絡み合う事態
少々体調を崩して寝込んでいるため次回は遅くなるかもしれません。ならないかもしれませんが。
今週中には投稿したいです。
ただ長い間状況を話し合っているだけの回です。
キィと重たく軋む扉を引いてアリスが図書塔の一室に珍しく悩ましげな表情して入る。
部屋の中には中心のテーブルを囲むようにして大きなソファーがいくつも並べられており、すでに部屋の中にいた者たちに合流してアリスもそれに腰かけた。
「…どうだったよ小リス」
その場の全員を代表してネフィリミーネが問いかけ、それに対してアリスは重たく首を左右に振った。
「正直…悪いという言葉では足りないほどに悪い。最悪だよ。立場ある人間として何かをしなくてはいけないのだけど…情けない事に何に手を付けていいのか分からない」
「あまり気負い過ぎるなよ…って言ってる状況じゃないもんなぁ…どうしたもんか」
その場所にはあの日図書塔に向かった全員が集まっていた。
アリス及びアラクネスートの…カララを覗いた幹部陣にアレン、イヴセーナとアルフィーユにナナシノとアマリリスそしてエンカ。
現在起こっている問題を前にして、各々が頭を悩ませる中でただ一人、イヴセーナだけが頭の上に「?」を浮かべていた。
「ねーねーミーくんミーくん…結局なにが悪いの?」
「あ?だからおめぇそれは…」
「…このままだと帝国と王国で戦争が起こる。いや、もう起こっていると言ってもいい。まだ直接的な事が起こっていないだけで、もはや止められないところまで来ている」
ネフィリミーネから引き継いで詳しい情勢を把握しているアリスが地図やメモを片手に現状を語り始める。
「元々仲が悪かった…と言うよりも帝国と言う国そのものに敵対心を王国が持っていた形にはなるのだけど、それがここに来ていよいよ表面に出てきてしまったんだ。それも何者かの工作によっての可能性がかなり高い」
「ふぅ…じゃあいつもの奴やっとくか小リス。その可能性が高いと言える理由は何だ?」
いつもの奴…それはいわゆるディスカッションだ。
アリスが考え、導き出した答えにたいしてネフィリミーネがツッコミを入れてそれが正しいのかどうかを議論する…はじめは勉強のためにと二人で始めたことだったがそれは一つの組織を運営するという立場になっても変わらず続けられており、いつしか遊びから失敗の許されない本番に対する備えへと変化していた。
「戦争と言うものはどちらかがしかけないと起らない。仲が悪かったとしても…どちらかが一線を越えない限りは起こりえないものなんだ。どちらかが一線を越え拳を振り下ろし…もう片方も一方的に殴り続けられないために拳を振り上げる…これが戦争だ。でも今回は違う」
「何が違うってんだ」
「今回拳を振り上げたのがほぼ同時なんだ。突然どちらも相手に戦争を吹っ掛けるという話になってしまっている」
「具体的には何だ」
「…まず徹底的に王国市民には隠されていたはずの余が誘拐された事件のあらましが尾ひれがついて広まっている」
アリスが誘拐された事件…それは王国の兵隊に偽装した犯罪組織による犯行であり、その全貌は未だに解明されていない。
事実として王国の関係者の可能性がある集団が帝国の姫という実質独裁国家である帝国において二番目に偉い立場のアリスを誘拐、監禁暴行したという事実のみが確定していた状態だ。
「そしてその分かっている部分だけが…出所不明の噂によって民の皆に知られてしまっている。内容は帝国を敵視していた王国が姫の誘拐に走った…そしてその場で余が…暴行を受けていた時の映像まで広まってしまっている」
「…」
それにはさすがにネフィリミーネも黙り込むしかなかった。
噂が広まってしまっているという状態もそうだが、なによりまだ10代の少女が自分が裸に剥かれて暴行を受けた瞬間が映像で広まっているというのはトラウマどころの騒ぎではない。
それはその場のほぼ全員も同じ思いで、一斉に何とも言えない視線がアリスに向けられた。
「余の事はいいんだ。筋肉はほとんどないけど…余計な脂肪はついていないし見苦しい身体ではなかったと思うんだよ、うん。だから大丈夫だ」
「…アリスちゃんほんと?あのね私がそれを見た人みんな殺してきてあげてみいいよー?」
アリスにしがみついていたリコリスが冗談とも本気とも取れる物騒な事を口にする。
恐ろしいのはもしここでアリスが首を縦に振ればそれは間違いなく、そして確実に実行されて遂行されてしまう事だろう。
リコリスの正体を知るものは顔をこわばらせたが、アリスは涼しい顔で「大丈夫だよ」と気にした様子もなくその頭を撫でた。
「問題はその映像と噂のせいで民たちが一気に王国を敵視してしまったという事…そのせいで…あえて乱暴な言い方をさせてもらうなら王国を相手取って叩き潰すべきだという風潮になってしまっているんだ」
アリスにとって本当に辛かったのは自分の映像が広まってしまった事ではなく、そちらだった。
本人も自覚しているがアリスは帝国の民にかなりの人気を誇っている。
帝国を武で支配する恐怖と力の象徴が皇帝ならば、アリスは民に寄り添い、同じ時間を共有してくれる半ばアイドルのような存在だった。
故にそんな大切な姫が敵国により理不尽な行為を見に受けたというのなら…その姫を愛する国に住むものとして民は怒り立ち上がった。
立ち上がってしまったのだ。
その怒りは不当なものではなく、正当なもので…彼らが一方的に間違っていると糾弾されるものでは少なくともない。
まずいのはその状況が明らかに誰かによって…噂を流した何者かによって誘導されたという事と、アリスの人気を利用されたという点だ。
自分の存在が守るべき民を戦争に誘う事に利用されてしまった…その事実がアリスには何よりも辛かった。
「だが余が何を言ってももう…民たちに流れるものは止められない。もしかすれば母が無理やり上から押し付ければ…皆も口を閉じるしかできなくなるかもしれないが…」
「あの婆さんにそれをやるつもりがないと」
「うん…そしてその理由は王国側も戦争を始めようとしているからだ」
「だが王国が帝国にちょっかいかけてきてたのは今に始まった話じゃないはずだ。それがなんで今になって戦争なんて直接的な手段に出た?」
問われたアリスの視線がその場にいたある人物に向けられた。
「私…?」
視線を向けられた人物…アルフィーユが恐る恐ると自分を指差して、アリスがそれを肯定する意味で小さく頷いた。
「名目はこちらとほぼ同じ…王国において重要かつ高貴な存在であるアルフィーユくん…あの国の王太子殿下の婚約者であるアルフィーユ・アルヴェン令嬢を誘拐した犯人が帝国皇帝の血縁者であり、その人物を帝国は匿い、令嬢を監禁しているという話になっているらしい」
「そ、そんな…!」
アルフィーユが勢いよく立ち上がり、その直後に貧血をおこしたのかクラっと体勢を崩す。
慌ててイヴセーナがその身体を抱きとめて再びソファーに座らせたが、アルフィーユの顔色は真っ青になっていた。
「…おかしいじゃねぇかよ小リス。お前と違ってアルはあの国ではその…なんてーかよ、そう言うのじゃなかったって言うか…」
ネフィリミーネが歯切れ悪く濁したような言い方をしたが、実際の所アルフィーユもそのことを疑問に思った。
人気者のアリスとは違い、アルフィーユはどちらかというと嫌われ者のお姫様だった。
金遣いが荒く、わがまま放題の遊び人な身分だけの女。
どれもが勝手に押し付けられた人物像であったが王国ではそれが事実であり、民もそれが正しいと思い込まされていた。
そんなアルフィーユが誘拐されたからと王国の民を戦争に駆り立てるほどまで刺激するだろうか?
そんな疑問に対する答えはとても簡単なものだった。
「アルフィーユくん…今君は王国ではとても好感度が高い人物になっているんだよ。一部では聖女とまで呼ばれているらしい」
「は、はい…?何の話をして…」
悪女と呼ばれていた自分が聖女?とくらくらする頭が意味の分からなさで更にかき混ぜられてアルフィーユに吐き気を込み上げさせた。
イヴセーナが心配そうにその背中を撫で、少し気分が落ち着いたところを見計らってネフィリミーネが話の続きを促す。
「…にーねー様に聞いていたけど確かにアルフィーユくんは王子に取り入った悪女として話が広まっていた…でもそれが最近覆されたんだ。実は広まっていた噂は全てうそで、アルフィーユくんを守るために王室側があえて広めていたんだと」
「あ?身分にふんぞり返ったブサイクが広めてた噂ってのは知ってるが、アルを守るためと言うのは何だ?」
「なんでもアルフィーユくんと夜会で出会った王子は、彼女と話すにつれてその美しい心に惚れこみ求婚…アルフィーユくんも王子の真摯さに心打たれてそれを受け入れた…のだけど、アルフィーユくんは身体が弱く、さらに王子の婚約者という事情から敵も多くその身が危険にさらされていた。なので悪女という噂を合意の元で流し、王子は仕方なく付き合っているという事にすることで彼女を守っていただけであり、王宮内で二人っきりの時は甘い蜜月を過ごしていた…らしい」
「…」
「うっ…!」
ついに耐えきれなくなり、アルフィーユは嘔吐した。
胃の中のものを一気に吐き出し、それでも気持ち悪さを払しょくできずに身体は何かを吐き出そうとする。
それほどまでにおぞましく気持ちが悪かった。
言葉ではなんと言おうともネフィリミーネに身体を触られるのは何ともないのに、あの王子に触られてベッドを共にするなど考えただけで胃袋ごと吐き出してしまいたいほどの嫌悪感に襲われた。
なにより…あれだけの事をしておいて、さらに嘘で塗り固めようとするその姿勢がおぞましすぎて耐えられない。
あやまるアルフィーユを気遣いながら、軽く掃除等の後始末を済ませてアリスが続きを話す。
「続けよう。そしてアルフィーユくんが王国に嫁いでからの王国内で起こった良い事がほとんどアルフィーユくんの手柄になっている。曰くどこどこの国の疫病が収まった。曰くどこかの町に安定した食料が供給されるようになった…新たな金脈が見つかり、財政状況が改善された…それらすべてが実際はアルフィーユくんの手柄で…仕方がないとはいえ不当な噂を流され、それでも王国のため民のために最善を尽くしたという話が広められていてアルフィーユくんは一転して聖女として扱われるようになった…そしてそんなアルフィーユくんが帝国に攫われているという情報が流された」
そして王国内でも元々帝国内に攻撃的思考を持つ者が多かったこともあり、ついに戦争という風潮になってしまったと話が続いた。
「そしてそうなってしまえば母も民を押さえつけることは出来ない。向こうがしかけてくるというのに何もするなと言えるはずがない。向かってくるのなら迎え撃つ…力こそすべてであり、だからこそ強い…それがこの帝国と言う国なのだからね」
ズンと重たい空気が部屋の中に充満していた。
だがそこで話を止めるわけにはいかないとネフィリミーネが口を開く。
「だいたいは分かった…だが色々とおかしいな?俺様がばあさんの血縁だとどこから漏れた?そんな情報を持っている人間なんかほとんどいないはずだ。アルが帝国にいるって話はいくらでも作れるから、この際それはいいとして俺様の情報がどこから漏れている?」
「考えられるのは…」
アリスがソファーの上でふんぞり返っているエンカを見た。
ネフィリミーネの素性はアラクネスートのメンバーにも詳しくは伝えられておらず、なんとなく皇帝の関係者である程度には理解していただろうが血縁だとは伝えていなかった。
ましてやアルフィーユの素性などネフィリミーネは誰にも話していなかった。
ネフィリミーネの素性を知っており、その繋がりでアルフィーユの素性を知ることが出来て外に漏らした可能性を考えられるのはただ一人。
だがその視線を受けてもエンカは態度を変えず、それどころか「ふん」と鼻を鳴らす。
「僕がそんな情報を他人に流すものか」
「でもよぉ姪っ子ちゃんよ…お前確か俺様のところに来たのを依頼とか言ってたよな?」
「断ったに決まっているだろうが。そもそも僕は悪を斬るという事に誰かの依頼を受けてはいない…あれは仕事ではなく僕の使命だからだ。金銭を得てやることではない」
「でもお前はアラクネスートの拠点を襲撃して来たよな?なら少なくともその依頼人は俺様の情報はもちろんアラクネスートの事も知っていたという事になるのか?」
「知らん。断ったというのに一方的にお前のいる場所のメモを情報をよこしてきたが…あとをつけられたり余計な情報を漏らすという事は絶対にしていないと断言できるぞ僕は」
その話が本当ならばその依頼人はエンカに接触するよりも先にネフィリミーネ及びアラクネスートの情報を得ていたという事になる。
そうなればやはり情報の出元は分からず…さらにもう一つの疑問が産まれてしまう。
「何のために俺様にエンカを差し向けたのか…何の意味があったのかって話よな」
「いや、エンカくんは断ったのだろう?ならば実際にエンカくんが向かうとは相手も思っていなくて、だから代わりに魔物を襲撃させたのでは?そこにたまたまエンカくんも参戦しただけで」
「でもよぉ今までの話を統括すると状況的にエンカに依頼してきた奴ってのは…多分両国の戦争を煽った奴の一味の可能性が高いだろ?だということは俺様達の拠点を襲ったのには理由があるはずだ…だがそれは何だ?アレに何の意味があった?」
「…確かにアラクネスートは戦争には絡めない。止めることも助長させることも…ならばなぜ狙われた?」
どう考えても戦争を起こそうとしたものがアラクネスートを襲撃する理由がない…わからない。
全員が頭を悩ませ、細々と発言はしたがこれに違いないという意見は出せなかった。
そんな中でおもむろにナナシノが手をあげた。
「…ナナシノくん、なにか意見があるのかな」
「えっと…はい…大した事、ではありませんが」
「構わないよ。今はどんな情報でも欲しいし、少しでも多くの意見が欲しい…話してみてくれ」
「では…理由がわからないというのなら…そこに理由はないのでは?と…」
「ふむ?つまり?」
「もし戦争を起こそうとしている人と…アラクネスートの拠点を襲撃した人が同じ目的で動いているのならば…相手の目的は戦争を起こすことではないのではありませんか?というよりも戦争を起こすのは手段へのアプローチ…過程の段階でその目的はさらに先があって…さらにその過程の一つとして拠点の襲撃もあったのでは」
「…なるほど」
一見繋がらない二つの出来事だが、そのどちらもが別の事柄への繋ぎだとするのならば…確かに意味は通るかもしれないとアリスはさらに状況の整理を進めようとした中、更にナナシノは話を続ける。
「前に状況を説明させてもらった時は…私も気が動転していたので…伝えきれていなかったのですが、あの時…私の前からスノーホワイトが去る時に言っていたのです…「自分は今起ころうとしているよくない事を…その元凶であるリトルレッドを止めるために出てきた」と。もしそのよくない事が…この状況の事ならば何かヒントにはなりませんか…?」
「戦争を煽っているものの正体が件のリトルレッドと名乗る女性だとすれば…」
そこで「あっ!」と何かに気がついたようにアトラが手をあげ、アリスが話を促した。
「あのクソあまぁ…おっと失礼ですぅ~カララさんが言ってましたよねぇ~自分たちの目的は皇帝を殺すことだと」
「そうだ…余の監禁時の映像を所持していて、王国側にも何らかのかかわりを持てていて、アラクネスートの拠点の場所を知っている…そうなればリトルレッドがこの事態の原因である可能性はかなり高い…アラクネスートは戦争には参加できない。でも逆に言えばそれは戦争時にそれに囚われない自由戦力が残っているという事…」
「なるほどなぁ~つまり奴さんたちの目的は…戦争を起こして皇帝、ばあさんををおびき出すか孤立させるかして表に引っ張り出して…殺すことか」
「余達もあの時の状況に飲まれてすっかり失念していた…カララ君が全て言っていたな。目的は皇帝を殺すこと。もうじき戦争が起こる…王国では母を害せるほどの戦争を起こせるはずがないと思っていたから二つの事柄が繋がらなかったが…全てつながっているんだ。たぶん戦争が起こると同時に…リトルレッドは母に対して何かをするつもりだ」
アリスの顔に心配の色が浮かぶ。
母親の命が狙われているのだ冷静でいられるはずもない。
いくら無敵の皇帝と言えどもわざわざ戦争を起こすほどの強硬手段に出る者たちが相手なのだ心配するなと言うほうが間違っている。
「結局向こうが持っていること自体がおかしい情報を持っている理由は分からんからいったん置いておいて…実際にあのババアを殺すなんてことが可能なんか?俺様でも本気で喧嘩したら普通に負けるぜ?たぶん」
「それどころか帝国の…軍と騎士達が一斉に襲い掛かっても陛下は涼しい顔で皆殺しにしますよ」
やや笑いを含みながら皇帝の強さを語ったのはアレンだった。
以前の事件の責任を取る形で騎士を辞めたものの、騎士のトップ…皇帝とアリスに注ぐ権力を持っていた立場のアレンのその言葉には十分な説得力が感じられた。
「…余とて母の強さを疑っているわけじゃない。でもあの時カララくんは言っていた。余達を裏切るだけの実利を見せてもらったと。つまりあのカララくんをしてその目的…皇帝を殺すということについて現実的に納得させるだけの何かを向こうは持っているという事を忘れてはいけないんだ。そこでアマリリスくんに聞きたい。母を…皇帝を殺すことなど可能なのだろうか」
話を振られたアマリリスが手に持っていたクッキーをかみ砕き、指をぺろりと一舐めする。
見ようによっては下品な動作にも見えるはずだが、アマリリスのそれは妙な美しさを感じさせた。
「ん~どうだろうねぇ~。殺せるかどうかってだけに答えるなら出来るでしょそりゃ。毒でも飲ませれば一発だよ。コーちゃんあれで身体はほとんど「普通」の人間だし。ただ…それが実行可能かって話ならって事だよね?勘も鋭いし疑い深いし…それに強いしでねぇ?人を殺せる手段でなら殺すこと自体は可能だけど、それをコーちゃんに実行するハードルはとても高い。それで一番可能性があるとしたら…正面から戦って勝つとかになるんじゃないかなぁ?」
「…例えばの話だが万魔の妖精、帝国の魔女とまで呼ばれるキミならどうだろうか?正面から母と戦って勝てるかい?」
「挑んだことがないから何ともだよね。私のとっておき…お母さんから教えてもらったオリジナル魔法がコーちゃんに通用するかどうかってところかな?ただ事前に準備をしていいのなら…やりようはある気がするね?どんな汚い手を使ってもいいならそれこそ国を人質にとるとか、アリスでもいいね?先にアリスを殺して…その首を突然見せたりしたらどうかな?突ける隙くらい産まれそうじゃない?」
「…」
「あまねえ…怒るよ」
「そういう可能性があるって事。怒るより前にリコが守ってあげればいいんだよ、うん」
当然アマリリスはそんな事をするつもりも理由もないが、警告の意味であえて露悪的な事を口にした。
相手はとても手段を選んでいるとは思えない人物であり、現に一度アリスは誘拐されている。
アマリリスが言ったような手段を実行しないと言えるはずは無いのだ。
「隙が突けるのはわかった…でも余はそれでも母は皇帝として戦うと…思う。別に拗ねていたり自嘲してるわけじゃない。母ならそうすると信じているんだ。だから余が聞きたいのは…」
「正面から戦って勝てる可能性のある相手がいるかって事?いるよ?まずお姉ちゃん…いや、お姉ちゃんはそもそも戦いが成立しないか。お姉ちゃんの「言葉」にはコーちゃんでも逆らえないと思うから。そしてさっきチラッと言った私に魔法を教えてくれたお母さん…コーちゃんは誤魔化してるけどそもそも一回本気で戦って負けてるみたいだよ?ま…私のお母さんと正面から戦って勝てる存在なんているわけもないとは思うんだけどね」
アマリリスの言葉にうんうんとリコリスも頷いた。
彼女達の母親は完全なるイレギュラー…この世界の理から外れた例外中の例外。
しかし逆に言えば皇帝を殺すためにはそのような存在を引っ張りだしてくるほかないという事でもある。
「…ちなみにリフィルくんはどうしてる?」
「どうしてるんだろうね。最近は連絡もたまにしかないし…あぁちなみにこの件でお姉ちゃんが出てくるのなら私が止めてあげるよ。そろそろ私の方もお姉ちゃんと話す準備が整いつつあるし…逆にお姉ちゃんが絡んでこないのなら悪いけど手は貸せないから」
「そうか…正直アマリリスくんの助力に期待してた面もあったんだけどね」
「何もなかったら手伝ってあげてもよかったけど…今は私にとっても大事な時だからね。私の中では戦争なんかよりもずっとずっと大事なことなの」
「…わかった。無理強いはしないよ…しかし弱ったな。目的は分かっても方法がわからない…向こうがどうやって母を殺そうとしているのか分からない事には対策の仕様も…」
そこで「あの…」と青い顔のままでアルフィーユが手をあげて発言の許可を求め、アリスもそれを了承する。
「戦争を回避するというのはどうでしょうか…そもそもそれが起こらなければ…私の王国での嘘の情報を逆手に取り、私が民たちに戦争を辞めるように呼びかけるのはどうでしょうか」
「それは一考の余地はありそうな話だけど…」
「無理だろうなって俺様は思うぜ?」
「…なぜです?」
「アルがあの国のブサイク共の言うアルフィーユ・アルヴェンだと証明するのが難しいだろ。お前あの国にいる間はほとんど軟禁状態で国民に顔見せなんてほぼしてなかったろ。お前の両親が協力してくれるとも思えんし、しかも国を出てからそこそこ経っているだけに余計にお前の素性を証明できん…そしてそんな事をしている間にすでに事は起こるだろうな」
仮にアルフィーユが王国に戻り、戦争を止めるように動いたとしても王族がそれを認めることは無いだろう。
ならば民を説き伏せる必要があるが、アルフィーユの身分を証明し、戦争反対という流れに持っていける頃にはすべてが終わっている。
とても有効な手段とは言えなかった。
「できる事がほぼないね。それにさ戦争もそうだけどもう一つ進行形で起こっていることはどうする?」
そう言ってアマリリスが天井を指差した。
今話し合いが行わている上の階にはいまだ目覚めない者たちが寝かされている。
ユキノに謎の女性…そしてクイーンとスカーレッドだ。
拠点が襲撃されたのち、世界各国で複数の人間が突如として血を吐いて倒れるという事件が起こっていた。
その数は数百名にも及び、原因はいまだ不明とされている。
「…その件についてなのだけど…にーねー様、もう一度聞くけど本当に魔物も?」
「ああ。拠点から逃げ出す時に周囲にいた魔物も突然苦しみながらぶっ倒れた。イヴたちとエンカも見てる」
そう、謎の症状をその身に受けたのは一部の人間だけではなかった。
魔物もなぜか同じようにして倒れたのだ。
そしてそうなればアリスの中で心当たりのある事柄があった。
「…アラクネスートの構成員たちもそのほとんどが同じ症状で倒れた。中には死んでしまったものもいる…そして同時に倒れた者たちには共通点があることもわかった。原因はわからない…だが、どう言ったものたちが倒れたのかは分かった。また確実な事は言えないが…トリガーとなった存在も目ぼしい者がいる」
「そうなの?」
「うん。スノーホワイトという存在がレイリくんの身体を乗っ取った時刻…それが余の目の前でクイーンくんが倒れた時間と一致する。スカーレッドくんが倒れたのもほぼ同時のはず…ならばスノーホワイトが原因である可能性が高いのではと余は思う」
「なるほどね~…ちなみに倒れた人たちの共通点って?」
「悪いけれど今は言えない。アマリリスくん相手に隠し事がどれほどの意味があるかは分からないけど…余はその共通点をまだ話すわけにはいかないんだ」
「まぁ別に気になるほどでもないしいいよ。ただスノーホワイトって方も信用は出来ないね?」
「うん…でもこれは勘だけど、今の戦争の問題にスノーホワイトは絡んでいない気がするんだ。ならば人々が倒れた件は慎重を期しつつも今は静観するべき…だと思う。いや、そもそもなぜそうなったのかが分かっていないから対処の仕様がないんだ。スカーレッドくんもクイーンくんもどれだけ調べても何も出ない…ただ何故か衰弱しているだけなんだ」
ギリッとエンカが歯を食いしばる音が聞こえ、ナナシノは身体を丸めてうつむいた。
色々な事が同時に起きて、誰もがそれらを整理できずにいる。
だからこそ人を導く立場であるアリスはそれらの全てを飲み込んで立ち上がる。
「よし、これ以上は考えても答えが出ない。それぞれのやるべきこと…いいや、やれることをしよう。そうすればきっと何かができるはずだから」
そしてその一週間後…帝国と王国による争いの火蓋が切って落とされた。
特に描写がない時はアリスには常にリコリスがへばりついています。
眼鏡は体の一部的なアレです。




