってもあんまり意味がないんだよね。ま、せいぜい頑張って生きあがいてくださいなっと」
燃え盛る炎を見つめて…そして睨みつける。
彼女が見ているのは炎ではなく、その向こうにいるはずの誰かだ。
「計画の変更…教主様には謝らないと。ふぅ…いいわ、あなたがその気なら私も容赦はしない。スノーホワイト…ユキ、あんたみたいな落ちこぼれが私にたてつくなんて間違ってるんだって…調子に乗ってるその鼻っ柱を叩き折って踏みつけてやるんだから」
リトルレッドは自らフードを脱ぎ去り二色の眼をあらわにする。
彼女の名はリトルレッド…迷子の赤頭巾。
帰り着く場所までは…いまだに遠く、灯りすら見えない森の中をただたださ迷い歩いていた。
意外な人に効果がなかったり薄かったりする推定黒幕さんの能力。




