襲撃
次回は明日~火曜のどこかで投稿します。
アラクネスートの拠点が危ないかもしれない。
それを聞いてそこにいるナナちゃんの事でいてもたってもいられず、ネフィリミーネさんと一緒に慌てて外に飛び出した。
するとそこで待っていたアレンさんが驚いたような表情で「どうかされたのですか!」と私たちに駆け寄ってくる。
アレンさん…そうアレンさんだ。
アリスに呼び出されて、アトラさんが行方をくらませた理由や、カララちゃんの話を聞いた後に協力者としてアレンさんが私たちの前に現れた。
やっぱりこの人も関係者だったみたいで、例のアリスが誘拐された事件の責任を取って騎士を辞め…それからは完全にアラクネスートに籍を置いていたらしい。
さらにさらに驚きな事にアレンさんには不思議な特技のようなものがあって、なんと条件はいろいろとあるけれど一度行った場所に瞬間移動できるという能力を持っているらしく、私たちは勘の鋭いカララちゃんを欺くためにこのアレンさんの能力を利用して後からおびき出した場所に送ってもらうという手段をとっていたのだけど…。
「説明は後だにーちゃん!とにかく俺様達を急いで拠点まで送ってくれ!」
「お願いしますアレンさん!」
「いえ、しかし…アリス様の指示もなしに動くわけには…」
「アラクネスートで俺様の命令は小リスと同レベルの権限があるってのを忘れたんかにーちゃん。マジで一刻を争うんだ!何かあればお前はすぐ戻ってくればいいだろうが!グダグダ言わずに早くしろ!」
ネフィリミーネさんがアレンさんの胸倉をつかんで顔を近づけて凄む。
その冷静じゃない様子からいつになく焦っているんだという事が私にも伝わってくるようだったけど…正直な話、私も少しだけイラついている。
本当にぼーっとしてる場合じゃないかもしれないのだから。
「…わかりました。それでは手を」
アレンさんの手を握って数十秒。
わずかに不快な眩暈がして、気がつけば私たちは拠点であるお屋敷のすぐ近くまで戻ってきていた。
とっても便利だと思うのだけど、本人曰くとても使い勝手が悪く、それならば入口と出口に魔法陣を設置しなければいけないという制約があるアリスの転移の魔法陣のほうが何倍も便利なのだそう。
ただ今はそんな事よりも…。
「おいおいおいおい!嘘だろクソが!」
ネフィリミーネさんが吐きだすように叫んだけど、私も嘘でしょと言いたい気分だった。
まだ位置的には遠くに拠点が見えるくらいの場所だけど…その拠点から火が上がっているように見えたのだ。
「ぐっ…!おいにーちゃん!お前はすぐに戻れ!小リスたちに状況を説明して…カララの件があるから何とも言えないが可能ならアトラだけでもこっちによこしてくれ!小リスとクイーンは間違ってもこっちに連れて来るな!いいな!」
一方的な指示をアレンさんに出してネフィリミーネさんが駆け出す。
私もアレンさんにお礼だけ言って、後を追う。
「くっそ…!イヴ…アル!」
「ナナちゃん!」
二人でお互いの想い人を心配しながら拠点までの道を走り抜ける。
いつもなら何でもないはずの道のりなのに、今日は妙にもどかしく腹立たしい道のりに感じた。
そんな道も終わりが見え、もう少しでたどり着くというところで私は左の草陰から妙な気配を感じ…そして。
(おい、何かいるぞ)
「分かってる!ネフィリミーネさん!左!」
「あぁ!?」
次の瞬間だった。
私が気配を感じていたその場所から真っ黒で巨大な狼のようなものが飛び出してきた。
魔物だ。
その魔物は体格に見合った大口を開けると頭に血がのぼって正面しか見えていなかったネフィリミーネさんの腕に噛みついた。
「ネフィリミーネさん!!」
「ちっ…!うっぜぇえんだよクソが!邪魔すんじゃねぇ!」
ネフィリミーネさんはあろうことか噛みつかれている腕を力まかせに引き抜いた。
そんな事をすれば腕が…!
「あ、あれ…?無傷…?」
どう言うわけかネフィリミーネさんの腕には傷一つなかった。
袖はビリビリに破れてしまっているので噛みつかれていなかったということは無いはずだけど…。
って今はそれどころじゃない!
私は一応持ってきていた安物の剣を引きぬいて魔物に突き立てた。
そうして怯んだところをネフィリミーネさんが拳を顔の中心に突き立て…魔物は動かなくなった。
「魔物まで出てきやがった…どうなってんだ畜生が!」
「お、落ち着いてくださいネフィリミーネさん!と、とにかく先を急ぎましょう!」
「あぁわかってるよ!」
そしてネフィリミーネさんが間髪を容れず再び走り出して私も一緒に…と思ったのに足が動かない。
まるで私の足じゃなくなってしまったかのように突然足が動かなくなった。
さらに全身を寒気のようなものが覆っていく。
この感覚…以前の覚えがある、
これは…。
(まさか、また…!)
(ああ、そのまさかだ。少し私に身体を貸せ)
私の内側から聞こえてくる声。
スノーホワイトと名乗るそれが私の身体を乗っ取ろうとしている。
(ま、待って…!今はナナちゃんが…!)
(安心しろ。あの子は死なん…不死身なんだろう?)
(そういう問題じゃない…!独りで何かに巻き込まれたら…不安になってるかもしれないでしょ!私が行かないと…!)
(ふむ…まぁそれもそうか。ちょっとばかり気を急ぎ過ぎたな、すまん。だがこっちも時間がないんでな…様子は見てくるから代わってくれ)
(勝手な事ばかり言わないでよ!だいたいあなた何なの!なんでこんなこと…!何がしたいのよ!)
(私がやろうとしていることは少なくともお前のためにはなるはずだ。この私が…この事件の裏で糸を引いているであろう「あいつ」を…リトルレッドを止めてやろうと言っているんだ)
じわじわと凍り付くように私の意識が薄れていく。
でも…ここで負けるわけにはいかない…!
(ほう?少し押し返してきたな?なかなか頑張るじゃないか)
(馬鹿に…しない、で!ナナちゃんが…危ないの…!ここであなたなんかに負けてる場合じゃないの!)
(…そうか、まぁそうだよな。でもね…それじゃあ私には届かない)
(っ!?)
頑張って自分を振り立たせて何とつなぎ留めていた意識が一気に凍り付く。
スノーホワイトの言う通り…私じゃあどうやっても抗うことが出来ない。
なんで…どうして…ナナちゃんが待ってるのに…な、ん…で…。
「それはな、お前が力の差を越えて私に立ち向かってきた…その感情と全く同じもので今の私はここに立っているからだ。本当にすまない、状況をこれ以上悪くしない事は約束するから、今だけは許してくれ」
そうしてユキノ…否。
スノーホワイトは周囲に微かな冷気を振りまきながら…トンと軽やかに跳びあがった。
────────
「止まらないで!足を動かすの!」
「そ、そんな事言われても!逃げ場なんてないじゃーん!」
炎が回る拠点内をアルフィーユとイヴセーナが手を取り合って走っていた。
火の回りは想像以上に速く、すでに三階まで追いやられているために窓から飛び出すことも難しいうえに、どれだけ声をあげてもアラクネスートの構成員が現れることもなかった。
まさに絶体絶命の状況だが、それでも二人は走り続けていた…しかし、突然アルフィーユが口元を抑えながらその場に座り込んでしまった。
「げほっげほっ!!い、息が…!」
「ちょっとオジョウサマ!?しっかりして!煙がもうこんなところまで…ああぁもう!」
すぐさまイヴセーナがアルフィーユの下に器用に潜り込み、そのままアルフィーユを背中に抱えて立ち上がる。
「ふぬおぉおおおおおお!」
「ちょっ…ちょっと…ごほっ!…無理し、ないで…!」
「うるさぁあああい!ひ弱な箱入りお嬢さんを持ち上げられないほどアタシやわじゃねーし!んにゅぁああああああ!!」
宣言通り、イヴセーナは半ばやけになりながらも廊下を駆け抜けていく。
すでに下の階は火の海に沈んでおり、逃げ道は上にしかない。
アルフィーユを抱えたまま、なんと階段すらも駆け上がって、ただ生き残るためにひたすら上を目指す。
だが四階にたどり着いた瞬間に「それ」は二人の前に窓ガラスを突き破って現れた。
真っ黒で巨大な体躯を持った鳥…魔物だ。
「えー!そんなのきいてないってー!」
「…イヴセーナさん」
「なに!?」
「私を…おいて逃げなさい…囮くらいには…なるか、ら…」
「あー!きこえないー!あー!あー!」
イヴセーナの大声に反応したのか、魔物の深淵のような黒い瞳がギョロリと二人の姿を捉える。
「ふざけてる、場合じゃないです…は、はやく…」
「ふざけるよ!あーし馬鹿だから!オジョウサマみたいな賢い人の考える事なんにもわかんないからー!ぜ、絶対置いて行ったりなんかしないんだからー!!!」
魔物に背を向けイヴセーナは走り出したが、それがきっかけとなったのか魔物がおぞましい叫び声をあげながら二人の背に襲い掛かる。
当然ながら人を抱えているイヴセーナが逃げおおせるはずもなく…その鋭い爪が二人の背を貫くかと思われた。
だがその刹那、小さな影が二人と魔物の間に割り込み、その爪の一撃を受けた。
「だ、ダメ!」
背後から聞こえてきたそんな声といつまでも来ない爪の一撃を不審に思い、イヴセーナは振り返る。
そして…。
「え…?う、うそ…なにやってんのよナナっち!?」
「そんな…」
二人の目に飛び込んできた光景はあまりにも衝撃的なものだった。
自分達よりも小柄な少女…ナナシノが魔物の爪をその細い腕で受けていたのだ。
受け止めてはいない、受けている。
魔物の爪はナナシノの腕の肉をざっくりと抉り取り、真っ赤な肉のその奥の白い骨まで見えているようなありさまだ。
だがそれだけでは終わらない。
魔物は人を意味もなく害する存在だ。
鳥の魔物はその大口を開けてナナシノの肩に噛みつき、爪でボロボロになった細い腕を掴んでそして…力まかせに引きちぎった。
肉が、血管が、神経が引きちぎれるブチブチといった音に、骨が握りつぶされ、砕かれる粉砕音。
それらと共につながる先を失った肩から噴水のように血が噴き出し、異様な不協和音を作り出す。
「ナナっちー!!こ、この!」
何をしようと明確に考えたわけじゃない。
ただ衝動のままに咄嗟に動こうとしたイヴセーナをナナシノが残っている腕をあげて止める。
「だ、だいじょう…ぶ…です。問題は…あ、ありません」
「んなわけないでしょ!?そんな事になって!」
「私は大丈夫なんです…それより…走る準備、を…」
そう言ってナナシノが何か片手で握れる大きさの丸い何かを取り出し…魔物の足元に投げた。
それが地面にぶつかった途端に辺りに目を開けていられないほどの閃光が奔り、魔物を怯ませる。
「いまです!」
「っ…!」
魔物の腕から逃れたナナシノがイブセーナの服を掴んで魔物と反対の方に引っ張る。
それにつられてただただ逃げていく。
「ちょ、ちょっと!ナナっち!まずは手当てをしないと!」
「そう、です…早くしないと…死んでしまいます…」
「いえ私は平気です。数少ない私の…取り柄?なんです」
ナナシノの肩の出血はすでに止まっており、イヴセーナとアルフィーユが見る限り顔色もそこまで悪くないように見えた。
しかしだからといって安心はできない。
「っていうかなんであんなこと!あたしたちを庇うなんて!ああいうときはまず自分が生きられるようにしないといけないんだよ!?」
「…でもお二人は…お友達ですから」
「は…え?」
「ユキノさんは…いつも私を助けに来てくれました。本で読んだ物語でも大切な人は守るべきだって書いてました。お友達は…大切だから…私もユキノさんみたいに大切を助けたいと思ったんです」
「ああもう!意味わかんない―!」
「…話は後にしましょう…イヴセーナさん…ひとまず…その小部屋に…まずは…魔物から身を隠し、ましょう」
アルフィーユの言葉に従い、三人は鍵の開いている小部屋に滑り込んで扉を閉めた。
まだ四階までは火が回っておらず、少しは猶予がある。
助かったとは言えない状況ではあるが三人は部屋の隅でひとまず一息ついたのだった。
「で、でも…これからどうしよう…?」
「最悪窓から跳び下りるしかないと思うけど…」
「無茶言わないでよオジョウサマ…何階だと思ってるのよ…」
「そうね…それにさっきの魔物は外から入ってきましたわね?という事は外にも逃げ場はないのかもしれない」
三人ともが顔に陰を落とし、俯く。
遠くで魔物が暴れているのか粉砕音と叫び声が聞こえてくる中、イヴセーナは無理に笑顔を作って顔をあげた。
「だ、大丈夫だよ!きっとミーくんがきてくれるから!」
「そ、そうですよね…あの人ならきっと…」
イヴセーナとアルフィーユの二人がお互いの手を強く握りしめて頷き合う。
「大丈夫…あの人ならきっと来てくれますわ…だってあの人は…」
そう呟いたアルフィーユの脳裏には…とある日の情景が浮かぶのだった。
覚悟が決まって来たナナシノ大先生。
次回からアルフィーユさん過去編ですが出来るだけ引き延ばさないようにする予定です。
忙しくて休みが増えてるのでテンポよく行きたいですね。




