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もう一人

次回は明日か明後日に投稿します。

「あっはいぃ~ではそおいうことでぇ~お願いしますですぅ~。ずっとこうしているのもなかなかにめんどくさいのでぇ~出来るだけ早く準備を整えてくれるとぉ~…」


手のひら程度のサイズの黒く四角い箱を耳に当て、アトラが誰もいない場所で一人何かを話していた。

当然ながらそれは独り言ではなく、遠くにいる人物とのほぼリアルタイムでの会話を可能とする魔道具を使用しての通話だ。


「…はいぃ~わかりしておりまするですぅ~でわぁ~…ふぅ」


ここに居ない誰かとの会話を終えて、魔道具をエプロンのポケットにしまって一息をつき周囲に目をやると数えるのも億劫なほどの古びた本が嫌でも目に入って来た。


「はぁ~こうしてサボってるだけでも頭が痛くなるような場所ですぅ…」


うんざりしたような表情と言葉を漏らしていたが、現在エプロンをしているのもあってかアトラの容姿とその場所は驚きの馴染みを見せている。


アマリリスと邂逅してはや数日。

アトラは図書塔の臨時バイトとしてその場所に匿われており、元々協会等の施設への潜入もこなしていたのもあり一見して犯罪組織のメンバーとは思えないだろう。

しかしトレンドマークと化している大きな丸眼鏡はそのままなので、現在身を隠している相手には正体が一瞬で見破られてしまうという本末転倒な事になっているのだが…ポリシー的にアトラは眼鏡だけは外さなかった。

よってあえて地味な容姿をしているのもあり、まさにこの場所で働くために生まれたのではないかと言うほどの親和性を誇っているのだが…本人はどうしようもない場合を除いて自ら活字を読むことはほぼない。

事務仕事と殲滅任務。

どちらかを取れと言われたならばノータイムで殲滅に駆け出すのがアトラという女性だった。


「暇ですねぇ~なーんか面白い事ありませんかねぇ…」


せめて本以外の何かを視界に入れたいと目を凝らす。

しばらくそうしていると本と本の隙間の向こうでもう一人のバイトと小さな毛玉が高速で猫パンチを繰り出しながら戦っているのが見えたが…それは意図して意識の外に追いやった。


「はぁ~今すぐこの場所に仕掛けられた爆弾とかが爆発してくれませんかねぇ」

「物騒な事言ってるね」


退屈を極めたアトラのボヤキに外出から戻って来たアマリリスが答えた。

その手に下げられた袋には大量のパンが詰め込まれており、腐るまでの期限を考慮しないのであればゆうに一週間は食べるのに困らなそうな量だった。

しかしそれは一般人ならばの話であり、そのパンを持っているアマリリスにとってそれは一食分であった。


「暇すぎるんですよぅ。テロ事件の一つでも起こらないとやってられないですぅ~」

「あなたの退屈しのぎでテロなんて起こされたらたまったものじゃないよ。暇だからって恐ろしいこと考えるね」


「ですかぁ?退屈を嫌い、刺激を求めるのが人として正しい在り方でないですかぁ」

「その刺激がテロとかじゃなければね」


「意外と日和見主義者ですねぇ~あなたの元に身を寄せたのは失敗だったかもしれません~スリルがなさ過ぎますぅ」

「…お姉ちゃんにあなたと一緒に住んでる事伝えに行こうか?」


アトラの目がすっと細められる。

わずかな動揺から…そしてほんの少しの…好奇心から。


「…ちなみにですがぁ~…いえほんと~にちなみに聞いてみるだけの世間話なのですがぁ~私と~あなたのお姉さまが~事を構えたとしてぇ~私にどれくらいの勝率があると思いますぅ~?」

「勝率なんて言葉がそもそも成立しないよ。読んで字のごとく…勝負自体が成立しない」


「私はぶっちゃけ話にしか知らないのですがぁ~アマリリスさんより強いんですぅ?実際ぃ」

「だからアトラさんはそもそも前提が間違ってるの。強いとか弱いじゃなくて、戦いなんて成立しないの。私たちが人間で、お姉ちゃんが神様、邪神様である限りね」


アトラはそれ以上の追及はしなかったが、少しばかりの不満を表情ににじませた。

触れるなら殴れる。

殴れるのなら殺せる…それがアトラの持論だ。

故にその場に形として存在しているのならば殺す手段も存在するはず。


「…そんなくだらないこと考えてないで私の話を聞いてもらっていいかな?」

「んん~?なんですぅ?」


「ちょっと面白い事がわかりだしてきたよ」

「面白い事ですかぁ~どこかの要人の暗殺計画でもリークされましたかぁ?」


「コーちゃんとアリスちゃんなら結構な頻度でアサシン的な人が送り込まれてるよ。そうじゃなくてさ、ほらこの前にお姉ちゃんがアトラちゃんのお母さんに接触してきたときの話を聞いたじゃない?アレを元に色々と調べてきたの」

「ほ~?」


アトラは首を傾げてアマリリスを見つめる。

匿われてからすぐに、アトラは約束通りに自分が知る情報をアマリリスに提供した。

だがそれは何かの情報になるようなことではなく、世間話の延長脳ような内容だったはずだ。

それを元に一体どんな情報を得ることが出来るというのか…アトラはここに来て少しだけアマリリス・フランネルと言う人物に興味を持った。


「まぁ別に大した話じゃないけどね。アラクネスートは一人のボスと四人の幹部が最初に集まって作られた組織…そしてその全員がお姉ちゃんと何らかの形で接触している。わざわざ初期メンバーなんて言ってるんだからほぼ同時期に被害にあって…そして何らかの形でアリスちゃんはお姉ちゃんのある程度の足取りを知っていたことになる。メンバーを集められたという事はそう言う事でしょう?」

「…なんですかねぇ~?そこら辺の事は何もしらないのでぇ」


「自分のこと以外は喋らない。徹底してるね。いいと思うよそういうの。そしてアリスが得られるお姉ちゃんの情報なんて当時からほとんど一緒に居たリコか…コーちゃんからの情報しかないわけで。そしてリコは家に帰ってないからお姉ちゃんの行き先なんて知るはずがない。じゃあ考えられるのはお姉ちゃんを監視していたコーちゃんの情報をアリスか…誰かが盗んだんだ。そしてコーちゃんの所にある情報なら私にだって盗める」


アマリリスがパンの山の中に手を突っ込み、そこからズルりと書類の束を抜き出してアトラに見せつける。

読んだ方がいい気もするが、なんとなく読んだら負けな気がしてアトラはそれに手を伸ばさなかった。


「…そうするとあら不思議、私がそもそも持っていたアラクネスートの幹部の人たちの情報とこのお姉ちゃんの行き先を頑張って照らし合わせてみると…皆がどこの誰で、お姉ちゃんと接触したのが誰なのかも全部わかるよねって事」

「私にはわかりませぇ~ん」


あえて神経を逆なでるようにアトラはおどけてみせたが、アマリリスは気にした様子もなく、パンに手を伸ばしながらも書類を捲っていく。


「アトラちゃんの母親…シトレリル・レヴァグレイヴ。この人にお姉ちゃんが接触したのは間違いがない事実だよね?」

「…そうですねぇ」


「じゃあ次。アクシリン・ヒーリス…この人は今現在カララ…そしてクイーンって名乗っている元孤児を引き取っていた孤児院の経営者だった人。あってる?」

「自分以外の事は知らねぇですぅ」


実際にアトラは自分以外のメンバーの詳しい事情を知っているわけではない。

だが同僚である以上は当然、多少の事は知っているわけで…それが確実に真実であると断言はできないがアマリリスが読み上げた名前は、確かにアトラが耳にしたことのある名前であった。


「はい次。テリゼリーナ・ダークハート…コーちゃんと仲のいいあのおばあさんの実の妹だね。そしてびっくり…あのエンカくんのお母さんでもあったよこの人。あと今あげた名前でこの人だけ現在も生きてるね」

「ほぇ~そうなんですねぇ~」


その人物についてはアトラも初耳だった。

頑なに自分の事情をネフィリミーネは話したがらず、また彼女達のボスであるアリスがそれをよしとしていたからだ。

アリス救出の際にネフィリミーネとエンカの間にひと悶着あったとは聞いていたがそれが何か関係しているのだろうか?と少しだけ気になったが、自分が首を突っ込むことではないとアトラはすぐ様に思考を放棄する。


「大まかにはこの三人…そして名前がわかれば経歴を、その人がどんな人なのかを調べる事なんて簡単にできる…そしてそうなれば」

「あなたのお姉さまの考えていることが分かったとぉ?」


「…さぁ、どうだろうね」


明確にアマリリスはアトラの問いへの答えをはぐらかした。

アトラの観察眼にもそれが容易く見て取れた。


「話が違いませぇんかぁ?何かわかったら情報を共有するはずでわぁ?」

「まだ私の中で答えが出せてないの。それにアトラちゃんも全部は話してくれてないのだから、私からもヒントを出したって事でおあいこおあいこ…さてそれでさ?実はね?こっちは確実な話…もう一人いるんだよ」


「もう一人?何がですぅ?」

「お姉ちゃんが同時期に接触した相手」


「ほぉ~?でもそれ私に関係ある話ですぅ?」

「興味がある話ではあるかもしれないよ?そのもう一人の名前は…トウカ・ナツメグサ」


「…ナツメグサ?」


その言葉の並びにアトラは聞き覚えがあった。

でもすぐには出てはこず…少しだけ考え込んでしまった。

聞き覚えはあまりないはずなのに、何故か知っているようなその名前…そしてすぐにそれが誰の名前だったのかに思い至る。


「まさか…」

「そう、ユキノちゃんの…お母さんの名前だね。思えば10年くらい前にお姉ちゃんがやけにある村の事を気にしてたのを覚えてるよ。たぶんそこがユキノちゃんが育った村なんだと思う。そしてこの人は完全に行方が分からない。死んでいるのか生きているのかさえ私でも調べられなかった。そこでアトラちゃん…ちょっと相談というか提案なんだけどさ?」


アマリリスがパンを一つ、アトラのほうに差し出して微笑む。


「…なんです?」

「暇なら私と一緒に少しユキノちゃんについて調べてみない?お母さんの件も含めてあの子にはわからないことが多すぎる。ここいらで本腰を入れて調べてみるのもありなんじゃないかなって思うんだ~。それに…このトウカって人の事がわかれば…私もお姉ちゃんが今何をしようとしているのかって問いに答えが出せそうな気がしてるの」


「なるほど…まぁいいですよ。暇ですし…それに確かに少し興味もありますしねぇ~。ただしこちらの用事が優先ですぅ~私はあくまでちょっとした「事情」で身を隠している立場ですので~事が起こればそっちを優先させますよぅ?」

「もちろん。そっちに関しては私も協力するしね。だからそれまではアトラちゃんが私に協力してって事で」


「そう言う事なら異論はありませんですぅはい~」


アトラがパンを受け取り、むしゃりとかぶりついた。


意地でも眼鏡を取らないメガネキャラの鑑です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 世の中の眼鏡キャラが本気を出す時なぜか眼鏡外したりしてるのに むしろ眼鏡を外すべき場面ですら断固維持する眼鏡的優等生アトラさん アマリさん、本人すらいまいち把握してないような生い立ちを「…
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