奪われた女2
次回は金曜日までに投稿します。
「ギャハハハハハ!!」
いつの間にか意識を失っていた私は少し耳触りにも聞こえる笑い声で目を覚ました。
ぼ~としていて頭痛がする気がする頭を数度振って、目の焦点を合わせていく。
そうして目に飛び込んできたのはソファーの中央座る…意識を失う前に見た美しい顔…そしてその人にもたれかかっている…お腹の大きなタトゥーが印象的な裸の女の子。
「んな!?」
あまりにもあんまりな光景に思わず漏れ出た声に反応して二人が私の方を向く。
鋭く、獲物を狙っている獣をほうふつとさせる切れ長の目が私に向けられて…少し恐怖を覚える。
当然それはその二人がどう見てもまともな人たちには見えないからだ。
誰も認めてはくれなかったとはいえ、これでもお腹に一つも二つも何かを抱えた貴族を相手に会話をすることもあった。
その経験が私にこの人は「まとも寄り」の人ではないという事を直感に告げてくる。
それに隣にいる裸の子は…女の子が素肌にあんな大きくタトゥーを刻むなんて…少なくともこの国においてそんな事をする女性はおそらくいない。
全体的に痩せすぎというか…すこし病的な雰囲気を感じるのも少女に異様さを感じる原因だろうか。
「ギャハハハハハ!んだやっと起きたのかよオネーサン。いやぁここまで連れてくるの結構大変だったんだぜ?雨降ってるしよぉ~まぁいい感じに感謝してくれや!ギャハハハハハ!」
「え…あの…え…?」
とても…とてもきれいな顔をしているのに、粗暴な喋り方をするその姿を脳がうまく認識しないとでも言えばいいのだろうか…何故かショックを受けている自分がいた。
「ちょっとぉ~やっぱ怖がられてるんじゃないの?ミーくん。今日くらいはやめようって言ったのにさぁ」
裸の女の子がその手を絡みつかせるように綺麗な人の頬に触れる。
妙な蠱惑的な指の動きが、この二人の関係をこれでもかと感じさせるような気がした。
「ああ~?馬鹿かよおめぇ。エロい事しねぇと一日が終わらねだろうがよ!」
「んにゃあん!ミーくんのエロおやじぃ~さいてぇなんですけどぉ~」
私が見ているというのに、二人はお互いの手をあらぬところに伸ばして絡み合う。
綺麗な人の乱雑にも思える指が…裸の少女の肉に沈みこませて柔らかさを視覚的に伝えてきて…。
「あ。お茶でも入れたほうがいいんじゃない?ミーくん」
突如としてスイッチが切り替わったかのようにすくっと裸の女の子が立ち上がり、パタパタとどこかに小走りで向かって行った。
それに対し綺麗な人が不満げに触りどころのなくなった指を動かす。
「おぃぃ~いいところで何なんだよ急によお」
「お客様が来たらお茶を出さないといけないんだよ~?じょーしきだよじょーしき!」
「んだよ変なところで真面目だしやがって…なぁオネーサン。お茶欲しい?ん?」
「…いただきます」
本当はお茶なんてそんなに飲みたくはないけれど、目の前でむつみごとに耽られるよりはと咄嗟に答えてしまっていた。
ただただ…目の前で行われていた行為を続けられることがひたすらに…いたたまれなかった。
「はぁいどうぞ~ん。たぶんそこら辺で買ったであろうお茶でーす」
少し待つと最低限の大事なところは隠した裸の…裸だったタトゥーの子がお茶を持ってきてくれた。
…おそらくは紅茶だと思うのだけど…それにしては妙な香りが湯気と共に昇ってくる。
冷静に考えればこんなところで出されたお茶に口をつけるというのは間違いなく良くない事だ。
何か薬を盛られている可能性が非常に高い。
将来の王女になるのだからと一通りの有名な毒物を飲まされたことはあったけれど…いざこうなってみるとやっぱり怖い。
「…」
「おいおいイヴやい。おまいさん目ぇ覚ましたばっかなのに熱いお茶入れてくる奴があるかよ~」
「えぇ~?でも雨の中座ってたし~…女の子が身体冷やしちゃダメってミーくんいっつも言ってるじゃんじゃん」
イヴと呼ばれた裸の女の子が「ふふん」といった顔で言っているけれど、私のボヤっとした記憶が間違っていないのなら、私が連れてこられる前もこの子はお腹が丸見えな服装をしていたはずで…体を冷やしてはいけないのはその通りだとは思うけれど、説得力はない。
「んなもっともらしい事言っても見てみろよ。オネーサンが全く手を伸ばさなねぇじゃんか。それともなんだ?もしかして紅茶は嫌いなんか?ん?」
綺麗な人が様子を探るかのような目で私を見る。
やっぱり息をのむような美人だと状況ににそぐわない事を考えてしまって…いいや、もしかしたら頭が意識に反して現実逃避をしているのかもしれない。
なぜなら私の手は飲むつもりもないお茶にひとりでに伸びているのだから。
「…いただきます」
カップを身体に近づけるとやはりどう考えてもまともな臭いではない事がわかる。
それでも意を決してぐいっと中身を口に含み…盛大に噴き出した。
その液体が舌に触れた瞬間に絶対に飲み込んではいけないものだと身体が拒んだ。
ただ…私と向き合うように座っていた綺麗な人の顔にそれらがかかってしまった事が問題だ。
「うおぉおおおお!?何してくれてんだコラァ!?」
「っ!?ご、ごめんなさ…!」
怒鳴り声をあげられて反射的に身がすくむ。
粗相をしてしまったのは私なのですぐに対応しないといけないのに…怒鳴られると頭が真っ白のになって何もできなくなってしまう。
本当に情けない。
「あぁいや、違う違う。ビビっただけで別にオネーサンに怒ったわけじゃ…ん?なんだこの臭い…おいイヴ。おめぇ何を煎れて来たんだこれ」
「え?娼館のみんなにこの前貰ったやつだよ~いい匂いだったから高いやつなんだって思ったんだけど」
「あいつらから茶なんて貰ったか…?…まさかとは思うがお前、あの箱に入った粉の奴使ったとか言わねぇよな?」
「言うんですけど?」
「言うんじゃねぇよ!馬鹿野郎!あれは入浴剤じゃボケ!なんで間違うんだよ!」
「え、えぇ~!?そうだったの!?ご、ごめん~!箱に外国の言葉でしか説明がないからわかんなかったー!」
ばたばたと一気に騒がしくなった中で、綺麗な人が私の元まで来て顔を近づけてくる。
「大丈夫かオネーサン?いやすまんな、全部吐き出したか?ん?あいつは馬鹿なんだ、ゆるしてやってくれや」
とても自然に肩に手を回されてそのしなやかな指が私に触れる。
脳裏には先ほど見た二人のまぐわいの光景が浮かび…そしてその後に嫌で嫌で仕方がなかった…おぞましい「練習」の日々がフラッシュバックしてきてしまった。
「嫌ぁ!!」
とっさに身を丸め自分の身体を抱え込む。
なにかどす黒くて汚いものが私の身体を覆っていく…そんな感覚に陥って何も考えられなくなる。
頭がくらくらとして強烈な吐き気が襲い…壮絶な不快感に包まれる。
「おい、おい!…ぁ…───!!」
なにか耳元で声がするけれど…それもやがて聞こえなくなって──。
────────
「…ぁ…?」
ふと気がつくと私は天井を見つめていた。
そのままぼーっとしているとだんだんと意識がはっきりとしていて、自分がベッドに寝かされていることに気がつく。
「っ!!今時間は…!は、はやくいかないと…!」
殿下に嫁ぐ女主人としてお屋敷の誰よりも早く起きて旦那様のためにしなくてはいけないことがたくさんある。
できないと…また…。
慌てて上半身を起こしてベッドから抜け出そうとして…。
「んにゅん…なにやってるの~まだ寝てないとダメだよん」
横から伸びてきた腕が私をベッドの中に引きずり込んだ。
「え、え…?」
そこでようやく誰かが横にいることに気がつき、そして色々と思い出す。
そうだ…ここはお屋敷じゃないんだ…私はあそこから追い出されてしまったんだった。
じゃあ今の声は…?
恐る恐ると横に目を向けると…ほとんど裸のイヴが私の横で寝っ転がっていた。
「んな!?な、な、な、なにを…!?」
「え~?何ってあなたが倒れちゃったから「かんびょー」してたんだよかんびょー。ちょっと熱があったんだけどもう大丈夫そ~?」
「熱…」
「あ、でもでもずっと寝てるのも暇だよね~わかるぅ~うんうん。あたしもじっと寝てるの無理だもん。うん。じゃあじゃあさ~お話でもしようよん」
イヴはにへらとした笑顔を私に向けてきて、自然な動作で手を取られる。
私も体型には気を使っている方だけど…それを抜きにしてもこの子は指も細い。
ちゃんと食べているのか少し心配になる。
「あの…」
「んとね、私はイヴセーナっていうの。あなたのお名前は?」
名前を聞かれて咄嗟に答えそうになったけれど、私は慌てて口をつぐむ。
もしこの人たちが私の素性を理解していないのなら…その情報を与えることが憚れたから。
でも急に偽名を言えるほどまだ頭も働いていなくて…黙っているとイヴセーナはまたにへらと笑った。
「いいたくない~?あるよね~そーいうの!じゃあじゃあ、えっとぉ~…うん!オジョウサマ!」
「え…?」
「なんかほら!オジョウサマって感じするし、そう呼ぶね!昨日はごめんのめんごね?あーしが変なの飲ませちゃったからさぁ~。今度こそはちゃんとしたやつ用意してるから許して~?あ、すぐに用意するね!ちゃんと味見もしたから今度はだいじょぶだよん…たぶん!」
そうして用意されたものは…異常に渋い紅茶だった。
今度こそ変なものを煎れられたのだと身構えたけど…同じ物を飲んでイヴセーナも渋さから変な顔をしていて…それを見て少しだけ、本当に少しだけ笑ってしまったのだった。
にーねー様は脱がせるけど脱がないタイプ。




