大口と妄言
次回は火曜日までのどこかで投稿します。
その場所はただ静かだった。
穏やかに風が流れ、草花が揺れて…それ以外には何もない誰もが足を止めることもなく通り過ぎるような静かで何もない場所。
そんな場所に一人、車椅子に乗って風に髪を弄ばせている一人の女性がいた。
ただ何をするでもなく、静かにその場所に溶け込むように…何もないその場所の何でもない光景の人柄のようにただただそこにいる。
そのまま何でもない時間が流れていくと思われたが不意に風がやんだ。
吹いているかどうかも意識しなければわからないほどの風だったが、それでもその女性には風がやんだのがわかった。
女性は車椅子を器用に操り、くるりと後ろ振り向く。
「あら…また会いましたね妖精さん」
車椅子の女性はいつの間にか自分の背後…いいや、背後と言うには距離が離れすぎているが、だが何でもない景色を異質なものに変えているのは間違いない少女に声をかけた。
その少女はとにかく美しかった。
まるで神様が完璧な美しさを求めて顔のパーツを作り、配置したかのような人間離れした美しさだ。
だがそんな美しい顔以上にその髪が目を惹いた。
漆黒の底の見えない深い闇のような黒のその中に無数に流れる様々な色…普通ではありえない不思議な髪色をしていたのだ。
「…覚えてたんだ?覚えてたんだね私の事」
「それはもちろん…あなたのような綺麗な妖精さん一目見れば忘れないもの。どうしてそんなに遠くにいるのです?お話をしてくださるのならもう少し近づいていただけますと」
「…ここでいい。まだあなたには聞きたいことがあるし」
「そうですか?そんなに怯えなくても「私」は一度や二度じゃ簡単にはどうにかならないと思いますよ…まぁこのような姿で説得力はないかもですが」
正面から見るとその女性は身体のいたるところに包帯を巻いており、その下から覗く肌も細かい傷や汚れなどが散見され、とても健常な人間には見えなかった。
「あなたの状態なんてどうでもいいよ…ただお話がしたいだけなんだよ私は」
「…以前もそうでしたね。今回はどんな話が聞きたいのですか?妖精さん」
「前回の後の話…あの後どうなったの?また告白した?したの?」
「ええ何度もしましたよ」
女性はそう少女のように笑う。
大人びた顔をしているがその笑顔が女性の実年齢を不詳のものとして、不思議な魅力…一種の色気のようなものを醸し出す。
恋する乙女は美しい。
それは紛れもない事実なのだとその女性は体現していた。
「…結果は?」
「もちろんダメです。何度だって断られ続けて…でもそれが当然ですしそれが正しい事なんです。おかしいのは私の方…「実の姉に恋慕する」などあってはならない事ですから」
少女は無表情でその場に座り込み、意味もなく地面の草花をブチブチと引きぬいて風に乗せて捨てる。
「なんでダメなの。いいじゃんそんなの…誰が誰を好きになったって」
「もちろんそうですね。好きになるのは自由ですよ…でも実際に言葉にして行動に移すとなると色々と問題があるんですよ…倫理観やなんらやとめんどくさい事がです。それにあの人はそれに加えて優しいですから」
「…優しかったら受け入れてくれるんじゃないの?ないの?」
「ないんですねこれが。私はあの人の事なら何でもわかりますから…私の告白を、想いを受け入れてくれない理由は私のことを想ってくれているからこそ…」
「わかんないよ。わかんないんだよ?」
カラカラと女性が車椅子を操作して少女に近づく。
そして詰められたのと同じだけの距離を少女は離れる。
「そう言う事ですよ妖精さん」
「…なに?」
「私は今あなたに近づきたいと思った。でも妖精さんは私のためを思って私から距離をとりましたよね?それと同じなんです」
「…別にあなたのためにとかじゃないんだよ?ただまだ死なれたら困るってだけ…私が納得出来たらその後はどうなってもいいんだよ?いいよ?」
「あははっ、そう思えるだけ…妖精さんは優しいと思いますよ。あなたにとって私たちとるにも足らない下位の存在に多少でも心を砕けるのですから…そう、みんな同じなんです。優しいから…相手から距離を取ってしまうのですよ」
女性が「想い人」に何度も告げた心からの言葉。
それらを受け止めたうえで相手の答えはいつも同じだった。
──お前はちゃんとした相手が絶対に見つかるから。
──もっとまともに幸せになる道があるから。
──だから諦めろ。
それは取り繕いや逃げのいいわけでも、ましてや女性を疎ましく思っての言葉ではなく、本当に妹である女性のことを想っての言葉だから。
だからこそ諦められない。
一度表に出した言葉を…再び飲み込むことは出来ないのだから。
「でもあなた子供が居たよね?なんで?おかしくない?」
「…あの子は…ふぅ…そうですね~…知っているのは本当に一部の人だけなんですけどあなたに隠し事しても無駄なのですよね。それとも…すでに私に心は読まれてしまったのでしょうか」
その予想通り、すでに少女の瞳には女性の頭に浮かんだことが映っていた。
悪い男に騙されねじ伏せられ弄ばれた結果生まれた子供。
「…」
「経緯はどうあれあの子は紛れもない私の子です。母やお婆様には散々心配されましたが…ちゃんと愛を注いで育てられたと…それだけは胸を張って言える事です。あぁそう言えば私が乱暴されていた現場にいち早く来てくれたのも姉でしたね。まぁそう言うわけです…姉が何よりも私の幸せを願うのは…だからこそ絶対に受け入れてはくれないのです」
「じゃあ始まりは何だったの。なんで…恋しちゃダメだってわかってる相手に恋をしたの?」
「まぁきっかけはあったのでしょうね。でも…そう、それこそアレですよ」
「あれ?」
「好きな人を好きになるのに理由が必要ですか?」
止まっていた風が再び流れ始めた。
少女が立ち上がり、足についていた砂埃を払う。
それとほぼ同時に女性が座っていた車椅子の車輪がひとりでに外れ、その身体が地面に投げ出された。
「あらら…どうしましょう」
「…もう少しで商人さん達がここを通るよ。たぶん助けてくれるんじゃないかな?たぶんね」
「ではそれまでここでのんびりしておきます。あの…妖精さん」
「…なぁに?」
「うまくいくといいですね。私のようになってはダメですよ」
「…」
女性が瞬きをした間に少女の姿は消えていた。
何もないただただ平凡な大地に身を投げ出して女性は瞳を閉じる。
「ねえさん…エンカ…こんなどうしようもない妹で…母親でごめんなさい」
──────────
炎が燃えが広がる屋敷の中、ネフィリミーネとエンカがその視線で火花を散らす。
「女か…貴様はいつもそうだ。一体何をやっている?」
「俺様はいつだって遊び歩いて人生を謳歌してるだけのババアだよ」
「…そこにいる女…アルフィーユだったか。貴様が王国から攫ってきた身分ある女らしいな。指名手配されていたことは知っていたが…お前が何をしようが僕たちには関係のない、いや関係のないところでやれ。僕や母さんを巻き込むな」
「巻き込んだつもりはねぇがなぁ」
エンカが深紅のマフラーを翻しながら剣を振るい、周囲の壁や柱を切り裂きながらネフィリミーネに襲い掛かる。
それを器用に受け流し、時には受け止めネフィリミーネは攻撃を躱していた。
「お前が!何かをするだけで巻き込まれるんだ!母さんはいつだってお前を心配していた…お前が何かをするたびにあの人は心労を抱え込んでいく!女だと?ふざけるなよ!貴様と母さんの間に何があったのか僕は知らない…だが家族をないがしろにして人道に悖る行為を繰り返す貴様を僕は許さない」
「人道にねぇ?俺様はただ心ののままに誰かを愛しているだけだぜ?お前の母親に対してだってそうだ…その、なんだ…あいつの事もあるから話せはしないがお前の母ちゃんと俺様の間でちゃんと繋がりは持ってる。だからそっとしといてくれんか?いや、俺様の事を嫌うのはいいよ?それはお前の正当な権利だ。だが…俺様の女に手を出すなら可愛い姪っ子でも優しくはしてやれんぜ?」
炎を巻き込みながら剣が、拳が演舞のように繰り出されていく。
途中魔物が横やりを入れるように金切り声をあげながら襲い掛かってくるが、そちらを見すらせず二人は片手間で魔物をねじ伏せお互いの戦いに興じていく。
「くだらん…意味の分からん御託を並べて、それらしい言葉で取り繕っても僕が貴様を許せないのも母さんがその心を砕くという事実も変わらない。ネフィリミーネ・ダークハート…僕とここで全力で戦え」
「いやいや、姪っ子相手に遊ぶならともかく本気なんて出せるかよ」
「…僕は王国の者から依頼を受けてここに居る」
「…なんだと?」
血の剣がネフィリミーネの顔に差し向けられた。
炎が渦巻き、紅蓮に包まれていくその場所でも…血の剣は赤々とその存在を主張する。
「お前を切り伏せて…僕はあの女を、アルフィーユを王国に帰す。逃げるか?母さんから逃げたように」
「お前…言っていい事と悪いことがあるってあいつに教わらなかったのか?冗談が過ぎると痛い目に合うどころじゃ済まんぞ、オイ」
わずかながらネフィリミーネの瞳に怒りの色が浮かび、拳を握りしめて骨が鳴る。
「僕は産まれてこの方、冗談という物を口にしたことは無い。散々お前に振り回され踏みにじられ…その怒りもあるが何より僕は身内から「悪」がこれ以上世に邪悪を振りまくことを良しとしない。闇よりの使者としてではなく…エンカ・ダークハートとして貴様をここで斬る」
「こっちだって冗談じゃねぇんだよエンカ。俺はてめぇの女を守るって誓ってんだ…誰にも傷つけさせねぇって。お前の環境的に殻に閉じこもるのは仕方がねぇと思うよ。でもいつまでもボッチでかっこつけてんなよガキが。お前も誰かを愛せ。正義や闇なんて手に取れないみょうちくりんなもんじゃなくて、自分と一緒に居て時間を共有してくれる人を見つけてみろや」
二人がにらみ合い…ごうっとより一層炎が激しく燃え上がり、アルフィーユとイヴセーナのいる部屋まで炎の手が迫る。
それに対しエンカが剣を振るうと炎が霧散し、部屋に燃え広がることは無かった。
「ありがとよ、そう言うところは好きだぜエンカ」
「黙れ。僕はお前とは違う…誰も切り捨てない。無辜なる民ならば全て僕の手の届く範囲のものは守る。そこに愛なんて感情は不要だ」
「はっ!そんなんでやっていけるか。お前が気がついてないだけで取りこぼしたものはきっとたくさんある…ただお前が見てないだけだ。目を反らしているだけだ。──切り捨てる覚悟もない子供が守るなんて大口を叩くなよ」
「守り抜く覚悟もない弱虫が、誰かを愛するなどと妄言を吐くな」
二人の間に炎の柱が吹きあがり天井を貫く。
熱と衝撃で砕け散った屋根が落下し…それを合図に剣と拳が再び…否、こんどこそ全力でぶつかり合った。
バーニング大決戦。




